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運命の?赤い糸
世間はクリスマスでうきうきだというのに……。
そっと、小指を見遣る。そこには赤い糸がくるんと巻き付いていた。どうしてこんなものが見えるのか……?
この糸を追うべきか……はたまた放っておくべきか……?
***
愛しの陽狩と連絡がとれなくなって、はや一ヶ月……。
もう明日はクリスマス・イブだっていうのに……。
深夜近くまでもやもやして起きていた巴が、やっと浅い眠りに入っていた時、軽快なメロディが遠くで聞こえてきた。
意識が浮上してきた巴は「うー」と低く唸って音の原因を探した。携帯だと気付いて手を伸ばす。
「はいもしもし」
寝起きの低い声で応対すると、向こうから軽い溜息のような音が聞こえた。
「?」
いたずら?
怪訝そうにする巴は欠伸をなんとか噛み殺した。
<起こしてしまったみたいだな。すまねぇ>
「っ!」
一気に覚醒する。巴は反射的に起き上がり、「陽狩さんっ!?」と返した。
<遅くに悪い。じゃあこれで。おやすみ>
「ストップストップ! いや、寝てないの。寝てないのよ! ちょっとボーっとしてただけなの!」
<え……でも>
「すごく久しぶり……。あ、あの、今日はどうしたの?」
<……いや、あの……>
なんだか言い難そうな陽狩の声に、巴は嫌な予感がしてしまう。
<今日、もうイブなんだけど……すごく急なんだが、予定は空いてる?>
「あ、空いてる! 陽狩さんのためなら何が入ってても空ける!」
強く言うと、電話の向こうで彼が小さく笑ったのがわかった。
<良かった。夕方には会えると思うんだ。ちょっと仕事が立て込んでて……>
「え? で、でも忙しいならべつに……」
言葉尻を濁してしまうのは、やっぱりイブの日だし、会いたいし、という乙女心からだ。
(陽狩さん……もう年末近いのにまだお仕事してるんだ……)
<仕事が終わったら巴の家まで行くから気を遣わなくていい。電話して、行く時間を告げるから。それじゃ>
通話が切られてしまう。忙しい、のだろう。
巴は自分の携帯を見遣り、それから肩を落とした。
せっかくのクリスマスなのに……。
*
学校はすでに休みに入っているため、寝坊しても構わないわけだが……。
陽狩からの電話の後、再びかなりもやもやしたために夜更かしをしてしまったのだ。
昼前に起きた巴はしばらくぼんやりしていたが、ハッと我に返って慌てて支度をし始めた。
夕方とは言っていたが、正確な時間がわからない。支度をしておいて損はないだろう。
鏡の前で自分の姿を確認する。桜色のハイネックセーターに、チェックのスカートを合わせる。これにダークブラウンのブーツと、白のダッフルコートでいいだろう。
我ながら可愛い。きっと陽狩も可愛いと思ってくれる、かな?
前髪をつついていた巴は、その時になってやっと気付く。
「ん? なにこれ?」
小指に糸が絡まっている。
「糸くず? もー」
文句を言いながら引っ張るが、とれない。よく見れば小指にぐるぐると巻きついていた。
「え、ええー? なにこれ。いらないよ、こんなの!」
仕方なくその赤色の糸を目で追う。床に垂れている。それに、廊下のほうまで続いていた。
「なにこれー! ちょ、まさかスカートじゃないよね?」
自分を見下ろすが、スカートにはほつれは無いようだ。安心したが、それどころではない。こんな変な糸をつけて陽狩に会うわけにはいかない。
糸を引っ張って手元に手繰り寄せる。どこまで続いているかわからないが、とりあえず糸をたどって行くことにした。
一瞬、ハサミを取ってくることを考えたが、この糸に興味が出たのだ。だって赤色って。まるで、運命のアレみたいじゃないか。
(も、もしも運命の赤い糸だったら……)
胸がときめいた。
廊下を歩いて行くと、玄関の外まで続いていた。数回瞬きをして部屋に戻ってコートを羽織る。
なんで外に続いているの? なんでそんなに長い糸なの? まあいい。この糸の先がどうなっているか確かめよう。
*
糸は変な方向まで続いている。早く終わらせて戻らなければ。
ちらちらと携帯電話の時刻を確かめる。着信の様子はないし、陽狩はまだ仕事が終わっていないのだろう。
やけに汚い路地裏や、薄暗い場所が多い。巴はびくつきながら歩く。
糸の行方とは逆に、街中は賑やかで華やかだ。クリスマス用の飾り付けが目に付く。これが夜になるともっと綺麗に輝くのだろう。
しばらく赤い糸を辿っていたが、誰も見えている様子はない。足元にこれだけ赤い色が散らばっているというのに。
(目に見えない糸なのね。てことは)
ますます信憑性が!
