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<東京怪談・PCゲームノベル>


【D・A・N 〜Third〜】


 仕事前に少し街をぶらついてみようかと思った深沢美香は、特に目的地もなく雑踏の中を歩いていた。
 まだ時間に余裕はある。どこか店にでも入ろうかと思い周囲を見回した先に、見知った人影を見つけて美香は思わず息を呑んだ。
 薄茶の髪にダークブラウンの瞳、そして端正な顔。不思議でどこか掴み所のない人物――明哉だった。
 彼は何かを探すように視線を彷徨わせたかと思うと、不意に勢いよく美香のほうへと振り向く。そうして美香が何の反応も出来ないうちに走り寄ってきた。
「深沢さん、だよね?」
 確認するように名を呼ばれ、頷く。そういえば彼が自分の名を口にするのは初めてじゃないだろうか。
「今のとこ大丈夫っぽいかな? あーでもアレ性格悪いし、一緒にいた方が無難かも――」
 ぼそぼそと独り言のように明哉が呟く。と、その最中、周囲の様子が一変した。

◇ ◆ ◇

 夜闇よりもさらに深い、完全なる闇。先程まで周囲を当たり前のように照らしていた太陽はどこにも見えず、それどころか地面すら危うい。
 予想外の事態に驚き、戸惑う美香の眼前で、明哉が「あちゃー」と苦々しげな顔で漏らしていた。
「あの、……明哉さん?」
 何となく、彼にはこの周囲の変化の理由が分かっているのではないかと思い、尋ねようと声をかける。しかしそれに反応して美香を見た明哉は、次の瞬間驚愕の顔で目を見開いた。
 そして美香の耳に、誰かの声が届く。
「こうして顔をあわせるのは久しぶりだな、明哉」
 明哉の視線を辿った美香は、そこに居た人物に少なからず驚いた。
(黎也さん…?)
 それは一度だけ会ったことのある、黎也だった。しかし以前明哉から聞いた説明からすると、明哉と黎也は同時に存在することは出来ないはず。それなのにどうして彼がここに。
 疑問を口にすることも出来ないまま、美香は再び明哉を見た。
 彼は何かを恐れるような瞳で、身体を小刻みに震わせていた。
「れい、ちゃん……」
 掠れた声で力なく呼ぶ。とりあえず二人の間から移動した美香は、黎也が僅かに口元を緩めたのを見た。
「変わらないな。変わるはずもないが。俺とお前の時は『あのとき』から止まったんだからな」
 びくり、と明哉は肩を揺らす。垣間見えた表情は、恐怖に彩られていた。
「俺は『先』を知っていて、それでもいいと思っていた。それが最善だと考えていたからだ。だがお前は、自分の感情で、自分のエゴで、俺を留めた。それを一概に悪だとは言わない。俺とお前は『対』だ。『対』を失うのが何にも勝る恐怖になることは、俺だって分かっている。だが、」
 一度言葉を切った彼は、ゆっくりと明哉に近づく。そして一歩分の間を空けて、立ち止まった。
「分かるだろう。俺の魂は既に限界に程近い。バランスは段々と崩れてきている。猶予はもうそれほどはない」
「……い、やだ」
 まるで子供のような仕草で、明哉が首を振る。突きつけられる事実を認めたくないとでも言うように。
「術は永遠に続くものではない。元の身体の持ち主の方が優位なのは当然のこと。だからお前は焦って、『魔』を召喚したんだろう?」
「や、め……いやだ…ッ」
「なあ、もう充分だろう。長きに渡って俺は理に反して留まった。もう、これ以上はいいだろう」
 淡々と言葉を紡ぐ黎也とは対照的に、明哉はほとんど泣きそうな表情で、声もなく首を振り続ける。
「だから」
 これ以上ないほど、優しく黎也は微笑んだ。その姿が、一瞬で血まみれに変わる。
「早く、俺を死なせてくれ」
「――ッッああぁああぁぁあ!!!」
 魂切るような絶叫が、明哉の口から迸った。頭を抱え、痛みに耐えるかのように身体を折り曲げる。
 それを満足げに見下ろした黎也は、一瞬のうちに姿を消す。けれど明哉はその場に蹲ったままだ。
 彼らが相対している間口を挟むことも出来ずに一部始終を見ていた美香だったが、はっと我に返る。
 彼らの交わした言葉の意味はよく分からなかったが、今目の前で、何故かは分からないが明哉が苦しんでいるのは事実。
