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<東京怪談ノベル(シングル)>


新年の備は怠りなく!

 来年の干支は丑(うし)。
 ぼちぼちと新年用の置物やカレンダーなどを見かける時期となった。
 そろそろ年賀状を書かなければ。
 海原・みなも(うなばら・-)が、そんなことを思っていた年末のある日、例の如く携帯が鳴った。
 液晶に表示されるのは、所属している人材派遣会社の番号。
 出てみると、やはり急なアルバイトの依頼だった。
「モデル、なんですけど。それが、今日の午後から……先方さんがとても急いでいて。こちらも急に海原さんにお声をかけることになってしまって、申し訳ないんですが、受けて頂けるとうちとしてもとても助かります」
 そう担当者に言われて、みなもに断れるはずがない。
 今日は特に予定がなかったし、何より、挑戦したことのないお仕事に関われるのが嬉しい。
 さて、今回はどんな経験ができるだろうか。
 ワクワクしつつも気を引き締めて、みなもは仕事場となる撮影スタジオへと向かったのだった。

     +++++++

 到着してみると、そこはまさに戦場だった。
 どたばたと何かのセットが組み上げられている最中のスタジオ。
 その片隅で、なにやら大慌てで打ち合わせをしているカメラマンの男性とクライアントの女性。
「とりあえず、カレンダー用に6種、それから年賀ハガキ用に1種。あとシールもつくるってことで、良いポーズの写真が10種くらいはあると良いですかね」
「そ、そうですね。本当に急で申し訳ないんですけど……ああ、もう12月も半ばだなんて……本当にうっかりしてました!」
 なんだか大変そうな2人に、みなもはおずおずと声をかけた。
「あの、あたし、派遣されて参りましたアルバイトの……」
「あ! モデルさん!?」
「はい、うなば……」
「伺ってます海原みなもさんですよね! スタイリストさーん! 衣装お願いします!」
 自己紹介の時間も惜しいのか、クライアントの女性に腕を捕まれたみなもは、早々にスタイリストさんへと引き渡された。
「あ、あの……」
「これとこれとこれ、着てください!」
 今回はキッズモデルもたくさん使うらしい。わらわらと衣裳部屋に集まっている子供たちで手一杯のスタイリストさんは、みなもには「セルフでお願いします!」とばかりに、衣装と装身具一式を押し付けてきた。
 更衣室で、みなもは衣装と小物を広げる。
 まずは、白黒の斑模様の全身タイツ。お尻の部分についた尻尾の形状からするに、これはホルスタインを表現しているのだろう。他は、先が蹄状になった手袋と靴。赤いチョーカーには、カラコロと鳴るカウベルがついている。
「牛さん……ですか?」
 一体何の撮影だろう。みなもは首を傾げたが、とても質問できる雰囲気ではない。
 とりあえず、みなもは手早く衣装を身につけた。
 全身タイツは少しサイズが小さいようだ。着てみるとピチピチで、生地が伸びて肌が透けないギリギリのところ。夏だと、汗で滑りが悪くなるからちょっと着られなかったかもしれない。
 赤い革のチョーカーは、首につけてみればチョーカーと言うよりは“首輪!”という感じ。
 蹄の靴を履き、手袋をつけたところで、次はメイクさんに腕を引っ張られた。
「お化粧しますね〜!」
 カラコロ、とカウベルを鳴らしながら椅子に座ったみなもに、メイクさんは次々と撮影用の化粧を施して行く。
 まず、髪を纏めてアップにされ、ネットにきっちり治められた。ウィッグをかぶせるための前準備だそうだ。次に、顔全体にクリームを塗られた。
「接着用のクリームですよ〜。メイク落としできれいに落ちますから安心してくださいね〜」
 接着用?とみなもが疑問に思ったところで、登場したのはリアルな牛のフェイスマスク。
「あ。やっぱり牛さん、なんですね……」
「来年の干支だからね〜。はーい貼りますよ〜喋らないでね〜」
 全身タイツと同じに、やはりホルスタインの牛の顔が、みなもの顔面に貼り付けられた。クリームのおかげでぴったり密着して、みなもの表情の動きがある程度は反映されるようだ。
「ふふー。良くできてるでしょ!」
 みなもの驚いた顔に、メイクさんは得意げに胸をそらした。
「あとはウィッグね」
 鮮やかな手つきで装着させられたウィッグは短い灰色のもので、牛の丸っこい耳と、角がついていた。
「ハイ完成ッ!」
 メイクさんに椅子を立たされたみなもは、鏡の中を見た。そこには、少女の体型をした、2本足で歩く牛が居た。
 映画等の撮影で使われるような特殊メイクとまではいかないが、短時間のメイクでここまでリアルにできるのは凄いことではないだろうか。みなもは感心しながら自分の全身を見ようと鏡に近付こうとしたが、叶わなかった。また腕を取られてメイク室から引っ張り出される。
「モデルさんの準備はOK?」
「バッチリです!」
 連れこまれた先は、どうにか突貫で準備を済ませたらしいスタジオ。
 カランコローン、とカウベルを鳴らし、みなもはその真ん中に放り出された。
 ホルスタイン姿のみなもを、四方八方からライトが照らす。
 セットは、保育園のプレイルームをイメージしたような雰囲気だ。パステルカラーの壁に可愛らしいお花や動物のペーパークラフトが貼り付けられ、床にはぬいぐるみやおもちゃがばら撒かれている。
 これが牛とどう関係するのか。
「あ、あの……」
 一体どういうポーズをとればいいものやらと戸惑うみなもに、フラッシュが光った。
「いいよいいよ、その戸惑いの表情! 次は適当に動いてみて」
 カメラマンのあまりにアバウトな指示に、みなもは硬直した。本業のモデルさんではあるまいし、適当に、と言われても。
「あ、これ持って下さい、これ」
 スタイリストさんが持ってきたのは、橙の乗っかった鏡餅。そういえば、干支がどうこう言っていた。
「お正月向け、ですか……」
「はい、じゃあ鏡餅を顔の横に持って〜、にっこり笑ってください」
 慌てて言われたとおりのポーズを取るみなも。これでいいのでしょうか、と思っていると連続でフラッシュが焚かれた。
「次はちょっと牛らしく〜、四つん這いになってみましょうか」
「は?」
 イイ笑顔のカメラマンに、それは少し恥ずかしいです……とは言い辛く、おずおずとみなもは膝を着く。
 床に置いた鏡餅の隣で手を着くと、またフラッシュ。
「はい、じゃあせっかくだし、ちょっと鳴いてみましょうか〜」
「も、モォ〜……?」
 最早、何が「せっかく」なのだか。
 撮影は続き、言われるままに立ったり座ったり回ったりしているうち、みなもは頭がくらくらしてきた。
 冬とはいえ、ライトをたくさん使うスタジオは結構暑い。その上、顔を覆うフェイスマスクのせいで呼気がこもって息苦しいのだ。
「よし。こんなもんかな」
 数え切れないフラッシュを浴びた後、カメラマンが言ったので、みなもはほっと肩の力を抜いた。
 やっと終りました!
 これでフェイスマスクを取れる、と思ったらそうはいかなかった。
「子供さんたちの準備終りましたよ!」
 衣装さんとメイクさんの声がして、スタジオにわらわらと十数人の子供たちが入ってきた。
 どうやら、先ほどのカメラマンの言葉は、牛さん単体の撮影は終わりという意味だったらしい。
 子供たちは幼稚園児の年頃で、白いスモックを着ていて、顔には恐らくみなもと同じような作りのネズミのマスク、お尻にはネズミの尻尾がついてる。
「じゃあ、子年から丑年への写真も撮りますよ〜。子供たちは牛さんの周りに集まってね〜」
 カメラマンに言われなくとも、子供たちは物珍しげにみなもへと集まってきた。
「牛さんだ、牛さんだ!」
「おしっぽついてるよ」
 みなもと同じく急に呼び出されたほぼ素人のモデルなのだろう、仕事というよりは遊びのノリで、子供たちはわらわらと纏わりついてくる。
「あ、あの、ウィッグが取れちゃいますから、ひっぱっちゃダメですよ〜」
 子供の体温は高い。しっぽを引っ張られたり角を握られたり、みなもはくらくらしながらも必死で笑顔を作った。フェイスマスクがあるので、どれだけ写真に反映されているかは不明だったけれど。

