コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


宵待ちの宿 攻防戦


 ――近頃、非行に走る若者が多くなっている。
 そんな言葉を、妖狐であるミツルギが聞いたのは、いつだったか。小さな宿を営む中、あちらこちらを彷徨う異界の者たちと触れ合い、自身も時折ふらりと気まぐれに出かける彼にとってはそんな些細な記憶を辿ることは容易ではない。ともあれ、もはや『近頃』の域を越えてしまった時代の言葉であることは確かだった。
 初めこそ『人』の世界のできごとであったそれは、やがては『人ならざる者』たちの世界へと広まっていき、一時期はどこかの異界で社会問題にもなった――らしい。
 だが、もはやそれも過ぎ去りし日のこと。それを、今になって思い起こすことになろうとは、思いも寄らなかった。
「――非行天狗の集団ですか」
 これはまた珍しいお客だと、ミツルギは空を仰いでぽつりと言った。
 それを聞いて、ふとその足元に立っていた雪んこが、ちょこりと小首を傾ぐ。
「天狗はもともと飛びますよ?」
「ええまあ、それは恐らくヒコウ違いでしょう」
 幾重にも重なった羽音、時の声とも聞き紛うそれが近づいてくる。
 人とアヤカシが交差するこの宿では、争いはご法度。そう定めたのは、他でもないミツルギ自身だ。
 されど、人とアヤカシの間に横たわる溝は深く、その諍いはどうしても起こってしまう。
 もはや恒例行事と言っても過言ではない、『宵待ちの宿』への襲撃に、主人であるミツルギは遠くを見るような目で、ただ空を仰いでいた。


「ひゃっほおおおう!」
 人とアヤカシが集うという『宵待ちの宿』――そこを訪れた天波・慎霰が初めて聞いたのは、恭しい出迎えの言葉ではなく、奇声。
 そして、慎霰の第一声はこれだった。
「……あんだこれは」
 木で作られた門を潜った先にあるのは、なぜか、ひっくり返った丸いちゃぶ台。その先には、どう見ても蹴りやぶられたとしか思えない引き戸が屋内に向かって倒れており、数え切れないほどの足跡が宿の奥へと続いている。
 とりあえず、ひっくり返ったちゃぶ台を跨いで宿の中に入ってみると、美しい木目の床には踏み潰された焼き魚と、倒れて酒がこぼれているとっくり。そのすぐ近くにあった座敷のふすまには、味噌汁と思しき薄茶色の染みと、その具らしき豆腐となめこが張り付いている。
「……宴会、にしちゃあやりすぎだよな」
 それどころか、『台風』が過ぎ去ったかのような光景だ。
 だが、どうやらその『台風』はまだこの宿に留まっているらしい。四方八方から聞こえるやかましい奇声と破壊音に、慎霰は知らず顔をしかめた。
 一体何事かと見に行こうにも、あっちやらこっちやらと音がするのでどこへ行っていいのかすらわからない。とりあえずどこでもいいから音のするほうへと行けば――なにやら、奇妙な集団が座敷を荒らし回っていた。
 奇妙、というのは他でもない、その集団の格好だった。頭の先からつま先まで、とにかく奇妙だった。
 人間が嫌う家庭害虫のように黒光りするリーゼント、真っ白な特攻隊の羽織り、そしてその背に男らしく殴り書きされた『夜露死苦』の文字――
「うわ、だっせえ……」
 いつの時代の不良だよ、と思わずつっこんでしまった。
「こんなニンゲン臭えゴミ宿、俺らでぶっ潰してやらあ!」
「おやめくださいまし! それは三日前に張り替えたばかりの畳なのです!」
 金髪の女の、悲痛な叫びがあがる。しかし、時代錯誤な集団は聞いてなどいない。「いえええい」だなどと奇声を発しながら食事をのせたちゃぶ台をひっくり返し、鶴の描かれたかけじくをやぶり捨てる。その内の一人が、おもむろに懐から羽団扇を取り出した。慎霰がそれに目を瞠った瞬間、扇がれたその羽団扇から強烈な風が巻き起こる。ふすまや障子をずたずたに切り裂き、見るも無残な姿へと変えていく。
