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<東京怪談・PCゲームノベル>


 HAL

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 東京都渋谷区。
 ここは、いつでも賑やかで活気に満ちている。
 が、人が集まる場所では、トラブルが絶えない。
 まぁ、そんなトラブルも、魅力の一つではあるけれど。
 とりあえず、目的の店に急ごう。予約しているから、焦る必要はないけれど。
 道行く人の合間を器用に縫って、目的地へと赴く。
 何の変哲もない平和な日曜日。少し退屈な日曜日。
 今日も、そのはずだった。
「あ。キミ、ちょっと良いかな?」
「…………」
「少しだけ。ほんの少しだけ、お話聞いて?」
「…………」
「すぐ終わるから。ほんとに」
「…………」
 あぁ、これも街の醍醐味。トラブルの一つ。
 どうしてこう、キャッチってのは、しつこいんだろう。
 前々から思っていたけれど、この職に就く人って、
 普段から、しつこいんだろうか。そういう性格なんだろうか。
 掛かる声を、ひたすら無視し続けて歩く。
 しばらく歩けば諦めて、ターゲットを変える。
 そう、いつもなら、これで回避できたんだ。
「待ってってば。逃がさないぞ」
「…………」
 見上げた根性だ。キャッチセールスマンの鏡とでも言ってやろうか。
 声を掛け続けていた男は、ズイッと身を乗り出して進路を塞いだ。
 そこまで言うなら、少しだけ……だなんて、言うはずがない。
「急いでるんで」
 少々睨み付けて、どいてくれと訴える。
 不本意だが、目に映り込む男の姿。
 銀の短髪に眼鏡。まぁ、見た感じは普通の男だ。
 睨み付けたにも関わらず、男は退かなかった。
「はい、これ」
「…………」
「よければ、来てね。じゃ、また」
「は? ちょ……」
 どのくらい、時間を潰されてしまうんだろう。そう示唆していたのに。
 男は、黒いフライヤーを手渡すだけで、さっさと立ち去ってしまった。
 目で追えば、男は既に別の人物に声を掛けている。
 正直、拍子抜けだ。こんなキャッチもあるのか。
 もしや、新手か。あっさりした態度で、逆に興味を引くという……。
 斬新かもしれないけれど、そう易々と引っかかるものか。
 溜息混じりで、渡されたフライヤーをクシャリと……潰そうとしたのだが。
 記されていた事柄が、あまりにも妙で。うっかり立ち止まり、見やってしまった。

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 INFORMATION / 生徒募集中
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 HAL入学・在籍生徒を募集しています。
 年齢性別不問。大切なのは、向学心!
 不定期入学試験を、本日実施しております。
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 試験会場 / HAL本校1F会議室
 試験開始 / 15時30分
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 試験進行は、以下の通り実施致します。
 15時35分〜 / 学力審査
 16時15分〜 / 面接試験
 17時30分〜 / 合格発表
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 以下の受験資格を満たした状態で御来校下さい。
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 ・特技がある(面接試験にて拝見致します)
 ・深夜0時以降の活動が可能な人
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 HAL本校までの道程は地図を御参照下さい。
 お友達と御一緒の受験も歓迎致します。
 試験開始時刻までに、HAL本校へ。
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「…………」
 噂には聞いていた。この辺りに、妙な学校があると。
 確かに、これはかなり怪しい。特に、この受験資格。
 深夜0時以降の活動が可能な人、って……。
 意味が理解らない。授業開始が深夜なのか?
 隅々まで目を通せど、その辺りの説明は見当たらない。
 こんな、あからさまに怪しい学校……受験する人なんているんだろうか。
 そんなことを考えながら、フライヤーを見やって首を傾げる内、周りの異変に気付く。
「…………」
 自分が持っている、このフライヤーと同一の物を持った人々が、
 ゾロゾロと同じ方向へ向かって歩いていくではないか。
 目を落として見やれば、彼等の足取りは、地図通り。
 あれ……。まさか……これ、全員、受験者?

