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<東京怪談・PCゲームノベル>


 宝物

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 クロノクロイツの果て。時の最果て。
 どうして、こんなところまで来てしまったんだろう。
 何かに導かれるように、自然と足は、この場所へ。
 初めて踏み入る区域。そこには、黒い神殿のようなものがあった。
 どことなく……時計台とデザインが似ているような気が、しなくもない。
 暫し神殿を見上げ眺め、意を決して中に入る。
 入るべきではないのかもしれない。後悔するかもしれない。
 そうは思うけれど、踏み出してしまった足と心を引っ込めることは不可能だった。
 神殿の中は、不思議な雰囲気に満ちていた。
 そっと壁に触れれば、まるで、氷のように冷たい。
 何なんだろう。ここは、一体、何の為に在る場所なのだろう。
 疑問を抱きながら進み続けると、やがて行き止まり。
 少し開けた空間。見上げれば、天井は綺麗なステンドグラスで彩られていた。
 身が引き締まるような、厳粛な雰囲気……。
(……?)
 自然と正された姿勢のまま目線を下げた時。
 空間の中心部に、箱が置かれていることに気付く。
 床のデザインと見事に同化しているが故に、
 見落としてしまっても、何らおかしくはなかっただろう。
 カツカツ、と靴音を響かせながら、その箱へと歩み寄る。
 鍵は……かかっていないようだけれど。
 身を屈めて、暫し思い悩む。
 開けるべきだろうか。
 開けぬべきだろうか。
(…………)

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 暫く、ジッと箱と見つめ合う。
 何も考えずに見つめ合うこと、およそ5分。
 クレタは、そっと箱の蓋に手を掛ける。
 不思議な感覚を覚えた。
 何してるの? 早く開けてよ! と箱が言ったような。
 あぁ、ごめん。すぐ開けるよ。 と自分が応じたような。
 言葉はなかったけれど、そこには確かに会話があったような。そんな気がした。
 そっと蓋を開けると、箱の中には、美しい銀色の指輪が一つ。
 取り出し、掌に乗せて。今度は、指輪と見つめ合う。
 見ていると懐かしい気持ちになる……。胸がギュッと締め付けられるような……。
 そうだよ、忘れるはずがない。僕、ずっと探してたんだ。この指輪。
 全てを思い出した瞬間から、ずっと探していたんだ。
 Jに貰った指輪。大切にしていた指輪。
 いつでも、こうして掌の上に乗せて眺めては……満たされていた。
 うん……。今も、その気持ちは変わっていない。
 すごく幸せな意味で……胸が苦しくなる。
(…………)
 指輪を見つめるクレタの表情が次第に曇っていく。
 あれ……。おかしいな……。僕、これ、いつ貰ったっけ。
 あんなにも大切に想っていたのに、こんなにも大切に想うのに。思い出せない……。
 宝物に関する記憶が欠落していることは、クレタを切ない想いにさせた。
 大好きで大好きで堪らない人から貰ったものなのに、
 いつ、どこで、どんな風に貰ったか、受け取ったかを思い出すことが出来ない。
 その状態を、クレタは『酷い』と感じていた。
 どうして忘れてしまったんだろう。どうして思い出せないんだろう。
 欠落した記憶を埋めようと、必死に思い返すクレタ。
 ギュッと目を閉じて、指輪を握り締めて、ありったけの彷彿を。
 けれど、どうしてだろう。他のことは、いくらでも思い出せるのに、
 この指輪に関する記憶だけが、スッポリと抜け落ちてしまっている。
 忘れるはずがないのに。どうして忘れてるの?
 ありえない事実、認めたくない事実に苦しむクレタ。
 そんな彼の耳に、救いの声が届く。

 ― 教えてあげようか?

