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<東京怪談・PCゲームノベル>


 僕のスベテ

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「ちょっと、良いかな」
 遠慮がちに、オネが言った。
 どことなく、ぎこちない態度は、いつものことだけれど。
 今日は、いつにもまして表情が固いような、そんな気がする。
 何か、悩み事でもあるのだろうか。
 ニコリと微笑んで、部屋に招き入れる。
 どうぞ、と促すと、オネは、ちょこんとソファの端に腰を下ろした。
 俯いたまま、言葉を発さないオネ。妙な雰囲気に、つられて無言になってしまう。
 話したくなるまで、ジッと待って……。数分後、オネが、ようやく口を開いた。
「僕のこと、知っておいて欲しいんだ。キミには」
「ん?」
「全部話すから、聞いてくれる?」
「……? うん」
「聞いても、嫌いにならないでね」
「……え?」

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 ……どうしたんだろう。オネ、真剣な顔。少し、悲しそうにも見える。
 何かを打ち明ける前に『嫌いにならないで』と添えたオネ。
 その言葉から、数分が経過したけれど、オネは黙り込んだままだ。
 時計の秒針が時を刻む音だけが、クレタの自室に響き渡る。
 見やれば、オネの手指は小刻みに震えていた。
 固く目を閉じて、唇を噛み締める。その姿には、見覚えがあった。
 そうか。オネ。何を打ち明けようとしているのかまでは理解らないけれど。
 怖いんだね。とっても、怖いんだ。きみは今、恐怖と戦っているんだ。
 覚えがある。自分も、こうして恐怖に苛まれて怯えていた。
 自分が何者なのか。どこから生まれ、誰から生まれ、何の為に。
 それを悟り出して、口にしようとする時、何ともいえぬ恐怖が襲ってくる。
 自分で自分を追い込んでいるんだ。追い詰めて、追い詰めて、苦しめる。
 苦しい思いなんぞ、したいはずもない。誰もが、そうだ。
 けれど、そうせざるをえない状況になってしまったら従うしかない。
 どんなに辛くても、苦しくても。激しい頭痛と吐き気に襲われても。
 無理して話さなくても良いよ、だなんて言わない。言えるはずもない。
 苦しくても、それに耐えるのは、口にせねばならぬ時が来たから。
 言いたくなくても、言わなくちゃならない。その時が来たから。
 オネの震える手に、そっと触れたクレタ。
 ヒンヤリと冷たい感触で、オネはハッとした。
 見やれば、そこには笑顔で頷くクレタの姿。
 焦らなくて良い。ゆっくりで良い。
 時間は、たっぷりあるんだ。それこそ、永遠に。
 きみが話せるようになるまで、声を放つ、その時まで。
 僕は、この手を離さないし、逃げ出したりもしない。
 ちゃんと聞くよ。嫌いになんて、なるものか。
 そんなこと、あるはずがないじゃないか。
 だって、僕にとって、きみは仲間。
 同じ人の想いから生まれた、兄弟のようなものなのだから。
 口にすることはなくとも、クレタの想いは触れ合う手指から伝って心の中へ。
 温かく深い、その想いに触れた瞬間、オネの目から涙が零れ落ちた。

