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<東京怪談・PCゲームノベル>


残された印 - 在り処 -



 街灯がぼんやりと点る暗闇の中。ひとけのない街を小学生ぐらいの子供が一人歩く。雨でもないのに傘をくるくる回して。好奇心の眼差しで看板、ビル、花壇などゆっくりとした足取りで眺めていた。

 静まり返る空気がゆらぐ。
 靴音を鳴らして前方から少年が走ってくる。息を切らして。
 顔に切り傷を一本負ったまま、したたる血が今しがたつけたものだと物語っていた。
 少年は立ち止まって、唾液を飲み込む。後ろを振り向いて目を凝らした。
 だがその先には何の姿形もない。暗闇があるだけだ。
 ほっと息をついた。

 見知った顔に子供は速度を少し早めて小走りで近づく。
「!」
 体当たりするように何かがしがみついた。
 少年が首をまわしてみると、そこにはあの日出会った子供。
「お、お前……。なんだ、久那斗か。脅かすな」
 気配が一切なく近くにいたことすら気づけなかった。
 久那斗は手を伸ばす。少年、祐の顔へと。精一杯背伸びして、かかとを上げる。
「なんだ、……?」
 祐は自分の顔に何かあるのかと思い、しゃがんで久那斗と目線をあわせた。
 子供は目の前の頬にそっと触れる。
 すると、手が淡く光りだした。純白の光が祐の頬を照らし温めていく。同時に切り傷が鮮血とともに姿を消す。ふっと傷の痛みが和らいだ。
 祐はまさかと疑い確かめると付けられた傷は綺麗に消えている。
「お前……なんでこんな……っ」
 何かを言おうと瞬間、顔がゆがむ。右の手首をつかんだ。そっと手を上げると、街灯のぼやけた明かりが薄いグレーのタトゥを照らす。
 久那斗でも見たことのない模様。首を傾げる。
「こ、ここ、から……去――」
 最後まで言えなかった。突然、祐は子供の細い腕をつかんで建物の影に身を隠す。大事にしている傘が足元に落ちた。
 その素早さに面食らって「なに……」と呟く。
「しっ!」
 黙るよう人差し指を立てる。緊張が走った視線は先ほどいた歩道に注がれていた。

 壁に押し込まれるように、祐に守られながら緊迫した空気が走る。
 すぐに影が姿を現した。ブーンを羽音を鳴らし角がない巨大なカブトムシに似ている。全身青黒く、今にも闇に溶け込みそうだ。街灯のおかげでその輪郭を目視できる程度。
 ひとしきり周囲を見回した後、二人の視界から消えた。

「行ったか」
 安堵して息を吐く。
 久那斗は漆黒の瞳を瞬いた。
「あ、わるい」
 そっと久那斗から離れる。足音をたてず建物の角から影が行った方向に視線を投げた。
 すでに”魔”の気配はない。しかし、この場を動くわけにもいかず、これからどうしようか思案していると。
 じっと向けられる子供の視線が背中にぶつかる。それを感じて目を合わせた。
「巻き込んでごめんな。一応危険は去った」
「あれ……なに……?」
 無邪気な表情で問う子供に祐は「え、あ、それ、は……」と戸惑う。漆黒の瞳をちらりと覗くと下手な言い逃れは通用しないと言われた気がした。
「うっ……」
 諦めて肩を落とす。
「あれは、な、……”魔”だ」
 祐は説明をし始める。
 人の心に宿る憎しみや悲しみを糧にして現れる悪魔のようなもの。人の中にすでに種の状態で存在し、まだそれぐらいでは気にしなくてもいい。悲しみの淵へ落ちたあと這い上がれない時や、憎悪の想いに囚われてしまった時それが芽吹き、どんどん成長し手がつけられなくなる。もし、芽吹いてしまえば”魔”にとりつかれ精神を壊してしまうか、知らずのうちに他人へ感染させてしまう。”魔”の姿は一つだけではない。
 久那斗は首を傾げた。意味が理解できないというかのように。
「わるい、お前にはまだ分からないよな……。忘れてくれ」
 祐はまた”魔”が立ち去った方向を覗き込む。
 ”魔”の存在は久那斗にも飲み込めたが、それがなぜこんな事態になっているのか理解できないだけだった。

 数十分、待機して何も起こらないことを確かめると、祐は歩道にそっと出てみた。暗闇の街道に一定の間隔で灯りがあるだけの通り。濃い闇の奥はどんなに目を凝らしても見えない。もし闇の中で息を潜めていたら、祐でも反応が遅れてしまう。つねに気を配っているが、反射が遅れればそれだけ死に近くなる。

