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<東京怪談・PCゲームノベル>


 HAL

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 東京都渋谷区。
 ここは、いつでも賑やかで活気に満ちている。
 が、人が集まる場所では、トラブルが絶えない。
 まぁ、そんなトラブルも、魅力の一つではあるけれど。
 とりあえず、目的の店に急ごう。予約しているから、焦る必要はないけれど。
 道行く人の合間を器用に縫って、目的地へと赴く。
 何の変哲もない平和な日曜日。少し退屈な日曜日。
 今日も、そのはずだった。
「あ。キミ、ちょっと良いかな?」
「…………」
「少しだけ。ほんの少しだけ、お話聞いて?」
「…………」
「すぐ終わるから。ほんとに」
「…………」
 あぁ、これも街の醍醐味。トラブルの一つ。
 どうしてこう、キャッチってのは、しつこいんだろう。
 前々から思っていたけれど、この職に就く人って、
 普段から、しつこいんだろうか。そういう性格なんだろうか。
 掛かる声を、ひたすら無視し続けて歩く。
 しばらく歩けば諦めて、ターゲットを変える。
 そう、いつもなら、これで回避できたんだ。
「待ってってば。逃がさないぞ」
「…………」
 見上げた根性だ。キャッチセールスマンの鏡とでも言ってやろうか。
 声を掛け続けていた男は、ズイッと身を乗り出して進路を塞いだ。
 そこまで言うなら、少しだけ……だなんて、言うはずがない。
「急いでるんで」
 少々睨み付けて、どいてくれと訴える。
 不本意だが、目に映り込む男の姿。
 銀の短髪に眼鏡。まぁ、見た感じは普通の男だ。
 睨み付けたにも関わらず、男は退かなかった。
「はい、これ」
「…………」
「よければ、来てね。じゃ、また」
「は? ちょ……」
 どのくらい、時間を潰されてしまうんだろう。そう示唆していたのに。
 男は、黒いフライヤーを手渡すだけで、さっさと立ち去ってしまった。
 目で追えば、男は既に別の人物に声を掛けている。
 正直、拍子抜けだ。こんなキャッチもあるのか。
 もしや、新手か。あっさりした態度で、逆に興味を引くという……。
 斬新かもしれないけれど、そう易々と引っかかるものか。
 溜息混じりで、渡されたフライヤーをクシャリと……潰そうとしたのだが。
 記されていた事柄が、あまりにも妙で。うっかり立ち止まり、見やってしまった。

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 INFORMATION / 生徒募集中
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 HAL入学・在籍生徒を募集しています。
 年齢性別不問。大切なのは、向学心!
 不定期入学試験を、本日実施しております。
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 試験会場 / HAL本校1F会議室
 試験開始 / 15時30分
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 試験進行は、以下の通り実施致します。
 15時35分〜 / 学力審査
 16時15分〜 / 面接試験
 17時30分〜 / 合格発表
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 以下の受験資格を満たした状態で御来校下さい。
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 ・特技がある(面接試験にて拝見致します)
 ・深夜0時以降の活動が可能な人
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 HAL本校までの道程は地図を御参照下さい。
 お友達と御一緒の受験も歓迎致します。
 試験開始時刻までに、HAL本校へ。
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「…………」
 噂には聞いていた。この辺りに、妙な学校があると。
 確かに、これはかなり怪しい。特に、この受験資格。
 深夜0時以降の活動が可能な人、って……。
 意味が理解らない。授業開始が深夜なのか?
 隅々まで目を通せど、その辺りの説明は見当たらない。
 こんな、あからさまに怪しい学校……受験する人なんているんだろうか。
 そんなことを考えながら、フライヤーを見やって首を傾げる内、周りの異変に気付く。
「…………」
 自分が持っている、このフライヤーと同一の物を持った人々が、
 ゾロゾロと同じ方向へ向かって歩いていくではないか。
 目を落として見やれば、彼等の足取りは、地図通り。
 あれ……。まさか……これ、全員、受験者?