 クレタ。僕は……キミと同じ。Jの想いから生まれた存在。
 正式な人間ではなく、人の形をした時の歪み。……だった。
 ねぇ、クレタ。キミは、考えたことある?
 この空間に時間が戻ったね。元通りになった。
 でも、僕達は知らないじゃないか。
 時間が止まる前の、その状況を。
 生まれたときには、既に、この空間は時止まった状態だった。
 僕達が生まれたことで、時に異変が起きてしまったのならば。
 元通りになるってことは……終わりを意味するんじゃないのかな。
 時を止めた犯人の僕達に対して、終わりを告げているんじゃないのかな。
 つまり、僕達の役目は終わったってことなんじゃないのかな。
 ねぇ、クレタ。僕ね、最近……凄く苦しいんだ。
 特に眠る前なんて、胸が熱くなって、呼吸すらままならなくなる。
 一人でベッドの上で、ひたすらもがくんだよ。
 目覚まし時計が鳴る、その瞬間まで苦しみは続くんだ。
 朝になれば元に戻るって理解ってから数日間は、それなら構わないかって。
 夜の間だけ、我慢すれば済むんだからって、そう思っていたけれど。
 辛いんだ。苦しいんだよ。一人で、それに耐えることが、もう出来ないんだ。
 怖くて、怖くて、怖くて。どうすれば良いのか、理解らなくなってしまうんだ。
 誰かに相談することも出来なかった。怖かったから。
 口にすることで、自分が自分でなくなるような気がしたから。
 でも、キミにだけは。キミにだけは、話せるんじゃないかって。
 話しても、大丈夫なんじゃないかって。そう思っていたんだ。
「でも、やっぱり怖いよ。ねぇ、クレタ。僕のこと、嫌いにならないで。嫌いにならないでよ」
 しがみ付くような体勢で、涙しながら『嫌いにならないで』と伝え続けるオネ。
 泣きじゃくるオネの頭を撫でながら、クレタは、ゆっくりと瞬きした。
 そうか。そうだね。そういう見方も出来るね、オネ。
 終わりなんじゃないか。そう考えることも出来るんだ。
 ねぇ、オネ。僕はね、そういう風に思ってないよ。
 終わりだなんて、思っていない。ここから、始まるんだって思ってる。
 ようやく、皆の心が一つになった。揺ぎ無い絆が生まれた。
 そこで終わってしまうなんて、誰も思わない。
 終えてしまおうだなんて、誰も思わない。
 皆も気持ちは一緒だよ。だから、こうしてギルドを建てたんじゃないか。
 足踏み揃えて歩いて行けるように。その決意の表れだと思うんだ。
 ねぇ、オネ。違うよね。
 きみが怖いと思っているのは、その事じゃない。
 ここで終わりだなんて、きみは思わないはずだ。
 僕と同じように、ワクワクしているはずだ。
 この先、どんな出来事が僕達を待っているんだろうって。
 この先、僕達は、どう成長していくんだろうって。
 違う。きみが伝えたい恐怖は、それじゃない。
 ねぇ、オネ。隠さないで。
 嫌いになったりしないから、本当のことを口にして。
 今、きみが、心から怖いと思っていること。それは、何?

「隠さないで、教えて」

 そう伝えて、クレタはオネの肩をグッと掴み、ゆっくりと身体を起こした。
 その瞬間、クレタは目を丸くする。
 涙を零しながら自分を見上げるオネの表情が、明らかに違う。
 別物……いや、変化。いや、違う。これは、もしかして……。
 クレタは動揺を隠せぬまま、視線を下へと落とした。
 予感が確信に変わる。
 見紛うことなき『膨らみ』が、目に飛び込んだ。
 自分と同じ、ぺったんこだった胸が、ふっくらと膨らみを見せている。
 その膨らみは特有のものだ。男には現れない、特有の変化。
 この変化が現れるということ。それは、即ち……。
 目を泳がせるクレタ。オネは伏せ目に、小さな声で言う。
 気持ち悪いって思ってる? ねぇ、クレタ。その目は、拒絶が成すもの?
 キミは、知らなかったんだね。やっぱり、知らなかった。
 生まれてから13年間と半年、コーダには性別がない。
 男でもあり、女でもある存在なんだ。
 けれど、13年と半年が経過した日。
 どちらかの性別が定着する。
 その結果、キミは、男の子になった。
 そして僕は……。女の子になった。
 僕が怖いと感じていたのは、この変化なんだ。
 苦しみにもがいていたのも、この変化を受け入れることが出来ずにいたから。
 だって、キミと違う。この先、僕はキミと違う存在になってしまう。
 身体つきも、こうして変わってしまったし、声だって、このまま。低くはならない。
 背だって……きっと、この先、大きく伸びることはないだろう。
 今までどおりに接して欲しいって思うけれど、きっと、それは難しいことなんだ。
 キミの泳ぐ目を見ていれば、それは容易に理解できる。
 仕方ないよね。戸惑って当然なんだ。
 それまで男の子だったのに、急に女の子になってしまったんだから。
 違う存在になることで、キミが敬遠するんじゃないかって。
 今までみたく、仲良く遊んでくれなくなるんじゃないかって。
 それを思うと、怖くて仕方なかったんだ。
 でも……。こうして、変化を口にしてキミに見せることが出来て良かった。
 少しだけ、楽になったよ。先のことを考えると、またボロボロと泣いてしまいそうになるけれど。
 お話、聞いてくれて有難う。クレタ。
 聞いてくれただけで、十分だよ。
 これからも仲良くしてねだなんて、そんな我侭は言えないや。
 ううん、言えないんじゃなくて、言いたくないのかもしれない。
 キミから、どんな返事が返ってくるのか考えると、震えが止まらなくなってしまうから。

