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<東京怪談・PCゲームノベル>


 失踪

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 あなたの全てを把握することは出来ないけれど、掴みきれないけれど。
 それでも、あなたを疑ったことは一度もなかった。
 少々イビツだったかもしれないけれど、
 いつだって、あなたは『真っ直ぐ』だったから。
 掴みきれないことが、もどかしくて不安になったこともあったけれど、
 あなたが微笑んでくれれば、それだけで、何もかも信じられた。
 傍にいること。声が聞けること、触れること。
 それが、あなたと自分を繋いでいたのに。
 どこへ行ってしまったのですか。
 あなたが約束を忘れてしまうなんて。まさか、そんなこと。
 どこへ行ってしまったのですか。
 あなたは今、どこにいるのですか。何を想っているのですか。
 どうして……何も言わずに消えてしまうのですか。
「…………」
 一人、時計台を見上げる。頬を伝う、不安の象徴。
 約束の時間から、3時間が経過していた―

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 このままずっと、待ち続ける? 涙を零しながら?
 あなたの名前を呟きながら? ここで、ずっと?
 そんなこと出来るものか。ただ、黙って待つなんて出来やしない。
 ううん。違う。……探しに来いって、言われてるような気がするんだ。
 姿が見えないのなら、探せ。声が聞きたいのなら、探せ。
 逢いたいと想うなら、見つけてごらん。出来るだろ?
 そう言われてるような……そんな気がするんだ。
「クレタくん。やっぱり、私も一緒に行くわ」
 身支度を整えているクレタの背中に声を掛けたナナセ。
 クレタは振り返ることなく淡く微笑んで、靴紐を結びながら返した。
「ううん。僕、一人で行って来る。待ってて……」
 僕にしか探せない。僕にしか見つけることが出来ない。
 どうしてか理解らないけれど、強く、そう思うんだ。
 もしも誰かと一緒に来たら、あなたはきっと隠れてしまう。
 どうして一人で来ないんだって、顔を背けて怒ってしまう。
 きっと……。だから、僕は一人で行くよ。
 あなたが、いつも、そうしてくれたように。
 僕も、恥らったり躊躇ったりすることなく、あなたを求めるよ。
 あなたの名前を何度も何度も繰り返すから。応えてね、J。
 いつでも、重なり合い寄り添うように、僕の中にある綺麗な二つの旋律。
 一つは僕の鼓動。もう一つは、あなたの鼓動。
 聞こえなくなったわけじゃない。旋律は、今もここに。
 あなたの鼓動は、僕の耳に届いてる。
 いつでも傍にいるんだ。忘れたりしないよ。
 もっと鮮明に聞こえたら、あなたの手を容易く捕まえることが出来るのに。
 耳の奥、小さく聞こえる鼓動を頼りに。クレタは時の回廊へと向かった。

 ランツォーロにある……有名な庭園に行く約束をしてた。
 あなたが、誘ってくれた。絶対に僕なら喜ぶはずだからと言って。
 もしかしたら、そこにいるのかもしれないって一瞬、思った。
 待ち合わせの過程を飛ばして、先に現地で僕を待っているのかもしれないって。
 でも違う。多分、そこじゃない。
 一緒に行くって約束したんだ……。
 一人で行くなんてこと、あなたは絶対にしない。
 どこへ……どこへ行くだろう。
 僕なら、僕なら、どこへ行くだろう。
 何もかもを放って、自分と向き合うとしたら。
 自分の心を見つめながら、誰かを待つとしたら……。
 ピタリと足を止めたクレタ。
 そこは、外界:東京へと通ずる扉の前。
 僕なら……繁華街から外れた、あのビルに行く。
 そして、屋上で膝を抱えて座るんだ。
 そうしてきた。僕が、そうしてきたように、もしかしたら、あなたも?
 話したことはあった。あなたの膝の上、あなたの胸に背中を預けて、
 紅茶を飲みながら、他愛ない話をしていた時、尋ねられたんだ。
 自分だけの、とっておきの場所は、あるかい? って。
 すぐさま頭に浮かんだから、僕は即座に返した。
 何もかもを忘れていた頃、何度も足を運んだ場所。
 そこで蹲り、月明かりを感じながら僕は目を伏せた。
 喪失感のような、孤独感のような、それでいて安心感のような……不思議な感覚。
 全てが、あなたを求める感覚だったことを、今は理解しているけれど。
 僕の言葉に、あなたは笑った。嬉しそうに笑った。
 俺のことを考えるための、とっておきの場所だったんだね、って。
 全てを思い出してから、僕は、あの場所に行っていない。
 必要なくなったから。寂しいだなんて、そんなこと思わなくなったから。
 あなたが傍にいてくれる限り、僕はもう、二度と、あの場所には行かない。
 ねぇ、J。
 もしかして、不安なの?
 あの日の僕のように、怯えているの?
 でも、どうして? 僕は、ここにいるよ。
 あなたの傍を離れるなんてこと、考えもしない。
 そんなこと、出来るはずもない。だって、僕の心は、あなたでいっぱいだから。
 求め続けた、愛しい人。
 お互いに探してた。どこにいるんだって呼び合ってた。
 求め続けて、ようやく。こうして、一緒にいられるようになったのに。
 もう二度と離れたくないって思ったのに。
 どうして? どうして、繋いだ手を離してしまったの。
 何も言わずに消えないで。
 怖いと思うのなら、迷わず僕の名前を呼んでよ。
 いつだって、飛んで行くから。
 一緒にいるのに、こんなにも傍にいるのに。
 あなたのことを想っているのに、どうして……呼んでくれなかったの。

