コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


 解時の書

-----------------------------------------------------------------------------------------

 外界:フルックベスタにて―
 泉の畔にある小さな家、そこで暮らす一人の老人。
 その命の灯が今、燃え尽きようとしている。
 手を震わせながら、老人は満足気に微笑んだ。
 カタカタと揺れる、老人の手には一冊の本。
 ようやく。ようやく完成した。悔いなど、あるものか。
 全ては時の流れの中に、時の神『クロノア・クロウ』の意のままに。
 我々の歓びも悲しみも葛藤も、全ては神の御戯れよ。
 あなたへ捧ぐ、敬愛の書。私は、生まれたことに感謝する。
 あなたに存在を認められたことを誇りに思う。
 死して尚、敬意が絶えることはない。
 神よ。願わくば……私の想いが、あなたに伝わりますように。

 微笑みながら、最後の力を振り絞って『書』を、どこかへと消した老人。
 バタリとベットに倒れこみ、老人は笑みを浮かべたまま、その生涯を終えた。
 敬愛の心に満ちた、世界にたった一冊しか存在しない老人の『書』
 時の神への愛が綴られた、その『書』が完成したことと、老人が絶命したこと。
 その最期を見届けて― ジャッジは頷いた。

-----------------------------------------------------------------------------------------

「うわ。何これ。ジメジメしてる……。気持ち悪いなぁ」
「いい感じの苔とか、ありそうだね」
「……苔に、良いも悪いもあるか?」
「あるよ。薬になる苔とかあるんだから」
「へぇ〜」
「ヒヨリさぁ、もう少し勉強したほうが良いんじゃないかな」
「何で」
「ナナセにばっかり任せてたら、いつか後悔するよ」
「いいんだよ。任されるのが、あいつの仕事なんだから」
「うわぁ。酷いね。俺なら嫌だな、こんな上司」
「残念でした。お前の上司も俺です」
 くだらない話をしながら、先を歩くヒヨリとキジル。
 二人の後を追うようにして、クレタは、ちょこちょこと付いて行く。
 三人は今、外界:フルックベスタに来ている。
 遊びに来たわけではない。立派な仕事だ。依頼人は、ジャッジ。
 何も聞かずに、ただ、フルックベスタへと赴き、
 泉の畔にある小さな小屋に住んでいた老人が残した書物を持ち帰って欲しいと、ジャッジはクレタに告げた。
 一人で行くのは少々危険かと思うので、誰か他に暇そうな仲間を連れて行きなさい、とも。
 そのアドバイスに従って、クレタは、ヒヨリとキジルに同行を頼んだ。
 キジルの記憶力と、ヒヨリの戦闘能力。
 そこへ、自分の補助能力が加われば、ひとまずは安心だろう。
 書物に詳しいナナセも同行してくれたなら、もっと心強かったのだけれど、
 彼女は、Jと共に別の仕事で外界に赴いている為、それは叶わなかった。
 ジャッジは要望を口にしただけで、詳細を語ってはくれなかった。
 何が起こるのか理解らない。それならば、バランスの良いチームを組んで行くべきだ。
(……。仲が良い証拠だよね)
 くだらない言い合いをしながら歩く二人の背中を見やりつつ頷いたクレタ。
 お互いに譲らないところとか、それでも会話が成立してるところとか。
 今更だけど、二人の仲の良さを再認したような気がするよ……。
 三人が歩いているのは、泉の畔にある小さな家、その地下通路だ。
 ジャッジに指示された本を探してみたものの、見つからず。
 どうしたものかと悩んでいたとき、キジルが地下へ続く階段を見つけた。
