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<東京怪談・PCゲームノベル>


 再歪

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 ゾクッと背筋を走る、この感覚。
 何度も体感したことのある、この感覚。
 そうだ。これは……どこかで『歪み』が発生した時に覚える感覚。
 ギルド本部にある自室。読んでいた本をソファに置いて立ち上がる。
 どうして? もう、歪みは発生しなくなったはずじゃ……。
 妙な胸騒ぎを抱きつつ、窓から外を拝む。
 見渡す限りに広がる漆黒の闇。いつもどおりの光景。
 何だろう。どうして、こんなにソワソワするんだろう。
 皆も、気付いたかな。何かが起ころうとしてる、ううん、起きていること。
 不安を胸に、仲間達のところへ行こうと身を翻そうとした時。
 窓の外、映る景色の片隅に『人影』を確認した。
 誰なのかは理解らない。人影は、逃げるようにして去って行く。
 胸騒ぎの原因は、あの人影だ。
 直感した瞬間、部屋を飛び出した。考えている暇はない。
 ただ、あの人影を追いかけて捕まえなくちゃ。
 そうしないと、何も把握することが出来ない。そう思った。
 一心不乱に駆け下りる階段。途中でヒヨリと擦れ違う。
 異様な雰囲気で駆ける自分に、ヒヨリは声を掛けた。
「おい、何だ。どした」
 耳には入ったけれど、心にまでは届かない。
 立ち止まることも、振り返ることもせず、駆け続ける。
 ごめんね、ヒヨリ。
 時間が、ないんだ。

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 変化というべきか、成長というべきか。自分でも理解らない。
 けれど、確かなことは。はっきりと言えるのは、自分の意思で此処に来たこと。
 それだけは、間違いなく真実。たった一つ、自信を持って言える真実。
 夜を待つ暮らしを続けて選んだのも僕自身。
 薬を喉に落とせば、深い眠りに誘われて。心地良かった。
 光から逃げることが出来たから。そうすることが一番だと僕は思ってた。
 飲めと強要されたことは一度もなかったはずだ。毎日、僕は自分の意思で薬を飲んだ。
 いつしかそれは、欠かせない行為の一つになっていて。
 少しでも摂取の時間が遅れれば、不安になった。
 ほんの数秒でも、僕は怖くなって。
 ねぇ、薬は? 薬の時間、過ぎてるよって。そう告げたんだ。
 美味しくなんてないよ。苦くて不味いだけだった。でも、そんなことはどうでも良かったんだ。
 ただ、光から逃げる術を。僕は、それしか知らなかったから。
 自分を弱虫だと自覚したのは、薬をせがむようになってから。
 あぁ、僕は……どうしてこんなにも弱いんだろうって。
 目を逸らすばかりで、逃げてばかりで。ちっとも成長しないなぁって思ってた。
 でも……薬を飲んで眠れば、そんな情けない感覚からも解放されたんだ。
 情緒不安定……だったんだろうね。今、こうして思い返すと、そう理解できるよ。
 どうして光が怖いのか。その理由が理解らなかったんだ、あの頃の僕は。
 簡単なことだったのに。何もかもを思い出した今では、こんなにも容易く理由を手繰り寄せることが出来る。
 怖かったのは、光じゃないんだ。眩い光の温かさ。それが……あなたの抱擁と酷似していたから。
 切なくて堪らなくなるから、僕は逃げた。どうして切ないのか理解らなかったから。
 ずっとずっと、僕は求めていたんだ。あなたのことを。もしかしたら、生まれる前から、ずっと。
 自分の弱さに呆れることは、今でもあるよ。
 抱かれている時なんて、それそのものだ。
 呆れるというよりは、虚しくなるような……そんな感覚。
 過去の名残なのかな。それとも、これは、僕自身の性格なのかな。
 どう思う? って聞かれても、答えられないよ。
 答えを知っているのなら、教えて欲しいくらいだもの。

