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<東京怪談・PCゲームノベル>


金の牛を追え!

「シュラインどの!よう来て下さった!久しぶりじゃのう」
 出迎えてくれた天鈴(あまね・すず)の満面の笑みに、シュライン・エマは会釈で答えた。年末の挨拶でもと、買い物帰りに寄った天家だが、思えばかなりご無沙汰だ。鈴の後ろから彼女の弟、玲一郎も顔を出す。
「玲一郎さんも、お久しぶり。…あら、魅月姫さん」
縁側に、黒榊魅月姫(くろさかき・みづき)の姿を見つけてシュラインが言うと、鈴が嬉しそうに、そうなのじゃ、と頷いた。こちらを見た魅月姫とも挨拶を交わす。
「魅月姫どのも先刻いらしてな。実はこれから祭に行くところなのじゃ。これが珍しい祭でな。十二年に一度しか無いと来た」
「へえ、どんな?」
 そう言われてはこう返すしかない。聞き返したシュラインに、鈴がにんまりと笑い、玲一郎は視線をそらした。しまったと思った時には既に遅し。
「よし!百聞は一見にしかず!そして祭は多い方が楽しい!」
 両手をあげて喜ぶ鈴の向こうで、玲一郎が深いため息を吐くのが見えた。

「なるほど。玲一郎さんが苦笑いしてた理由がわかったわ」
 鈴の説明を聞き終えたシュラインの言葉に、玲一郎が小さな声で、すみません、と言った。空はかつてないほどに澄み切って、漆黒の帳が街を覆い尽くしている。訪れた寿天苑から問答無用で連れて来られたこの社、地上であってそうではない、普通ならば人の目にはその入口すらも見えぬ特別な社で、祭はひらかれる。その名も、牛追い祭。スペイン風かと思いきや、なんとこの社を通って地上へ降りてくる牛の姿をした年神たちを追い、中でも今年最大の幸運をもたらすという金の牛を捕らえるのが、祭のメインなのだと言う。参道に集ったのはほとんどが妖怪変化の類で、皆、我こそは金の牛をと息巻いている。年神たる牛たちには術は効かず、神手縄と呼ばれると特殊な縄と社で配られた4つの道具と体術のみで捕らえなければならない。とはいえライバルに対しては術の使用も制限はなく、結構な荒事になるのは必至。ただでは済みそうにない。
「困ったなあ、私、結構忙しいんだけど」
 シュラインが小さくため息を吐いたその瞬間、どこからともなく小さな足音が嵐のように迫ってきて、シュラインは耳をそばだてた。足音は瞬く間に近づき、足元をほんのりと輝く無数の小動物が社に向かって駆け上ってゆく。よく見るとそれらはネズミの姿をしており、街全体から湧き上がるように現れ、参道に集約されるとこちらには目もくれずまろぶようにして駆け上がり、そして天に帰って行った。前の年神たちの帰還だ。と同時に、荒々しい足音が、彼らの消えた天から降り注ぎ始める。
「来たぞ」
 鈴が言い、参道の先に光が見えた。闇の中に浮かぶ、眩い光。それは天を揺るがす足音と共に近づき、社を抜けて参道に流れ込んだ。大地を震わす年神の降臨に、参道に集まった者たちがどよめく。皆の視線は先頭で駆け下りてきた金の牛に注がれていた。闇色の体をした他の牛たちの中で、金色に輝くそれはあまりにも眩く、美しかった。そして、大きな鐘の音とともに祭が始まった。