     +++++++

 撮影から開放され、みなもが帰路についた時、外はもう真っ暗だった。
 とある企業が年末年始にかけて配る販促グッズに使う写真の撮影会だったということを、帰り際にやっと聞けた。なんでも、担当の人間がすっかり忘れていたおかげで、こんなギリギリの時期になってしまったのだそうだ。
 急なことだったお詫びに、今日の写真を使った年賀状を作ってプレゼントしましょうかと言ってくれたが、みなもは丁重にお断りした。
 確かに今から書こうと思っていたところだったので助かるかもしれないが、フェイスマスクのせいでみなもだとはちっともわからない写真だし、それに、いくら顔がわからなくても友達やお世話になった方々に牛姿を送るのはちょっぴり恥ずかしい。 
「それにしても、疲れました……」
 みなもは深呼吸した。フェイスマスクを長いことつけていたので、新鮮な外の空気がとても美味しい。足早に歩く人とすれ違い、みなもの白い吐息がふわりと散る。
 心なしか、道行く人々は皆せかせかと忙しそうだ。
「師走、ですね」
 年賀状はどうしようかと考えながら、みなもは家路を急いだ。


                                   END.



















<ライターより>
 いつもお世話になっております、階アトリです。
 年末らしく、慌しいお話ですね(笑)。みなもさんには災難でしたが、牛メイク、楽しんで書かせていただきました。
 今年ももう終わりですね。良いお年をお過ごしください!