「あいつ、天狗か!」
 よくよく見てみたならば、座敷を荒らしているほとんどの者が慎霰と同じ若い天狗だった。
「うごっ!」
 天狗の羽団扇から生み出される風の勢いに耐え切れなかったのだろう。吹き飛んだふすまの角が応戦していた赤鬼に直撃する。
 あえなく地に沈んだ赤鬼は、虚ろな目で天井を見上げて呻いた。
「……三日前にも妙な奴らが来て畳を駄目にしていったんだよな」
「蜂の巣になった障子を張り替えたのは昨日でしたね……そちらは、うちの猫又の仕業でしたが」
 手近にあったちゃぶ台を盾に、飛んできた床の間の壷を回避しながら、金髪の男が表情なく言う。
「一先ず、奥へ退がりましょう。戦えない方たちの避難は終わっています――イチ!」
 天狗の暴挙を止めようとしていた金髪の女が、男に呼ばれて振り返った。
「ミツルギさん……ですが、あの座敷は大晦日に丸一日かけて隅から隅まで掃除した――」
「イチ、おまえの気持ちはわかるが、諦めなさい。こうもばらばらに散られては、手持ちの札では数がもたない」
「そんな……!」
 悲壮な顔をするイチという女に、ミツルギと呼ばれた男もつらそうに顔を歪めたが、それを振り払うようにひらりと身をひるがえした。
 宿の奥へと姿を消すミツルギに倣い、天狗に応戦していた宿泊客らしきアヤカシたちも後退していく――その光景を目前にして、慎霰のそう長くもない堪忍袋の緒が切れた。
「人間ならともかく、他の妖怪に迷惑かけるたあ何様だ!」
 天狗が人間にちょっかいを出しておちょくるのは普通だ。当然だ。これは断固譲れない。
 だが、同じ『人ならざる者』である者たちにまで迷惑をかけるというのは許せない。慎霰とは格の違う、まだ若い天狗衆とはいえ、同じ天狗。とんだ天狗の恥さらしだ。
 すぐさま飛び出して行って説教でもしてやろうとした時、ふいに慎霰の頭に閃くものがあった。
「……そうだな、ただ説教するだけじゃ、おもしろくねえよなあ?」
 もう二度とこんなことをしでかさないよう、とことんに凝らしめてやらなくてはならない。慎霰はにやりと悪戯な笑みを浮かべ、ミツルギと呼ばれていた男たちの後を追った。

「ここまで追い詰められることになるとは……」
 宿の奥まったところにある小さな中庭は、小高い塀で囲まれ、淡い光が苔むした岩を照らす幻想的な場所だった。だが、今やそこは砦と化している。上空からは見えないように、残り少ない札で簡易結界を張り、中庭に入るための唯一の入り口をがたいのいい鬼や、修験者が固めた。
 中庭の飛び石の上に胡坐を掻いて結界を補助するための印を結んでいたミツルギが呻くように呟く。
「く、半紙がないからと札用の紙を張替えに使うべきではなかったか!」
「……旦那よ、俺はどこからどうつっこんでいいのかわからんのだが?」
 宿泊客である修験者の一人が困ったような呆れたような複雑な顔で言った。
 通常、札に使う紙というのは質のいい――霊験あらたかなものだ。それを障子の、半紙の代わりに張るなんてことは、まず絶対にしない。
 すると、宿に住み着いている雪んこが一言。
「年明けに半紙を買いに行くのがおっくうだったそうです」
「存続に関わる問題を、おっくうで済ませる奴があるかっ!」
 額にこぶをこさえた赤鬼が盛大につっこんだ。
 しかし、ミツルギは動じない。
「赤鬼殿、そう興奮しては天狗たちに気づかれます。顔が真っ赤ではありませんか」
「うるせえ! これはもとからだ!」
 悪びれもなくしゃあしゃあと言ったミツルギに赤鬼が怒鳴り返すと、ふいにミツルギの後ろに控えるように正座をしていたイチが口を開いた。
「ミツルギさん、赤鬼様を怒らせないでくださいまし。奥方様からあまり血圧を上げるようなことはさせないでほしいと言い付かってます」