 フッと目を開くと、手の中の指輪が淡く輝いていた。
 今……僕に話しかけたのは、きみなの……?
 どうして指輪が喋るのか、そんなことは今、どうでもいい。
 クレタは手を広げ、指輪に願った。
 教えて。知っているのなら、教えて下さい。
 きみと僕とJの御話。聞かせて下さい……。

 *

「クレタ」
「……はい」
「目、開けて良いよ」
「…………」
 ソファに座らされて、目を瞑れと命じられて。
 僕は、あなたの言葉に従った。あなたの言うとおりにした。
 どのくらいかな。目を閉じたまま、聞こえてくる音に耳を澄ましていた。
 あなたが、何をしているのか。どうして、目を瞑らねばならなかったのか。
 突然のことだったから、余計に理解らなくて。僕は、あれこれ考えた。
 その全てが、目を開くことで一気に明らかになる。
 僕は、目を見開いた。
 目の前に、ご馳走が並んでいたから。
 どれも、僕が好きなものばかり。というか、僕が好きなものしか並んでいない。
 並ぶ料理に囲まれるようにして、大きなケーキがあった。チョコレートケーキ。
 ケーキの上には、ロウソクが、1、2、3、4……16本。
 揺れるロウソクの炎を見つめながら、僕は尋ねた。
「これ……何ですか……?」
 その質問に、あなたはクスクス笑って。僕に、新たな知識を刻んでくれたんだ。
 クレタ。これはね、誕生日祝いってやつだよ。誕生日っていうのは人間なら、誰にでもあるもの。
 この世に生を受けた日、存在することを世界に認められた日。それが、誕生日。
 この空間に生まれた以上、キミも特別な存在だ。人間のように、歳を老い重ねることは出来ない。
 けれど、キミにだって『誕生日』はある。俺が、キミを生んだ日。その日が、キミの誕生日。
 永遠に16歳。それ以上にも以下にもなれないけれど、それを悲しいことだなんて思わないで。
 俺だって、正直なところ、どうしてキミが16歳なのか……そこは、理解らない。
 でも、キミは16歳として、16歳相応の心と身体を持って生まれた。
 もしかすると、キミの身体や心も全て、俺の好みで形成されているのかもしれないね。
 クレタ。人はね、こうして生まれたことを喜び合うんだ。
 考えてもみてごらん。それまで存在していなかったのに、誕生するってこと。凄いことだと思わない?
 しかも、生まれた瞬間に、世界がキミを認めてくれる。いや、存在することを認めてくれたから、生まれることが出来た。
 世界がキミを必要としているのか、俺がキミを必要としたのか。それは理解らないけれど。
 嬉しく思うよ。キミが、こうして俺の傍にいること。一緒にいられること。
 だから、お祝いするんだ。キミが生まれたことを。
「クレタ。手、出してごらん」
「……?」
 僕は、キョトンとしながら手を出した。
 すると、あなたは僕の掌の上に、綺麗な指輪を置いたんだ。
 僕が、あなたに貰って身に着けているアクセサリーと質感は同じ。
 でも……何だろう。特別。そんな気がした。
 指輪を手に取り、ジッと見つめて、僕は淡く微笑んだ。
 どうして微笑んだのか、あの日の僕には理解らなかったけれど。
 嬉しかったんだ。あなたからの贈り物が、嬉しかったんだ。
「ちょっと痛いかもしれないけど。我慢してね」
「……?」
 微笑む僕の手を取り、あなたは、ギュッと握った。
 言葉のとおり、掴まれた手から全身へビリッと痛みが走る。
 その痛みを感じた瞬間、手に持っていた指輪が眩く輝いた。
「!」
 あまりの眩しさに目を閉じてしまった僕。
 一体、何が起きたのか。理解できぬまま、僕は、ゆっくりと目を開けた。
 指輪から、細い煙が昇っている。あなたは、その煙をフッと吹き消して笑う。
 うん、よし、成功したね。リバウンドも……うん、問題なさそうだ。
 キミの身体が耐えられるか心配だったんだけど、余計な心配だったみたい。
 あぁ、ごめんね。意味が理解らないよね。そんな可愛い顔しないで。
 クレタ。約束してくれるかな。
 そうだな……人間は、一般的に20歳で『大人』だと認められるから、それに従おう。
 今日は、キミの1回目の誕生日。この誕生日を、あと19回。
 20回目の16歳を祝う日が来たら、この指輪をキミに返すよ。
 すぐに没収するのも何だから、今日一日は、持っていて。
 明日になったら、俺はキミから、その指輪を取り上げるから。
 キミが、どんなに首を左右に振っても、悲しい目で見上げても、取り上げるから。
 それまでの間、持ってて。大切に持ってて。しばらく会えなくなるから、後悔のないように。
 あなたの言葉に頷き、僕は指輪をギュッと握り締めた。
 納得した様子の僕を見て、あなたは微笑んで。
「それじゃあ、お祝いの続きをしようか」
 そう言って、僕の頭を撫でた。