 薄暗い地下から、ひんやりと冷たい風が昇ってくる。
 明らかに危険な臭いはした。
 けれど、同時に確信も抱く。
 捜し求めている本は、この先にある。
 危険を承知の上で三人は地下へと降りた。
 地下へ降りて、およそ5分が経過した。
 景色が変わる様子はない。
 延々と、ただ延々と長い通路が続くだけ。
 足音がやたらと響き渡る地下通路は、何とも不気味な雰囲気だ。 
 三人は警戒を怠ることなく、前へ前へと進んでいく。
 途中、治療薬になる苔を発見してキジルが喜んだり、
 ヒヨリが躓いて豪快に転んだり、クレタがくしゃみを連発するシーンもあった。
 行けども行けども一向に変わらない景色に、三人が疑問を覚え始めた時。
 唐突に、道が二手に分かれた。
「…………」
 三人はT字路にて立ち止まり、顔を見合わせる。
 相談した結果、この場は満場一致で左へ。
 特に理由はない。三人が示した方向が、たまたま同じだっただけ。
 左へ曲がれば、また先程と同じように長く細い道が続いている。
 小さな小屋の地下とは思えない長さだ。
 そのアンバランス加減に気付くと同時に、三人は悟る。
 この地下空間は、魔空間と同類だ。
 クロノクロイツ全域も、魔空間の類に入る。
 その広さや大きさは、空間を生成した術者の能力に順ずる。
 即ち……本の著者であり、本を隠した老人は、かなりの術者であることを意味する。
 妙だな、とは思っていた。
 老人は天涯孤独で身よりもないはずなのに、
 三人が小屋に到着した時、老人の亡骸がどこにもなかったから。
(もしかすると、この先に……)
 一つの可能性がクレタの頭を過ぎった、その瞬間。
「……。二人とも、ちょっと待て。動くなよ」
「クレタくん、ストップ」
「? うん……」
 キジルとクレタに静止をかけて、一人先に歩いて行くヒヨリ。
 ヒヨリが感じ取ったのは、呼吸音。それも、かなり荒い。
「……めんどくさいな」
 ポツリと呟いたヒヨリの声が響き渡る。
「どうしたの。行っても良い?」
「あぁ、いいよ。でも、なるべく足音立てないで」
 指示通り、ゆっくりと静かに前方で腕を組んでいるヒヨリの背中を見つめながら進んだキジルとクレタ。
 闇の中、次第に露わになってくる『存在』に、キジルは苦笑し、クレタは目を丸くした。
 道を塞ぐかのように、不気味なアンデッドが群がっている。
「引き返して別の道……に行っても同じような感じなんだろうな」
「だろうね」
「……どうするの?」
「進むしかないよな。これは」
 苦笑しながら、巨大な黒鎌を手元に出現させたヒヨリ。
 ヒヨリの所作を見て、キジルは、すぐさまクレタに告げる。
「クレタくん。全員に結界、張ってくれる?」
「……わかった」
 指示されたとおり、手指を躍らせて光の結界を張ったクレタ。
 三人の身体が、淡く優しい白い光で包まれる。
 準備が整ったことを確認し、ヒヨリはコクリと頷いて言った。
「んじゃ、行きますよ。途中でヘバんないでね、二人とも」
 ヒヨリの言葉に苦笑しながら、キジルとクレタも身構える。
 二人が身構えたことを確認したヒヨリが、ダッと駆け出す。
 その後を追い、キジルとクレタも全力疾走。
 アンデッドの群れに飛び込んだ三人。
 当然、アンデッド達は襲い掛かってくる。
 だが、光の結界のお陰で、その攻撃によるダメージは微々たるものだ。
 微妙にこそばゆい程度のダメージを肌に感じつつ、三人は駆け抜ける。
 先頭を行くヒヨリが、バッサバッサとアンデッドたちを裂き進めば、視界良好。
 だが、アンデッドは次から次へと湧いてくる。
 加えて、それから、いくつものT字路に行き当たった。
 前後左右から襲い掛かってくるアンデッド、選択を求められるT字路。
 その繰り返しに、三人は、ただただ苦笑を浮かべる。