「おや、赤鬼殿は高血圧でいらしましたか。道理で顔が赤」
「だからそれは関係ねえっつってんだろが!」
 ぎゃんぎゃん喚く宿泊客と宿の主人との間、塀に寄りかかった猫又は空を仰ぎ見る。
「……オイラ、一番問題なのは、昨日からいついてる貧乏神だと思うんだけどなあ」
 しかし、その呟きは誰の耳にも届くことはなかった。
「でっ!?」
 突如、赤鬼の額のちょうどこぶの上に、何かが落ちた――否、降りた。
「――あ?」
 赤鬼の、文字通り『頭上』に降り立った何か――こと慎霰は、赤鬼の声を聞いてきょとんと足元を見る。そして自分が赤鬼の頭の上に立っているのだと気づいて「おっと」と声を上げた。
「こいつあ悪い。結界のせいで足元が見えなかったんだ、許せよ?」
 謝っているのにどこか態度が尊大な慎霰に、その場が一瞬静まり返った。が、慎霰は気づいているのかいないのか、ぐるっとその場にいる面々を見渡し、最後にじっと自分を見つめるミツルギを見やる。
「お前、ミツルギとか言ったよな。まず最初に、天狗として謝っとく。今回は若い奴らが迷惑かけたからな」
「天狗だと!?」
 慎霰が堂々と己の正体を暴露するなり、宿泊客たちは騒然とした。宿にいる宿泊客の誰もが今日この一日だけで天狗に散々な目に合わされている。ある者は安眠を妨害され、またある者は神経を張り詰めて花札で作ったタワーを風に散らされ、楽しみに取っておいた大福を目の前で食べられた。どれもこれもみみっちい恨みだと言うことなかれ、どんな些細なことでも当人にとっては大切なことだったのだ。
 自然と臨戦態勢に入る宿泊客に囲まれながら、慎霰はそんな空気もどこ吹く風といった様子でにやりと口の端を吊り上げる。
「――俺の名前は慎霰、ちっとばかし力を貸してもらいにきた」
 慎霰のその言葉に、ミツルギの口が薄く笑みを結ぶ――戦線協定が結ばれた瞬間だった。


「おいお前ら、ずいぶん楽しそうなことやってんじゃねえか! 俺も混ぜろよ!」
 高らかに響いた慎霰の声が暴れていた天狗たちの動きを止めた。
「ああん? あんだ、てめえは」
 長いリーゼントを揺らしながら歩み寄ってきた天狗の一人が、慎霰にガンを飛ばす。だが、慎霰は悪戯な笑みを浮かべて自らの懐に手を入れた。
「お前らと同じ天狗だよ」
 取り出した羽団扇を、天狗の前でちらつかせる。そして、そっと近づきその耳元で囁くように言うのだ。
「――お前ら、宿の奴らを探してんだろ? 俺は知ってるぜ、奴らの隠れてる場所」
「何?」
 胡散臭そうに慎霰を見ていた天狗の目つきが変わった。
「……おいお前、それは本当なんだろうな?」
「ああ本当だぜ? だが、まあ……疑うってんなら俺一人で楽しませてもらっても」
「待て待て待て! 奴らはこの手でとっちめてえんだよ!」
 もったいぶらせるような慎霰の態度に、若い天狗のほうが慌てる。それを見越していた慎霰は、にやりと笑みを浮かべ、
「ま、俺に任せとけって」
 ――そして、茶番劇が始まった。
「みんな吹き飛んじまえ!」
「う、うわー」
 慎霰が扇いだ羽団扇に、宿泊客の青鬼が畳みの上にすっ転ぶ――ふりをした。が、あまりにも台詞が棒読みである。
 大根役者かこいつ。呆れてぼそりと呟いた慎霰の言葉を聞き取った者はいない。
 慎霰は天狗たちを宿の内部へ誘導しながら、ところどころにいる宿泊客を扇いだり蹴飛ばしたりちゃぶ台返しをしたりして倒す――ふりをしながら、目的の部屋を目指す。
 やがて辿り着いた座敷には、小さなハリセンを持ったミツルギが薄ら笑いを浮かべて立っていた。
「よくぞいらっしゃいました――招かれざるお客様方」
 その言葉と共に、開いていたはずの座敷のふすまが全て閉じられていく。直後、畳が持ち上がり、その下からゾンビのごとく、わらわらと力自慢の宿泊客たちが現れる。
「な、なんだ!?」
