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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Power makes crazy 〜中編〜



「何事かと来てみれば……」
 初老の和服姿の男が半ば唖然と呟いた。
 気象衛星で補足出来ない突然の暴風と雷雨。その調査に訪れたのだが。
 まるで制御を失ったかのような嵐。その中心に佇んでいたのは平安時代の水干のような装束に薄い羽衣を纏った童子。その頭にあるのは2本の角。
 まるで屈託なく笑っていた童子は今、苦鳴に顔をゆがめている。男の作った結界の中で。
「で、どうしたいんだい?」
 男は問うた。強大過ぎる力の暴走を止められなくなっていたその童子に。
「俺に呪術を教えてくれるなら、お前に使役されてやっても構わないぜ」
 吐き捨てるように童子が答えた。
 男はふむとばかりに首を傾げる。つまりは、教えなかったら使役される気はないと、この状況下で童子は言っているのだ。
 不遜。とはいえ、契約とは元来そういったものか。
「どんな呪術を所望か?」
 尋ねた男に童子は口の端をあげてニヤリと笑った。
「俺を楽しませてくれるやつ」



 ◆◆◆



 メイスにも似た長兵器―――骨朶が風を切り唸りをあげた。鳩尾に叩き込まれたそれに慎霰は体をくの字に折る。俯く顎を容赦なくアッパーカット。上向いて晒される喉の急所。反射的に庇おうとあげた腕。そのがら空きになったボディに再び骨朶が綺麗に収まる。薙ぎ払うようなその攻撃をもろに喰らって慎霰の体は紙切れみたいに飛ばされた。受身も取れず木に背中をしたたかぶつける。軋む肋。呼吸の一時停止。ずるずると木の根元に尻を付ける。次の瞬間こみあげてくるもの。何度目かの嘔吐。既に胃の内容物は全て吐き出した後。胃液の酸っぱい味が口内に広がった。それを奥歯で噛み締めて慎霰が顔をあげる。そこに長さ6尺あまりもある骨朶を構えた男が立っていた。年は慎霰より10ばかり年長に見える。背には慎霰と同じ黒い翼。山伏の装束。天狗。そう、ここは慎霰の天狗の里だった。
「何をしている。さっさと立て」
 男の言葉に慎霰はよろよろと立ちあがった。その膝を軽く払われただけでバランスを崩して転ぶ。顔面から地面に突っ込んだ。擦り傷に血が滲んだが、その程度の痛みはとっくに麻痺してしまっているのか、痛みにも感じられず。ただ口内に鉄と泥の味が広がった。
 悔しくて腕で口元を拭いながら、慎霰は立ちあがった。
「はァ…はァ…はァ」
 荒い息を吐き出して相手を睨みつける。まだ心は折れていない。こんな事は大した事じゃない。あの時に比べたら全部大した事じゃない。
「まだまだァ〜!!」
 まるで自分に言い聞かせるみたいにして自分を奮い立たせるようにして慎霰は地面を蹴った。自らを克服するために。
 そうして何度地面を這っただろうか。気付けば吐瀉物に顔をあげる事も出来ずボロ雑巾みたいになった体を小さく丸めて肩で息をするのが精一杯なっていた。
 修行という名の折檻にも似たそれ。けれど彼にはそれを甘んじて受ける事しか出来なかった。
 贖罪のためか。自分の不用意な行動の結果の責任を果たすためか。
 いや、そんな大層な理由ではない。ただ、友を止められなかった。それだけだ。
 長老の言葉を思い出す。強すぎる力は本人にも周囲にも不幸を齎す。制御を失った力を前にそれを鎮めるだけの力がなければ出来る選択は一つしかない、と。
 目の前に差し出されたのは風斬鎌。風神を斬り強風を退ける鎌。神をも斬り捨てる鎌。その意図。
 長老は重ねて言った。最後の慈悲である、と。
 慎霰は奥歯を噛み締める。そんな事は絶対にさせるものか。