「魅月姫どのっ!」
 伸ばされた鈴の手を魅月姫が取る。二人は群れなす牛たちの背をひょいひょいと渡って金の牛を追って行き、取り残されたシュラインと玲一郎は顔を見合わせた。
「じゃあ玲一郎さん、ご一緒しない?とりあえず、ちょっと遠くから見てみたいかな」
「喜んで」
 二人は街を見下ろすべく、高いビルの屋上に飛んだ。牛たちの群れは既にばらけて、大晦日の街を縦横無尽に駆け回っている。じっと見ていると、金の牛はどうやら縦横無尽というよりも渦を描くように街を駆けているように見えた。このまま行くなら。
「玲一郎さん、あの路地に連れて行ってくれない?」
 なるほど、と玲一郎が微笑み、シュラインの手を取った。ふわりと再び空に舞い上がった二人は、そのままシュラインが指差した細い路地に降りて行った。
「なるほど、罠ですか」
 せっせと仕掛けを作るシュラインを見ながら、玲一郎が感心したように言う。
「牛と格闘ってのはちょっとね。でも道具貰ったっきり使わないのも性分じゃないの。これ以上の災厄も御免だし。んっと、牛さんは大体このくらいだったから…よし、あ、玲一郎さん、これ、ちょっと重ねて持って」
 シュラインは金の牛が通るであろうこの路地に、ちょっとした罠をしかけるのだ。路地の奥に神縛縄を輪にしておき、その前に配られた道具の1つ、炎のように輝く赤布と持っていた風呂敷を重ねて吊るした。包んでいた新品の割烹着を小脇にかかえ、風呂敷につけた糸をするすると伸ばす。
「うまく行くか分からないけど。あ、ちょっと待って。…念の為、っと」
 シュラインが取りだしたのは以前社の夜店で貰った言霊の帳面だ。言葉を書きつけ、読む事で力を発揮する。シュラインはそこに「滑る」と書きつけると布のそばに張り付けた。全ての仕掛けを終えた二人は、物陰に潜んでじっと待った。結構待ったと思う。ルートを読み間違ったかと少々がっかりしかけたその時、足音が聞こえたのだ。
「当たりましたね…来ますよ、ほら!」
 玲一郎の声と同時に、シュラインは赤布に重ねていた風呂敷を外した。輝くような赤が、薄暗い路地を明るく照らした瞬間、赤よりも眩いものが路地の向こうに現れ、路地が昼間のように明るくなった。金の牛だ。罠に向かって一直線に飛び込んでくるのが見えて、シュラインはぐっと拳を握った。が、しかし。
「わっ」
 シュラインが悲鳴をあげるのと、玲一郎がその彼女を抱えて飛びあがったのが同時だった。二人の潜んでいた路地に、沢山の黒い影が突っ込んできたのだ。頭に赤い布をひらめかせた牛も何頭かいる。
「どうやら、あちこちで似たような罠を仕掛けていたようですね」
 玲一郎が呟く。なるほど、考える事は皆同じ、という訳だ。布に反応するのは金の牛だけではない。一度はばらけた群れが、金の牛の進路に仕掛けられた数々の赤い布に反応して集まってきてしまったのだ。いくら金の牛の足がずば抜けて早くとも、これでは駆け抜けるのも無理だ。金の牛を追ってなだれ込んで来たのは、他の牛たちだけではなかった。聞き覚えのある声に振り向くと、黒牛たちの背を飛ぶようにして、鈴と魅月姫がやって来るのが見える。他にも黒髪を振り乱した女や、腰蓑をつけた目ばかり大きな子供たちが奇声をあげて追って来る。濡れ女に山童だ、と玲一郎が言った。金の牛はと言えば、まだ黒牛たちの中でもみくちゃにされて動けない。そこに舞い降りてきた白い髭の老人が飛びつこうして、鈴の起こした大風に払われて飛んでゆく。
「ふんっ!年寄りが無理をするでないわ!」
 高らかに笑う鈴の横では、彼女に飛びかかろうとした濡れ女が二人ほど、ふっと姿を消し、魅月姫がふわりと舞い降りた。
「ほう、魅月姫どの、なかなか」
微笑む鈴に、魅月姫が微かに頷く。次々とライバルを蹴落としてゆく魅月姫と鈴は、着実に金の牛に迫りつつあった。興奮冷めやらぬ群れの中から、金の牛はそれでも少しずつ抜け出そうとしており、その先にはシュラインの仕掛けた罠がある。だが、そうはさせじと山童たちが金の牛の進路を塞ぐ。
「『滑る』!」
 シュラインが叫んだ途端に山童たちはつるりと滑ってそのまま壁際に山となった。だが、追いすがる者は後を絶たない。膠着状態に苛立ったのか鈴がこれまた社で配られた道具の1つ、全てを闇に染める黒い墨を振りまき、全てが瞬く間に闇に染まった。だがその寸前、シュラインは確かに見た。
「玲一郎さん!かかった!」
「ええ、確かにかかりましたよ、金の牛!しっかり持ってて下さい!」
シュラインが手にしていた縄がぐん、と強い力で引っ張られる。闇は深くて牛の姿はもちろん、隣に居る玲一郎の姿も見えない。ぐんぐんと引っ張られていくうちに黒い霧は晴れ、縄の先の牛が見えた。金の牛がかかっているはずだったのだが…。
「金色じゃないわ!」
「あの墨のせいですよ。惑わされないで下さい!しっかり持って!」
玲一郎の言葉に縄を握りなおしたシュラインは、ふと後ろを見てぎょっとした。一面の黒牛の群れが蠢いており、それぞれに神手縄が一本ずつかけられていたのだ。
「姉さんの仕業ですね。でも、これでライバルは一気に減りますよ。一度かけた神手縄を外すのは難しいですから。ほら」
 玲一郎の言葉が終わらぬうちに、鈴がいつの間にか集めていた赤い布を大風に乗せてまいた。ひと所に集まっていた牛たちは、ひらひらと飛んで行く赤い布に興奮しててんでばらばらに駆けだし、他の追手たちも自らの神手縄に引かれてあっという間に散り散りになっていく。ほっとする間もなく、金の牛もぐんとスピードを上げ、路地を抜けて長い坂道を一目散に駆け登ってゆく。その先に、小さな人影が一つ見えた。手には赤い布を持っている。
「魅月姫さん!…マタドール?」
 シュラインが思わず呟いた通り、赤い布を閃かせた魅月姫は赤い瞳をふっと細めると、牛を挑発した。突撃する金の牛、寸でのところで避け、角を取ろうとする魅月姫。牛が避ける、魅月姫が赤布を閃かせる。金の牛が暴れるたびに上空でぐるぐると振り回され、バランスを失ったシュラインの手からするりと縄が抜ける。慌てて手を伸ばそうとするシュラインに向けて鈴が大風を起こしたが、寸でのところで玲一郎の結界が風を跳ねし、戻った大風を受けて今度は鈴がバランスを崩す。
「鈴さん!」
 シュラインの声に、牛の角を捕らえていた魅月姫が振り向き、落ちてくる鈴を見て小さく声を上げる。魅月姫の手が牛の角から離れ、また駆け出そうとしたところでシュラインが神手縄を取り戻した。
「やった!」
シュラインが叫んだその時、東の空がふいに白く輝き始めた。日の出だ。見ると、魅月姫は落ちてきた鈴を受け止めたらしい。朝日の中で、二人並んで微かに微笑んだように見えた。牛はもう、暴れようとはしない。ゆっくりと神手縄を引き寄せ、そっと角に手をかける。思わずにっこり笑ったシュラインに玲一郎が微笑み、そして…。

