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<東京怪談・PCゲームノベル>


 カワイイ、と一言

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 滅多に着ないの。こんな服……。
 柄じゃないし、着る必要もないし。
 でも、たまには。たまには、着ても良いかなって。
 気分転換だとか、そういう息抜き的な目的でね。
 深い意味なんてないのよ。全然ないの。
 けれど、どうしてかしら。ムッとするのは……。
 あの人のデリカシーのない発言なんて、いつものことなのに。

 何だか不愉快そうな顔でナナセが歩いている。
 まぁ、いつでもナナセは無表情というか、あっさりしているけれど。
 いつにも増して機嫌が悪いような。そんな気がした。
 声を掛けるべきではなかったのかもしれない。
 見て見ぬフリをしておけば、良かったのかもしれない。
 今となっては、そう思う。

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 被っていた帽子をテーブルの上に投げるようにして置き、頬杖をついて溜息を落とすナナセ。
 不機嫌なのは、明らかだ。膨らんだ頬が何よりの証拠。
 ナナセが、そういう顔をするとき……不愉快にさせた犯人は、いつも同じだ。
 今日は、どうしたんだろう。何を言われたんだろう。
 いつも思うけれど、二人は、本当に仲が良いね。
 喧嘩するほど仲が良い……んでしょ? 確か……。
 ギルド1階にある食堂にて、おやつを食べていたクレタの目の前にナナセが座った。
 他にも席は、いくつも空いているのに、わざわざ、クレタの前に座った。
 それは即ち、私は今、機嫌が悪いです、機嫌が悪い原因を聞いて下さい、と言っているようなものだ。
 クレタは、お気に入りのデザート:バナナマフィンを口に運びながら仰せのままに。
「どうしたの……?」
 尋ねてあげた。するとナナセは、デリカシーのない男について話し始める。
 あぁ、なるほど。そういうことか。そういえば、いつもと服装が違う。
 普段は落ち着いたイメージだけれど、今日は何ていうか……女の子って感じだね。
 微妙だね、って言われたのか……。うーん……。うん、ごめん。……僕も、そう思うよ。
「クレタくんまで……。どうして?」
「イメージっていうか……ちょっと違う感じ……」
「似合わない? こういうの」
「似合っていないわけではないけれど……。違和感はある、かな……」
「……そう」
 ハァ、と大きな溜息を落としたナナセ。
 ナナセも女の子だ。どんなに優秀な人材であっても、女の子であることに変わりはない。
 今日に限らず、ナナセは定期的に、こうして装いを変えて見せる。
 気分転換だと本人は言っているけれど、ただの気分転換なら、
 感想一つに、いちいち一喜一憂しない。
 模索しているのだろう。自分に似合うスタイルは、どのようなものなのか。
 クロノクロイツが元通りになってから、自由な時間が増えた。
 メンバーは、それぞれ、生じる隙間時間を各々の趣味に充てている。
 キジルやヨハネは絵。斉賀や木ノ下は勉強。ハルカは料理。
 その中で、ナナセは自分捜索に時間を費やしていると。そういうことだ。
 女の子って、色々と大変そうだなぁ……。服だけじゃなく、お化粧とかもあるんでしょ……。
 それに時間を費やすことが楽しかったりするんだよね……? 僕には、理解できない世界……。
 自分を磨くのは大切なことだけれど、外面ばかり磨いても駄目なんだと思うな……。
 まぁ、装いを変えると気分は確かに変わるから、面白いかもしれないけれど。
 マフィンを完食し、食器を片付けながらクレタは言った。
 僕に、どうこう出来る問題じゃないかもしれないけれど。
 カワイイ、と一言。言わせたいのなら、協力するよ。
 ちょっとだけ……僕も、見てみたい。ヒヨリが驚く顔を。

