|
あなたの笑顔が見たい夜
■Opening
「やぁ、君、サンタクロースにならないかい?」
もうすぐクリスマスだし、ね、と目の前の男は微笑んだ。
「衣装は……持っている? なければ貸し出すよ。……トナカイは? なければ用意しよう。うん、僕はね、サンタクロースを支援するサンタ支援協会営業部長なんだ。ああ、違うよバイトのお誘いじゃ無いんだ、君がプレゼントを贈りたい誰かに、サンタクロースとしてプレゼントを贈って欲しいのさ」
街を歩くとそろそろクリスマスツリーが目立ってきた事だし、ジングルベルも聞こえてくる。
ああ、そうか。
クリスマスだから、か。
男の笑顔には、妙に納得させられる何かがあった。
「そうそう。僕達は別に無償でサンタを支援しているわけじゃ無いんだ。一つだけ、代わりに欲しい物がある」
やはり、世の中、そう甘くは無いのか? 不安がよぎる。
しかし、男は、やっぱり笑顔でこんな提案をした。
「君がプレゼントを贈る相手を、笑顔にして欲しい。笑顔こそ、サンタクロースの活力だと、思わないかい?」
プレゼントを贈る相手が笑顔になりますように。
それは簡単そうで難しい、確実に不確かな要求かもしれないかも。
■01
話を聞いて、シュライン・エマは二人の顔をぽやぽや思い浮かべた。
サンタ支援協会営業部長を名乗る男は、真剣な眼差しでシュラインを見る。
「どうかな? 笑顔にしたい人、きっといると思うんだ」
「うん。そうねぇ……」
まずは、草間零。
彼女ならば、きっとこちらまでほっこりするような笑顔を浮かべてくれるに違いない。わぁと歓声を上げ、心から幸せがあふれ出るような笑顔を浮かべる姿が今から目に浮かぶようだ。
……問題は、草間武彦のほう。
彼が、心から幸せがあふれるような笑顔? 子供のような無邪気な瞳で?
いやいやいや。いやいやいやいや。
それは……ない。ないな、と思う。むしろ、素直にそんな笑顔を浮かべられても、反応に困る。
とは言え、全く笑顔がないのは寂しい。
「是非、その人を笑顔にして欲しいんだ」
男はずいと身を乗り出した。
そこまで言われたのなら、やるしかない。
「ふふふ。それじゃあ、やってみますか」
当然のことだけれども、男に乞われたからではない。あの二人にプレゼントを贈りたい、シュラインの心からの返事だった。
■02
その日、興信所はいつも通り客も無く一日が過ぎて行った。
……クリスマスシーズンなのにネー。
とは言え、かえって良かったかもしれない。
シュラインの荷物置き場には、ひそかに二人へのプレゼントが用意されている。
「シュラインさん、休憩しますか? お茶菓子が、有ったはずですけど」
机に向かい経費の計算をしていると、零がひょっこり顔を出した。絞った雑巾をいくつも抱えているところを見ると、拭き掃除も滞り無く終わったようだ。
「そうねぇ……」
シュラインは手を止めくるりとペンを指先で回した。
ちなみに、零へのプレゼントは新品の掃除機。フィルタメンテナンス不要、超静音、しかもコンパクトに収納ができる優れ物のサイクロン掃除機だ。リボンをかけてトナカイの蹄カードを添えてある。更に、この日のために編み上げた大きな靴下に積めた。きっと、気に入ってくれると思う。
それから……。
ちらりと遠くの机で頬杖をついている武彦を見た。
プレゼントは深夜届ける予定なので、彼がぐっすりと寝ていなければ意味が無い。
「ねぇ、零ちゃん。今晩、ケーキを食べない? ワインも用意して……。どうかな、今お菓子を我慢して、ね」
「あ! もしかして、クリスマスですか?!」
零が、ぱんと手を叩いて目を輝かせる。
パーティーと言うほど大げさでは無いけれど、きっと楽しいと思う。
「そうですね! それが良いと思います」
やったぁと言う嬉しそうな零の声を聞いたのか、武彦が立ち上がりこちらに近づいてきた。
彼へのプレゼントは、おにゅーのブランケットに湯たんぽ、そして湯たんぽカバーだ。笑顔、と言う点では、煙草を数カートンプレゼントしたほうが笑顔になりそうで困った……。ちょっと真剣に。けれど、これはただのプレゼントじゃない。クリスマスプレゼントなのだから!