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 皆さん、お暇ですのね。
 まぁ、かくいう、わたくしも、その内に入るのですけれど。
 一人、クスクスと笑いながら人混みに紛れて歩くアリス。
 擦れ違う人の目からすれば『一人で笑っている妙な子』である。
 受け取ったフライヤー片手に、人混みに身を預けた理由は至って簡素なものだ。
 ただ、何となく面白そうな予感がしたから。それだけ。
 自ら望んで選ぶ際、それ以上の理由なんて在りはしない。
 フライヤーに記されている事柄は、実に怪しい。
 普通は、すぐさま丸めて捨てるだろう。
 だって……明らかに怪しいではないか。
 こんなキャッチセールスのような手段で生徒を募るだなんて。
 まぁ、噂には聞いていた。ほんの触り程度だけれど。
 何やら、おかしな授業を行う奇妙な学校があるらしい、と。
 噂は、あくまでも噂。鵜呑みにするのは宜しくない。
 誰が言いだしっぺかも理解らない噂が勝手に歩き回って大きくなっているだけかもしれない。
 もしかしたら、何の変哲もない普通の学校かもしれない。
 噂なんぞ、信ずる価値はないのだ。
 自分の目耳で見聞きする。それ以上に信じられる手段なんてあるものか。
 噂を信じ込んでしまった挙句、それが本当に、ただの噂だった場合。
 とても惨めな気持ちになるはずだ。失礼なことをしてしまったと後悔するはずだ。
 所詮、噂は噂。実際に自分の目で確かめるまでは、何も信じるべきではない。
 そう思っていた。心から、そう思っていたのだけれど。
 フライヤーに記された事柄やキャッチコピー……。
 それらを目にした今、噂を信ずるのもアリかと思っていたり。
 そんなことを考えながら人混みに身を委ね続ければ、やがて、目的地へと到達。
 賑やかな街の片隅に、こんなにも静かな場所があったのか。
 それにしても大きな学校だ。外壁は黒く、要所要所に灯る橙色の灯りが美しい。
 少し妖しい雰囲気はあるけれど……これはこれで、良い雰囲気だ。悪くはない。
 こんなにも大きく存在感のある学校なのに……どうして、今まで気付かなかったのだろう。
 渋谷なんて、もう、数え切れぬほど足を運んでいる場所なのに。
 少々の疑問を抱きつつ、吸い寄せられるようにして校内へと踏み入るアリス。
 あぁ、そうか。気付かせない、この雰囲気も……噂が飛び交う理由の一つか。

 謎の学校『HAL』
 その1階にある会議室にて、第一の試験が執り行われた。
 とりあえずは筆記試験。アリスは、一番後ろの席に着席している。
 外観だけでなく、内装も良い雰囲気だ。
 何というか……魔女の住処というか。そんな雰囲気。
 机に頬杖をついて、さり気なく辺りを見回しているアリス。
 出題された問題は、何のことはない。一般的な学力試験だ。
 何の問題もなく中学校へ進めるようであれば、解くことは容易い。
 試験開始から、わずか10分ほどでアリスの手元にある解答用紙は埋まった。
 他の受験者たちは、未だに問題と向き合っている状況。
 手空きになったからこその暇潰し。
 辺りを見回すことに飽きたアリスが、次に実行する暇潰しは『チェック』だ。
 勘違いしないで頂きたい。ケアレスミスがないかどうか確認するだとか、そういうことではない。
 アリスが行う『チェック』とは、審査のようなもの。
 まぁまぁですね。全体的なレベルとしては……。
 少し物足りない感じはありますけど、仕方ないでしょうね。
 こんなところで豊作になるようだったら苦労はしませんから。
 まぁ……強いて言うなれば、この場で惹かれるのは、ただ一人。
 クスリと微笑み、アリスが視線を向ける人物。
 それは、受験者達の動向を監視している、とても美しい女性。
 問題・解答用紙を配ったのも、この女性だ。
 すぐさま理解る。彼女が、教員であることくらいは。
 ジッと見つめる、アリスの視線に気付いたのか。
 女性教員は、ふっと顔を上げてアリスを見やる。
 すぐさま目を逸らし、口元を袖で覆いながら微笑むアリス。
 良いですね。感度も高そうですし……何より、見た目が素敵です。
 試験に関する諸注意を説明する前に名乗っていましたね。
 確か……貴女の御名前は、千華さん。
 千の華と書くのだと、嬉しそうに説明してくださいましたね。
 嬉しく思う、その気持ち……理解ります。
 貴女にピッタリですもの。相応しい御名前だと思います。
 試験終了の鐘が鳴り、解答用紙が回収されても尚、アリスは微笑み続けた。
 嬉しくて堪らないんですもの。
 何が嬉しいのかって……それは、秘密ですよ。今は、まだ。