「ちくしょう! 奴ら、待ち伏せしてやがったのか!」
 うろたえた天狗たちは慌ててふすまを開けて逃げようとするが、ふすまはびくともしない。
「開かねえぞ! 結界ってやつか!?」
「ニンゲンかぶれがこしゃくな真似しやがって! だが――俺たち天狗には羽団扇があるんだよっ!」
 羽団扇を手にした天狗の一人がそれを振りかぶり、振り下ろす。けれど、羽団扇から生み出されたのは、髪を揺らすほどの、ささやかな微風。
 数秒、天狗は自分の羽団扇とふすまとを交互に見つめ、もう一度だけ扇いだ。そよ風が吹いた。
 そんな行動を数回ほど繰り返す天狗を見つめ、ミツルギはただただ笑顔を絶やさない。座敷の四隅にある柱の一本一本に貼り付けた札をちらりと見やってミツルギは言った。
「結界を張りました。この座敷にいる間、あなた方の羽団扇は使えませんのであしからず」
「わしらもやられっぱなしじゃ気が治まらんからのう」
 ただの老人にしか見えない宿泊客が、ばきぼきと腕を鳴らす。それを見て眉をひそめた宿泊客が一人。
「おいおいじーさん、骨まで折ってんじゃねえだろうなあ」
「たわけ! 貴様と一緒にするでない!」
「がっ!?」
 宿泊客だった大鬼の発言に、よぼよぼの老人が目にも留まらぬ一撃を鳩尾に繰り出すと、大鬼は沈黙せざるを得なかった。
 天狗たちの間に嫌な空気が流れる。すがるように向けられた目の先にいたのは、他ならぬ慎霰で。
「つーわけだ。観念しやがれよ? ――天狗の恥さらしどもが」
 慎霰の極上の笑みに、天狗たちは一瞬にして青ざめたのだった。


 宴会用の大部屋は、今や数刻前までとは違った賑やかさで満たされている。この部屋が比較的被害が少なかったのは、単純に部屋を仕切るふすま以外に物がほとんどなかっただけだ。
 部屋に集まった宿泊客たちは、地下の厨房で無傷だった酒やつまみを手に勝利の宴に酔いしれる。長机は天狗たちに壊されてしまい、食べるものを置く場所などないのだが、それでも敷物を敷いて木の下で花見をするような心持ちでいればなんてことはない。
 人もアヤカシもまぜこぜに、やいやいと騒ぐその騒ぎの中心に、慎霰はいた。
「お手柄じゃねえか!」
「やはり山の神とも言われるアヤカシ、心強い」
「わたくし、惚れてしまいそうですわ」
「まあな、俺の手にかかればあんなひよっこなんて、朝飯前だからな――っと、そこの姉ちゃん、それ以上近づくなよ……?」
 宿泊客たちに囲まれ、褒めちぎられ、慎霰もまんざらではない。誇らしげに胸を張り、まさしく『天狗』になりながらも、個人的に苦手意識のある女性はちゃっかりと避ける。
 ――しかし、それをおもしろくなさそうに見つめる幾つかの眼差し。
「けっ、天狗のくせにニンゲンなんぞと馴れ合いやがって」
 慎霰の策と宿泊客たちの手によって見事に伸された非行天狗らが、ヤンキー座りをしてぼそりと悪態を吐く。
 部屋がどれだけ賑わっていようとも、天狗衆の見張りとして、その傍らに立っていたミツルギがそれを聞き逃すわけはなかった。
「はて、ここは人とアヤカシの交わる宿。馴れ合わぬなればどうなるか――もう一度、その身を以ってして味わいたいのですか?」
「ひい!」
 ぺしり、と小さなハリセンで自らの手のひらを叩きつつ、にこやかにミツルギが言うと、天狗たちはびくりと震え上がった。
 ミツルギのハリセンは慎霰の案で、残っていた少ない札を使用して作ったものであり、霊的な力は十分に備わっている。その上、若き天狗衆らからは羽団扇を『物』質――もとい拝借しているので、完全な丸腰状態なのだ。圧倒的な力の前に、天狗たちは屈服するしかない。
 けれど、そのやりとりを慎霰は耳ざとく聞いていた。そして、天狗衆に届くようにわざと声を大きくして言う。
「でなあ、ここはやっぱり礼儀のなってねえ奴らの仕置きと詫びも兼ねて、ひとつこの宴会に余興を添えようと思うんだが」