 今度は止める。ちゃんと捕まえてやる―――京太郎。

 その為に今自分が出来るのは、自分を磨く事だけだ。
「さぁ、休み時間は終わったぞ」



 ◆◆◆



 夜の暗闇を和風姿の初老の男―――その陰陽師は危なげない足取りで歩いていた。切れかけた街灯がチカチカと今にも消えそうになりながら足元を照らす。それも届かぬ闇へ、臆した風もなく踏み出される歩み。
 その背に京太郎はただ無言で従った。
 やがて陰陽師が足を止める。その先にあるのは建設途中と思しきビル。
「何でもね。ここには悪霊が棲みついているみたいで、祓って欲しいと依頼があったんだ」
 陰陽師が話す。
 京太郎は興味のない顔でそれを聞いていた。陰陽師が京太郎を見やってにこっと人懐っこい笑みを浮かべる。
「じゃぁ、後、よろしく」
「は……?」
 拍子抜けたように京太郎は陰陽師を見返した。しかし陰陽師は相変わらず飄々とした顔でシレッと言ってみせた。
「私は依頼を受ける。そして君を使役して邪気を祓う。実際に邪気を祓うのは君。何か間違っているかい?」
 たぶんそれは間違っていないのだろう。陰陽師と式神との間に交わされる契約。だが。自分を自分の力ごと結界に閉じ込めてみせた力を持ちながら、いけしゃぁしゃぁとよくも言えたものだ、と思う。自分の力など借りずともこの程度、造作もないに違いないだろうのに。
「…………」
 京太郎は相手の意図を推し量るように陰陽師を睨みつけた。
「大丈夫。相手は人間じゃない。多少の力じゃビクともしないさ。術を学ぶ前に君はまずその力の制御の仕方を学ぶべきだ。実戦が一番早い。暴走したら止めてあげるから、存分に遊んでおいで」
 軽い口調であっさりと。大人が子どもを諭すような口振りで言った。
「…………」
 その見透かしたような言い方と上から目線が気に入らないと鬼神格が反発するが、異能組織に身を置いていた京太郎自身にはどこかストンとそれは収まった。
 前を向く。鉄骨が組み上げられただけのビル。
 ここのどこかに、その邪気とやらが潜んでいるのか。

 ―――大丈夫。君にも視えるはずだ。いきなり加速せず、ゆっくり走りだしてごらん。

 どこに姿を晦ましたのか陰陽師の声だけが頭に響いた。
 京太郎は目を閉じる。異能組織GSOに身を置いていた時に身に付けた技術。自らの気配を断ち、相手の気配を察知する。けれど今回の相手は人ではない。
 両手を広げた。ぴりぴりと伝いくる大気の流動。力を使えばそれに比例して鬼神格もまたその存在を主張する。
 それを一つ一つ手探りで確認するように広げていく。
 ここまではまだ自分。ここまではまだ自分。ここから先は、やばいかも―――!?
 何かに引き寄せられるような恍惚感。一気に加速しそうになるそれを、けれど別の何かが引き戻した。たぶん、あの陰陽師の力。
「ちっ……」
 何故か舌打ちが漏れる。だが、今の一瞬で見つけた邪気。
 京太郎はビルの鉄筋に向かって跳躍していた。両手の平を地面に向ける。風が彼を後押しするように逆巻いた。
 手の平に雷撃を溜め込む。それを投げつけようとして、固まった。
 小さな子どもが怯えたようにそこに蹲っていたからだ。
 その子どもが振り返る。
「鬼だ!!」
「!?」
 刹那、わらわらと子どもたちが。いや、それは子どもなどと可愛いものではなかった。