 筆記試験の後は面接。
 会議室を出て、アリスは案内に従い面接会場である2階の図書室へとやって来た。
 扉の前から階段下まで、ズラリと並んでいる受験者達。
 自分が呼ばれるのは、いつになることやら……と溜息を落としつつ、
 アリスは階段の手すりに身を預けて、またもや『チェック』で暇潰し。
 こうして見ると、実に多種多様だ。
 受験者達は、性別は勿論のこと、年齢層も幅広い。
 自分と同じくらいであろう者から、明らかに年上であろう大人まで。
 確かに、フライヤーに年齢制限らしき記述はなかったけれど。
 親子、いや、それ以上に歳が離れたクラスメートというのは、如何なものか。
 まぁ、遊ぶわけではなく勉強するのであろうから、特に問題はないかもしれないけれど。
 あれこれと考えている内、順番が回ってくる。
 扉の中から、自分を呼ぶ声。
 アリスは、ハッと我に返って微笑み、中へ……。
 ズラリと本が並ぶ図書室。本棚の上にまで本が積まれている。
 崩落するのではないかと不安を覚えるところはあるが……。
「こんにちは。じゃあ、そこに座って」
 黒いテーブルの上、散乱する書類を整理しながら言った男。
 面接官……にしては、軽いというか何というか。
 面接というものを体験したことがない故に、脳内では厳粛なイメージが浮かんでいた。
 まるで友達と話しているかのような、気楽で落ち着ける雰囲気。
 意外なその雰囲気に淡く笑うアリスへ、面接官は告げた。
「えぇと。それじゃあ、アリス。特技を何かひとつ、俺に見せてくれるかな」
 面接官の言葉に、アリスはクスリと笑い、要望を飛ばす。
「構いませんが、その前に、貴方の御名前を教えて頂けませんか?」
「ん。あぁ、そうか。そりゃあ、そうだね。俺は、ヒヨリ。どうぞ、よろしく」
「ふふ。はい、よろしく御願いします。ヒヨリさん」
「ん。じゃあ、特技を。忙しなくて申し訳ないけど、きみの後ろにも、まだまだいるからさ」
 書類に目を通しながら、やや業務的に言った面接官。
 まぁ、おっしゃるとおりですよね。お忙しいのは承知しています。
 少しでも急ぐべきなのでしょうけれど。少しだけ、御戯れをお許し下さいな。
 御心配なく。あなたが求めます、特技の披露を兼ねる戯れですから。
 クスクス笑いながら立ち上がり、ヒヨリの傍へと移動したアリス。
「ん……?」
 顔を上げ、首を傾げたヒヨリを見つめれば、アリスの心が満ちていく。
 男性とは思えぬほどに肌が綺麗ですね。手指も細く……とても綺麗です。
 その端麗な表情のまま、わたくしのコレクションに加えるのも素敵ですけれど。
 貴方の歪んだ表情も、また美しいのではないでしょうか。
 どうすれば、貴方を快楽に歪めることが出来るか。
 考えるだけで幸せな気持ちになります。
 もっと、もっと、わたくしの目を見つめて下さいまし。
 口元に笑みを浮かべながら、何やら色っぽい眼差しでヒヨリを見つめるアリス。
 眼差しに打たれし者の心を魅了する能力、魔眼。
 儚くも可憐で妖艶な魔力を宿した瞳に打たれてしまえば、心までも奪われて―
「はい。オーケー。お疲れ様、もういいよ」
「…………」
「結果発表は17時半からだから、それまで適当にブラブラしてて」
 全開で放出してしまうことは避けた。後々、面倒なことになるかと思ったから。
 抑えたのは確かだけれど。これは、あんまりではないか。
 まるで、効果がない……? いいえ、違いますね。
 オーケーと告げたということは、わたくしの能力を把握したということ。
 いくら何でも、そこまで平然とされるなんて屈辱です。
 再びヒヨリを見つめ、更に眼で打とうと試みたアリスだが。
「こら」
「…………」
「ムキになってくれるのは光栄だけどね。今は時間がないから」
「…………」
「また今度。時間がたっぷりある時に、ムキになってよ」
「……。わかりました」
 身を引き、スタスタと歩いて図書室を後にする。
 聞き分けの良い子? まさか。逆ですよ。
 先程、貴方が発した言葉は、挑発と受け取って構わないのですよね?
 良いですね。こんな気持ちになるなんて久しぶりです。
 欲しければムキになれ。
 挑発したことを、後悔させて差し上げます。


