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金の牛を追え!
「久しいのう!魅月姫どの!」
年の瀬の挨拶にと、久し振りに立ち寄った立ち寄った魅月姫を、天鈴(あまね・すず)は満面の笑みで迎えてくれた。手を取って縁側に導く友人の笑顔に、彼女にしては珍しく、魅月姫も表情を緩めた。
「お久しぶりですね」
鈴の弟、玲一郎が淹れた茶を飲みながら、二人は屋敷の縁側に並んで腰掛ける。天家に最後に立ち寄ったのはいつだったか。色々話したいこともあったのを思い返していると、鈴が先に切り出した。
「久しぶりもそうだが、なかなか良いところへいらしたぞ、魅月姫どの。実はな、今宵祭がある。十二年に一度の祭でな、その名も『牛追い祭』じゃ。降りてくる年神たちのうちにおる、金の牛を捕らえる!」
「捕まえる…?」
聞き返した魅月姫に、鈴はそうじゃ!と頷いた。
「金の牛は一頭のみ。捕らえた者には今年一番の福が来る。ちょいと決まり事もあってな、なかなか熱い祭よ」
面白そうですね、と魅月姫が言うと、鈴はさらに嬉しそうににっこり笑った。そこにもう一人、年の瀬の挨拶にやってきたのが、シュライン・エマだった。無論、その運命は推して知るべしである。
「なるほど。玲一郎さんが苦笑いしてた理由がわかったわ」
鈴から祭の説明を聞き終えたシュラインの言葉に、玲一郎が小さな声で、すみません、と、彼女を強引に連れてきた姉の所業を詫びた。空はかつてないほどに澄み切って、漆黒の帳が街を覆い尽くしている。地上であってそうではない、普通ならば人の目にはその入口すらも見えぬこの特別な社で今宵、十二年に一度の祭があるのだ。参道に集ったのはほとんどは妖怪変化の類で、皆、我こそは金の牛をと息巻いている。年神たる牛たちには術は効かず、神手縄と呼ばれる特殊な縄と、社で配られた4つの道具と体術のみで捕らえなければならないというのが、唯一の決まり事なのだと、鈴は言った。無論、ライバルに対しては術の使用も制限はなく、結構な荒事になるのは必至。なるほど、熱い祭かも知れない。どうせならしっかり楽しんで、その後に鈴と一献、と思いを巡らせているうちに、どこからともなく小さな足音が嵐のように迫ってくるのが聞こえた。足音は瞬く間に近づき、足元をほんのりと輝く無数の小動物が社に向かって駆け上ってゆく。よく見るとそれらはネズミの姿をしており、街全体から湧き上がるように現れ、参道に集約されるとこちらには目もくれずまろぶようにして駆け上がり、そして天に帰って行った。前の年神たちの帰還だ。と同時に、荒々しい足音が、彼らの消えた天から降り注ぎ始める。
「来たぞ」
鈴が言ったと同時に参道の先に光が見えた。闇の中に浮かぶ、眩い光。それは天を揺るがす足音と共に近づき、社を抜けて参道に流れ込んだ。大地を震わす年神の降臨に、参道に集まった者たちがどよめく。皆の視線は先頭で駆け下りてきた金の牛に注がれていた。闇色の体をした他の牛たちの中で、金色に輝くそれはあまりにも眩く、美しかった。そして、大きな鐘の音とともに祭が始まった。
「魅月姫どのっ!」
伸ばされた鈴の手を魅月姫が取る。二人は群れなす牛たちの背をひょいひょいと渡って金の牛を追った。玲一郎とシュラインは別に行動するらしい。良いのか、と問うと、鈴はああ、と笑って、
「玲一郎は荒事を好かぬからのう。シュラインどのと高みの見物であろ」
と言った。その間にも二人は黒牛たちの背を渡りつつ、金の牛を追っている。地上に降りた時はきれいに整っていた群れがばらけようとしていた。もともと金の牛は黒牛たちより数倍足が速い。ついて行けなくなった黒牛たちが小さな群れに分かれて駆け始め、金の牛を追っているのは既に神手縄を手にした追手たちだけだ。中でも金の牛に迫る勢いなのが天を行く烏天狗の一団で、ずば抜けた飛行力と膂力を持つ彼らは、金の牛の上空から神手縄を投げて捕らえるつもりだ。