 ◆◆◆



「京太郎が見つかった!?」
 その報せに慎霰は全身の傷の痛みなど吹っ飛ぶ勢いで、それを報せてきたカラス天狗に飛びついた。妖怪たちのネットワークにやっと引っかかったのか。
 気持ちが逸る。
 今の自分に彼を止める力はあるのか。そんな一瞬の逡巡さえも覆い隠す衝動。行かなきゃ。
「行くか?」
 尋ねる長に慎霰は力いっぱい頷いた。
「行く!」
 その為に耐えた修行だ。
 そんな慎霰に渡されたのは天狗の団扇。それから風斬鎌。最後の慈悲―――違う。京太郎を取り戻すための力。
 情報によれば京太郎は陰陽師と契約し式神として使役されているという話しだ。
 使役されればその発露する力は陰陽師自身の験力がリミッターとして働く。それ以上力が暴走する事はない。もしかしたら、その状態で力の制御を学ぶ方が京太郎のためなのだろうか。
 彼の元へ向かいながら慎霰は胸の内に転がる不安に息を吐いた。
 それでも、と思う。
 たとえそうだとしても、自分の尻拭いは自分でやる。
 ずっと修行の間中考えていた。京太郎の事。あんなに巨大な力を秘めているなんて知らなかった。自分のような団扇も使わず、何の手も借りずにあれだけの力を行使出来るのだ。だけどずっと封じられていたから、突然あふれ出した力を抑えられなかった。でもそれは突然だったからで、きっと段階を踏んでいれば。
 もしかしたら京太郎は自分で御しきれぬ力を制御して導いてくれるような存在が必要なのかもしれない。ならば自分が受けていた修行こそ、京太郎の方がだったん必要じゃないのか。
 それでも京太郎が望んでいたのは『人である』ことだった。力を捨てて人として生きるなら、修行は必要ないのか。―――いや、そんなハズはない。完全に捨て去れないものだからこそコントロール出来なきゃダメだ。
 京太郎は学校でもクラスメイトとあまり上手くとけこめないでいた。元来の根暗な性格が災いしているのかと思ったけれど、たぶん、それだけじゃない。
 京太郎の抱えているジレンマは、開き直ってしまった慎霰自身にはわかりようのないものだったけれど。

 だけど、一つだけわかった事もある。



 ◆◆◆



 ―――俺を楽しませてくれるやつ。

 最初に、そう言ったその言葉の意味を、彼は気付いているのだろうか?



 その土地に災いを齎していた餓鬼共が口々に言った。
「鬼だ!」「鬼だ!」「同じだ!!」
「おんなじなわけ……ねェだろ……」
 わずかに震える声。心なしかうろたえる京太郎の手を餓鬼共が取る。
「同じだよ」
「人にとっては異形だもん」
 人ではないという点で。
「!?」
「異形」「異形」「同じ」「おんなじ」
 屈託なく餓鬼共が入り込んでくる。京太郎の心の隙間に。
 飢えを充たそうとする心。餓鬼共は聡い。相手が抱えてくる飢えに。
「黙れ! 黙れ、黙れ、黙れ!!」
 京太郎は餓鬼の掴む手を振り払って自分の顔を覆った。
 違う、違う、違う。
 現実を拒絶して、事実から逃げようともがくように抗った。それでも煩くまとわり付いてくる餓鬼共の声。彼を捕らえて離さない。

 人じゃない。自分は人じゃない。人にはなれない。

 ―――嘘だ! 違う! 黙れ!!

 そんな京太郎の心の奥で誰かの声がした。
『ヤツラを消してやろうか?』
 うるさい餓鬼共を黙らせてくれるというのか。
 心の隙間に入り込んでくる声を、どうにかして欲しくて。
 その声に縋るように京太郎は心の中の手を取った。自分の中に眠る別人格―――鬼神格が力を伴って京太郎を飲み込んで行く。
 不安や迷い、惑い、劣等感、そんな負の感情を押し流す強い力。