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(ふぅん……。あの学校って、こうやって生徒を増やしてるんだぁ〜)
 フライヤーを見やりながら、一人でウンウンと頷く霊祠。
 どこへ行くつもりなのか、はたまた、どこからやって来たのか。
 霊祠の風貌は、あからさまに珍妙なるものだ。
 今日も今日とて、渋谷は大賑わい。足の踏み場もないほどに大混雑。
 なのにも関わらず、霊祠の周りだけは、とっても快適な空間が実現している。
 行き交う人々の多くは、秋葉原から来たか、秋葉原に向かう途中の人なのだろうと認識しているようだ。
 残念ながら、それはハズレである。
 とはいえ、いつでも、こんな格好をしているというわけでもない。
 霊祠いわく『ヒーローな気分の時』は、この格好じゃないと外を出歩けないらしい。
 気持ちの問題らしいが、そのあたりを正確に把握するのは難しそうだ。
 誰もが距離を置く、そんな格好なのに、フライヤーを渡した男は何の躊躇いもなかった。
 そればかりか、数え切れぬほどいる人の中で、霊祠に狙いを定めていたかのような傾向もある。
 いつだって、声を掛けられる時、その目的は似たり寄ったりだ。
 大抵は、写真良いですか? などと見知らぬ女の子に頼まれて、
 それって、何のコスですか? と、意味のわからない質問をされたりだとか、
 何だか意味のわからない石を売りつけられそうになったりだとか。まぁ、そのくらい。
 チラシ配りやティッシュ配り。霊祠は、それを体験したことがない。割と希少な子だ。
 鼻水に悩まされる春先も、自分から「ちょうだい」と言いにいかねば貰えない。
 そんな自分に、チラシ(フライヤー)を配ってくれた人。
 初体験の嬉しさは、計り知れぬほどに大きい。
 フライヤーに記されている『HAL』という学校については、そこそこ知っている。
 まぁ、この賑やかな街の中心にあるくらいだ。嫌でも目につくし、噂だって絶えない。
 知り得ているのは、この学校では、ちょっと変わった勉強が出来るということと、
 真夜中でも、校門が閉まることなく、生徒たちが楽しそうにお喋りしているということ。
 どんな勉強をしているのかだとか、どうして真夜中でも開いているのかだとか、詳しいことは理解らない。
 よくわからないという時点で、霊祠の興味を引くには十分だ。
 試験かぁ……。どうでしょうねぇ。ん〜……まぁ、受けるだけならタダみたいですし、
 ちょ〜っと、遊びに行ってみましょうか。せっかくの御誘いですしねぇ。ふふふ。
 えぇと、会場は〜……ふむふむ、とりあえずこの学校に行けば良いみたいですね。
 うん、迷う心配はなさそうです。だって、ほら。皆さん、行き先は同じみたいですし。
 何だか、こういうのって楽しいですねぇ。皆でワイワイ、遠足みたいですねぇ。ふふふ。

 謎の学校『HAL』
 その1階にある会議室にて、第一の試験が執り行われた。
 とりあえずは筆記試験。霊祠は、一番後ろの席に着席している。
(ん〜……)
 問題用紙と睨めっこしつつ、何だか難しい顔をしている霊祠。
 小学校に通うことなく中学生の年齢になった彼にとって、これらの問題は難易度が高い。
 けれども、まったく理解らないというわけでもない。ちょっと考えれば、自ずと答えは見えてくる。
 その答えに辿り着くまでが一苦労なのだが、霊祠には心強い経験と過去がある。
 これまでに、家庭教師から習ったこと、お友達のアンデットたちに教えてもらったこと。
 それらに合わせて、自分なりに勉強というものを毎日少しずつやってきた、それらの経験を駆使して試験に挑む。