巴は頬を少し赤く染め、期待に胸がふくらんだ。
しばらく歩くとワンルームマンションの前に辿り着いた。とはいえ、周囲は日陰だ。
きょろきょろと辺りを見回す。
「ビジネス街……だよね? このへん。このマンションが埋まるように存在してるって……しかも絶対立地条件悪いはずだよ」
こんなに日当たりが悪いなんて……ありえない。
近くにあるビルは廃れている。テナント募集という看板があちこちに見えた。
一つはなんだか怪しいものまである。
「なんて読むんだろ……妖撃……? なにあれ。雀荘?」
眉をひそめてその建物から視線を外し、マンションに近づいた。
ちょうど誰かがマンションから出てくるところだったので、巴は仰天する。人が本当に住んでいたのか、ここ!?
ラフなシャツとジーンズ姿の男は、髪を頭の後ろで一つに括っている。なんだか難しい顔をして郵便受けを見つめていた。
黒い封筒の手紙を見て嘆息する。彼は右手に持つ携帯電話を見遣り、悩んでいる様子だった。
凝視する。薄暗くて見えにくいけれど、あれはもしかして…………?
「陽狩……さん?」
巴のその声に反応してこちらを見たのは……間違いない。遠逆陽狩だ。
彼は目を丸くして、何度か瞬きをしたがすぐに手に持つ封筒を握りつぶし、ポケットに押し込む。
少し視線を伏せて頬をじんわりと赤く染めている陽狩に、巴は感動してしまう。素の陽狩を見ることができたのはかなり嬉しい。
ハッとして赤い糸を見る。彼の足元をぐるぐると巻いてはいる。けれども陽狩の小指には…………。
(な、ない!)
糸がない! 赤い糸がない!
がびーんとショックを受ける巴の落胆ぶりに陽狩が怪訝そうにした。
「どうして巴がここに?」
そう言いつつ近づいてくる陽狩は、めかし込んでいる巴の姿に申し訳なさそうにする。
「あ……悪い。今から連絡しようと思ってたんだけど……」
「え? あ、ううん、いいの。ちょっと赤い糸を辿ってたらここに……」
「赤い糸?」
「なんでもないの!」
慌てて両手を振る巴は話題を変えようと陽狩が出てきたマンションを見遣った。
「もしかして陽狩さん、ここに住んでるの?」
「まぁ、寝るだけの場所だけど……。あがってくか? なんにもないんだが」
「………………」
真っ赤になる巴は俯く。
(ひ、陽狩さんの部屋に? ど、どうしよう、心の準備が……!)