「はぁ……」
「つ、疲れたね。さすがに」
「…………」
「無報酬で、めちゃめちゃ働いた気分なんだけど。どうしてくれよう」
「はは。まぁ、いいじゃない。報われたでしょう、これで」
「……何だかなぁ」
 ポリポリと頭を掻きながら苦笑するヒヨリ。
 そんなヒヨリを宥めるキジルの手には、一冊の本。
 散々走り回って、辿り着いた最奥の部屋。
 開けたその場の中心にあった祭壇の上。
 目的の本は、部屋の四隅から放たれる青い光に照らされていた。
 本の表紙には『解時』の文字が確認できる。
 ジャッジから依頼された本に間違いない。
 用が済んだのなら、次は帰還……なのだが。
 先程、散々走り回った道を、また引き返すのかと思うと気が重い。
「大体、どうやって、ここまで来たかなんて覚えてないしなぁ……」
 ハァ、と大きな溜息を落としたヒヨリ。
 そんなヒヨリにクスクス笑いながら、クレタはキジルの背中をポンと叩いて言った。
「大丈夫だよ……ヒヨリ。ね……? キジル」
 見上げるクレタの眼差しに、目を伏せて微笑むキジル。
 記憶力の良さは、こういうときにも役に立つのだ。
 とはいえ、途中に群がっているアンデッドは、どうしようもない。
 本を残した老人の、思いの強さが窺える。
 大切なものを持ち出すわけだから、それなりの敬意を。
 クレタは、祭壇に向かってペコリと頭を下げた。
 何の為に、この本が必要なのか僕達にも理解らないけれど……。
 きっと、悪いことには使いません。ううん、絶対に。
 約束するから……。どうか、安らかに眠って下さい……。
「クレター! 何やってんだ。行くぞ〜」
「あっ……。うん……」
 目を伏せて、冥福を祈った瞬間。
 どこからか、柔らかな風が吹いたような気がした。
 ヒヨリとキジルは気付いていない様子だが。
 先を行く二人の後を追い、クレタは再びクルリと振り返って一礼。
(やっぱり、ここにいたんだね……)

 *

 クレタ達が、無事に持ち帰った文献。
 解時の書。
 本を受け取ったジャッジは、誰にも見つからぬように時計台の前へとやって来た。
 見上げれば、時計の針は正常に動き、何の問題もなく時を刻んでいる。
 老うことなき我等が、時の中に生きるなんぞ、可笑しな話だとは思うさ。
 けれどな、我等は自ら望んだのだ。時の流れを感じたいと。
 夜になれば眠り、朝になれば目覚め。
 そんな、ごく普通の生活に……憧れたのかもしれぬな。
 あぁ、一つ訂正するなれば、我等ではなく『彼等』か。
 私は、時の流れなんぞ感じたいと思っていないからな。
 いや、思っていなかった……というべきか。
 感化? いいや、それは違うな。
 これもまた、成長と呼ぶのではないのかね。
 いやはや。私に諭されるなんぞ、らしくないのでは?
 あぁ、すまない。どうか、気を悪くせずに。
 前置きは、このくらいにしておこうか。
 私の目的は、ただ、ひとつ。
 このまま、時の流れを。
 彼等に感じさせてやってはくれまいか。
 勝手なことを言っているのは承知だ。
 だがな、彼等も変化し、成長を続けている。
 そのように生んだのは、他でもない、お前さんではないか。
 複雑な心境になるのは理解る。私とて、同じ気持ちは、どこかにある。
 だがな。拒絶するばかりでなく、受け入れてはみぬか。
 彼等の変化と成長を、喜んではみぬか。
 目を伏せ、神妙な面持ちで本を開き、
 開いたページを時計台の鐘へと向けるジャッジ。
 すると、鐘が眩く輝き……壊れた玩具のように揺れ乱れた。
 闇の中、響き渡る鐘の音と、闇を照らす、眩き光。
 鐘音の余韻が残る中、細めた目で見やれば。
 ジャッジの手にあった解時の書は、ズタズタに引き裂かれていた。
 やはり、受け入れることは出来ぬか。
 それならば……仕方あるまい。
 我等が、お前さんに牙を剥くこと。
 それを覚悟で鳴り響かせたのであろうな。
 拒ませはせんぞ。
 理解らぬなら、教えてやるまでよ。
 愛しき存在に牙を剥かれることの切なさを覚えることが出来たなら。
 お前さんの気持ちも変わるはずだ。おそらく、きっとな。

 鳴らぬはずの時刻に、高らかに鳴り響いた鐘の音。
 自室の窓から、眩く輝く時計台を見やっていたクレタは、神妙な面持ちで首を傾げた。
 どこからか聞こえた、笑い声は誰のものか。

-----------------------------------------------------------------------------------------

 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / 16歳 / 無職
 NPC / ヒヨリ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / キジル / 24歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / ジャッジ・クロウ / 63歳 / 時の執裁人

 シナリオ『 解時の書 』への御参加、ありがとうございます。
 ちょっぴり意味深な結末で…。フラグ、立ってます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
-----------------------------------------------------------------------------------------
 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
-----------------------------------------------------------------------------------------