 *

 そうだ……。誕生日。1回目の誕生日のとき、僕はJから、この指輪を貰ったんだ。
 言ったとおり、次の日には、僕の手から消えていたけれど。
 一日だけって約束したから、それを認めたから、僕は探すことをしなかった。
 どこに隠したの? って、訊きたかったけど訊かなかった。
 Jとの約束だから。約束を破って怒られるのは嫌だったから。
(…………)
 そうか。ここに、あったんだ。Jが、ここに隠したのかな……。
 どうして、僕、ここに来たんだろう。この指輪が、ここにあるだなんて知らなかったのに。
 疑問を抱きながら、クレタは指輪を、自身の左手薬指に嵌めた。
 どうして、その指なのか。どうして、嵌めたのか。理解らなかった。
 大切な指輪を自分の指に飾る。その行為は、自然な流れの中で実行されたものだった。
(……?)
 嵌めた途端、指輪から細い煙が昇っていく。真っ直ぐに、スーッと上へ上へと伸びていく煙。
 やがて、煙は天井を彩っているステンドグラスと接触する。
 あの日と同じ。眩い光がクレタを包み込んだ。
 蹲るような体勢で、ギュッと目を閉じて眩しさを堪える。
 次第に晴れていく光。クレタは、ゆっくりと目を開いた。
 そして、すぐさま異変に気付く。自分の身体から、光が溢れ漏れていることに。
 危険なものではない。それは理解る。寧ろ、温かくて……優しい光だ。
 どうして、こんなことになっているんだろう。一体、何が起きたんだろう。
 キョトンとしながら、ジッと指輪を見つめるクレタ。その背中に、近付く足音。
 良かった。ちゃんと覚えててくれたね。
 もしも、キミがいなかったら、どうしようかなって思っていたよ。
 良かった。ちゃんと覚えててくれたね。まぁ、キミが忘れるはずもないんだけど。
 ねぇ、クレタ。調子は、どうだい? 身体、凄く軽くなっただろう?
 その状態が、本来のキミの姿。あおの溢れる光も、元々、キミの身体の中にあったものだ。
 キミはね。気付いていなかったようだけれど、物凄いチカラを持っているんだ。
 いや、性格には、持っていた、と言うべきかな。
 俺さえも凌ぐチカラ。キミの身体には、凄まじいチカラが眠っていた。
 怖かったんだ。そのチカラが、いつか暴走してキミを蝕んでしまうんじゃないかって。
 だって、キミは何も知らない無防備な子供だったから。
 だからね、俺は、その指輪にキミのチカラを封じた。
 必要最低限のチカラだけを残して。
 キミが今日、ここの来たこと。
 その指輪と会話した事実。
 そして、その指輪を嵌めたこと。
 その全てが、一本の線で結ばれる。
 何だか、巣立とうとしている子供を見送るような……そんな切ない気持ちもあるけれど。
 有難く、そして何よりも喜ばしい日だから、笑顔で告げるよ。
 足音に気付き、顔を上げて振り返ったクレタ。
 振り返った先には、カツカツと靴音を響かせて歩み寄ってくるJの姿。
 淡く微笑みながら、Jは花束を差し出して告げた。
「メリークリスマス。……誕生日おめでとう、クレタ」

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 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / J / ♂ / ??歳 / 時狩 -トキガリ-

 シナリオ『 宝物 』への御参加、ありがとうございます。
 誕生日おめでとうございます。そして、メリークリスマス。
 聖なる夜に、あなたが生まれた幸せを。
 指輪は、アイテムとして贈呈致しました。御確認下さい。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.12.24 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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