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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


〜暖かい氷像〜

ライター:メビオス零



 寒気がここぞとばかりに襲いかかる冬の半ば、一年が締めくくられるお正月‥‥‥‥
 多くの人々が街に繰り出し、お寺や神社に集まる時期である。子供達はお年玉を今か今かと待ち構え、受験生達はお賽銭をいくらにするかと苦しみ、カップル達は幸せそうに思い人と手を繋ぎ、はぐれないようにとお祭り騒ぎの神社を参っている。
 そんな光景を、窓枠に肘を置いて溜息を付き、「幸せそうよねぇ」等と呟きながら眺めていたシリューナ・リュクテイアは、手にした雑巾から滴る水滴を拭うために手を動かした。
開き窓の下側や窓枠の縁を念入りに拭い、蝶番(ちょうつがい)の油が切れていないことを確認してから窓を閉じ、窓枠と壁の間に隙間が空いていないことを確かめる。魔法薬の中には、香りだけで効果を現すような物もあるため、部屋の密閉性はチェックしておかなければならない。本当は金庫のように厳重な場所が望ましいのだが、細かい部分は魔法で補強してあるので問題はない。
シリューナは特に問題がないことを確認してから、再び窓を開く。部屋の中に漂っていた埃が窓へと向けて流れ出し、入れ替わりに外の寒々しい風が部屋の中へと吹き込んできた。

「ひっ‥‥まったく、毎年のことなのに、こればっかりは慣れないわね」

 体を撫でる風に、シリューナは少しでも暖めようと我が身を抱き締める。
現在、シリューナは年始年末の大掃除として弟子と共に店の一斉清掃を行ってるのだが、少しでも埃を飛ばそうと全ての扉と窓を開けた結果、風通しが良くなりあっと言う間に室内が真冬の寒さへと突入した。
当然、すぐに風に流されてしまうので暖房器具は全て切ってある。一応厚着はしているが、それでも寒いものは寒い。商品として並べている薬品棚にチラリと目を向けるが、すぐに逸らす。防寒用の薬(肌に塗ると暖かくなる)ならばあるにはあるが、この時期には飛ぶように売れる商品だ。屋外で使用が出来ることを考えると、自宅専用の暖房器具よりも優先する価値がある。
来客数は少ないが、知っている者ならばまず買い溜めしていく商品だった。
 よって、この商品には手を付けることが出来ない。いざお客が来た時に店主が使ったために在庫が足りなかったのでは格好が付かないのだ。

(早々に済ませて、暖めましょう)

 凍えてしまうのではないかという寒気の中、シリューナは急いで雑巾を洗い直し、今度は薬品棚の整理を始めた。瓶に入った薬品を机の上に並べ、棚を拭き、瓶を戻す時にどの薬品がどれだけの量だけどこにあるのかをメモに記録していく。
 調合のために保管してある薬は、消費も激しい。弟子のファルス・ティレイラに在庫の記録作業などの雑用は任せてあるものの、偶には自分で確認しなければいざというときに不安になる。
 ‥‥‥‥別に弟子を信用していないわけではないが、念のためだ。
 保管してある薬品の量に辟易しながらも、シリューナは時間を掛けて丁寧に休むこともなく作業をこなしていった。

(うぅ‥‥ここは風通しが良すぎるわね。ティレイラの方に回った方が良かったかしら)

 弟子であるティレイラは、少し離れた倉庫の清掃作業と魔道具の整理を行っていた。薬品類はどれもこれも扱いに癖がある。それに万が一にでも瓶を割ったりした場合、ティレイラでは対処出来ない確率が高く、それを考慮すると師であり調合した本人であるシリューナがこの場を担当するのは当然だった。
 しかし、埃を風で流すために窓と扉を開けているこの部屋は非常に寒い。部屋の配置から見て、この薬品の保管庫と調合室は風が良く通る場所にあるため扉を開け放している時には一番寒い環境になる。
それに比べて、盗難防止用にと壁を厚くし、目立たない店の奥にある魔道具の倉庫は、窓を開けても風通しがあまり良くないために、窓や扉を開けっ放しにしてもここ程は冷えるようなことはない。
 竜族であるシリューナが風邪を引くようなことはないものの、人型をとっているからには感じる寒さも同じである。
 やはり暖房器具を使おうかと重いながら、シリューナは何とか部屋の掃除を終えた。