 瞬間、天狗衆の顔は形容しがたいものに変わり、宿泊客たちはわっとわいた。
 それに気を良くして慎霰はさらに続ける。
「ここはやっぱ、定番のどじょうすくいでも」
「冗談じゃねえ!」
 即座に若い天狗の一人が立ち上がって声を上げた。
「そ、そうだそうだ! んなこと誰がやってやるかよ!」
 別の天狗も立ち上がり声を上げる――が、背後でしたぺしりという音に腰を落としかけた。
 されども、天狗衆の意見を聞いてやる必要はない。慎霰はゆるりと立ち上がり、懐から取り出した笛に口を当てた。
 流れ出す和楽器独特の音色で奏でられる軽快な旋律は、一瞬で部屋中に広がる。
 とたん、立ち上がっていた天狗の一人がふらふらと妙な動きをし始めた。
 なんだなんだと視線が集中する中、よくよく見ればそれは確かにどじょうすくいである。啖呵を切っておきながら、突然どじょうすくいを始めた仲間に、天狗たちはぎょっとした。
「お、おいお前何やってんだよ!?」
「し、知らねえよ! 体が勝手に……!?」
「おいこらてめえ! 俺の相棒に何しやが――る?」
 どじょうすくいを始めた天狗に代わり慎霰を睨みつけた天狗も、突如としてどじょうすくいを始めてしまう。天狗衆による一糸乱れぬどじょうすくいが繰り広げられるのに時間はかからなかった。
 ぎゃあぎゃあ悪態を吐きながら、それでもどじょうすくいをやめられない天狗衆の姿は、客たちに大層好評だった。言動があまりにミスマッチ過ぎて返って笑いを誘うらしい。余興の依頼が慎霰に殺到した。
「慎霰! 次はフォークダンスさせろよ!」
「……いや、リーゼントの野郎同士でそれはシュールすぎねえ?」
 思わず慎霰がつっこんだら、そこでミツルギが一言。
「カルメンなどもいいのではないでしょうか」
「ミツルギ、俺、お前の趣味を疑うぜ……」
 その後はパラパラやらソーラン節、ヒップホップに日本舞踊と、まるで統一性のない余興が続いた。その内、ノリノリで踊り出す天狗もいたのだが、どれも笑いを誘う光景であったのは間違いない。
 あまりにも奇妙な集団とその行動に、笑いすぎた客の一人が呼吸困難に陥るは、耐え切れずに座敷を抜け出す者まで出る始末。仕置きとしても詫びとしても、ここまでくれば十分だった。
 踊り疲れてへたり込む天狗衆の前に立ち、慎霰は言った。
「人間だけならまだしも、他の妖怪に迷惑かけるなんてこともう二度とすんじゃねえぞ」
「へ、へい!」
 すっかり弱腰になった天狗たちの顔を見回し、慎霰は満足げに笑む。
「おおし、そうかそうか、なら――」
 そう言いかけた慎霰に、天狗たちの心に淡い期待が生まれた。ぱっと顔を輝かせて、食らいつくように慎霰を見る。
「お、俺たちもう帰っていいんですかい!?」
「いや、壊した宿の修理しろ」
 慎霰のその言葉は、天狗たちを一気に奈落の底に突き落とした。

 壊されかけた宿が再びもとの姿を取り戻したのとほぼ時を同じくして、坊主頭になった若い天狗衆がいるという噂が立ったが、その真偽は定かではない。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【 1928 / 天波・慎霰 / 男 / 15歳 / 天狗・高校生】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 初めまして、諸月みやです。この度は『宵待ちの宿 攻防戦』を発注してくださり、まことにありがとうございます。
 そしてこの度の納品が遅くなってしまったこと、この場でお詫び申し上げます。
 コメディタッチ、ということで笑いの要素をところどころに取り入れたつもりなのですが、いかがでしたでしょうか。
 天波・慎霰様に楽しんでいただくことができればと思います。それでは、またの機会がありましたら。