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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


    微笑みの氷人形(アイスドール)         

「さぁっむぅーい!」
 ティレイラは自分の身体を抱きしめるように身を縮ませ、その場に座り込んだ。
「何を言ってるの、このくらいで。冬なのだから、寒くて当然でしょう」
 一方、師匠であるシリューナは、同じくらいの薄着であるにも関わらず涼しい顔をしている。
 周囲に広がるのは、純白の雪原。
 森の木々も雪がつもって真っ白に染まり、湖には厚い氷がはっている。
 見事なまでの白一色。そこへ、空の青が妙に際立って見えた。
「けどお姉さま。こんなところに来るんだったら、最初からそう言ってくれれば……」
「言っておいたら、厚着するでしょう。それでは意味がないわ。何のためにわざわざこんなところまで来ていると思ってるの?」
「えっと……」
 問われて、ティレイラは首を傾げて考え込む。
 どうやら本気でわからないらしい。
 シリューナは小さくため息をつき、軽く手を振った。
「猛吹雪(ブリザード)」
 ゴォッと音を立て、飛礫のような雪が次から次へとティレイラに襲いかかった。
「きゃあぁっ」
 可愛らしい悲鳴があがるが、それも風音にかき消されてしまう。
 雪原の中に、1体の樹氷らしきものが仕上がった。
 そこからドサドサと雪が落ち、半泣き状態のティレイラが姿を現す。
「うぅ……つ、冷たい……」
「いい? ティレ。こんな風に、寒い季節、寒い場所では水や氷雪系の魔法がとても扱いやすくなるの。炎が得意なあなたには苦手な系統でしょうけど、せっかくだから克服させてあげようと思って来たのよ」
 両手を握りしめてガタガタと震えるティレイラに、シリューナは穏やかな口調で淡々と述べる。
「わ、わかりました。けどあの、少しだけ温まらせてもらってもいいですか?」
「構わないわよ。魔法を使ってなら」
 許可を得て、ティレイラは早速、炎をつくりだした。
 けれど、そこにいつもの勢いはなかった。
湿気と冷風が炎を弱め、熱を奪う。
木の枝も草花も濡れているため、焚き火の一つもできない。
手の上に浮かばせた火の玉を行き場なく彷徨わせる。
「……お姉さまは、寒くないんですか?」
 両手で炎を掲げながら、ティレイラは不思議そうにシリューナを見た。
「魔法を習得すれば、多少は耐性ができるわ。防御魔法を併用すれば尚更ね。だからこそ、苦手なものほどきちんと学ぶ必要があるのよ」
 師匠の説明に、ティレイラはすっかり感心してしまう。
 いきなり吹雪を見舞われて、ひどいと思ってしまったけど、自分の身を案じての厳しさだったのだ、と嬉しくも思った。
「まずは初歩的なものからいきましょう。成功すれば美味しいおやつでも用意してあげるから、頑張りなさい」
「おやつ……」
 言われて、ティレイラは瞳を輝かせる。
 目の色が変わる、とはこのことだ。
「はい、頑張ります! 何をしたらいいですか!?」
 片手をあげて、元気よく声をあげる。
 突然やる気を見せるティレイラに、シリューナは小さく笑った。
「そうね。まずは水蒸気を凝結させて、靄をつくってごらんなさい」
「モヤ……水蒸気を、凝結させる……?」
「ええ、そう。水蒸気というのは、水が気化したものだから無色透明でしょう。それを細かな水滴にすることで白い靄ができるの。水分量が多く、水滴の粒が小さく多いほど光を散乱させて視界を遮るのだけれど、より視程が小さいものを霧ともいうわね」
 さらりと説明され、ティレイラは困惑する。
「む、難しそうですね」
「簡単よ。要は空気中の水分を水滴にすればいいだけのことだから。湿気が多いからすぐにできるわ」
 自信がなさそうな弟子に対して、シリューナは微笑みかけた。
 しかし「すぐにできる」と言われてしまうと、それができなかったときが尚更怖いのだった。
「いい? 呪文は正式な儀式を行なう際には不可欠だけれど、それよりも重要なのはイメージよ。物事の仕組みを理解して、それを実現させるというイメージ。意識を集中させて、そのことだけを考えるの。他の魔法を使うときもそうでしょう?」
「はい」
 水蒸気……空気中に溶け込んだ水分。
湿った風を、肌に感じる。
ティレイラは両手を広げ、目を閉じて意識を集中させた。
水分を、凝結させる。それには――……。
 ……それには?