「はぁぁ‥‥吐く息が真っ白だわ」

 冷え切った両手に白い息を吹きかけ、擦り合わせて暖める。
白い息は風に溶けていき、あっと言う間に掻き消え、そして窓の外へと出て行った。

(ここまで寒いと、雪が降るかも知れないわね。雲行きも怪しいし)

 窓から空を見上げ、そしてパタリと固く閉ざして鍵を掛けた。
 掃除に使った雑巾や布巾などをバケツに放り込み、部屋を出る。扉に掛けておいた『清掃中』の札を剥がし、次の部屋の掃除へと向かう。

「‥‥‥‥あまり進んでないようね」

 廊下に出たシリューナは、開け放たれている扉の数を数えて呟いた。
 シリューナとティレイラの清掃範囲は、キッチリ半々で分けてある。掃除のされていない部屋の扉は開け放たれ、閉じているのは清掃が完了している部屋である。シリューナは危険度の高い部屋を全て担当し、ティレイラは店の帳簿や調合に使う魔道具などの保管してある倉庫、数室の客室を担当していた。
 まだ清掃作業を始めてから一時間程だが、ティレイラの作業はあまり進んでいないようだ。見える範囲では閉じられている扉は一つだけであり、まだ他に数室の部屋が残されている。

(‥‥ま、向こうはガラクタが多いし、手間取っているのかしらね)

 これでは陽が暮れてしまうと肩を竦めながら、シリューナは次の部屋へと入っていった。
 掃除が終わってからの予定はないが、徹底的に掃除をしたあとはクタクタだろう。労いに外食にでも誘おうかと考えながら、シリューナはすぐに清掃作業に取りかかった。
 慎重に取り扱わなければ爆発するような材料を片付け、滅多に使わない魔道具に封印魔法を掛け直し、脱走した液体生物を大きな瓶に押し込める。
 そうして珍しくドタバタと走り回って一息着いた頃、シリューナは廊下の異常を感じ取った。

「‥‥‥‥進んでないわね」

 開け放たれている扉の数が減っていない。
 危険な清掃作業に集中するためにチェックするようなことはなかったが、最初に見てから三時間程が経過した現在でも何一つとして変化がない。耳を澄ませても足音一つ聞こえず、人の居る気配すらも‥‥‥‥無い。

「まさか‥‥」

 見ていないのを良いことに、どこかに遊びにでも出掛けてしまったのだろうか? それとも気が付かないうちに事故に遭い、動けなくなっているのだろうか?
 勝手に出歩くような弟子ではなかったが、ここまで気配がなければ気にもなる。事故にしても、もしかしたらうっかり滑って転んで魔道具の山に突っ込んで大変なことになってしまっているのかも知れない。
 想像は悪い方悪い方へと働いていく。それを振り払うように、シリューナは開け放たれている部屋を近い所から覗き込み、一部屋一部屋順番に見て回った。

(本当になにもされてない)

 見て回った部屋は、全て清掃も何もされていない。汚いまま(普段から片付けているので、大した汚れではなかったが)放置されており、中には窓から鳥が侵入してすごいことになっている部屋まであった。

「あの子は‥‥‥‥どこにいるのかしら」

 部屋の中で遊んでいた鳥を捕まえて窓から放り投げ、シリューナは溜息を吐いた。
 掃除のされていない部屋は全て回った。もし事故にあって動けないとしても、清掃中ならば扉は閉められていないはず。だからこそ扉の開いている部屋を全て見てきたのだが、ティレイラの姿は一向に見られない。