やはり、プレゼントは深夜こっそりと配達しようと思う。
「女子供は、本当にイベントが好きだな」
ふうと呆れたようにため息をつく武彦。
けれど、今晩のメニューはなんだろう。肉か? そうだよな、クリスマスだもんな。ケーキだって、女性が堪能する物だと決まったわけじゃないと思う。他所様が見ていない所で、身内だけで、俺がケーキを味わったって良いじゃないか。そうだとも! だから、もし零やシュラインがクリスマス用の晩飯を用意するのなら、俺だって会合に参加するのはやぶさかではないぞ。
とか、そう言う感じの思いが、漏れて見える。
一見普段通りの彼だが、ちらちらと視線が泳いでいたりそわそわとシャツの襟首に手をやったりする動作が分かった。
シュラインは、そっと微笑む。
長い付き合いだからこそ、心の声が聞こえるようだった。
そして何より、布団の中に湯たんぽを入れなければならないから、彼にはぐっすりと就寝していただかなくてはならない。これは、とても重要な!
だから、シュラインは一切特別な感じが出ない調子で立ち上がった。
「良いじゃない。武彦さんも食べるでしょう? メニューは任せてね」
「……まぁ、お前達が思うようにすれば良い」
シュラインが微笑むと、武彦もかすかに口の端を持ち上げた。
■03
廊下に誰も客がいない事を確認し、扉を閉める。
少し早いが、興信所の相談受付をおしまいにした。零はうきうきそわそわと所内を行ったり来たりしていたし、シュラインも夕食の準備が必要だった。これ以上待っても客は訪れないだろうと、武彦が業務終了を決めたのだ。
料理はオーソドックスなクリスマスメニューを用意した。
スープの煮込みに入ったところで、零にバトンタッチする。
「沸騰しない程度に火をゆるめてね。あまりかき混ぜなくても大丈夫だから」
「はい! 焦げないよう、頑張ります」
手順を簡単に説明し、エプロンを外す。昔は、ずっと隣についていなければならなかった。けれど、最近は簡単に手順を説明するだけで良い。零も少しずつ確実に成長している。
「ケーキなら、お前が行かなくても」
出かける準備をしていると、武彦がポツリと囁いた。零に料理を任せる事が不安なのだろうか。
「もう外も暗いし……、付き合おうか?」
「え?」
それは、魅力的な言葉だった。どうやら、単純に心配してくれたらしい。
けれど、今日この時だけは、駄目なのだ。
「平気よ。すぐそこの商店街だから」
「ふぅん」
何となく納得しないような顔の武彦に追い討ちをかける。
「それに……、武彦さん可愛いフリルいっぱいの洋菓子店に、一緒に入れる? クリスマス仕様よ?」
「あ……。いや、すいませんでした」
クリスマスに男女二人で可愛らしいケーキ屋さんに入る。周りはきっとカップルだらけで、匂いも雰囲気も甘い甘い。ただでさえ、女性の園のような場所に、ハードボイルドを気取る男が入れるはずもない。その姿を想像してしまったのか、武彦は非常に苦しげな表情で引き下がった。
すぐに帰ってくるから。
そう言い残し、興信所を出る。
購入するケーキはある程度決めてあるのだから、すぐに帰ってこれる。
ラム酒のたっぷりとしみこんだケーキ、サバラン。
お酒の味もしっかりと味わえる、ブランデーを塗りこんだブランデーケーキでも良い。
そうそう。あの店は、ショコラケーキに木苺のリキュールが使われているはずだ。
最後に、自分と零用に可愛いイチゴのショートケーキとたっぷりフルーツでデコレーションされたタルトも忘れず購入する。アルコールの強いケーキはどれもシックなビジュアルなので、武彦用に用意したと言っても不自然ではないだろう。
流石はクリスマス。
ケーキのラインナップも豊富で、思うケーキが手に入った。
