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縁の協心 - 続く道 -
一人の小学生ぐらいの子供が街の通りを歩いていた。車道を行き交う車の波を好奇心旺盛な目で追っていた。途切れることのない、蛇のように連なる乗り物。交差点で一瞬の出会いが別れに変わり、またいつの日か遭遇する。
バスの停留所まで行き着くと、子供は首を傾げる。
街のいたるところに点在するバス停。久那斗はそれがどういうものなのか理解していなかった。
人々が群れて、四角い箱に乗り込む。運転手はミラーで久那斗を一瞥したが乗らないとふんで排気ガスを残して行ってしまう。
何もかもが新鮮で、でも動く箱に乗ることはなかった。
久那斗の後方から少年が歩いてくる。
傘を肩にかけてくるくる回している子供に、もしや、と回り込む。
「やっぱり、久那斗か」
銀が漆黒の瞳に映る。
「……祐」
「どうした、バスに乗りたいのか?」
久那斗は首を傾げて「ばす?」と意味不明な単語を繰り返す。
その反応に、訝しげに眉間を寄せる。
「……もしかして、知らないっていうんじゃ」
久那斗はこくりと頷く。
一つため息をこぼした。
「あのな、ここはバス停だ」
丁度タイミング良く、一台のバスが定刻通りに止まった。北風から非難しようとする人々を飲み込んで、吐き出す。
「あれがバス。行けるところは限られてるが、利用しやすくて街にはかかせないものだ」
今度は車を指差し、「あれ……ばす?」と問う。
「違う、車だ。バスよりも便利でどこにでも行けるけど、維持費がけっこうかかる」
次は右方から通りかかる自転車を指差し、また「ばす?」と問う。久那斗の中では何でもバスであると思っているようだった。説明をした後、動かない久那斗を見て「脇に避けろ」と道を譲る。久那斗はどうやら危なっかしい。
その時、祐のポケットからメロディが鳴る。短くして切れた。取り出して携帯を開く。メールが着信していた。
「なに……?」
「友達と待ち合わせしてるんだ。遅れるらしい」
だからといって、久那斗をこのまま一人にしておくわけにもいかない。何も危険を知らないということは無防備に命を晒しているようなもの。
どうすべきか考えあぐねているうち、いつのまにか目の前から子供が消えた。慌てて周囲に目を走らせる。
「!」
横断歩道の前にいた。
久那斗の他に、数えられる程度の人たちが赤信号で止まっている。久那斗は何かを待っているらしい周囲を見上げて首を傾げた。
(まさか……)
子供の足が一歩踏み込む。車が多い車道に。
「!!」
祐はとっさに駆ける。全速力で。
左方から子供が渡るとも知らず、車は交差点に突っ込んでくる。
祐は滑り込むように久那斗の腕を掴み引き戻す。その反動で二人は後ろへ倒れた。
間一髪危機を逃れ、迫っていた車は直進していく。
ようやく信号が赤から青に変わった。
息を乱して久那斗を抱きしめる。
「はぁはぁ……、ま、間に合わないかと、思った……」
当の本人はどういう事態が起こったのか分かっていない。
周囲もほっと胸を撫で下ろし、その場を去っていく。
二人は立ち上がると、真っ先に祐は子供の肩に手を添えて目を吊り上げた。
「飛び出す奴があるか!」
そんな怒声すらも受け流し、首を傾げる。
「あ、あのな、赤信号だっただろ?」
「……あか?」
はぁーと盛大なため息をつく祐。もしかしてと思ったが、久那斗は信号のことも知らないのだ。
(よく今まで生きてこられたな……)
祐とは違い、警戒心もほとんどない。
横断歩道の前にもう一度立たせ、青信号を指差す。
「あれが信号だ、分かるか?」
こくりと頷く。
「あか……違う」
「そう、今は青。渡れるってことだ」
いいか見てろ、としばらく待つことに。
その間にも人は橋を渡るように次の陸へと足をのばす。
ぽかぽかと何度か青が点滅し、赤に変わった。
「あんなふうに赤になったら止まれ……渡るなってことだ。もし信号を無視したら車にはねられるかもしれない。そうなったら死ぬことだってある」
*
色んなことに興味を示す久那斗に祐は何でも答えた。傍らではらはらしながら。
最初にあった祐の警戒心は薄れている。周りの人々には、兄弟のようにしか見えていなかった。顔が似ていなくても、そう思える和やかな雰囲気が確かにあったのだ。
久那斗はずっと祐の上着の裾を握っていた。それを二度引っ張る。
「何だ?」
「あれ……」
その先には赤いポスト。
二人は郵便ポストの前に立つ。祐は開いてる口に手を忍ばせ。
「ここに手紙を入れるんだ。すると相手に配達してくれる」
「手紙……」
子供はポストの周りを一周して狭い口を覗こうと背伸びする。祐は体を抱え上げ、キンと冷える投入口に触れさせた。
外に赴くことがあまりなかった久那斗は街の随所が知識を満たしてくれる船。何もかも知りたい。その純粋さは限界がなく、何度も裾を引っ張り、あれこれと質問攻めにした。
街中を眺め回った数時間後、再び友人からメールが届く。長引いた用事が済んで会えるらしい。
久那斗も気がすんだのか、教えてもらったお礼にと公園を案内される。
「なんで公園なんだ?」
まだ裾を握ったまま、久那斗は見上げる。
「アイス……あげる」
「そういうことか」
祐はちょうどいい、と友人も呼ぶ。
*
ベンチに腰を下ろした祐はばてた表情で頭を垂れる。
「つ、疲れた……はぁ。なんでオレが……」
はっきり自覚できたことが一つだけあった。
久那斗の前だと調子が狂うのだ。小学生のペースにはまり振り回される。祐の鉄壁などもろく、突き崩してしまう。