何か期待しちゃうのはおかしいのかな。いや、でもまだ日も高いし。
「お茶くらいなら出せるんだけどなぁ……その、高級でもなんでもないものだけど」
「気にしないで陽狩さん! お、お茶くらいなら」
「そうか? お茶請けがないから、後でどっかに食べに行くか」
微笑む陽狩につられ、巴も笑顔を浮かべた。陽狩にはまったく邪心がうかがえないので、なんだか期待外れのような気もした。
*
お、おかしい……。自分の赤い糸は陽狩の部屋まである。なのになぜ……。
陽狩は狭い部屋に住んでいた。1Kの部屋は、本当に寝るためだけの部屋のようだ。
物が極端に少ない部屋の中心で、折りたたみのテーブルの上に湯飲みが置かれる。
私服姿の陽狩は見たことがあるが、髪を結んでリラックスした姿の彼は見たことがなかった。
(髪結んでても可愛い……)
なんだか猫みたいだ。
「陽狩さん、お仕事で忙しかったんでしょう?」
そう切り出すと、陽狩はばつが悪そうな顔をした。
「まぁ……ちょっと知り合いに頼まれてな。依頼料はきっちり出るからいいんだが」
明らかに部屋で休んでいた様子の陽狩を邪魔してしまったようだった。ただでさえ忙しそうなのに……。
「もっとメールとかできればいいんだけどなぁ、オレ、どうも機械が苦手で……」
「いいの。気にしないで陽狩さん。今日は一日中、お休みなの?」
「ああ」
「じゃあクリスマスのケーキ、ここで食べよう! ね? そのほうが陽狩さんも休めるし」
「や、でも……」
「私買ってくるからここで待ってて!」
立ち上がって颯爽と出て行く巴を、陽狩は止めようとしたが、あえて聞こえないふりをした。
外でデートをするのもいいけれど、こうして彼氏の部屋でささやかなクリスマス・イブを過ごすのもいい。
(残念なのは、陽狩さんの指に赤い糸がないってことだけど……)
運命の相手がいないのだろうか? 誰か別の人に繋がっていないだけマシだけど。
陽狩は巴が出て行ったドアを見て、嘆息した。
もう少し休んだら巴に電話をかけて、彼女の身支度が整うのを見計らってここを出る予定だったのに。
世間のイベントに疎い自分でも、さすがにイブの日を空けないわけにはいかない。
「……参ったな」
こんな簡素な部屋に通すこともあまり賛成できないことなのだが……もう後戻りはできない。
プレゼントだけは買ってあるのが幸いした。
戻って来た巴は、フライドチキンの入った箱と、小さなホールケーキの入った箱を持っていた。しまったと陽狩が思った時は遅い。荷物持ちに一緒に行けばよかった。
「これ、後で食べようね陽狩さん」
「え? あ、うん」
頷く陽狩を見て巴は満足そうだ。
困った……夕方まで時間が余っている。
「ねぇ陽狩さん、陽狩さんは最近なんのお仕事してるの?」
さっきと同じ場所に座りながら尋ねてくる巴に、陽狩は困惑した。面白くない話を聞かせることは苦手だ。
「知人から回された護衛とか、退治とか……」
思い出しながらそう応えていると、陽狩は今さらながらにこんなに狭い空間で巴と二人きりだと認識した。
まずい、と頭の隅で警告がする。自分はいいとしても、彼女は未成年なのだし、一人暮らしの男の部屋に上がり込んでいるのは、よくないのではないだろうか?
無防備な巴を見て、内心引きつる。
(頼む……そんなにオレを信用しないで、警戒してくれ)
親御さんのこともあるし、巴の信頼を裏切らないように努めよう。うん。
*
他愛無い会話だけでも楽しかった。陽狩も自分の仕事の話以外は楽しそうにしてくれていたので、良かった。
すっかり日も暮れ、二人はチキンとケーキを食べることにした。
ケーキを食べていると、陽狩がラッピングされた小箱を出してきた。受け取った巴は、頬を赤く染める。
「ありがとう陽狩さん!」
「た、たいした物じゃないんだが……似合うかなと思って」
照れる陽狩が、ちょっとだけ考えて身を乗り出し――――。
彼が離れて巴は慌ててラッピングされた包装紙を丁寧にとり、小箱を開けた。中には可愛らしいピンキーリングが入っている。
その指輪に赤い糸が巻き付いている。これはもしかして……!
(え、ええー! 赤い糸がこれについてる! なんでー!?)
驚愕する巴は、糸が薄れて消えていくのを目撃した。あれ? あれれ?
(き、消えちゃった……)
瞼を擦るが、もう糸が見えることはなかった。
一体なんだったのだろうか? まぁ、でも。
(陽狩さんが嬉しそうだし、いっか)
期待した運命の糸ではなかったのかもしれない。でも、彼のところに導いてくれた赤い糸に感謝、だ。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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PC
【6494/十種・巴(とぐさ・ともえ)/女/15/高校生、治癒術の術師】
NPC
【遠逆・陽狩(とおさか・ひかる)/男/17/退魔士】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご参加ありがとうございます、十種様。ライターのともやいずみです。
恋人たちのささやかなクリスマス・イブとなりました。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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