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<東京怪談・PCゲームノベル>


 欲望の鏡

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「また怪しいもの拾ってきたわね……」
「拾ってないよ。買ったの」
「……。余計に悪いわ。いくらしたのよ、これ」
「まぁ、細かいこと言わないで覗いてみろって」
「嫌よ」
「ふ。さては、ロクでもないこと考えてるな」
「違うわよ。くだらなさすぎて付き合う気になれないだけ」
「つまんない女だね、お前は。 んじゃ、お前が覗け。ほい」
 楽しそうに笑いながら、鏡を差し出したヒヨリ。
 よく理解らないけれど、東京にある怪しげな店で買ってきた代物らしい。
 覗き込んだ人物の『欲』や『願望』を映し出す……のだそうだ。
 ナナセは、くだらないと一蹴して相手にしていない。
 そうなると当然、自分がとばっちりを受けることになってしまうと。そういうわけで。
「…………」
 鏡から、さりげなく目を逸らしつつ物思う。
 欲望が映るって……よくよく考えたら、凄く怖いことのような気がする。
 変なの映ったら恥ずかしいし。そもそも、自分に欲望なんてあるのだろうか。

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 鏡に映るような欲望なんて……僕には、ないよ。きっと。
 って思ってるのに、目を逸らしてるんだから……矛盾も良いところだよね……。
 だって……そういう鏡なんだって聞いた瞬間、ふっと頭に浮かんだことがあるから。
 もしかしたら、それが欲望だったり……とか……って……。
 いけない、いけない。信じてしまうところだった。
 欲望を映し出す鏡だなんて……信憑性低いのに……。
 ナナセの言うとおりだよ。そんなこと、ありえないんだから。
 くだらないよ。こんなもの、くだらないって思うよ……。
 そうやって心の中で繰り返すのは、言い聞かせの一種なのだろうか。
 ヒヨリに鏡を押しやられるクレタは、さりげなくも必死に鏡を見まいと目を逸らしている。
 信憑性はない。怪しい店で買ってきた代物ならば尚更だ。
 けれど……何となく気が引けてしまうのは、怖いから?
 いつもの他愛ない悪戯かもしれないじゃないか。
 覗いたところで、何も映らないって結末も考えられるじゃないか。
 そうは思っても、覗くことが出来ない。追い詰められるような、この圧迫感。
「やめなさいよ。嫌がってるでしょ」
「いや。違うな。どっかで見てみたいかもって思ってるよ、こいつは」
「何、勝手なこと言ってるのよ。明らかに嫌がってるでしょう」
「お前には理解らないだけだって。少し、黙ってなさい」
「何よ、その言い方……。大体、あなたはね……」
「あ〜。もう、うるさい。興味ないなら、どっか行けよ」
「嫌がってるクレタくんを放って行けるわけないでしょ」
 ギャーギャーと言い争うヒヨリとナナセ。
 ヒヨリの発した言葉に、クレタは若干の動揺を覚えている。
 確かに……。嫌だって思う反面、ちょっとだけ興味もあるような気がする。
 自分では、欲望なんてものはないと思ってるし、
 例えあったとしても、誰かに告げたりはしないだろうから。
 ここで、鏡を覗けば、もしかしたら対峙出来るのかもしれない。
 自分でも気付いていない欲望と……。
 それにしても、ヒヨリ楽しそうだな……。
 こういう時、本当に嬉しそうに笑うんだよね、あなたって……。
 それにさ……人に見せるんだったら、自分はどうだったのかくらい教えて欲しいよ。
「……。ヒヨリは、どうだったの?」
 鏡から目を逸らしつつ尋ねてみたクレタ。
 ヒヨリはクスクス笑いながら言った。
「見てないよ。本当だったら何か嫌でしょ」
「…………」
 要するに毒見のようなものですか……。
 実際のところは、どうなのかヒヨリも理解ってない状況なんだね……。
 それなら、余計に酷いよ。本当……困った人だね、あなたって。
 ハァと小さな溜息を落とし、伏せていた目を、ゆっくりと開いたクレタ。
 諦めにも似た決意を抱くまでの過程は、いつもの如し。
 いいよ、覗いてあげる。毒見役、引き受けてあげるよ。
 悪戯に付き合ってあげる。感謝してね……。
 再び溜息を落とし、肩を竦めて、ヒヨリが差し出す鏡を受け取ってみる。
 とはいえ、やっぱり微妙な心境だったのだろう。
 クレタは、怯えるように、えぃっと勢い良く鏡を覗き込んだ。
(…………)
 まだ少し拒絶の心があったからか。
 鏡に映る自分の顔は、左半分だけ。
 最近、クレタは眼帯を外していることが多い。今日も、そうだ。
 どうしてなのかは……まぁ、察して頂きたいところ。
 鏡に映る自分の顔、左半分。バチリと紅い目と視線が交わる。
 クレタは咄嗟に鏡から顔を背けてしまった。
 大切な人から貰った、綺麗な赤い目。
 その目とだけ視線が交わったことに、クレタは動揺を隠せない。
 何でだろう。何で、僕、こんなに焦っているのかな……。
 目を泳がせながら、無意識の内にヒヨリへ鏡を返す。
 何となく嫌な予感というか。そんなものを感じ取ったからかもしれない。
 でも、嫌な予感を感じ取ったのなら、返すべきではなかった。
 鏡を隠すべきだったのだ。それが正解だったのに。
 気付いて、すぐさま鏡を取り替えそうとすれど、残念ながら手遅れ。
 鏡を覗き込むヒヨリの口元に、ニヤ〜リと嫌な笑みが浮かぶ。
「み、見ないで……」
 腕を伸ばし、必死に鏡を取り返そうとするクレタ。
 ヒヨリはニヤニヤしながら言った。
「何で? 何が映ってるか、わからないのに?」
「……。か、返して」
「何で? これは俺が買った物だよ?」
「…………」
 ほんのりと頬を紅く染め、ぷいっと顔を背けたクレタ。
 何が映っているか、検討がつくからこそ返して欲しいのだ。
 鏡を覗き込む前、もしかしたら……と思ったものが映っている気がしてならないから。
 イジけたようにも、怒っているようにも見えるクレタの横顔。
 ナナセは、ヒヨリの背中をパシンと叩いて言う。
「やめなさいよ。可哀相でしょ」
「ぷっくくく……。わかったわかった。ほら、見てごらん、クレタ」
「…………」
 ソロ〜リと、何かに怯えるような表情で振り返って鏡を確認してみる。
 そこに映っていたのは……。自分の顔だった。何も妙なことは起きていない。
 想像していたものが映っていなかったことに、ホッと安堵の息を漏らすクレタ。
 何だ……焦って損した……。本当に映ってるのかと思っちゃった……。
 やっぱり、何にも映らなかったんだね。これ、普通の鏡だったんだ。
 いくらで買ったのか知らないけど……偽物なら、返品してきたらどうかな。
 あなたのことだ。きっと、欲望を映す代物だと言われたから買って来たんでしょう……?
 偽物なら無意味だよね。何ていうか……ご苦労様……。
 はぁ、疲れちゃった……。何か、無駄に疲れたっていうか……。
 僕、部屋に戻るから。その鏡、返品してきたほうが良いと思うよ。
 ヒヨリが一人で行くのは心配だから、ナナセに付き合ってもらったほうが良いとも思う。
 ペコッと頭を下げて「じゃ……」と言い残し、自室へと戻っていくクレタ。
 不発に終わった、いつもの悪戯。そう何度も成功するはずもない。
 たまには失敗して、少し悪戯を控えてくれるようになれば良いんだけど。
 淡い笑みを浮かべながら、やや早足で歩くクレタ。
 かなりホッとしている自分を客観的に見つめ、彼は、とあることに気付く。
 欲なんてないと思っていたけれど……。僕にも、あったんだ。
 そっか……。ああいうのも、欲って言うんだね。
 欲じゃなくて、我侭だと思ってた……。
 あれっ……。……あぁ、そうか。
 欲と我侭って、似てるものなんだ……。