 ―――逃げるな。

 自分を充たすユーフォリア。それを留める別の力。ムッとする自分。違う。飲み込まれてはダメだ。この地に災いを齎し人の心を蝕む餓鬼共を昇華する。
 京太郎は自身を取り戻した。
「はァ…はァ…はァ」
 荒い息を吐き出して餓鬼共を睨みつける。
 充たされない心。
 飢えている心。
 そこに踏み込んだお仕置きをしてやる。



 ◆◆◆



 建設途中のビルが見えてきた。
 慎霰は風斬鎌を握り締める。
 淡い光を放った風船のようなものが、そのビルの上に飛んでいるのが見えた。目を凝らすと風船の中には何かが入っている。
「子ども?」
 慎霰は目を凝らしながらそれを見やった。子どものようなそれでいてもっと邪気に満ちた小鬼のようにも見える。
 と、そこに小さな光が飛んできて、風船がパーンと爆ぜた。
「…………」
 小さな光の飛んでくる先を目で辿る。

 ―――京太郎!!

 そこに京太郎が指鉄砲を構えて立っていた。
 彼の人差し指が風船に向けられる。その指先に淡い光。電撃の弾。
 風船の小鬼どもが風船の中でもがく。それに合わせて風船は右へ揺ら揺ら、左へ揺ら揺ら。揺れる風船に狙いを定めて淡い光が電光石火。風船がパーンと弾けて京太郎は笑みを浮かべた。少しだけもの足りなげな顔をして。
「……何を、してるんだ?」
 京太郎の傍の鉄骨に降り立ち、慎霰は半ば茫然としながら尋ねた。
 その声に京太郎が振り返る。慎霰に気付いて嬉しそうな笑み。
「慎霰!! もしかして俺を探してきてくれたのか?」
「あ……ああ。それよりこれは?」
「あ、そうだ。慎霰も一緒にやろうよ。シューティングゲーム」
 風船の中で小鬼たちが泡を食っている。
「シューティングゲーム……」
 慎霰は拍子抜けしたように京太郎を見返した。
 いっぱい心配して、いっぱい考えて、そんな自分がバカバカしくなるほど、自分のこれまでの修行の日々は何だったんだと疑いたくなるほど、滑稽な気がして。
 あの日、あんな別れ方をして。何故そんな風に探しにきてくれたのかなどと喜べるのか。自分も京太郎を見つけられた事は単純に嬉しいと思わないでもない。だけど―――。
「京太郎! そうじゃないだろ!?」
 もっと他に言うべき事はないのか。
 思わず怒鳴りつけた慎霰に京太郎がビクッと体を強張らせた。
「慎霰だっていつもやってる事じゃないか」
「何?」
「こんな風に、相手をおちょくって、楽しんで」
「…………」
「何でだよ? 何で俺はダメなんだよ!!」
「京太郎!?」
 そうじゃない。そんな事を怒ってるわけじゃない。
「どうせみんな、みんな俺の事なんかわかッちャくれない!!」
「なッ……!?」
 京太郎の周囲を高密度の大気が渦巻く。慎霰は無意識に息を呑んだ。どうして彼を使役している陰陽師が姿を現さないのか訝しむのも一瞬。天狗の団扇を振るいながら後方へ飛ぶ。容赦のない攻撃。直撃を免れたものの風圧に押し飛ばされた。それを風斬鎌で切り裂く。
「京太郎……」
 息を吐いた。その視線の先。既に京太郎は頭上に右手を振り翳し第2撃の構え。そこから間髪入れず続く攻勢。溜め込まれる雷撃。
「ふざけるな!! わかるわけないだろ!!」
 慎霰は風斬鎌を握りしめた。その柄は雷をかわす桑の木で出来ている。
「ちャんと言ッてくれなきャ、わかるわけねェ!!」


 光と光が交錯した。


 ―――京太郎の全部はわからない。わからないけど。一つだけわかった事がある。



 だから、だから京太郎。一緒に―――



 強く願う。
 思いは届くと信じて。



 ■■End or to be continued■■