 足元に倒れた傘を拾い上げた久那斗は祐の後から出てくる。
 その時――。
 祐が上を振り仰ぐ。そこには少年めがけて一直線に激突しようとする”魔”が。
「うわっ!」
 とっさに離れる。
 衝突するかと思われたが、”魔”は三メートル先の頭上で止まった。それ以上行こうと羽根を広げても踏み込めない。まるで結界があるように。けれど祐はそんな術は持っていない。もしあるとすれば、連れの久那斗だけ。
 深く考える暇もなく、久那斗を連れてその場を逃げる。もし結界だとしても長くもつか分からないからだ。
 訳分からないまま、久那斗は祐に手を繋がれたまま後ろを振り返る。
 一定の距離は近づけないとはいえ、”魔”も羽音を鳴らして追ってきた。


「くそっ、しつこい!」
 執念深くて煩わしい。まいても必ず見つけるのだ。
 吹き出す汗を北風がひやす。けれど久那斗は一滴たりとも汗をかかない。
 ”魔”は人間の速さに追いつけないと感じたのか、羽音を変化させる。低く唸るような音が鋭く高い音になった。
「!?」
 背中に寒気が走る。二人は振り返った。

 すでにそれは打たれていた。
 ”魔”の羽根の一部が抜き取られ、鋭利な刃が祐を襲う。
「っ、……ぐっ」
 それ以上走れず、座り込んでしまう。
 少しも避けられなかった。振り返った時には鼻先にあったのだ。羽根の刃は祐の腕を突き刺している。少量の毒が含まれていたらしい。傷口からじわりと痺れてくる。死に至るわけではないが、しばらくは動けない。
 玉の汗をかきながら祐の表情が苦しく歪む。
 久那斗の能力で”魔”が近づけなくても、違う対象への遠距離攻撃は通り抜けてしまう。
 子供は首を傾げながら、祐が手で押さえる左腕をじっと見つめた。いまだに状況は理解してないが”魔”によって祐が傷つけられていることは分かる。久那斗は”魔”と目線を合わせた。
 無言で肩にかけた傘を下ろす。
 ”魔”は見知らぬ子供に身構える。もし敵と認知されれば久那斗も危ないだろう。
「何処か……行って」
 傘を頭上高々に広げる。そして一気に振り下ろした。
 瞬時に傘から光の粒がまばゆいほどに降り注ぐ。滝のように”魔”を覆う。
 何が起こったのか考える猶予もなく。一瞬で影を祓った。

 邪魔者が消滅して、久那斗は小さく傘を一振りし、祐の傷と毒を癒す。
 解放された祐は徐々に生気を取り戻していく。顔を上げて、目の前の子供に瞳を見開いた。
「お前……持ってるのか、能力を」
 久那斗は答えない。
「すごいな、それ」
 そう言われても久那斗自身、首を傾げるだけだった。自分の力をあまり理解していないのだ。理解するようなものでもなかった。自身の存在する意味そのもののため理解できなくて当然だった。
「オレの力は近距離に向いてるんだ。今回みたいな奴には逃げるしかない」
 気落ちするように目線を落とす。
「……この、銀の目も周りから疎まれている。こっちも、認めたくないが……逃げてる、みたいだな」
 哀しそうに微笑む。
 久那斗は不思議に思う。銀の瞳はあるがまま、あるがゆえに、だからこそ其処にある、と自然に感受している。それをはねつけ外野に追い出す人々を怪訝に思った。銀である理由は何もないのに。どうして嫌って遠ざけるのか。そこまでされる祐に心をいためる。
「……祐……」
 少年は、はっとした。
「初めてだな、名前を言ってくれたのは」
 頭をかきながら恥ずかしそうに俯く。
「傷……祐……作る……だめ」
 自分自身の手で心を抉るのはやめて、と。
「それ……だめ……」
 祐は知らずのうちに傷ついた心に自分で切り込みを入れている。そう見透かした久那斗。
「そう、だな。ますます闇に落ちるだけだ」
 ありがとう、と顔を綻ばせた。先ほど助けてくれたお礼も込めて。
 久那斗も薄く笑みをこぼす。

「それ、なに……?」
 忘れていたわけではなかった。久那斗は祐の手首を指差す。そこにはちらりと見えたタトゥ。
「痛み……ない?」
「……ああ、もう痛くない」
 ”魔”が消え去った時点で突き刺さる痛みは引いていた。
「これは一族に伝わるものなんだ。一族の、印。”魔”が現れただけで痛みが走る」
「……」
 久那斗はまだタトゥの意味をはかりかねている。昔も今も見たことがないもの。だが知らない場所でタトゥは子孫へと受け継がれていた。
 まだ知らないことがたくさんある、とふと久那斗は思う。



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■     登場人物(この物語に登場した人物の一覧)    ■
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【整理番号 // PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 4929 // 日向・久那斗 / 男 / 999 / 旅人の道導

 NPC // 魄地・祐 / 男 / 15 / 公立中三年

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■             ライター通信               ■
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日向久那斗様、発注して下さりありがとうございます!

まずは一つ目です。二つ目は数日後に。
今回、久那斗さんの能力を書けて嬉しかったです!

サブタイトルは三つの意味があります。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
リテイクなどありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
また、どこかでお逢いできることを祈って。


水綺浬 拝