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新春のお慶びを申し上げます。
□prologue
「冥月さん、初詣をご一緒しませんか?」
パーティーの帰り道、そう、呼び止められた。
黒・冥月は被っていたサンタ帽を手に取り綺麗に折りたたむ。冥月を呼んだのは花屋の店員、鈴木・エアだ。
「ああ、それも良いな」
確か今年はじめは、……偶然町中で顔を合わせたのだ。その時に、奇妙な鍋料理屋に入った記憶がある。
「ご都合はどうでしょう? ちなみに、私は、大晦日からお正月までずっと暇です。お正月用の花は、大晦日の午前中には売り切れるんですよ。市場もお休みしてしまいますし、売る花がなくなるんです」
「どうせなら、二年参りにするか?」
集合は夜。一緒に神社へ赴き、日付が変わると同時に参拝しようと言うわけ。
「良いですね! 是非、そうしましょう」
その提案に、エアは目を輝かせた。
□01
既に日は落ちてしまった。にもかかわらず、今日だけは人通りが絶えない。着物姿の通行人もちらほら見えるので、行き先は同じだろう。
目印の電柱でしばらく待つと、去年……いや、まだ年は明けていないので今年始めか、と同じ着物姿のエアがやって来た。
「ごめんなさい! お待たせしました」
「いや。私も今来たところだ」
はぁと大きく息を吐くエアを落ち着かせるように冥月は微笑む。エアは手袋をしていなかった。それに気がついた冥月は、もし恋人なら手を繋ぎポケットに入れてあげるのにと思う。まぁ、完全にベタな妄想だけれども。
二人は都内の神社を目指し並んで歩き出した。
ふと、エアの頭飾りに目が止まる。
淡い紫色の蘭を中心にかすみ草が散りばめられている。生花の飾りだ。着物の女性は沢山いたけれど、これはちょっと珍しい。
「良い着物だな。色目を合わせた飾りも綺麗だ」
「わ。有難うございます。花は、店長に飾ってもらったんです。……まぁ、何と言いますか、商品持ち出しなわけですけど」
わははと誤魔化すように笑い、エアは冥月のロングコートをきゅっと握った。
「冥月さんは着物着ないんですか? 絶対絶対似あうと思うなぁ」
コートも素敵ですけど、と、首を傾げる。
冥月はシンプルな黒のロングコートを着こなしていた。スリムなデザインのコートは、すらりとした冥月だからこそ似合うのだろう。
「……いや、私は」
「振袖ですよ? 見たいなぁ。着て欲しいなぁ」
断ろうとする冥月に、エアのきらきらとした純粋な眼差しが向けられた。
冥月は、強く断りきれない。
「いや、今は無理だから……来年な?」
などと、何とか逃げる。
「そうですか! 楽しみにしています」
にっこり笑うエアを見ながら、一年たてば忘れるだろうと淡い期待を描いた。
□02
神社を見つけた所で、立ち止まる。
まだ参拝場所が見えないのに、すでに参拝の順番待ち列ができていた。
(すごい人だな……)
たった数秒祈るためだけに並ぶ国民性や神に祈る信心さは祖国にはない。これだけの集団が、どこから生まれるのか。例えば、自分の能力をちょっと使えばすぐに最前列に移動できるのに。などなど、隣のエアに向ける顔には全く出さず、冥月は人ごみをウンザリ思う。
「凄い人ですね。かなりかかるかなー。大丈夫ですか?」
「ああ。ゆっくり待てばいいさ」
けれども、エアに付き合う事は苦ではないのだ。
二人は揃って参拝の列に加わった。
列整理を行う警備員がロープを張る。どうやら数列で区分けし、グループ毎に列を進めているようだ。しばらく動きそうにない。
それを確認し、冥月がビデオカメラを取り出した。
「前に見た雑誌の広告を覚えているか」
「広告? モモンガが何とかってやつでしたっけ?」
正確には、修行キット『チビモモン(LV1)』だ。
縁あって、急成長をしてしまったモモンの退治依頼を受けた。その時の様子を撮影していたのだ。
「ああ。時間はたっぷりある。見てみるか?」
データを呼び出し再生ボタンを押下すると、エアが身を乗り出してきた。
最初に映ったのは、道端に置かれた美味しそうな桃。しばらく画面は動かない。
「冥月さんあのモモンガを買ったんですか?」
事情を知らないエアは不思議そうに画面を眺める。
やがて、がくんと画面が揺れた。おびき出されたデカモモンの歩く振動だ。かなり大きな足音が響いて来た。そして、姿を現すデカモモン。およそ、愛玩動物とはかけ離れた巨体だ。
「わ! な、な、な、何ですか?! あ! 着ぐるみ? そうなんですね?」
列の背後も続々と参拝客が並びはじめている。
エアは、控え目に迷惑にならない範囲内で目を丸くして驚いた。何度もビデオと冥月の顔を見比べる。
「いや、プログラムの問題らしい。大きさはともかく、外見は缶詰そのままだったぞ」
説明をしている間に、戦闘になった。
モモンのもふもふを堪能する者。真剣に戦う者。それぞれが、思うように行動している。