 解答用紙の埋まり具合は上々だ。早いというわけではないが、正確に一つずつ埋めていっている。
 これはですね、え〜とですね、あっ、そうです、そうです。2で割れば良いのです。
 それからですね、こっちのはですね、え〜とですね、あっ、そうです、そうです。ingを付ければ良いのです。
 えぇ〜と次は……ふむふむ、これはですね、あれ……どうやって解くんでしたっけ。
 えぇ〜と、えぇ〜と。ちょっと待って下さいよぅ。もう、この辺まで出てきてるのです。
 もう一息。もう一息で思い出せそうなのです。ちょっと待って下さいよぅ。えぇ〜と……。
 ムムゥと眉間にシワを寄せて問題と向き合う霊祠。
 クルクルとペンを回し……ているつもりなのだろうが、回ってない。
 何度も机の上に、カツンコツンとペンが転がっている。
 その度に霊祠は慌てて手指から逃げたペンを捕まえ、再び問題と向き合う。
 解けぬのであれば、後回しにして他の問題を解いておくのが賢いやり方かもしれないが、
 霊祠は、そのままずっと解けぬ問題と向き合っていた。性格が垣間見える。
 まだ半分以上問題が残っているのにも関わらず、だ。
 およそ13分後に、難問を解き明かすことが出来たものの、
 案の定、あわあわとパニック状態に陥る。
「はい。あと5分よ〜。ケアレスミスがないかチェックしておきなさいね」
 試験官らしき女性が腕時計を確認し、髪をかき上げながら終了時刻が迫っていることを告げる。
 あの人は先生なのでしょうか。そうだとしたら、人気がありそうですねぇ。
 綺麗な人だと思います。うんうん……って、そんなこと考えている場合ではないのですよ。
 急がねばならないのです。しっかりするのです、僕。
 自分で自分にツッこみを入れつつ、残り僅かな時間に全力を投じる霊祠。
 終了と、ほぼ同時に解答用紙を全て埋めることが出来たようだ。
 はふぅ〜……と大きく息を漏らしながら霊祠はペタリと机に伏せた。
 中々の難問でした。ちょっと夢中になりました。面白かったですよぅ。
 慌てたのは久しぶりでしたけど、だからこそ面白かったような気もしますねぃ。

 筆記試験の後は面接。まったりと余韻に浸っている暇はないのだ。
 会議室を出て、霊祠は案内に従い面接会場である2階の図書室へとやって来た。
 扉の前は、受験者でごった返している。その人数の多さに霊祠は驚きを隠せない。
 あれぇ〜……こんなにたくさんいたんですか〜。
 筆記試験の時は、これの3分の1くらいだったと思うんですけども。
 あぁ、そうか。他の場所でも筆記試験やってたんですね〜。
 図書室前にある階段に腰を下ろして、キョロキョロと辺りを窺う霊祠。
 受験生の年齢層は実に幅広い。自分と同じ歳くらいかな? と思える者もいれば、
 明らかに自分よりも年上だと認識させる大人もいる。そのまた逆も然り。
 これだけたくさんいると、不安になってくる。
 一体、この中から何人が合格するのだろう。
 もしも10人程度だったとしたら……物凄い倍率になるではないか。
 とはいえ、霊祠は、何が何でも合格したい! と意気込んでいるわけではない。
 ちょっとフラッと来てみただけ。果てしなく『冷やかし』に近い。
 だが、折角受験したのなら合格したいと思うのは普通だ。
 でも、実際に合格してしまったら困るような気もする。
 毎日通っている普通の中学校は、どうすべきか。
 授業の時間が何時から何時までなのか、その辺りは定かではないけれど。
 両立は難しいような気がする。そうなった場合は……。
 あれこれと考えている内、霊祠の名前がコールされた。