「‥‥‥‥外かしら」

 もしかしたら、洗剤を切らして買い出しにでも出ているのかも知れない。
 しかしそれならそれで、外に出るという旨を伝えに来るはずだ。黙っていなくなるということはあるまい。一応玄関を調べてみたが、ティレイラの靴はちゃんとある。まさか飛んでいったということもないだろうから、まだ店のどこかにいるはずなのだ。
 まさか、気付かぬうちに脱走した液体生物に消化されてしまったのだろうかともう一度店の奥へと引き返したシリューナは、ふと廊下を吹き抜けていく風に違和感を感じて立ち止まった。

(‥‥‥‥‥‥暖かい?)

 吹き抜けていく風は、依然として酷く冷たい。清掃を終えた部屋が増えたために最初程ではないが、それでもまだ冷たい。
だと言うのに、足元を吹き抜けていく風にはほんの僅かだが暖気が混ざっていた。バタバタと走り回っていたのでは気付かないだろうが、立ち止まってみると感じられる。冷たい風の中に、微妙にではあるが微温い風が混ざっていた。

「‥‥‥‥ここかしら」

 足元に視線を移し、そして目の前の扉に手を掛ける。
 閉ざされた扉。清掃完了の札が掛けられ、これまでチェックしていなかった扉である。
 扉が閉ざされているということは、既にここには誰も居ないはずなのだが‥‥‥‥
 風に混じっている温風は、扉の下から漏れ出ていた。扉と床の僅かな隙間から廊下に逃げ出してくる温風は、あっと言う間に冷風に巻かれて消えていく。これまでは歩き回っていたために気付かなかったが、確かに扉の中から漏れ出ていた。
 扉を開き、中を覗き見る。
 ‥‥‥‥その途端、シリューナは目を押さえて仰け反った。

「いたっ‥‥!!」

 中から外へと一斉に逃げ出していく暖かい空気。乾いた温風。そして多分に二酸化炭素を含んだ風が吹き抜け、シリューナの目を打った。
 想定外の痛みに一歩退いてしまうシリューナ。鼻も“ツン”と痛みを訴え、まるでワサビでも食べたかのように嗅覚が麻痺してしまう。
 不意を突かれて後退したシリューナだったが、目を閉じるようなことはなく、しっかりと部屋の惨状を見て取り、拳を固めた。
 ‥‥‥‥部屋の惨状‥‥温風の原因。
 掃除を途中で投げ出された部屋は散らかり、清掃開始前よりも酷い状態になっている。さらに窓を閉め切りストーブを惜しみなく点火されている室温は異常に上昇しており、廊下との室温差は二十度以上もあるだろう。
しかも十分に換気もされていない部屋で長時間ストーブを使用した為に、ストーブの火が作り出す二酸化炭素が頭をクラクラと揺れ動かす。同時に強い眠気を覚えたが、シリューナの意識は廊下を吹き抜けていく冷たい風によってその場に留まった。
そしてそんな、常人ならば一酸化炭素中毒で一大事になっていそうな部屋の中央のテーブルに、グッタリと体を預けてスヤスヤと寝息を立てているティレイラがいた。

「この子は‥‥‥‥」

 部屋に踏み込んだシリューナは、扉を閉めることもストーブのスイッチを切ることも後回しにし、ティレイラの傍らに仁王立ちする。
風が通り急激に冷えていく室内‥‥‥‥室温の変化に、眠っているティレイラの目蓋が僅かに動くが、決して開くことはない。寒くなっても体を少し硬くするだけで、目を覚ますような気配は皆無だった。

