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夢の中から
■オープニング
「夢を見たんだ」
草間の目の前に座る男はそうつぶやいて草間を見た。彼はやつれており顔色も悪かった。
草間は男の言っている言葉の意味がつかめず、眉をゆがめることしか出来なかった。だが、彼の身に尋常ではない事態が起こっているのは目に見えて明らかだった。
「夢?」
「ああ、いつも見る夢なんだ。俺が夢の中から飛び出して、ある女に呼び出される夢。その女はとても妖艶で、俺はついつい彼女に身を任せるのだが、この頃ボーっとすることも多いし、体の調子が悪くて、このままじゃ殺されるかもしれない」
彼の瞳の中には恐怖という感情がありありと浮かんでいた。
「頼む、助けてくれ」
必死の形相で頼まれ、命の危険があるとなったら助けないわけにはいかないだろう。
「怪奇専門じゃないんだがな」
草間は溜息を吐き出して、彼に言った。
「わかった。詳細を教えてくれ」
***
「で、私を呼んだのね、草間さん?」
「ああ、そういうわけだ」
草間の目の前にいるのは豊満な肉体を持った美女だった。赤い髪とそれと対照的な白い肌が印象的だ。男なら誰でも目を奪われてしまうその胸を惜しげもなく露出している。
彼女はミネルバ・キャリントン。作家であり、ソープにも勤める美しい女性。心なしか草間も目のやりどころに困っているようだった。
「話から判断するにその女は淫魔らしいわね」
ミネルバは唇に指を当てて、冷静に分析した。草間も彼女の言葉に大きく頷いてみせる。
「その可能性は高い。だから、ミネルバを呼んだんだんだ。お前なら何とか出来るだろう」
草間はコーヒーに手を伸ばした。
「私を選んだのはいい選択だと思うわ。でも、残念ながらご先祖様のような力は私にはないから、見張って捕まえるのが精一杯ね」
「それでも、お前は免疫があるだろ?」
「まぁね。それで、私はどうすればいいの?」
「今日の夜、依頼人の家に行って、彼を悩ませる原因を取り除いてほしいんだ」
草間の言葉にミネルバは少し考え込むようなしぐさをした。髪を耳にかけて妖艶に微笑んで頷く。
「いいわ。やりましょう」
その言葉を待っていたというように、草間はミネルバに一枚の書類を手渡した。
*
「ここ、ね」
普通のマンションの一室の前で、ミネルバは微笑んだ。
書類と住所を見比べて、間違いないことを確認してから、インターフォンに手を伸ばした。
『はい』
インターフォンのスピーカーの口から声がした。男の声。
「草間興信所から来た者ですが」
『は、はい!』
あわてたような口調とともに、家の中がにわかに騒がしくなったような気がした。
玄関の扉があわただしく開き、やつれた男の顔がのぞいた。黒い髪に褐色の肌。やつれる前はそこそこ男前だったのではないだろうか。だが、今は見る影もない。
男は黒い双眸を大きく見開いた。ミネルバの姿に圧倒されているようだ。
「あ、あの、草間興信所から……?」
「はい。はじめまして、ミネルバ・キャリントンといいます」
「じゃあ」
「ええ、すべて聞いているわ。家の中に入れてもらえる?」
「は、はい」
男は家の中にミネルバを入れた。
部屋は、一人暮らしの男らしく、適度な散らかりを見せていた。
「今から寝ようと思っていたので、このような格好ですみません。それに、こんな女の人が来るなんて……」
確かに男の格好はジャージ姿というラフなものだったが、それほどおかしくはなかった。
ミネルバは「大丈夫よ」と一声かけてから家の中を見渡した。
家の中に淫魔がいるわけではなさそうだった。
「今から、寝るつもりでした?」
「あ、はい」
「では、私もベッドにご一緒してもいいかしら?」
「え、えええええ」
男はミネルバの言葉に驚愕の声を上げた。
ミネルバはにっこりと微笑んで、冗談ではないことをアピールする。
「駄目?」
「い、いえ。で、でも」
「女が来たとき、とっさにあなたを守れるようにしておきたいの」
ミネルバはそういって男に詰め寄った。男はまだ動揺しているようだったが、頷いた。
「じゃあ、わかりました」
