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<東京怪談・PCゲームノベル>


【D・A・N 〜Third〜】



 夕日が世界を赤く染め上げていく。どこか物悲しく、寄る辺のない気分になる黄昏時。
 逢魔ヶ刻とも呼ばれるその時間は、全ての境界が曖昧になり、魔のモノの力が増す危険な時間だ。
 その赤く染まる世界に佇む少女が一人。夕焼けと同じ色の瞳と、背中にまで届くココア色の髪を持つ彼女の名前は、樋口真帆といった。
(ナギさん…ライルさん……)
 思い浮かぶ、同時には相見えることのない二人。今どうしているのだろう、元気で居るのだろうかと想い馳せる。
 と、妙な気配を感じた。
「?」
 一瞬だったので出所が分からず周囲を見回す。しかし特に異変は無い。
(気のせいかな…?)
 内心首を傾げる。だが、次の瞬間。
「…ッ樋口さん!」
 聞き覚えのある声に名前を呼ばれたと同時、周囲の景色が一変した。

◇ ◆ ◇

「間に合わなかったか…!」
 夜闇よりもさらに深い、完全なる闇。先程まで周囲を当たり前のように照らしていた夕陽はどこにも見えず、それどころか地面すら危うい。そんな中に、ついさっき真帆が思いを馳せていた人物が居た。
「ライルさん?」
 忌々しげに舌打ちしていた彼の名を呼べば、ライルは申し訳なさそうに表情を変えた。
「ごめん、巻き込んだ」
 端的に告げられた言葉は、この明らかに異常な事象とライルが関わっていることを示唆するもの。
 とりあえず真帆はぐるりと辺りを見回した。以前ナギと居たときも同じような現象に見舞われているので慣れたものである。
 底の見えない闇。しかしただの闇ではないことは容易に分かった。どうやら自分の能力で簡単にどうこうできる空間ではなさそうだと確認して、ライルに向き直る。
「巻き込んだってどういうことですか?」
 尋ねれば、ライルは逡巡しながらも口を開いた。
 ライルは、以前ナギが言った『探し物』に関係することで、『魔』――一般に言う『魔物』や『悪魔』に近いものを呼び出したらしい。しかし対策が甘かったのか逃げられ、何か問題を起こす前にと探していたのだが、結局間に合わず現在に至る、と。
 この空間は『魔』が作り出したもので、『魔』の領域であるために能力などは制限されてしまうとのこと。
「そんな危なっかしいもの呼んで、どうするつもりだったんですか?」
 口調は柔らかに、けれど真剣な瞳で真帆が問う。ライルは眉尻を下げ、何かに助けを求めるように目線を彷徨わせたが、溜息を一つついて答えた。
「……『方法』を、訊くつもりだったんだ。もう大分猶予もないし、前に召喚したのはナギだったから、別の方法聞けるかもと思って」
「『方法』?」
「そう。このままいけば多分大丈夫だろうと思うけど、念には念を入れておきたくてね」
 いまいち要領を得ないライルの言葉に疑問符を浮かべつつ、しかしここで深くつっこんでも恐らくははぐらかされるだろうと思って頭を切り替える。
「じゃあ、とにかくその『魔』を探しましょう。ずっとこうしてても何も変わらないですし」
「そうだね。……本当に、ごめん。本来なら樋口さんには関係の無いことなのに」
「無事にここから出られたら、ちゃんと埋め合わせしてくださいね?」
 わざと茶目っ気を含めて言えば、ライルは驚いたように一拍おいて、「もちろん」と答えた。
 訊きたいことはたくさんある。けれど、それよりも今優先すべきは現状の打破だ。
 ……しかし、この特殊な空間において、どうやって『魔』を探せばよいのだろう。そう考え、意見を聞こうと目を向けたライルの背後に見知った人影を見つけて、真帆は息を呑んだ。
「ライル」
 静かに響いたその声は、真帆もよく知る人物のもの。
「……ナギ、さん…?」
 無意識に真帆の唇から零れた名前は、驚愕の表情で振り返ったライルには届かなかっただろう。
「ナギ……!?」
 信じられない、という思いを身体全体で表して、ライルは一歩足を退いた。それはほんの少しの警戒と、そして恐れを含んで。
「久しぶりね、こうして顔をあわせるのは。あの日、あの時から、こうして相対することは出来なくなってしまったから」
 じり、じり、とライルが後退する。だんだん近づくその背が微かに震えていることは、真帆にも容易に知覚できた。
 恐れている――それは何故?
 相対することのないはずの相手を目の前にしての戸惑い、ではない。この空間が『魔』によって作られたものだというのはライルも分かっているはずだ。だったら、こうして目の前に現れた、現れるはずのない人物が――『ナギ』が、本物ではないだろうことも容易に推測できるし、それは殆ど確信に近いだろう。
 それなのに、何故。
「ねぇ、ライル。あなたはあのときもそうやって、わたし以外の誰かを背に、わたしと向かい合った」
「……黙れ」
「どうして? ライルはわたしの対なのに。わたしたちはお互いを一番大事に思ってるはずなのに」