「まずいのう、あれは」
と言い終えぬうちに、大風が起きて烏天狗が数羽飛ばされる。見ると、白い髭面の老人が大風を巻き起こしている。
「ふん、爺が。無理をしおって。わしらも負けてはおれぬ!行こうぞ!」
鈴の声に小さく頷き、のばされた手を再び取ると、二人は天高く舞い上がる。鈴の飛空術である程度上がってから、魅月姫は自らその手を離した。
「後で」
と言うと、鈴が心得た、と頷く。そのままゆっくりと風に乗りながら高度を下げ、烏天狗たちの背後から忍び寄るとその背に次々と触れて行った。魅月姫の術で幻惑された烏天狗たちが互いに神手縄を掛け合う中、するすると舞い降りて、こちらは雷撃の力技で天狗たちを叩き落し終えた鈴の元に舞い降りた。そのまま鈴は半分飛びながら、魅月姫は夜の闇を渡りつつ金の牛を追い、やがて狭い路地になだれ込んだ。
「罠か!」
鈴の指した先には、赤い布がひらめいている。社で配られた道具の一つだ。闇の中に輝く布に、金の牛は興奮して突き進んでゆく。
「雷撃で壊すか」
呟いた鈴を魅月姫が止めた。とその時。怒涛のような足音とともに、脇道から黒牛たちがなだれ込んできた。中には赤い布を閃かせた牛も居る。
「なるほど。群れがばらけておった上に、どうやら近辺で似たような罠を仕掛けたようじゃな。これは手に負えぬわ」
いくら金の牛の足がずば抜けて早くとも、これでは駆け抜けるのも無理だ。金の牛を追ってなだれ込んで来たのは、他の牛たちだけではなかった。黒髪を振り乱した女や、腰蓑をつけた目ばかり大きな子供たちが奇声をあげて追って来る。濡れ女に山童か、と鈴が言った。金の牛はと言えば、まだ黒い牛たちの中でもみくちゃにされて動けない。そこに舞い降りてきた白い髭の老人が飛びつこうして、鈴の起こした大風に払われて飛んでゆく。
「ふんっ!年寄りが無理をするでないわ!」
高らかに笑う鈴に飛びかかろうとした濡れ女を二人ほど、闇の迷路に送ってやってから、魅月姫がふわりと彼女の横に舞い降りた。
「ほう、魅月姫どの、なかなか」
微笑む鈴に、微かに頷いて見せる。その後も次々とライバルを蹴落としてゆく魅月姫と鈴は、着実に金の牛に迫りつつあった。興奮冷めやらぬ群れの中から、金の牛はそれでも少しずつ抜け出そうとしており、その先には先刻見えた罠がある。物陰からこちらを窺っている知った顔に、魅月姫はおや、と少し眉を上げた。あれはシュラインの罠らしい。そうはさせじと金の牛の進路を山童たちが塞ぐ。だが彼らが飛びかかろうとするより早く、シュラインの声が響いた。
「『滑る』!」
山童たちはつるりと滑ってそのまま壁際に山となる。だが、追いすがる者は後を絶たない。
「このままでは埒が明かぬ。魅月姫どの…」
鈴の囁いた作戦に、魅月姫は口の微かに微笑んだ。面白そうだ。
「よろしいか」
魅月姫が頷いたか頷かないかのうちに、鈴がこれまた社で配られた道具の1つ、全てを闇に染める黒い墨を振りまき、全てが瞬く間に闇に染まった。他の者たちが一瞬、動きを止めたその隙に、他の者たちの神手縄を適当な牛に結び付ける事なぞ、魅月姫にとっては造作ない事だった。そして闇が晴れる寸前に再び闇を渡り、目指したのは金の牛が行く、その先だ。
「それっ!」