久那斗は公園の隅で営業しているアイス売り場で三段重ねのアイスを注文した。クッキー&バニラとチョコチップとキャラメルだ。すでに久那斗の分は完成している。
祐ははっとした。久那斗のそばまで一息に走る。
「久那斗! オレは三段はいらないからな。――おっさん、一段でいい」
コーン上のアイスを二段に積み上げようとしていたおじさんは手を止めた。
「あ、ああ。分かったよ」
バニラだけのアイスは祐の手におさまる。
(助かった……。甘いものは嫌いじゃないがトリプルは……)
脳裏に浮かべても、ひやりと冷や汗が流れる。
久那斗はポケットをごそごそと探して、硬貨を取り出す。いくら必要かも分かっていなかったが、差し出した分だけでおつりが返ってくるほど足りていた。
久那斗にお金の概念はない。ただ必要だということだけ理解している。そう、祐は感じていた。もし、概念があれば硬貨を数えるはずだ。いくら手持ちがあり、いくらあげなければならないのか、人間は自然に計算する。
二人はベンチに座って、美味しそうなアイスを口に含む。甘い味が舌で転がる。
「観覧、車……」
久那斗の視線の先には巨大な観覧車がゆっくりと歩く速度で一回転していた。街中に設置された有名な遊園地。
「じぇっとこーすたー……」
「へぇ、遊園地のことは知ってるんだな」
ジェットコースターに乗る人々の悲鳴を遠まきに聞きながら二人はアイスを食べていた。
「めずらしいね」
そこに凛とした少年の声。
二人が首を回すと、公園の入口から歩いてくる美少年。
「祐が男の子とアイスを食べてるなんて、そんなに見られる光景じゃない」
「天理……」
祐は二人を互いに紹介する。
「話は聞いてます、久那斗くん。能力を使えるんだってね」
にこっと朗らかに微笑む。
無視したわけではないが、久那斗は天理の背後が気になっていた。
「……何ですか? 俺の後ろに何かいます?」
二人が後方を見ても何も変化はない。ただ、子供たちが遊んでいるだけの公園が映るだけだ。
「龍……。……光る龍、いる」
二人は目を見開いて、顔を見合わせた。
龍といえば、二人に思い当たるのは天龍しかいない。封禅家は一族の守り神と言うべき<天龍>を祀っている。”魔”を封印し、浄化する力を持つ根源となっている龍だ。それが視えるとは、この小学生が只者ではないという証明だった。
「久那斗くん、凄いね。龍が視えるなんて、一族の者でもそうそういないんだよ。この天龍は一族の守護神なんだ。秘密にしておいてね」
そして天理は祐を誘って久那斗から離れた。
二人の情報交換が行われた後、天理は久那斗に挨拶をして帰っていく。
天理が現れてから久那斗の瞳には、光り輝く天龍の姿しか映りこんでいなかった。天理を守護するように寄り添う龍。内側から発光している天龍は一瞬、久那斗と視線を交える。
「アイス、好きなのか?」
天理の後姿が消えても見続ける久那斗に声をかけた。
何度か瞳を瞬いて、祐と視線がぶつかる。隣の質問に頷く。
「甘いもの、好き。シャーベット……シェイク……クレープ。アイスクリーム……牛乳基本……違う。ヤギ……羊乳……まれ……ある」
久那斗は甘い物に関しては詳しい。アイスクリームは牛乳から作られると知られているが、ヤギや羊の乳もごくまれにあるのだ。
「へぇそうなんだ。そこまで好きなのか。じゃあ嫌いなものは?」
「……苦い、もの」
祐は笑った。子供らしいと納得して。
だが知らない。祐は久那斗の正体を。
いつか必要に迫られた時、久那斗は祐に明かすかもしれない。ある一族の神であることを。もしかしたら本性も見せる時が訪れるかも。
それでも祐は何も変わらないだろう。友情が育つことはあっても絆が切れることは――ない。
べしょっ
久那斗のアイスが落ちた。食べ切らないうちに。一番上のキャラメルは口の中だったが貴重な二色が失われてしまった。
祐はお腹を抱えて笑う。
「そんなに積み上げるからだ」
辛辣な言葉が久那斗を射抜く。
泣き出しそうな表情で久那斗は地面に溶けていくアイスを名残惜しそうに見た。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 // PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
4929 // 日向・久那斗 / 男 / 999 / 旅人の道導
NPC // 魄地・祐 / 男 / 15 / 公立中三年
NPC // 封禅・天理 / 男 / 17 / 付属高校二年、一族次期当主
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■ ライター通信 ■
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日向久那斗様、発注して下さりありがとうございます!
二つ目です。一つの完結として最後は結びました。いかがでしたでしょうか?
文中でも書いている通り、いつのまにか祐の警戒が解けています。祐に弟はいませんが、弟がいたらこんな感じだと思います。これも祐の友情の形です。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
リテイクなどありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
また、どこかでお逢いできることを祈って。
水綺浬 拝
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