 外界:東京にある、クレタの『とっておきの場所』
 久しぶりに訪れたビルの屋上で、クレタは月を見上げて溜息を落とす。
 ふわりと漂う、愛しい人の香り。けれど、それは残り香。
 あなたが、ここにいたことは間違いない。
 遅かったわけじゃないんだよね。
 僕が来たことに気付いて、あなたは姿を眩ませた。
 ねぇ、その行為が意味するものは……何なの。
 逢いたくないってこと?
 探しに来てって、見つけてごらんって言ったじゃないか……。
 どうして、消えてしまうの。捕まえさせてくれないの。
 理解らないよ。あなたのことが、理解らない。
 どうすればいい……。僕は、どうすればいい?
 ただジッと、黙って、あなたを待つことしか出来ないの?
 そうすることしか許してくれないの?
 そんなの酷いよ。
 それなら、呼ばないで欲しかった。
 探しに来いだなんて、見つけてごらんだなんて言わないで。
 見つけさせる気がないのなら、逢う気がないのなら、呼ばないで……。
 せっかく、こうして、探しに来たのに。ここにいたのは間違いないのに。
 もう少しで届くところだったのに、スルリと抜けて……どこかへと消えてしまう。
 捕まえることが出来なかったことへの、悔しい気持ち。
 捕まえることをさせてくれないことへの、不安な気持ち。
 逢いたいと想うのに、求めているのに、叶わない。
 どうすれば良いのか、どうすることが正しいのか。
 こんなにも想っているのに、ずっと傍にいたのに、心を読めない。
 いつしか、悔しい気持ちは不安な気持ちに飲まれ、
 クレタの心は、言い様のない恐怖に支配されてしまった。
 グッと唇を噛み締め、涙を堪えながらクレタは引き返す。
 呼んだところで、姿を現すことはないだろう。
 どうして拒むのか、気持ちが理解できないからこそ悔しい。
 引き返すことしか出来ない自分に、苛立ちが募る。
 トボトボと引き返していくクレタの丸い背中を、Jは夜空から見つめていた。
 来てくれて有難う、クレタ。見つけてくれて有難う、クレタ。嬉しいよ。
 キミなら、きっと、すぐに見つけてくれるはずだって思ってた。
 でも、切ないな。嬉しいのに、それよりも切ないよ。
 すぐ傍にキミがいるのに、抱き寄せられない、この、もどかしさ。
 名前を呼んでくれても、応じることの出来ない、この、もどかしさ。
 ごめんね、クレタ。もう少しだけ。もう少しだけ、待っててくれるかい。
 階段を降りていくクレタの背中を見届け、小さな溜息を落としたJ。
 溜息を吐き切る前に、携帯が着信に揺れる。
 通話ボタンを押し、耳に宛がうものの、Jは無言。
 ただ、一言だけ。
 目を伏せて、Jは返答した。
「あぁ、今、そっちに戻ったよ」
 電話の向こう、Jと会話している人物が誰なのかは、わからない。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / 16歳 / 無職
 NPC / ナナセ / 17歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / J / ??歳 / 時狩 -トキガリ-

 シナリオ『 失踪 』への御参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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