 ハッと我に返って勢い良く立ち上がり「はぁい!」と良い返事をしてみる。
 すると扉の奥から笑い声と「中へどうぞ」の言葉が聞こえてきた。
 霊祠は背筋をピッと正し、扉を開けて面接室の中へ。
 面接も初体験だ。何となく、どういうものかは理解っているけれど正確な立ち振る舞いは不明。
 結果、霊祠の動きはロボットに近いものとなった。
「ロボットダンスが特技?」
 霊祠の動きを見つつクスクス笑って言った男。
 面接官……なのだろうけれど、どうもシャキッとしない印象を受ける。
 先程、筆記試験で試験官を務めていた女性と同じく、胸元に黒い星のピンがついていることから、
 教員か、それに順ずる立場であろうことは間違いなさそうなのだが。
 先生というよりは、クラスメートだとか……そんな印象だ。
 見た目が若いだとか、そういうことではなくて雰囲気というか。
 誰とでも親しく話せそうな、そんな印象。これはこれで、また人気のありそうな教員だ。
「特技? あぁ、えぇ〜と……ダンスは得意じゃないのです」
 ピタッと静止して面接官に告げた霊祠。
 面接官は書類を確認しながら言った。
「そう。ちょっと残念。面白かったんだけどね」
「面白かったですか。え? 何がです?」
「きみの動きが」
「あ、そうですか。それじゃ〜もう一回やりましょうね」
「うん?」
「…………」
「ん?」
「……僕、どんな動きしてました?」
「ぷ。えーとね。ダンスはいいから、特技を見せてくれるかな」
「特技、ですか。ちょっと待って下さい」
「うん。待つよ」
 特技を見せてくれ、と言われた場合どうすべきか。
 ドラゴンリッチを召喚します! だとか、グールやスケルトンとお喋りします! だとか……。
 それは立派な特技になる。なるのだろうけれど……あまり大っぴらにするべきではないような気もする。
 いつものように気味悪がられたら悲しいし、それが原因で不合格になっても悲しい。
 しばらく考えた後、霊祠は無難な特技をチョイスして披露した。
 手元にポンと魔術所を出現させて、それを空中にフワフワと漂わせながらページを捲り、
 優秀な学者でも解読が難しい内容をペラペラと読み上げてみたり。
 先程受けた学力試験の内容を英語でペラペラと暗唱してみたり。
 更にオマケで、暗唱している内容を両手で同時に日本語とロシア語でライティングもしてみたり。
 言語力と記憶力のアピールは、正解だったようだ。
 面接官は感心した面持ちで拍手を送り、書類にペタンとスタンプを押した。
 スタンプの押下が何を意味するのかは理解らないけれど、悪い展開ではなさそうだ。
「へぇ。凄いね。えーと。きみ、いくつだっけ」
「13歳ですよ〜」
「へぇ。それなら尚更凄いや。ところで、その格好は趣味か何か?」
「はい〜? すみません、ちょっと質問の意味が理解らないのです」
「…………」
 暫しの沈黙の後、試験官は、神妙な面持ちでウンと頷き、
 カードらしきものに何かを書きとめて言った。
「はい。オーケー。お疲れさま。結果発表は17時半からだから、それまで適当にブラブラしててね」


 適当にブラブラしていてくれ、そう言われたとおり、霊祠は校内をブラついていた。
 あちこち見回って何度も迷子になりかける、それを繰り返す内に妙な感覚を覚える。
 どうしてでしょうね〜。外から見た大きさと、実際の内部の広さが一致しないのですよ〜。
 こう見えても、方向感覚には自信があるのです。迷子になんて一度もなったことがないのです。
 歩いている内に、建物の構造が何となく理解るような感じなのです。あ、これも特技です?