「ねぇ、あれ、持ってる?」
 微笑みながら尋ねられて。僕は頷き、懐から砂時計を取り出した。
 あれ、と言われて、それが何なのか、すぐに理解る感覚に少しだけ違和感を覚えたけれど。
 取り出した砂時計を確認して、きみは笑う。
 時は未だに硬直したまま。銀色の砂が落ちることはない。
 どう足掻いても落ちない砂を確認して、きみは僕の頭を撫でて言った。
「急がないと……間に合わなくなっちゃうよ? わかってる?」
 うん。理解ってるよ。理解っているんだけど……ちょっと、難しいんだ。
 自分がしようとしていることが、堪らなく恐ろしいことのような気がして。
 昨晩、試みてはみたけれど……いざとなると、逃げ出してしまうんだ。
 僕の言葉を聞いて、きみはクスクスと笑った。その笑顔が、懐かしい。
「キミって、本当。弱虫さんだね」
「…………」
 言い返すことなんて出来ないよ。だって、その通りだから。
 時間がないって理解っているのに、怖くなって逃げ出してしまうんだから。
 しょうがないなぁって苦笑されて当然だよね。うん……ごめんね……。
 ねぇ、クレタ。一度、自分と向き合ってみたらどうだろう?
 何も難しく考える必要なんてないんだよ。
 ただ、部屋で一人、何も考えずに座っていればいい。
 心を落ち着かせて、自分の鼓動を聞いてごらんよ。
 そうすれば、聞こえてくるはずだよ。
 鼓動に併せて、どんどん高鳴る感情に気付くはずだよ。
 ねぇ、クレタ。今更、止めるだなんて言わないでね?
 そんなこと言われたら、がっかりしてしまうよ。
 せっかく生まれてきたのに、意味がなくなってしまうから。
 忘れないで。僕はキミ自身。キミの欲望が生んだ存在なんだ。
 キミが生んだんだから、責任持って。放棄なんて許されないことだよ。
 もう一度、最初から説明してあげようか。良い機会かもしれないから。
 キミと瓜二つの僕。何もかもが同じだね。顔も声も背丈も、纏う香りも。
 ただ一つだけ、違うところがあるんだ。どこか理解る?
 うん、そう。右目だね。キミの右目は青い。あの人と同じだ。
 そりゃあ、そうだよね。あの人から貰ったものなんだから。
 でも、僕の右目は青くない。だって、あの人のことを知らないから。
 キミが愛して止まぬ人。彼が、どんな人なのか、僕には理解らない。
 教えてよって御願いしたこともあったね。でも、キミは頑なに拒んだ。
 残念だなって今も思っているけれど、無理に聞こうとは思ってないよ。
 だって、教えたくないんでしょう? それほどまでに愛しているんでしょう?
 だからこそ、僕が生まれた。キミの欲望がカタチになって、僕を作った。
 ちょっと滑稽な話だよね。キミの欲望を誰よりも知っているのに、
 その欲望の核になっている人のことを僕は知らないんだから。
 ねぇ、クレタ。後悔してるだなんて、そんなこと言わないでね。
 僕は嬉しいんだ。こうして、キミの中から飛び出して一つの存在として此処にいられることが。
 ねぇ、クレタ。僕から目を逸らさないでよ。
 僕は、キミの欲望そのものなんだから。
 教えてあげるから。
 理解らなくなったら、何度でも僕のところにおいでよ。
 キミが何を想い、どうしたいと思っているか、何度でも教えてあげる。
 キミが求めているのは、愛しい人。その全て。
 果てしなく大きく膨らむばかりの感情を、キミはぶつけたいと思ってる。
 あの人が思うよりも、もっともっと、この気持ちが大きいんだってことを伝えたいと思ってる。
 どうすれば伝えることが出来るだろうって、キミは毎晩悩んだ。
 結果、僕が生まれて。その瞬間、キミは答えに辿り着く。
 そうだよ、クレタ。
 欲しいのなら、自分から手を伸ばさなきゃ。
 欲しいのなら、奪わなくちゃ駄目なんだ。
 黙っていても、キミの欲求が満たされることはないんだよ。
 理解った? 思い出した? キミが、どうすべきか。どうしたいか。
 ねぇ、その砂時計、絶対に失くさないでね。
 キミと僕を繋ぐ、唯一のモノなんだから。
 また理解らなくなったら、こうして会いに来て。
 会いにくるのが面倒だったら、砂時計の台座、その裏を御覧よ。
 キミが自分で定めた『タイムリミット』が書かれているから。
 おや、来客だ。残念ながら、キミが喜ぶ来客ではないね。
 それじゃあ、クレタ。またね。応援してるから。
 キミが満たされる日を、僕も心待ちにしているからね。

 ふっと煙となって消えた、もう一人の自分。
 クレタは、フゥと息を吐き落として、ゆっくりと振り返った。
 振り返った先にいたのは、ヒヨリだった。
 ヒヨリは、歩み寄りながら尋ねる。
「お前も、感じたのか?」
「うん……?」
「歪み。あれが発生する時の独特な雰囲気」
「うん……そうだね……」
「ビックリしたぞ。血相変えてダッシュするもんだから」
「ごめんね……」
「何だったんだろうな。今は消えてる。一時的なモンかな?」
「うん……。気のせいだったのかもしれないね」
「気のせい? ん〜。どうだろな」
「寝ぼけてたのかもしれないよ……。僕も、ヒヨリも……」
「まぁ、確かに最近寝不足だけど。どうだろうな。気になるから調べてみようか」
「多分……。無駄だと思うけど……」
「ん? 何で?」
「うん……。何となく……」
「何だそりゃ」
 クスクス笑うヒヨリを横目に、クレタは歩き出しギルドへと戻っていく。
 何となく、だなんて嘘。無駄だって、本当に思ってる。理解ってる。
 だって……原因は僕だから。僕の欲望が生んだ歪みなる存在が、ついさっきまで此処にいたんだから。
 嘘をつくのは、いけないことだって。それは勿論、理解ってる。当然だよ。
 でも、嘘をつかなきゃならない時もあるんだ。
 物凄く勝手な御願いだけれど、笑っていて。
 ヒヨリは、そのまま。笑っていてくれれば良いから。
 深くを追求することはしないで。出来る限り……放っておいて。
 いつまでも放置なんて、出来ない人だってことも理解ってる。
 だから、僕は急ぐよ。ヒヨリたちが気付く前に……願いを叶えなくちゃ。

 愛しい、あなたへ。
 僕が、こんなにも、あなたを想っていることを御存知ですか。
 こんな言い方は少し気が引けるけれど、あなたにも責任があると思うのです。
 僕に、愛する感覚を、愛される感覚を、その歓びと幸せを。
 絶え間なく、あなたが教えてくれたが故に僕は欲張りになった。
 あなたの呼吸さえも自分のものに。
 そう強く願う僕を……どう思いますか。
 成長したね、と喜んでくれますか?
 微笑みながら、息絶えてくれますか?

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『 再歪 』への御参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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