「はー。やっぱり、もふっとしているんですねぇ」
実物ではなく映像だから、なのか。エアは、モモンが巨体である事を受け入れはじめたようだ。尻尾のもふもふなどを食い入るように見つめため息をつく。
最終的に、モモンは動きを止められてしまう。
そして……。
画面の中で、冥月の華麗な踵落としが決まった。流れるような動作、スピード感あふれる必殺の一撃が、それはもう、バッチリ綺麗に撮れている。
「わ! ……冥月、さん?」
「いいか? 良く聞け。仕事だったんだ。だから、仕方なくだな……」
冥月は慌ててあくまで仕事だったのだと弁明した。
「それよりも、寒くないか? 珈琲があるぞ」
列は少し前進したが、またグループで区切られ足止めされた。
止まった事を確認し、そっと影の中から水筒を取り出す。寒さ対策に用意した冥月オリジナルブレンドの珈琲だ。
「わぁ、有難うございます! やったあ!」
温かい液体をコップに注ぐと、ふわりと香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。
□03
揃ってお賽銭を投げ入れる。
この日だけ集まる群集にどれほどの神力が降り注ぐのかは疑問だけれど、長蛇の列を耐え忍びここまでたどり着いた達成感は意外とある物だ。せっかくなので、冥月はエアに倣い祈る。
(今年も一年退屈しない様に)
勿論、自分がこの東京にいるのは「亡き恋人の墓を見守り生きていく」事。けれど、それ以外では多少刺激も欲しい。
そして……。
自分の隣で、真剣に目を瞑り祈るエアをちらりと見る。
(また妙な事件に巻き込まれない様に)
彼女自身は全く力がないのに、何故か色々な事件に巻き込まれるようだ。その度に、恐い思いもすれば危険な目にあう。少しでもそうならなければ良いと、願った。
流石に祈る時間の制限はないが、背後にはまだまだ参拝客の長い列が控えている。
お互いが祈り終わった事を確認し、列を離れた。
午前零時を確認し、冥月が立ち止まる。
「今年もよろしくな」
「はい! こちらこそ、よろしくお願いします。良い一年になると良いですね」
お互い、楽しい一年になれば良い。
「そう言えば、何を願ったんだ?」
かなり、真剣に祈っていたようだけれども。
冥月の問いかけに、エアはむんと胸を張った。
「それはもう、家内安全、商売繁盛でございますよ」
「……ほぅ」
わざとらしいまでにはっきりと言い切る様に、疑問を呈する。続きを促すように少しだけ首を傾げると、エアは慌てて真っ赤になった。
「そ、それ以上は内緒です!!」
「ふぅん」
表情から察するに、乙女チックな願いに違いないと思う。
「そう言う冥月さんは、何をお願いしたんですか?」
「それは……ヒミツ」
お互い、内緒なわけですねと、エアがおかしそうに笑った。
境内でおみくじを買い歩きながら開く。
冥月のおみくじには、でかでかと「中吉」が書かれていた。内容も特に悪い点もなく、こんな物だろうと折りたたもうとした。しかし、一点、違和感のある単語が目に止まる。勝負運の欄に「珍獣を大切にすると好し」と記述されているのだ。珍獣? 一体何のことか。いや、これはきっと、プリントミスに違いない。そもそも、汎用のおみくじに、一般的ではない言葉が紛れ込んでいるほうがおかしい。それに、自分の人生において珍獣とやらと係わり合いになる事がこの先あるはずがない。いや、有って欲しく無い。
「うーん。吉かぁ。良くも悪くもない、のかなー? 冥月さんどうでした?」
「普通だったよ」
首を傾げるエアに返事をする。
冥月はおみくじの内容を華麗に流す事に決めた。
□epilogue
神社を一通り回って、何か食べて行くかと言う話になった。
軽食を検討していると、どこかで見た事のある道に出る。何の疑問もなく進んでいくエアを冥月は呼び止めた。
「そっちに行くのか?」
「え? こっちの方が近道だと思いますよ。それに、何だか明かりも見えますし」
確かに、灯りがうっすらと浮かんでいる。
けれど、冥月は、今はっきりと思い出した。
この道を進めば、去年の「あの」通りに出る。期間限定、この時限りの料理屋に行きついてしまうのでは? と、確信に近い思いが膨らんだ。新年早々、不思議な世界に触れて良いものか。
考えているうちに、エアが遠く先に店の明かりを見つけたようだ。
「ほら、やっぱり、お店ですよ! せっかくだから、休んで行きませんか?」
「いや、だから」
あの店はどうだろうかと、疑問を呈する間もない。
エアはどんどんと吸い寄せられるように、進んでしまう。
仕方が無い。
こうなれば、彼女が怪しい事に巻き込まれない様せいぜい助けてやらなければ。
冥月はため息をついてエアの後を追った。
<End>
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