 クレタが去った後、ヒヨリとナナセは顔を見合わせてクスクスと笑う。
 可笑しいわけじゃない。照れ臭い心境なのだ。
 何故って……見てしまったから。
 ぼんやりとオレンジの明かりが灯る部屋、ベッドの上。
 生まれたままの姿で身を寄せ合う二人の姿。
 見慣れた姿が露わになっていたことも照れ臭い要因の一つだけれど。
 何よりも気恥ずかしくなってしまうのは、鏡に映るクレタの行動というかポジション。
 愛しい人の上に乗り、幸せそうに満足そうに微笑み踊る、クレタの姿。
「要するに、主導権を握りたいってことだよな、あれって」
「いつでもってことなのかしらね。それとも、ベッドの上だけ……」
「お前、何言い出すの。ハレンチだな」
「……そうね。今、後悔してるわ、ものすごく」
 恥ずかしそうに頬を染めて俯いたナナセの背中をパフパフと叩き、ヒヨリは笑う。
 悪戯が成功した感想は? とナナセに尋ねられて、ヒヨリは頭を掻きながら返した。
「微妙に虚しくなった」
「私もよ……」
「とっとと部屋に戻ってれば良かったのに。お前も馬鹿だね」
「……あんたが、変なもの買ってくるから悪いのよ」
「うん。ごもっとも」

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / ナナセ / ♀ / 17歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『 欲望の鏡 』への御参加、ありがとうございます。
 ヒヨリとナナセは、クレタくんの兄・姉のような心境かと。
 二人が見てしまったのは、微妙な心境になる類の "成長"
 兄・姉的には素直に喜べない、アレです。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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