鈴が巻き起こした大風でに巻き上げられて何枚もの赤い布が舞い散ってゆくのを、魅月姫は緩い坂の上から見ていた。ひと所に集まっていた牛たちが、赤い布を追ってばらばらに駆けてゆく。他の追手たちもまた、自らの神手縄に引かれてあっという間に散り散りになっていったのを確認してから、魅月姫はひらりと自分の赤い布を取り出すと、こちらに向けて駆けて来る金の牛に向けてひらめかせた。姿は墨のせいで黒いが、神手縄を手にしているのはシュラインだ。間違いはない。玲一郎の飛空術で浮いたまま、金の牛に引っ張られている。
「魅月姫どの、遠慮は無しじゃ、存分にされよ!」
追いついて来た鈴が叫ぶ。元からそのつもりだ。赤い布をひらめかせた魅月姫は深紅の瞳をふっと細めると、牛を挑発した。突撃する金の牛、寸でのところで避け、角を取ろうとする魅月姫。牛が避ける、魅月姫が赤布をひらめかせる。金の牛が暴れるたびに上空でぐるぐると振り回され、バランスを失ったシュラインの手からするりと縄が抜ける。
「今じゃ!」
慌てて手を伸ばそうとするシュラインに向けて、鈴が大風を起こし、そのまま飛びあがる。今一つ邪魔だった神手縄が緩み、角に手をかけようとしたその瞬間だった。
「鈴さん!」
シュラインの声に振り向くと、鈴が落ちてくる鈴を見えた。とっさに牛から手を放し、鈴のもとに駆けより受け止める。
「魅月姫どの…」
すまぬ、と言った鈴に、魅月姫は頬を緩めて首を振った。友が怪我をしたのでは、祭の楽しみなど半減してしまう。東の空がふいに白く輝き始めた。日の出だ。見ると、シュラインは自分の神手縄を取り戻し、上空から降りてくるところだった。金の牛はもう、主を決めたらしくそのまま微動だにしない。
「どうであろ、魅月姫どの。この後一献」
「喜んで」
朝日の中で、鈴と魅月姫はそっと顔を見合わせた。
そして、一月も半ば。魅月姫の小さな家には、一頭の小さな牛が居る。参加賞として貰った黒牛ブレスレットとそっくり同じ、黒い体に輝く角。年神のうちの一頭だ。本来ならば金の牛が主を決めれば、他の牛たちも行くべき場所に収まる。だが、時折それを見つけられずに迷うものがあるのだと、鈴が教えてくれた。行くべき場所を見つけられずさ迷う者。そう思うと、何となく放っておけなくなった。それに、すべての家に年神が宿るのならば、自分の部屋にはこの子が良いという気がしたのだ。自分の神手縄をかけて連れ帰って、以来この小さな黒牛は、ずっと魅月姫の部屋に居る。年神というからにはこの家を守っているのかも知れないが、見た目、何もしてはいない。ただのんびりと部屋をうろうろし、時折うつらうつらしたりしているだけだ。具体的な役には立ちそうにないが、それはそれ。陽だまりでくつろぐ時間が、以前よりもほんの少し長くなったのは、あの黒牛と無関係ではあるまいと、魅月姫は思うのだ。
終わり
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
*4682/黒榊魅月姫/女性/999歳/吸血鬼(真祖)/深淵の魔女
*0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
<ライター通信>
黒榊魅月姫様
このたびはご参加、ありがとうございました。鈴、玲一郎ともども、再会を喜んでおります。祭には積極参加、とのことでしたので、鈴とペアでしっかり遊んでいただいたつもりですが、お楽しみいただけたでしょうか。また、残念ながら金の牛は取り逃がしてしまいましたが、その後には鈴とゆっくり一献傾けていただいたようです。はぐれ年神はもしかするとお邪魔かもしれませんが、しばらく置いてやって下さいませ。黒牛のブレスレットにつきましては、ファッション上の問題もあるかと思いますが、時々出してやって下さると嬉しいです。それでは、またお会いできる日を夢見つつ。
むささび。
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