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 固めている拳を振り上げ、勢いよくティレイラの脳天に‥‥‥‥振り下ろそうとして、シリューナはピタリとその手を止めた。
 別に暴力はダメだと思い直したわけではない。師である自分が危険な作業を極寒の中でこなしていたというのに、暖房を効かせた部屋で居眠りをする弟子にお仕置きをするのは当然と言えば当然だ。だがしかし、だからといって殴り起こしてしまっても良いものか? 暴力反対だと唱えるつもりはないが、しかし怒りの対象であるティレイラは居眠り中であり、起きる気配は一行にない。
 ‥‥ここで催眠魔法を重ね掛けしてやれば、何をしても起きることはないだろう。
 どうせ仕置きをするならば自分も楽しく、出来れば身体的な仕置きではなく精神的な打撃を与えたい。
 シリューナはひとまず扉を閉め、冷え切った自身の体をストーブで温めながら、眠っているティレイラへのお仕置きの方法を考えた。

(起きた時に驚くようなものがいいわね。やっぱり変身系か‥‥またスライムでもけしかけてみようかしら)

 自分のすぐ傍でとんでもない仕置き計画が計画中であるというのに、ティレイラはグッスリスヤスヤスピースピーと、漫画ならば鼻提灯でも膨らませているのではないかという程によく眠っている。
 大方、窓を開けて掃除をしている時に寒さに負け、ストーブを点けてしまったのだろう。そして暖気が逃げないように扉と窓を閉め、室内の暖かさに負けて休憩に入り、気が付いたら眠っていた‥‥‥‥と言う所か。
 ここしばらくの間、魔法薬の注文が多かったために引っ張り回した事もあり、疲れていたのかも知れない。しかしだからといって手を抜くつもりはさらさら無い。せっかく遊ぶ機会が巡ってきたのだ、見逃す手はないだろう。

「そうね‥‥‥‥寒さから逃げ出したくて眠ったのなら‥‥」

 シリューナはストーブのスイッチを切り、ティレイラの寝顔を覗き込んだ。
 一体どんな夢を見ているのか‥‥幸せそうなその寝顔は、シリューナに笑いかけているかのように微笑みを浮かべている。
 その笑みに、シリューナは静かに微笑み返し‥‥‥‥

「寒いのが嫌なら、いっそ感じないようにしてあげるわ」

 シリューナの手が、そっとティレイラの背中に当てられた‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥

‥‥‥

「‥‥‥‥はれぇ?」

 不意に感じる寒気と眠気、いや眠気はこれまでずっと眠っていたのだから当然だが、寝ぼけて思考の定まらない頭を揺り動かし、ティレイラは静かに目を覚ました。
 いつの間にかテーブルに体を預け、眠っていたらしい。まだ掃除は始めたばかりで、清掃道具は床に散らかっている。部屋に時計がないために時間は分からないのだが、かなり長い間眠ってしまっていたのだろう。窓から差し込む光は茜色に色づいており、それも見る間に黒に染まっていく。
 ‥‥‥‥冬の夕暮れは短い。あと半刻程の間に、外は夜へと移るだろう。

「‥‥‥‥‥‥‥‥まずっ!」

 ティレイラの思考を阻んでいた眠気が、一瞬にして吹き飛んだ。
 清掃作業はほとんど終わっていない。だと言うのに、既にタイムリミットは終わりに近付いている。年末の最後の仕事を居眠りでサボってしまうなど、師であるシリューナにどんなお仕置きをされるか分かったものではない。
 せめて形だけでも清掃作業を終えたように見せなければ大変なことに‥‥‥‥

「あ、あれ?」

 と、体を起こそうとしたティレイラは、自分の体に起こっている異変に気付き、愕然とした。
 テーブルに預けていたティレイラの体はピクリとも動かない。枕にしていた両腕はテーブルに張り付き、そこにあるというのは見て分かっているのに、腕自体の感覚はなく凍り付いたように動かない。
 ‥‥‥‥否、凍り付いたように‥‥‥‥ではない。
 事実、ティレイラの体は薄く青白く染まり、静かに少しずつ凍り付き始めていた。