「黙れ…っ!」
「どうしてわたし以外の誰かを優先するの? わたし以外の誰かのために命を削るの? わたしたちは対なのに。何よりも誰よりも近い存在のはずなのに」
 感情を一切その顔に乗せず、ただ淡々と言葉を紡ぐその姿は、美しいビスクドールを髣髴とさせる。
 彼女が表情豊かに言葉を紡ぐ様を知っている真帆には、それはまるで悪い夢のような光景だった。
「黙れ黙れ黙れ!! それ以上『ナギ』を汚すな!」
「汚す? 何をもって汚すというの? わたしはただ当然のことを言っているだけなのに」
「その口を閉じろ……ッ」
「どうしてわかってくれないの? どうして? まだ『足りない』の? また繰り返せばわかってくれる?」
 その瞬間ライルの瞳に閃いた感情は、真帆には読み取れなかったけれど、――強く、そして深い感情だというのはわかった。
「二度と、あんなことさせるかッ!」
「じゃあどうするの? わたしを殺す? あなたにそれができる?」
「……っ」
「できないでしょう? だからあの日、あの結末に辿り着いたのだから。……忘れたのなら、思い出して。あなたが、わたしだけのものだって」
 『ナギ』がそう言い終えたと同時、ライルを中心として足元が真っ赤に染まった。……否、それは。
 折り重なる夥しい数の躯と、それから流れ出る血――だった。
「――ッッああぁああぁぁあ!!!」
 魂切るような絶叫が、ライルの口から迸った。頭を抱え、痛みに耐えるかのように身体を折り曲げる。
 それを満足げに微笑みながら見下ろした『ナギ』は、一瞬のうちに姿を消した。けれどライルはその場に蹲ったままだ。
 『ナギ』が消えると共に元の何もない闇の空間に戻ったのを確認して、真帆はライルに駆け寄る。
 あの『ナギ』が本物ではない――ライルの言っていた『魔』に関わるものだろうことは確かだが、今はそちらの行方よりもライルを落ち着かせることを優先した方がいいだろう。
「ライルさん」
 近づき、すぐ傍に跪いて名を呼ぶ。しかしライルは震えるばかりで反応を示さない。微かに漏れ聞こえる声は誰かへの謝罪とナギの名を繰り返すのみだ。
「ライルさん」
 再び名を呼ぶ。やはり無反応なライルの肩に手を乗せ、そして顔を覗き込む。
 ライルは泣いていた。嗚咽を漏らすこともなくただ静かに涙を流していた。
 それがどのような感情によって流された涙なのか、真帆にはわからない。けれど、ひたすらに謝罪を繰り返し、絶え間なく涙が頬を伝うその姿は、痛々しい以外の何物でもなかった。
 真帆は、思わず彼を抱きしめていた。
 安心して欲しいという気持ちを込めて、回した手で優しく背を撫でる。すがりつくように抱きしめ返され、ライルの流した涙が雫となって真帆の肩に落ちた。
 ライルについても、ナギについても、自分は知らないことばかりだ。先程のやり取りも、その後広がった光景に関しても、ただ推測するしか出来ない。
 それでも今、少しでも彼の心を安らがせたいという思いに偽りはない。
 小さく、囁くような声音で真帆は子守歌を口ずさみ始めた。あえて能力による効果付与はせず、ただ純粋に旋律のみを紡ぐ。
 次第にライルの身体の震えがおさまり、回された腕の拘束が緩む。そしてついには完全に身体から力が抜ける。
 規則正しい呼吸から安らかな眠りに落ちたことを悟って、真帆は安堵の溜息をついた。
 苦心してライルの身体を動かし、なんとか楽な姿勢にすることに成功する。
「どうしよう……」
 とりあえずライルを落ち着かせることは出来たようだが、現状を打破する手立てがない。『魔』が再び何か仕掛けてくる様子はないのが救いだ。
 能力でどうにかできないだろうかとも考えたが、『魔』の領域で制限がかかっている以上うかつに手を出すと危険かもしれない。
 しばらく悩んだ後、少なくともライルの覚醒を待つ間くらいは『魔』からの接触がない限り現状維持でいいだろう、と結論づけた真帆だった。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6458/樋口・真帆(ひぐち・まほ)/女性/17歳/高校生/見習い魔女】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、樋口さま。ライターの遊月です。
 「D・A・N 〜Third〜」にご参加下さり有難うございました。 お届けが大変遅くなりまして申し訳ありませんでした…!

 取り乱した後のライルに対する反応、悩んだのですが、鬱状態というわけではないのでこんな感じに。
 色々謎を撒き散らすだけ撒き散らして放置状態ですが、今後その辺りは説明することになるかと…。
 『魔』に関しては実のところ敵意はないので、ライルが目を覚ませば現状打破できます。『領域』も害あるものではないのでしばらくライルのお昼寝(違う)に付き合ってやってくださいませ。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。