「お姉さま、凝結って、どうしたらいいんでしたっけ?」
 尋ねかけると、シリューナは目の前に現れ、にっこりと笑った。
「ティレ? 今は何の魔法を勉強しているのだったかしら」
「え? えっと、水や氷の……」
「水は温めて蒸発するのだから、水に戻すなら冷やすに決まっているでしょう」
 パキッ。
 その言葉と共に、ティレイラの足が氷づけにされる。
「ごめんなさい〜。ちょっと緊張して、忘れちゃっただけなんです。前に習ったんでちゃんと知ってます〜!」
 動かなくなった足を何とか動かそうとでもするように、ティレイラは上半身をばたつかせた。
「だったら続けなさい。言っておくけれど、これは初歩中の初歩なのよ。もう少し段階があがるまでご褒美はあげないし、失敗する度に少しずつ氷の彫像に近づいていくことになるわよ?」
 口調は厳しいものの、シリューナはどこか楽しげだった。
 ティレイラは身の危険を感じ、二度とミスをしないよう注意を払う。
 とはいえ、そう思えば思うほど不安になり、ぎくしゃくしてしまうのだった。
 それでも何とか、空気を冷却し、靄をつくり出すことに成功する。
 やはり普段よりもやりやすい。
 元々の気温が低いので、自然発生しやすい状態なのだ。
「できたわね。じゃあ、今度はそれを凍結させて。氷の粒に変えるの」
「氷の粒ですね」
 ――要は、さっきよりも更に空気を冷やせばいいのよね……。
 ドキドキしながらも、慎重にそれを行なう。
 ただ冷やす、と言えば簡単に聞こえるが、ティレイラの得意とする炎とは全く逆の性質なので、とてつもなく扱いにくい。
 何より、ものは温めるよりも冷やす方が難しいのだ。 
 ティレイラは、必死になって意識を集中させる。
 冷気をつくる……水を凍らせる。
 目を閉じてイメージをつくってゆくものの、中々まとまらない。
「遅い!」
 そこへ、シリューナの容赦ない攻撃が襲う。
 今度はティレイラの胸元までが凍らされてしまう。
「ちょっと待ってください〜!」
「冷気を『つくろう』とするから難しいのよ。熱を奪うことを考えなさい。その方が、あなたにはやりやすいはずよ」
 しかし続く助言に、反論をなくしてもう一度集中する。
 熱を奪う。空気中の熱を奪って、気温を下げていく……。
「……わぁっ」
 恐る恐る目を開けて、ティレイラはその光景に思わず歓声をあげた。
 空気中に浮かび上がった氷の粒が、キラキラと日光を反射している。
 ダイヤモンドダストだ。
「お姉さま、成功です! ……よね?」
 大喜びで声をあげてから、少し不安そうに確認する。
「ええ。よくできたわね。それじゃあ次は……」
「まだやるんですか!? あの、それならせめて、この氷なんとかしてください」
「それは駄目よ。今日の練習が終わるまで、そのままでいなさい」
「えっ!? で、でも……」
「勿論、失敗したら他の部分も凍らせていくわよ。それが嫌なら、防御魔法で止めてごらんなさい」
「そんなぁ。お姉さまの魔法を防御するなんて、できるわけないじゃないですか」
 シリューナの言葉に、ティレイラはべそをかく。
 だが師匠は、不敵に微笑むばかりだった。
 もしかしたら失敗することを期待しているのかもしれないとさえ思ってしまう。
「さ、続けるわよティレ。今度は、さっきつくった氷を1つの塊にすること。それで盾をつくろうが槍をつくろうが、形状の方は任せるわ。ただし、使用に耐えうるものであること。触っただけで氷解するようなら、失敗とみなします」
「い、いきなりハードルがあがってませんか?」
「あがっていません。最初が簡単すぎたのよ」
 その簡単なもので、すでに2度もおしおきされてるんだけど、と思いながらも、反論などできるはずもなかった。
「あのぅ、少しヒントをいただいてもいいですか?」
 失敗を恐れたのか、ティレイラは怯えながらも師匠に質問した。
「……そうね。要は氷の移動と融合なのだけど、そのときにどんな形のものをつくるのかしっかりイメージしておくこと。そうでないと、形も強度も曖昧になってしまうからね」
「は、はい」
 あっさりと助言をくれたことに驚きながらも、ティレイラはこくこくとうなずいた。
 足の感覚がなくなってきた。このままだと寒いしお腹も冷えるし、早いところ合格しておやつをもらおう、と自分を励ましてみる。
 冷気を移動させ、宙に浮いている氷の粒を1ヶ所に集めていく。
 それから、融合……氷を1つに固めるには、1度溶かせば……。
 パシャッ。
 瞬間、宙に浮いていた氷の粒がまとめて水になって、雪の上に落ちた。
「え? あ……あれ?」
 その物体と師匠とを交互に見て、おどおどするティレイラ。
 今度はその両腕が凍らされ、頭以外の場所が全て氷におおわれる。
「さぁ、もう1度やってごらんなさい」
 言われて、再度挑戦する。
 寒さのあまり集中しにくかったが、次はないという恐怖がティレイラを本気にさせた。
 何とか氷を1つにまとめ、それで氷の槍をつくりあげる。
 真っ直ぐに伸びた槍に、シリューナの手がそっと触れた。
 その瞬間……槍は、脆くも崩れ去ってしまった。 
「!」
 次に何が起こるのかを予測したティレイラは、思わず目を閉じて「助けて!」と心の中で叫んだ。
 だが、氷づけにはならずにすんだ。
 恐る恐る目をあけると、シリューナも少し驚いた顔をしている。
「……できたじゃない」
「え?」
「防御魔法よ。手加減はしていたとはいえ、うまく無効化したものね」
「ほ……本当ですか!?」
 何がどうなったのか、さっぱりわからないけれど、意外な褒め言葉に喜びの声をあげる。
「けれど、おしおきはおしおきよ」
 その言葉を最後に、ティレイラはピシッと頭部まで氷づけになる。
 笑顔の瞬間を凍らせたものだから、愛らしい表情が見事に表現されていた。
「最後まで成功はしなかったけれど、おやつはちゃんと用意してあげるわね。……もう少ししたら」
 シリューナは氷の彫像に微笑みかけ、飽きるまで芸術品を眺めつくした。
 ティレイラが救い出されたのは、随分後のことだったという……。