 適当にブラブラしていてくれ、そう言われたとおり、アリスは校内をブラついていた。
 思いがけずに挑発されたことで、お世辞にも心は穏やかとは言いがたい。
 まさか、あそこまで平然とされるなんて。効果がないわけじゃないんでしょうけど……。
 時間を掛けて、ゆっくりと打っていく必要があるのかもしれませんね。
 ふふ……。久しぶりじゃありませんか。こんなに手ごたえのある人材は……。
 クスクスと笑いながら、身近にあったソファへと腰を下ろす。
 携帯で確認すれば、時刻は17時30分、3分前。
 結果は17時半に出るからと言っていたけれど……合否は、どうやって確認するのだろう。
 また、どこかに招集されて口頭で知らされるのだろうか。
 ヒヨリに、その辺りも聞いておけば良かったと少しばかりの後悔。
 あれこれ考えながら、ジッと携帯を見つめ見下ろす。
 時刻が17時半を示した、その瞬間のことだった。
「…………」
 揺れる携帯、バイブレーション。メール着信を告げるメッセージ。
 誰だろう……と首を傾げつつ、受信ボックスを開くアリス。
 差出人のメールアドレスは『 hal@crymoon 』
 メールには、こう書かれていた。
 =============================================================
 Ms.Crescent
 =============================================================
 合格おめでとう。
 0時に再登校して下さい。遅刻は厳禁です。
 なお、本メール受信後10分以内に、
 希望クラス(A〜C)を返信して下さい。
 返信の際は、メールの末尾に名前と学生コードを記載すること。
 再登校後は、返信した希望クラスの教室で待機して下さい。
 =============================================================
 メールを確認して、アリスはまたクスクスと笑う。
 なるほど。こういう感じで発表されるんですね。
 メールアドレスなんぞ口にしていないのに。
 どうして自分のもとへ、しっかりと届いたのか。
 不思議に思うところはあるけれど、それがまたアリスの興味をそそる。
 合格を祝う言葉と、0時に再登校せよ、との指示。
 そういえば、フライヤーにも書かれていた。
 深夜0時以降に動けることが条件だとか何とか……。
 その理由までは明記されていないけれど、晴れて合格したのなら従うまでだ。
 アリスはカチカチと携帯を操作し、指示通りに希望クラスを返信。
 学生コードというものが何なのか、少々戸惑ったけれど、
 受信メールの末尾に、それらしき数字の羅列があったので、それを打ち込んだ。