シュラインが興信所に再び戻ると、チキンの焼けるいい匂いが漂っていた。
■04
パーティと言うほど大げさでは無いけれど、クリスマス気分を満喫した夕食。
食前からワインを勧めていたので、武彦はほのかに頬を赤く染めていた。
「どんどん飲んでね。せっかく、新しいのを開けたんだから」
シュラインは、空になったグラスにワインをなみなみと注ぎ武彦に勧める。
「ああ。しかし、今日は大盤振る舞いだな?」
疑問を口にするが、それが不満じゃない。
武彦は、機嫌良く何杯目かのワインを口に運んだ。
「だって、クリスマスじゃない」
にこにこと、シュラインが答える。勿論、こちらは酔ってしまってはいけないのできっちりとセーブしているのだけれども。
「ですよねー。サンタさん、来ると良いなぁ」
最後のサラダを食べながら、零も笑った。
食後には、アルコールたっぷりのケーキも用意してある。
ここまで攻めれば、武彦もぐっすり眠るだろうて。
食事が終わり二人がそれぞれの部屋へ帰るのを見届け、最終準備に入った。
まずは、プレゼントを取り出してくる。
零へのプレゼントは、巨大靴下にセットした。
流石は、最新式の掃除機。コンパクトなサイズに収納できたので、持ち運びもたやすい。
武彦用の湯たんぽには、お湯を入れなくてはいけない。食事の準備中に沸かしたお湯を使うことにする。
最後に、サンタ支援協会営業部長から借りた女性用のサンタ衣装に着替えた。
これで準備完了。
サンタ出勤です。
■Ending
こっそりと忍びこんだはずなのに、零はすぐに布団から頭を出した。ほやよんとしていても、やはり零なのだ。
「…………?」
ずっと暗闇にいたので、目がなれている。零はちょっと首を傾げたようだ。
おそらく、気配でバレているだろうけれど……。シュラインは彼女にだけ聞こえるように、小さく囁いた。
「サンタさんは眠ってる人にしか渡せないのよー」
「!! そうでした。寝ます」
はっと気がついたような声。零は慌てて布団に入りなおした。
良し良し。
再び眠りについた零の枕元に、プレゼントをそっと置く。きっと、明日の朝には飛びきりの笑顔で喜んでくれるに違いない。そっと覗き込むと、期待に胸を膨らませたように口元が笑っていた。
次に、武彦の部屋へと忍びこむ。
予想通り、こちらの気配に気がつく事無くぐっすりと眠りに落ちていた。それでも普段なら、部屋に誰かが忍び込めば異変に気がつくのかもしれない。けれど、今日は特別アルコールを摂取させたのだ。多分、大丈夫。
寝ているうちに蹴飛ばしたのか、きちんと布団を被っていない。引き寄せようと頑張った形跡は見られるが、端を掴むに留まっている。自身は、寒そうに丸まっていた。
プレゼントの湯たんぽをそっと足元に忍ばせてやる。熱が逃げないよう掛け布団を整え、最後に新しいブランケットをかけた。おやすみなさい。風邪をひかないようにね。
心の中で挨拶をした。
もう一度、寝ている様子を覗き込む。
すると、そこには安心したような優しい寝顔の武彦の姿。
口元は幸せそうに笑っていた。
<End>
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
シュライン・エマ様
こんにちは。いつもご参加有難うございます。掃除機を最新式のサイクロンにしてみました。零ちゃんが、新しい掃除機で嬉々として掃除をする姿が浮かびます。そして、武彦氏へのプレゼントが湯たんぽと言うのが、なんともシュライン様らしいなぁと思いながら、書かせていただきました。
今年一年、お世話になりました。良いお年をお迎えください。
それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。
|
|
|