 *

 ナナセの部屋に赴いて早々、クレタは目を丸くした。
 あちこちに服が散乱している。それは、紛れなき模索の跡だ。
「凄いね……。こんなにたくさん、服持ってるんだ……」
「ごめんね。散らかってて。……良さそうなものは、全部買っちゃうから」
「ふぅん……」 
 おもむろに、ソファの背もたれに掛けられた白いブラウスを手に取ったクレタ。
 散乱している服の殆どは、いかにも女の子って感じの可愛いものばかりだけれど。
 これは、何となく違う気がする。テイストというか、ジャンルが……。
 服が散乱する部屋を歩きつつ、クレタはキョロキョロと辺りを見回した。
 そして、一番始めに手に取ったシャツと雰囲気が似ている服を次々と手に取っていく。
「クレタくん?」
「ナナセ」
「ん?」
「これ……。全部、着てみて」
「え? う、うん。わかったわ」
 クレタが選び、ナナセに渡した服は、どれも上品な雰囲気のあるものだ。
 アンダーは、襟元と袖に上品なフリルが施された、手触りの良い白いブラウス。
 ボトムは、膝が隠れる長さの、黒い細身ハーフパンツ。裾には小さなボタンが並んでいる。
 トップは、ウェスト絞り気味のベロアジャケット。色は赤で、ボタンはシングル留め。
 ジャケットの袖口からは、ブラウスのフリルが、チラチラと見え隠れ。
 足元も上品に、黒のレースアップブーツ。ヒールは低めで、太くしっかりした安定感のあるものを。
 アクセサリーは、主張しすぎない程度に数点、ゴールド素材を散りばめる感じで。
 ナナセのイメージカラーは……僕の中では『青』なんだけれど。
 肌が明るく見えるように、髪の色も考慮すると、深みのある赤が良い感じ。
 いかにも女の子、って感じの服装をヒヨリは嫌うから……。
 前にね、一緒に買い物に行ったとき、話してたんだ。熱くね……。
 だからといって、露出の多いセクシー系が好きってわけでもない。
 少し意外かもしれないけれど……何となく、お嬢様の香りが漂う感じを好むんだ。
 僕の好みも少し混じってるけれど、キュートでエレガント……そんな感じ。
 首を傾げながら、仕上げに。クレタは、ナナセの首元にリボンを飾った。
 ジャケットと同じベロア素材の黒いリボン。蝶結びの真ん中にパールの飾り。
 うん……。こんな感じで……。一応、完成なんだけど……どうだろう。
 やっぱり、難しいね……。ヒヨリみたく、絶妙なバランスで組んでいくの、難しいや……。
 鏡に映る自分の姿、その変わりようにナナセは喜んで微笑んだ。
 こんな雰囲気を試したことはなかった。そうか、こうして混ぜるのもありなんだ。
 一つのスタイルに拘るのではなく、好きなものを上手に取り入れていく。
 ワンランク上のおしゃれを学んだナナセ。ナナセは、クレタの手を引いて歩き出した。
 向かうは、ヒヨリの部屋。根拠はないけれど、自信に満ちていた。足取りが、軽い、軽い。

 扉をノックし、返事が返ってくる前にガチャリと開ける。
 音楽鑑賞をしていたのか。ヒヨリはヘッドホンを着けたまま、ソファの上で目を伏せたままだ。
 二人が部屋に入ってきたことに、気付いていないのだろう。
 クレタとナナセは、足音を立てぬよう、こっそりとヒヨリの背後に回る。
 そして、アイコンタクトの後、ヒヨリが着けていたヘッドホンを勢い良く外した。
「んっ!? 何だ、邪魔すん……。あれっ……」
 クルリと振り返って、ヒヨリは硬直した。
 普段と何も変わらぬ姿のクレタ。その隣にいるナナセの格好が先程と違う。
 雰囲気が全然違う。上品な雰囲気。これは……好きかも。
 感情に素直に従い、ジーッとナナセを見つめるヒヨリ。
 驚いた顔を見れて、それだけでも満足だけれど。
 せっかくだから、驚きついでに言わせたい。
 クレタは、淡く微笑みながらヒヨリに尋ねてみた。
「ヒヨリ……。どう……? ナナセ、可愛い……?」
 ドキドキしながら返答を待つナナセ。表情は強張っている。
 あ〜。なるほど。お前の仕業か、クレタ。
 だよなぁ。こいつが、自分の意思で、こういう服装に辿り着くわけねぇもんな。
 はいはい、なるほどね。そういうことね。うん。何ていうか。
 クレタ、お前って、アレだな。人の話、聞いてないようでバッチリ聞いてるんだな。
 そっちにも驚いた。っていうか、感心した。ん? っていうか、嬉しいかもしれない。
 ヒヨリは、クスクス笑いながら返した。
「可愛いんじゃないか?」
 語尾が微妙な感じだけれど。とりあえず、目的は達成された。
 ふふん、と、ちょっと勝ち誇ったような笑みを浮かべて目を伏せたナナセ。
 この服装が、よっぽど気に入ったのか、ナナセはモデルのようにヒヨリの部屋を歩き回った。
「確かに好きな感じだけど。この先、面倒くさいことになりそうだなぁ……」
「……そう?」
「お前も、付き合わされることになるぞ。多分」
「別に、良いよ。僕は。嫌じゃないし……」
「甘い。甘いな、クレタ」
「何で……?」
「着飾ることに対して、興味だけじゃなく自信も持ち合わせた女の相手は面倒だぞ〜……?」
「そうなの……?」
 面倒だとか何とか。言ってるけれど、ヒヨリ、楽しそうだよ。嬉しそう。
 やっぱり、雰囲気が変わるのって良いよね。それまでのイメージも払拭されてしまうというか。
 オシャレを楽しむのは、女の子だけの特権なんだって、僕、思ってたけど……。
 色々と服を選んであげたりしている内に、ちょっとだけ楽しくなってた。
 僕も……自分の意思でイメージチェンジしてみようかな……。
 前に、ヒヨリが買ってくれた服を参考にしながら……遊んでみようかな……。
 僕が変わったら……みんな、どんな顔するんだろう。
 あの人は……どんな顔を、するだろう。
 びっくりするかな。その顔……見てみたいな。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / ナナセ / ♀ / 17歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『 カワイイ、と一言 』への御参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.12.16 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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