 *

 アリスがメールで返信した希望クラスは『C』だ。
 どこを選んでも大差ないような気がしたから、適当に決めた。
 深夜、再びHALへ足を運んだアリスは、案内図を確認しながら教室へと向かう。
 それにしても、本当……巨大な学校だ。慣れるまで迷子になるのは必然といえよう。
 外から見ても、それなりに大きくはあるけれど、中に入ると余計に大きく広く感じる。
 妙な違和感は、空間……いや、時空に関与するものか。
 もしもこの感じが正しければ、見事なものだ。
 この広大な空間を管理している人物の魔力は途方もない。
 興味をそそる人材ばかりですね。退屈しなさそうです……。
 先々への期待を堪えきれずに微笑みながら、教室前にて停止するアリス。
 教室内からは、笑い声が漏れている。賑やかな雰囲気だ。
 なるほど。転校生というのは、こんな気分なのか。
 扉の前で携帯を懐にしまい、フゥと息を吐き落としたアリス。
 緊張……とは少し違うような。不思議な心境。
 ドアノブに手を掛け、中へ入ろうとした、その矢先のことだ。
「ん。どうした? 早く中入って」
「…………」
「さっきは、どーも」
「……。こんばんは」
「ほい。中、入りなさい。希望クラスはC、で間違いないんでしょ?」
「はい」
「ん。じゃあ、中へどうぞ」
 声を掛けてきたのは、先程の面接官……ヒヨリだった。
 ヒヨリの手には、ファイルらしきものと黒い箱が。
 ファイルの背表紙には『新入生』の文字も確認出来た。
 いくつかの要素を頭に考慮すれば、現状を把握することは容易い。
 そうですか。あなたが、このクラスの担当だったんですね。
 知らずに選択したのですけれど……運命のような気がしませんか。
 まるで、互いに惹かれあうかのような。……ふふ。
 教室に入り、すぐさま教壇の真向かいにある席へと着席したアリス。
 教壇にファイルと黒い箱を置き、ヒヨリは微笑みながら挨拶を始めた。
 ようこそ。いらっしゃいませ、新入生。
 今日から、君達はHALの生徒。外で下品な振る舞いをしないように心がけてね。
 あぁ、そうだ。このクラスの担任、ヒヨリです。26歳。恋人はいませんよ。
 恋人の有無について、尋ねようとしていたのだろう。
 アリスの隣に着席している女の子と、その後ろの席に着席している女の子が嬉しそうに耳打ちし合っている。
 まぁ、わからないでもないけれど。何となく面白くないというか微妙な心境だ。
 わたくしの獲物ですから……。手出しはしないで頂きたいですね。
 邪魔をするようであれば、貴女達も。それはそれで、一石二鳥なんですけれど。ふふ。
「えぇと。まぁ、何というか。皆、よろしく。勉強は勿論のこと、ハントも頑張ってね」
「先生。新入生にハントの説明をして下さい」
 ヒヨリの発言に、すぐさま挙手して告げた生徒がいた。
 指摘に苦笑し、ヒヨリは『ハンター』についての説明を付け加える。
 あぁ、ごめん、ごめん。普通に忘れてた。
 えぇとね。説明……あんまり得意じゃないんだけど。
 簡潔にいこうか。はい、じゃあ、みんな、黒板に注目。
 この学校『HAL』はね、表向きは普通の学校。
 とはいえ、受ける授業は一般的なものじゃない。
 数学とか、物理とか、古典とか、英語とか、そういう授業は一切ナシ。
 きみたちが学ぶのは、主に魔法に関与する事柄。精神学的なものとか、技術が問われるような授業も中には、あるよ。
 とまぁ、そんな感じで。昼間は、魔法に関する お勉強に専念して頂きます。
 ちなみに、毎日必ず通わねばならないっていう決まりはありません。
 時間のある時に。自由参加って感じかな。
 まぁ、毎日通えば、それだけ授業を受けるってことになって、
 それに併せて卒業するのも早くなるわけだけども。
 別に焦って卒業する必要もないね。好きなように学園生活を満喫してくれれば良いよ。
 で、夜ね。こっちが重要なんだ。今、きみたちがここにいる時間帯。
 深夜0時を過ぎた瞬間、この学校の本質が変わるんだ。
 深夜0時を過ぎた瞬間、きみたちの肩書きは、学生から『ハンター』に変わる。
 まぁ、この響きからして何となく察せるだろうけれど、
 0時を過ぎたら、きみたちの仕事は勉強ではなくハントになる。
 あぁ、難しく考える必要はないよ。要するに、正義のヒーローになるってこと……かな。
 仕事は、まぁ色々あるけれど、メインになるのは『スタッカート』の排除。
 スタッカート諸々については、明日の授業で専門の先生が説明してくれるので、ちゃんと聞いておいてね。
 とまぁ、こんな感じかな。じゃあ、次。魔石による、着属を実施するよ。
 新入学生は挙手して。はい、はい、えーと。9人ね。……今回は豊作だなぁ。うん。
 はい、じゃあ、新入生。今、手元にいった石をギュッと握って。
 何も余計なことは考えないでね。握った? 握ったら、そのまま目を閉じる。
 はい、そのまま。10秒待機。
 一体何なのか。自分は何をやらされているのか。
 アリスは目を閉じつつも首を傾げた。
 そして10秒後。
 パチンッ―
「!!」
 手の中で石が弾けた。ちょっとだけ痛い……。
 驚いている様子の新入生に笑いつつ、ヒヨリは言った。
 はい、オッケー。じゃあ、手を開いて。石を確認。どうなってる? はい、じゃあ、きみ。
 ビシッとタクトで示されて、思わず背筋を正したアリス。
 アリスは、手の中にある石を確認し、ありのままを伝えた。
「真っ黒になってますね」
 はい、オッケー。その時点で、きみたちには魔法の力が備わった。
 どんな魔法が使えるようになったかは、明日以降に嫌でも理解るだろうから、無闇に外に出さないこと。
 ちなみに。今、宿った魔法の力には能力規制がかかるんだ。深夜0時から朝8時まで。
 これを過ぎたら、能力は封印されてしまう。どう足掻いても外には出せません。
 ……まぁ、中には、お構いなしに発動できる優等生も少なからずいるだろうけど。
 とまぁ、こんなところかな。じゃ、今日はここまで。
 新入生は、寄り道しないで家に帰ってね。あぁ、その前に校内を回ってみるのも良いかも。
 お馴染みメンバーは、いつもどおり、イイ仕事してきてね。以上。解散。
 ……と、危ない。また忘れてた。
 新入生のみんな、俺の傍に来て。
 渡さなきゃならないものがあるから。順番に並んでね。