 えぇと、だからですね、要するに〜……不思議なのです。
 1分1秒ごとに構造があちこち変わっているような感覚なのです。
 不定だから、何が何だか理解らなくなって迷いそうになってしまうのですよ。
 どういうことなんでしょうね〜。不思議ですね〜。面白い所ですね〜。
 ニコニコと微笑みながら歩く霊祠の目はキラキラと輝いている。
 まるで、遊園地に来て、無数のアトラクションを前にワクワクしている子供のようだ。
 そうして校内を満喫していると、突然、携帯電話が着信。電話ではない。メールだ。
 こんな時間に誰だろう? と首を傾げつつ、受信ボックスを開く霊祠。
 差出人のメールアドレスは『 hal@crymoon 』
 メールには、こう書かれていた。
 =============================================================
 Mr.Crescent
 =============================================================
 合格おめでとう。
 0時に再登校して下さい。遅刻は厳禁です。
 なお、本メール受信後10分以内に、
 希望クラス(A〜C)を返信して下さい。
 返信の際は、メールの末尾に名前と学生コードを記載すること。
 再登校後は、返信した希望クラスの教室で待機して下さい。
 =============================================================
 メールを確認して、霊祠は暫しピタリと立ち止まって硬直。
 思うところは多々ある。まず、メールアドレスなんぞ教えただろうか。
 思い返してみるも、心当たりはない。筆記試験の際も面接の際も一切触れていない。
 そもそも、今、こうしてチェックするまで携帯の存在を忘れていたほどだ。
 それから、合格の二文字。まぁ、嬉しいことなのだが……こうして知らされるのか。
 もっと、こう……春先にテレビで見るような歓喜いっぱいのシーンを想像していた。
 合格を喜び合うような友人は、この場にはいないけれど、
 知らない人でも構わないから一緒に喜び合おうと思っていた。
 正直なところ、ちょっぴり楽しみにしていたのに……。
 更に、再登校の指示。0時……深夜0時に再登校せよとの指示。
 そう言われて見れば、街で貰ったフライヤーにも書かれていたような気がする。
 0時以降に動けることが受験の条件だとか何とか。
 あまり深く気にしていなかったけれど、もしかして、この学校は夜間に授業があるのだろうか。
 それはそれで面白そうだけれど……。
 合格を記されたメールと睨めっこしつつ、あれこれ考える霊祠。
 その背中へ、声が掛かる。
「あぁ、いたいた。霊祠くん」
 振り返れば、そこには黒い帽子を被った男。
 小奇麗な顔の、その男には見覚えがある。先程の面接官だ。
 霊祠は男を見上げ、間の抜けた声と言葉を返した。
「えぇ〜と……先程はお世話になりましたぁ」
「はは。いえいえ、こちらこそ。合格おめでとう」
「はぃ。ありがとうございます〜」
「そこに書いてあるとおり、また0時にここに来てね」
「えぇ〜と……はい、わかりました。…………あのぅ」
「あ、ストップ」
「はい?」
「質問は0時になってから」
「はぁ……」
「ごめんね。俺、説明とか苦手でさ」
「そうですかぁ」
「じゃあ、はい、これ」
「……? 何ですか、これ」
「合格の証。失くさないようにね」
「あ、そうですかぁ。どうもありがとうございます〜」
「じゃあ、また0時にね。遅刻しないように」
「は〜い」
 ヒラヒラと手を振りながら去って行く男。
 男から受け取った黒い箱。霊祠は、その場にペタンと座り込んで箱を開けてみた。
 箱の中には制服らしきもの。その上に、カードが置かれていた。
 学生証のようなものなのだろう。カードには霊祠の名前が記されている。
 名前の下に数字も刻まれているけれど、よくわからない。