「な、なにこれぇ!?」
「あら、目が覚めたのね」

 背後から聞こえてくる声に、ティレイラはハッと振り向こうとした。が、顔も腕にべったりと張り付いたままで動かず、辛うじて耳を頼りに背後にいる人物に見当を付け、大慌てで弁解しようと口を開く。

「お、お姉様! これは一体‥‥!?」
「身に覚えはないのかしら? 例えば掃除をさぼって居眠りしていたとか、師匠が寒いのを我慢しているのに自分だけ暖かい部屋で居眠りしていたとか、頑張ったご褒美とかを考えていた私の期待を裏切って良い夢見ていたとか、覚えはないのかしら」
「あぅぅ‥‥」

 ティレイラが言葉を詰まらせ、顔を青ざめさせた。
 そしてすぐに、現在の自分の状況を把握する。
 掃除をサボって眠っていた自分は、寝ているのを良いことにシリューナに魔法をかけられ、氷漬けにされている。それも段々と時間を掛けて凍っていくような術らしく、ティレイラの体は少しずつ青白く変わっていき、感覚は途絶え、意識も遠ざかっていく。

(ま、まずい‥‥)

 遠ざかっていく意識を繋ぎ止めながら、ティレイラは焦っていた。
 氷漬けと言っても、死にはしない。シリューナの使った呪術は封印系の術であり、相手を殺傷するような効力はない。それはシリューナに魔法を習っているティレイラにも判別出来たが、シリューナの嗜好を知るティレイラにとっては十分な恐怖を与える術だった。
 これまでの経験上、シリューナは凍らせられて氷像と化したティレイラを、公衆の目に晒す可能性が高い。店先にでも置いて看板代わりに使用するぐらいはするだろう。誰も、まさか本当の人間(?)を凍らせてある氷像だとは思いもせずに眺め、感心し、作成者であるシリューナを賞賛する。
 ‥‥いや、それだけならまだ良い。
 だが氷像となったティレイラに妙な飾り付けを施してから、店先に飾るという可能性もある。飾り付けられる側のティレイラには記憶も意識も残らないものだが、封印を解かれてから近所の人間に感想を言われるのは堪ったものではない。
先日、狛犬にされて縁日で飾られた時もそうだった。あれから数日間は、縁日に来ていた子供達から狼人間呼ばわりされたのだ(その時はシリューナが自作した石像を持っていったことにされていた)。
そんなことを二度、三度と繰り替えしたくはない。

(こ、この術は確か‥‥前に習ったような‥‥‥‥)

 ゆっくりと氷像になりながら、ティレイラは必死にこれまで習った術の記憶を引っ張り出し、対処しようとしていた。
 幸い、シリューナの掛けたこの封印の氷結術は遅効性の術らしく、ティレイラの体は動く事は出来なかったが、まだ完全に凍り付いているわけではない。魔力を動かすことも出来るため、対抗魔法を使用することさえ出来れば術を解くことも出来るはずだ。
‥‥‥‥解除出来たとして、シリューナが大人しく逃がしてくれるとも思えないが、今はとにかく試してみるしかない。シリューナにはあとで思いっきり謝っておこうと心に誓い、ティレイラは全身に魔力を充満させた。

「あら、何かする気で‥‥」

 ティレイラの体に走る魔力を感じ取ったシリューナは、出方を見ようと一歩だけ後退する。ティレイラの体を覆った魔力はすぐさま赤い炎となり、一瞬でティレイラの体を覆い尽くす。

「‥‥ぷはっ!」

 自ら顔を出して息継ぎをするように大きく息を吸い込んだティレイラは、得意の炎術で強引に氷を溶かし、テーブルから跳ね起きる。炎はティレイラの体の氷を瞬時に溶かし、元の状態に戻していた。凍傷の類は水につけてゆっくりと溶かすものだが、氷系の魔法には炎の魔法と、至って単純に反対の属性の魔法をぶつけてやれば相殺出来る。そして炎の魔法は、ティレイラにとっては唯一の得意魔法だった。

(やった! 呪いは解けてないけど、とりあえず動ける!)