 美香は意を決して、一歩一歩明哉の元へと歩む。その間も明哉は反応せず、ただ己の身体を抱くようにして震えているのみだった。
 明哉のすぐ傍にしゃがみこみ、様子を伺う。恐怖と、苦痛と、その他美香には窺い知れない諸々の感情を瞳に宿らせて、彼は震えていた。
 どう行動すべきだろう、と思って、先日明哉と会ったときのことを思い出した。いまいち理由を把握できていないが、自分に何らかの異変が起こって、それを明哉が解消してくれたのだ……と思う。
 そのときのことを詳しく思い出してみようとしてみるが、どこか霧がかかったようにぼんやりとしていて、有益な対処法などは思いつかなかった。
(どうすれば……)
 おろおろと辺りを見回すが、最初と変わらず一切の闇が広がるばかり。とりあえず正気づかせるなり体調の確認なりをすべきだろうかと、明哉の肩へと手を伸ばす。
 しかしその手は肩に触れる寸前に止められた。明哉の手に掴まれたのだ。
 苦悶の表情を浮かべ、どこか焦点の合わない瞳で明哉は美香を見てくる。驚きと、言うべき言葉が分からないために無言でそれを見返す。
 しばらくの後――正確な時間は分からないが、それほど長くはないだろう――明哉の視線が定まり、はっきりと美香へ焦点を結んだ。
 上がった呼吸を沈めながら、明哉はゆっくりと美香の手を解放した。
「ゴメン。……取り乱した」
 一度目を閉じ、深く息を吐く。そうして立ち上がった。
「みっともないとこ見せたね」
「そんなこと――」
 咄嗟に反駁しようとするが、それを明哉が手で制した。そして何か――歌のような、詩のようなものを言の葉に乗せ紡ぎだす。
 それがこの、空気すらも止まって思える空間に響いたかと思うと、周囲の景色――闇に一瞬で亀裂が入った。
 そうしてガラスが割れるように、鏡が砕けるように、全ては崩れ落ちた。
『随分と過激なものだな』
「誰のせいだと思ってんの? しかも無関係の人巻き込むとか信じらんない。アンタの性格の最悪さは分かってたけど、こういうのって暗黙の了解って奴じゃん。しかも一応オレ契約主なんだけど」
 崩れ落ちてゆく闇の中。明哉のすぐ傍にぼんやりとした『影』が現れる。それに剣呑な瞳を向ける明哉。
『無関係? その人間が?』
 揶揄するような声音に明哉がますます眉間に皺を寄せた。
「無関係だよ。何か文句でも?」
『いや? 既に縁が出来ている人間が無関係なのかと思っただけだ。主はそう思っているのだろうが、実際のところ無関係とは言いがたいな』
「――…どういうこと?」
『主は“対”を消したくないがために、その方法を求めて我を召喚したな。前回も今回も』
「そうだけど」
『ならば、一つ助言をしよう。主が“対”を永らえさせたいのであれば、主は他と繋がりをつくらぬほうがいい。……それだけだ』
 その言葉を残して、『影』が消える。そして完全に闇は崩れ去り、――美香と明哉は街中に立っていた。
 明哉が小さく舌打ちする。忌々しげに何事かを呟いた。
 一体今の出来事はなんだったのか。周囲があまりにも『日常』の様相を呈しているため、まるで夢だったかのようだ。
 時計を見ればさほど時間は経っていない。仕事の時間まではまだ余裕がある。
 ぴりぴりした気配を纏う明哉の背中を見ながら、さてどうしようかと思案する美香だった。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6855/深沢・美香(ふかざわ・みか)/女性/20歳/ソープ嬢】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、深沢様。ライターの遊月です。
 「D・A・N 〜Third〜」にご参加くださりありがとうございました。 お届けが大変遅くなって申し訳ありませんでした…!

 舞台は昼ということで、明哉と遭遇していただきましたが……ほぼ会話がなくてすみません…。
 明哉がわりと自分のことで手一杯で、説明とかしてられないよ的状況だったせいなのですが。
 謎をばら撒くだけばら撒いて放置状態ですが、後々詳細なども明かされる…はずです。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。