(あ。そうか。なるほど。これがコードってやつですね、きっと)
 メールを再確認し、カードに記されている謎の数字が『学生コード』だと把握した霊祠。
 そういえば、受信後10分以内に、希望クラスを返信せよと書かれている。
 霊祠は少々慌てて返信メールを作成した。カードに記された自分の学生コードを添えて。

 *

 霊祠がメールで返信した希望クラスは『A』だ。
 どこを選んでも大差ないような気がしたから、適当に決めた。
 だが、例え適当に決めたとて、それは決断の一つだ。
 霊祠が自分の意思で決めた、その決定事項に出会いや未来が付加される。
「なー。お前、新入生だよな?」
「……へ。あ、はい」
「俺、海斗! よろしくぅ! お前の名前は?」
「あ、えぇと……霊祠です」
「ほぇ。変わった名前だな。かっこいー」
「え、そうですか? ……へへ」
 名前を褒められて、つい嬉しくなってしまう。照れ臭そうに笑う霊祠。
 突然声を掛けてきたのは、見るからに元気いっぱいな男の子だった。
 自分よりは……年上だろうか。いや、もしかしたら同じくらいかも……。
 声を掛けてきた男の子、海斗を見やりつつ、あれこれ考える霊祠。
 すると、考えていたことを読んだかのように海斗は言った。
「俺は19だよ。お前は、そーだなー見た感じ〜……14くらい?」
「あ、惜しいですね。僕は13歳なのです」
「お。いいセンいってたな。つかさ」
「はい?」
「その格好、何? かっこいーな」
「……そうですか? ……へへ」
 服装を褒められて、また嬉しくなってしまう。
 名前ならば、過去にも何度か褒められたことがあるけれど、この服装を褒められたことはない。
 寧ろ、可笑しなものを見るようにジロジロと見られることばかりで。褒められると素直に嬉しい。
 自分の服装について、詳しく説明してあげようとした霊祠。
 この服装には、ちゃんと意味があるのだ。かなりマジメでアツい理由が。
 隣の席に座った海斗へ、あれこれと話はじめる霊祠。
 何となく、どんな話をしても馬鹿にしたり蔑んだりしない。
 きっと、この人は、そんなことしない。いや、絶対に。
 そう確信したからこそ、霊祠はペラペラと喋った。
 見知らぬ人ばかりの教室で萎縮してしまっていたのが嘘のようだ。
 本来の明るさを取り戻した霊祠は、何時にも増してお喋りさんになる。
 海斗も海斗でノリが良い。霊祠の話に大袈裟な相槌を打ったりケラケラ笑ったり。
 すっかり仲良しになった二人だったが……。そこへ、注意を促す声が掛かる。
「ちょっと静かに。先生、来てるから」
 後ろの席から掛かった声。声を掛けてきたのは、青い髪の少女だった。
 こちらの少女は何というか……見るからに大人しそうだ。海斗と真逆な印象を受ける。
 少女の言葉に海斗はケラケラ笑って言った。
「あ、マジだ。全っ然、気付かなかった。あっはは」
「……静かにしなさいって言ってるでしょ」
「うるさいなー。お前はマジメ過ぎるんだよ」
「あんたが不真面目過ぎるのよ」
「新入生の緊張を解してあげてたんだぞ、俺は。偉くね?」
「……自分でそういうこと言うのって、どうかと思うわ」
「いちいち可愛くないヤツだな! なっ、霊祠?」
「へ。えぇ〜と……」
 口調から察するに、海斗と、この少女は親しい間柄のようだ。
 いや、寧ろ、海斗はクラスにいる全員と親しいのではなかろうか。
 前後左右の生徒に同意を求めていることが、そう思わせる。
 姿勢を正して前方を見やると、そこには眼鏡の教師。
 見覚えがある。……あぁ、そうだ。街でフライヤーを配っていた男だ。
 先程の試験官、面接官と同様に、眼鏡の教師の胸元にも黒い星のピンがついている。
 教師だったのか。教師が、ああやって勧誘のような真似をするのか。
 まぁ、熱心な学校なんだなぁ、とは思うけれど。
 ジーッと眼鏡の教師を見やりつつ、そんなことを考えていた霊祠。
 海斗は依然、周りの生徒とペチャクチャとお喋りしている。
 眼鏡の教師は、教壇にファイルを置いて苦笑しながら言った。
「海斗。そろそろ怒るぞ」