 動けるようになったティレイラは、未だに残る寒気を堪えながら、翼を広げて窓に走った。
 シリューナの掛けた呪いは解除出来ていないが、しかし炎の魔法で相殺し続ければ氷漬けになることはない。呪いについては、後でゆっくりと方法を考えて解呪すればいい。
 まずは目先の師から逃れること‥‥‥‥
 ティレイラの頭は、シリューナの悪戯心への恐れで一杯だった。

「えと、掃除はまたしますから、今日は失礼しまーす!」

 声を上げ、窓を開け放ち、窓枠に足をかけて飛び立とうと翼を開く。
 そして‥‥‥‥

「ああ、言い忘れたけど、その呪いは動けば動く程凍るスピードが速くなって‥‥‥‥って、もう聞いていないわね」

 窓枠から飛び立とうとした態勢のまま、完全に凍り付いたティレイラには、シリューナの楽しそうな声は届かなかった‥‥‥‥


‥‥‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥

‥‥‥

「うーん、このツルツルの肌‥‥‥‥良いわねぇ」

 指先で動かなくなったティレイラの体を撫で回し、普段ならばプニプニとした弾力ある頬をつついてみる。氷像となったティレイラの頬はごつごつとした固い感触だったが、撫でるように左右に動かすとツルリツルリと滑ってしまい、それがなんとなく面白い。

「冷たくて気持ちが良いし、今度は夏にでもこうしてみようかしら。ねぇ? ティレイラ?」

 氷像となったティレイラは無言だが、シリューナは楽しそうにティレイラの体に空間転移のための術を掛け、外にまで運搬しに掛かった。変身して翼を広げた状態のティレイラの体は大きく、部屋から出すには魔法を使う以外になかったのだ。
 そこまでして晒し者にしたいのかとティレイラは言うかも知れないが、もしも他の者ならばそんなことはまずしない。する気にもならない。
いわば‥‥これはティレイラ限定の悪戯心。可愛い妹を見せびらかしたい姉の気持ちを、フルに発揮しているだけなのである。
 ティレイラにとってはありがた迷惑というか、せめてその気持ちの使い方を考えて欲しい所だった。

「あら、いつの間にか雪が降っていたのね」

 店先にティレイラごと空間移動したシリューナは、風に舞い散る小さな粉雪を見上げて小さな笑みを浮かべた。
 勝手に一人で暖まっていたティレイラへのお仕置きとしては最高のシチュエーションだろう。氷漬けにされた上に雪の降る寒空の中、看板代わりに外に放置されるなど、滅多にあることではない。あとで写真にでも撮っておいて、戻した時に自分が雪に埋もれている様を見せてあげるとしよう。
 最後に、シリューナは店の中で作った小さな看板をティレイラの首に掛けてから、大急ぎで店の中に戻っていった。ティレイラを外に放置しておいてなんだったが、今日は朝からずっと寒い中動き回っていたため体力的に限界だ。ティレイラではないが、これから存分に暖を取ろう。
 そう決めたシリューナの背を見送ったティレイラの首には、「シリューナ魔法薬店マスコット! これからよろしく!」などと書かれた看板が掛けられていた‥‥‥‥




〜参加PC〜
3785 シリューナ・リュクテイア
3733 ファルス・ティレイラ

〜あとがき〜
 今回のご発注、誠にありがとう御座います。メビオス零です。
 今回のシナリオはどうでしたでしょうか? 楽しんで頂けたらいいのですが、まだキャラクターの扱いに慣れていないので、ご指摘、ご感想などが御座いましたら、ファンレターとしてでも送って頂けたら幸いです。次の発注がありましたら、出来るだけ反映させて頂きます。