「お話、聞いてくれて有難う」

 ゴシゴシと涙を擦って微笑み、クレタから離れたオネ。
 立ち上がる様ひとつを取っても、今までのオネとは違った。
 所作ひとつひとつが、女の子そのものなのだ。
 去って行くオネの背中が、いつもより小さく、か弱く見えた。
 ふっ、とそのまま、どこかへ消えていってしまいそうな感覚。
「……ま、待って。オネ」
 クレタは慌てて追いかけ、オネの腕を掴む。
 ビクリと肩を揺らして、ゆっくりと振り返るオネ。
 何を言われるんだろう。さようなら、だろうか。
 それとも、ありがとう、だろうか。それとも……。
 頭の中で、あれこれ考えるオネの耳に、想定外の言葉が届く。
 確かに驚いた。急に、そんな変化を見せられても、驚くばかりだ。
 コーダ特有の変化についてなんて、Jは教えてくれなかったし。
 そんな現象があるだなんて、考えたこともなかった。
 驚いたよ。驚いたけど……。きみを嫌いになるなんてことは、やっぱり、ないよ。
 オネはオネだから。他の何者でもないから。世界に一人だけ。特別な存在だから。
 正直な話、僕は……女の子と、お話するのが苦手なんだ。
 どんな顔をして、どんな話をすれば良いのか、実際、いま、わからない。
 でも、どうすれば良いのか理解らなくなって戸惑っているだけで、
 キミのことを嫌いになっただとか、そういう気持ちは、どこにもないんだ。
 嫌いになんて、ならないよ。きみの変化は、成長の証でしょう?
 それなら、一緒に喜ぶよ。女の子になったからって、何も変わらない。
 僕は、きみのことを大切に思ってる。仲間だと、心から、そう思ってる。
 同じ人の想いから生まれた存在。
 でも、そうか。兄弟じゃなくて……今日からは、兄妹になるんだね……。
 クスクス笑いながら、クレタはオネの手を引いて歩き出した。
 どこに行くの? と尋ねるオネへ、クレタは、振り返らずに返す。
「散歩、行こう」
 まだ少し戸惑いはあるけれど。繋いだ手が、何だか恥ずかしい気持ちにさせるけれど。
 何も変わらない。きみと僕は、何も変わらない。もっともっと、色んな御話をしよう。
 きみが一人で苦しむなんて、そんなの嫌だから。何でも話してね。
 聞きたくないだなんて、そんなこと、全然思わないから。
 寧ろ、聞きたいって思ってるから。
 約束してね。オネ。もう、一人で悩んだりしないって。
 あ、でも……。男の子には相談できないようなことも、この先、出てくるのかな。
 そうしたら……どうしよう。どうするべきなんだろう。ナナセに相談、とか……?

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / オネ / ♀ / 13歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『 僕のスベテ 』への御参加、ありがとうございます。
 そんな感じでした…!以降、クレタくんが参加する御話の中で、
 オネの性別が♂から♀に変わります。本シナリオから反映済みです。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.12.16 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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