「かかってこいやー!」
「はいはい。いいから、座れ」
「何だよ。歓迎会みたいなもんだろ? 今日って。パーッといこーぜ!」
「はいはい。いいから、座れ」
 シンと静まり返る教室。眼鏡の教師と海斗の遣り取りに笑いを堪えている者も数名いるようだが。
 眼鏡の教師はニコリと微笑み、生徒達へ挨拶と諸事情を説明する。
 はい、ようこそ。いらっしゃいませ、新入生。
 で、今日も元気そうだな、お馴染みメンバー。特に海斗。
 このクラスの担任、赤坂 藤二です。ちなみに、独身ね。恋人募集中。
「いーから、さっさと進めろよー。エロ教師ぃー」
 はい、そこ、うるさい。そういう合いの手は要らないですから。自重せよ。
 えーと。まぁ、何というか。皆、よろしく。勉強は勿論のこと、ハントも頑張るように。
「先生。新入生にハントの説明をして下さい」
 あ、そうか。すまんすまん。忘れてた。
 えぇとな。説明なぁ、面倒くさいんだよな、毎度のことながら。
 というわけで、簡潔に行くぞー。はい、みんな、黒板に注目〜。
 この学校『HAL』は、表向きは普通の学校だ。
 とはいえ、受ける授業は一般的なものじゃない。
 数学〜とか、物理〜とか、古典〜とか、英語〜とか、そういう授業は一切ナシ。
 きみたちが学ぶのは、主に魔法に関与する事柄だ。精神学的なものとか、技術が問われるような授業も中には、ある。
 とまぁ、そんな感じで。昼間は、魔法に関する お勉強に専念して頂きます。
 ちなみに、毎日必ず通わねばならないっていう決まりはありません。
 時間のある時に。まぁ、自由参加って感じだな。
 まぁ、毎日通えば、それだけ授業を受けるってことになって、
 それに併せて卒業するのも早くなるわけだけども。
 別に焦って卒業する必要もないね。好きなように学園生活を満喫してくれ。
 で、夜だな。こっちが重要なんだ。今、きみたちがここにいる時間帯。
 深夜0時を過ぎた瞬間、この学校の本質がクルッと180度、大回転します。
「先生。180度に、大回転は相応しくないと思います」
 ……いいから。そういう細かいことは、心の中だけでツッこんどいてくれ。
 えー。それで、どこまで話したっけ。あぁ、そうそう。0時に本質が変わるって所な。
 きみたちの肩書きも、学生から『ハンター』に変わる。
 まぁ、この響きからして何となく察せるだろうけれど、
 0時を過ぎたら、きみたちの仕事は勉強ではなくハントになる。
 難しく考える必要はないぞ。要するに、正義のヒーローになるってことだ。
 仕事は、まぁ色々あるけれど、メインになるのは『スタッカート』の排除だな。
 スタッカートについては、明日の授業で他の先生が説明してくれるので、ちゃんと聞いておくように。
「仕事しろよー。給料泥棒エロ教師ぃー」
 今、余計な合いの手入れた奴、廊下に立ってろ。逆立ちして立ってろ。
 とまぁ、そんな感じだな。じゃあ、次〜。魔石による、着属を実施するぞ〜。
 新入学生は挙手して〜。はい、はい、えーと。11人ね。……今回は豊作だな。うん。
 はい、じゃあ、新入生。今、手元にいった石をギュッと握って〜。
 何も余計なことは考えるなよ。握った? 握ったら、そのまま目を閉じる〜。
 はい、そのまま。10秒待機。
 一体何なのか。自分は何をやらされているのか。
 霊祠は目を閉じつつも首を傾げた。
 そして10秒後。
 パチンッ―
「!!」
 手の中で石が弾けた。ちょっとだけ痛い……。
 驚いている様子の新入生に笑いつつ、藤二は言った。
 はい、オッケー。じゃあ、手を開いて。石を確認。どうなってる? はい、じゃあ、魔法使いみたいな格好した子。
 ビシッとタクトで示されて、思わず背筋を正した霊祠。
 霊祠は、手の中にある石を確認し、ありのままを伝えた。
「えぇと……。真っ黒になってます〜」
 はい、オッケー。その時点で、きみたちには魔法の力が備わった。
 どんな魔法が使えるようになったかは、明日以降に嫌でも理解るだろうから、無闇に外に出さないこと。