 正月気分もすっかり抜けた一月半ば。これまでと変わらず確実に儲かってはいない事務所で、シュラインは今日も働いている。牛追い祭で見事金の牛を捕らえたシュラインは、その証として小さな金色の牛のブレスレットを貰った…だけなら良かったのだが。
「…ちょっと大きいのよね。それに眩しいのよね」
 シュラインは小さな声で呟いた。そう、祭で捕らえたあの金の牛は今、シュラインとともに事務所に居るのだ。姿は他の者には全く見えず、シュラインにしても見えたり見えなかったりだが、正直、かなり邪魔だったりする。大きすぎるのだ。ちなみに魅月姫はあの後、群れからはぐれていた小さな牛を見つけて、連れて帰ったそうだ。時々そういう年神がいるらしい。だいたい、年神さまのくれる幸運って何なのだろう。もしかして居るだけなの?と聞いたシュラインに、玲一郎は穏やかな笑みを浮かべて、
「まあ、神様ですからね」
 と言った。

終わり

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
*0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
*4682/黒榊魅月姫/女性/999歳/吸血鬼(真祖)/深淵の魔女

<ライター通信>
シュライン・エマ様
このたびはご参加ありがとうございました。お久しぶりのライター、むささびでございます。鈴、玲一郎ともども、再びお会いできて光栄です。そしてお楽しみいただけたなら更に嬉しいです。色々ございましたが、結果的に見事に金の牛を獲得されました。おめでとう(?)ございます。現時点ではだいぶ邪魔なだけっぽい年神ですが、とりあえず置いてやって下さいませ。来年には静かになりますので。たぶん。金の牛ブレスレットは、デザイン的にはちょっと間抜けかもしれませんが、一応アイテムです。では、またお会いできることを祈りつつ。
むささび。