「ありがとう」
男とミネルバはともに布団の中に入った。
ミネルバは愛用のグルカナイフを持つ。なるべく説得で物事を治めたいと考えてはいたが、相手は淫魔だ。何が起こるかわからないので、武器はなるべく近くにおいておくことにした。
「安心して。私が付いているから」
「ありがとうございます」
男はミネルバの言葉に安心したのか、すぐに眠りに付いた。ミネルバは男の寝顔を見つめてから、息を潜めてベッドの中にもぐりこんだ。
いつ淫魔が現れるかわからない。
男が眠ってしばらくたってから、ミネルバは妙な気配を感じグルカナイフを握り締めた。
そっとベッドの隙間からのぞき見ると、淡い光の塊が見える。その中心に黒髪の妖艶な女がいた。女はベッドを見つめると、男の頭に触れようとして……。ミネルバはそこで布団を跳ね除けた。
「!?」
淫魔が目を見開いた。
「こんばんは、淫魔さん?」
「お前は……」
「んーこの人に雇われた人間よ。あなたがあまりにも精気をとるからね」
「邪魔をしにきたということ?」
淫魔の表情が険しいものへと変わっていく。ミネルバはそんな淫魔の様子にあわてる風でもなく、首をすくめた。
「ええ、そんなところ。もうこの人から十分精気は得られたでしょう?本人が死ぬまでやるなんて淫魔の仁義に反するんじゃなくて?少なくとも私のご先祖様はそんな事はしなかったわ」
「お前の先祖のことなど知らないわ」
「そうよね、きっと違うもの。この人から精気を取り続けるつもりなの?」
「ああ、お前が邪魔しても関係ないわ」
淫魔の言葉にミネルバの顔がすっと冷たくなる。
「そう、じゃあしょうがないわね」
「私とやりあうつもり?」
「ええ、もちろん」
ミネルバはグルカナイフを取り出し、淫魔に向かってすばやく振り上げた。
淫魔はグルカナイフをよけるが、よけきれず腕に傷を負った。淫魔は自分が傷つけられたことに、少々驚きを示し、ミネルバの次の行動への対処が遅れてしまう。ミネルバは軍で培った敏捷さを武器にすばやく淫魔の首筋にナイフを当てる。
淫魔は自分のおかれた状況に、ごくりと生唾を飲み込んだ。
少しでも動けば刃物の餌食。
一発であの世ゆきだ。
「こ、殺すの?」
「さーて、どうしましょうかねぇ」
「ちょ、殺すのだけはまって、お願いだから」
「どうしようかなぁ」
ミネルバはそういいながら淫魔の首筋にグルカナイフの先端を突き刺した。
物理的に攻撃が出来ないものに攻撃することが出来るグルカナイフは、淫魔の首筋に傷を作り、一筋の血を流させた。
「お願い、やめて」
淫魔の哀願に気分をよくしたミネルバはにっこりと笑った。
「いいわよ、ただし……もう、こんな事はしないでね。約束を破ったらどこまでも追いかけるわよ」
「わ、わかりました!」
ミネルバは淫魔の言葉にグルカナイフを彼女の首筋からはずす。すると、淫魔はもうここにはいたくないとでもいうように、すばやい動作で窓から外へ逃げ出した。
ミネルバはそんな淫魔を見送ってから、男のほうを見る。
彼もこれで力を取り戻すはずだった。
男の頭を少しなでると、彼が目を覚ました。
「あ、ミネルバさん?」
少し寝ぼけた感じの男を見てミネルバは笑う。
それから自分の店の名刺を出す。
「これ、私のお店なの。元気になったらぜひきてね」
笑うミネルバはとても魅力的で、男は寝ぼけながらもしっかりとその名詞を受け取った。
エンド
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【7844/ミネルバ・キャリントン(ミネルバ・キャリントン)/27歳/女性/作家/泡姫】
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ライター通信
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ミネルバ・キャリントン様
こんにちは摩宮理久です。
作品のほうはいかがでしたでしょうか。
またよろしくお願いいたします。
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