 ちなみに〜。今、宿った魔法の力には能力規制がかかるぞ〜。深夜0時から朝8時まで。
 これを過ぎたら、能力は封印されるからな。どう足掻いても外には出せません。
 ……まぁ、中には、お構いなしに発動できる優等生も少なからずいるだろうけど。
 とまぁ、こんなところだな。じゃ、今日はここまで。
 新入生は、大人しくお家に帰るように。
 ノット新入生は、いつもどおり、イイ仕事して帰って来い。以上〜。解散っ。

 ガタガタと席を立ち、教室を出て行く生徒達。
 霊祠は、真っ黒になった魔石というものをジッと見つめた。
 何が何だか、まだよく理解らないけれど……不思議とワクワクしている。
 退屈凌ぎに受験してみたけれど、とても良い経験をしたような気がする。
 この先、ここでどんなことが起こるのか……。考えるだけで自然と口元が緩んでしまう。
 嬉しそうに微笑んでいる霊祠に歩み寄り、声を掛ける人物がいた。
 長く青い髪を両サイドで束ねた、小柄で可愛らしい女の子。
 さきほど、海斗と言い合いをしていて、且つ、藤二の説明の最中にクールなツッこみを入れていた子である。
 女の子は淡く微笑み、霊祠に手を差し伸べて言った。
「改めまして、よろしくね。私は、梨乃。何か、わからないことがあったら何でも聞いて」
 握手に応じ、微笑みながら、こちらこそ宜しくと返す霊祠。
 二人が握手と挨拶を交わしている最中、廊下に立たされていた問題児も教室へ戻ってくる。
「だー! 今時、廊下に立たせるとか古くね!?」
 腕をグルグルと回しながら教室に戻ってきた海斗。
 言われたとおり、本当に逆立ちして廊下に立っていたようだ。
 教室から廊下が見えないのは明らかなのに、言われたとおりにするなんて。
 不真面目そうに見えて、実は真面目なのかもしれない。
 と思ったが、そうでもなさそうだ。ただ単にお馬鹿さんなだけのような……。
「自業自得よ」
「お前ね、ああいうときは庇ってくれてもいいだろ」
「無理ね。私には出来ないわ」
「お前さぁ、その優等生キャラ止めろよ。いつかボロが出るぞ」
「余計なお世話よ」
「あれ。そーいえばさ、浩太は? 今日、来てないの? あいつ」
「バスケ部のミーティングがあるって言ってたわよ」
「あ、そか。よーし。んじゃ、迎えに行こうぜ」
「そうね。仕事の時間だし」
「霊祠。お前も来いよ」
「へ。あ、はい」
「あ〜〜〜〜〜。それ、止めね?」
「はい?」
「敬語。なんか、こー……背中が痒くなるから」
「あ、はい。じゃなくて……うん」
「よーし。オッケー。んじゃ、行きますぞ〜!」
 まったくもって騒々しいクラスメートもいるけれど。
 それもまた、楽しい要因の一つになる……かな?
 霊祠は、席を立ち二人の後を追いながらクスクスと笑った。

 不機嫌な半月に喜びを。
 高慢な満月に粛清を。
 戸惑いの三日月に救いの手を。
 ようこそ、いらっしゃいませ。HALへ。
 全ては、クレセントの仰せのままに。
 全ては、クレセントの導きのままに。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7086 / 千石・霊祠 / ♂ / 13歳 / 中学生
 NPC / 海斗 / ♂ / 19歳 / HAL在籍:生徒
 NPC / 梨乃 / ♀ / 19歳 / HAL在籍:生徒
 NPC / 藤二 / ♂ / 28歳 / HAL在籍:教員
 NPC / 千華 / ♀ / 27歳 / HAL在籍:教員
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / HAL在籍:教員

 シナリオ『 HAL 』への御参加、ありがとうございます。
 アイテムを二つ贈呈致しました。アイテム欄を御確認下さいませ。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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