 ガタガタと席を立ち、教室を出て行く生徒達。
 新入生達は指示通り、全員ヒヨリの傍へと移動。
 渡さねばならぬもの。それは、HALに在籍している何よりの証となる学生証。
 更に、希望者には指定の学生服も授与している。
 順番に学生証(と制服)を受け取り、教室を出て行く新入生達。
 アリスの番が回ってきた。
「はい。じゃあ、これ。失くさないように気をつけてね。制服は?」
「頂戴します」
「ん。サイズは……Sで良いね、多分。合わないようだったら取り替えるから言って」
「はい」
「ん。じゃあ、お疲れ様」
「…………」
「……聞こえた?」
「えぇ」
「後ろ、つかえてるから」
「…………」
 苦笑しながら言ったヒヨリをジッと見つめ淡く微笑むアリス。
 眼で打とうとしているわけではない。そうだな、言うなれば見惚れているというか。
 あれこれと想像を膨らませて、一人で楽しんでいる状況、といったところか。
 楽しそうに微笑むアリス。だが、そのまま放っておかれるはずもない。
 ヒヨリは、ぱふっとアリスの頭に手を乗せ、誰にも聞こえぬほどの小さな声で耳打った。
「また明日ね」
 耳から全身へ痺れるような何ともいえぬ感覚が走る。
 澄んだ声と、さり気なき挑発。アリスはクスクス笑い、クルリと反転して教室を後にする。
 そうですね。焦る必要はないのですね。貴方とは、ここで……何度でも会うことが出来るんですから。
 期待と興奮。湧き上がるそれらを堪えることが出来ずに、アリスは微笑む。
 良いじゃないですか。退屈な毎日に起こる変化……。
 自ら変化を求めたのか否か。それは、わたくしにも理解りませんけれど。
 人材に困ることは、なくなりそうです。有難いことですね。……ふふ。

 不機嫌な半月に喜びを。
 高慢な満月に粛清を。
 戸惑いの三日月に救いの手を。
 ようこそ、いらっしゃいませ。HALへ。
 全ては、クレセントの仰せのままに。
 全ては、クレセントの導きのままに。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7348 / 石神・アリス / 15歳 / 学生(裏社会の商人)
 NPC / ヒヨリ / 26歳 / HAL在籍:教員
 NPC / 藤二 / 28歳 / HAL在籍:教員
 NPC / 千華 / 27歳 / HAL在籍:教員

 シナリオ『 HAL 』への御参加、ありがとうございます。
 アイテムを二つ贈呈致しました。アイテム欄を御確認下さいませ。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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