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<東京怪談・PCゲームノベル>


鏡餅パンデミック

 2009年、初春。
 何の脈絡も前兆も無く、未曾有の大災害が訪れた。

 …いやそもそもこれ災害なんだろうか。
 冷静に言うとそこからして疑問な気もそこはかとなく。
 ともあれ、そんな――あってはならない類の事象が発生した。

 ………………そういう事にしておいて下さい。



■いちばんはじめ。

 それは、ひっそりと静かに始まった。

 …都内某所、リンスター財閥総帥の日本滞在時に於ける住居、カーニンガム邸。
 主の書斎にて。
 邸宅の主――セレスティ・カーニンガムは、日課の一つとして、市場の状況やら各国のニュースをネットにて確認しているところだった。
 が。
 そんな折に、不意に違和感。
 ただ、違和感はあるのだが、その原因がいまいちわからない。
 何となく辺りを見渡す。…元々視力が弱いので他の感覚を差し置き視覚の方で先に物事に気が付けるとも思えないが、一応は『見る』と言う行為を取った方が、他の感覚も研ぎ澄まし易いので、そうしてみる。
 と。
 自分自身に何か違和感があるような気がした。
 少し経ってから、何か、ほんの僅かな…本来そんなところにある筈の無い余計な重みが肩にあるのだと漸く気付く。
 そこを見た。
 と。
 …何か白い、てのひらサイズの丸っこい物がくっついていた。
 何だろうと手に取ってみる。
 どうやら平べったい丸い餅のような物が、二段重ねになっているようだった。
 有態に言うと日本で正月に飾られる縁起物の一種――鏡餅のようなもの。
 だが。
 ただ鏡餅と言うには…やはり違和感があった。
 何故なら。
 …その鏡餅のような物は――何故か、生き物の如くふるふるとか弱げに自ら震えて動いている。
「…」
 セレスティはそのまま、暫し停止。
 掌の上に置いた状態でその餅(?)を暫し眺め、更に暫く経ってから後――机の上に置いてみる。
 …更にそのまま暫し。
 やっぱり無言のまま観察していてみると、その鏡餅は――ふるふるとやっぱりか弱げに自ら震えつつ、にじりにじりとこちらに寄って来ている気はした。…物凄く遅いが。
 …何となく、何かを訴えているような気もした。
 したが。
 …何を訴えたいのかまでは、よくわからない。
「………………何か…仰りたい事でもあるのでしょうか?」
 一応、声を掛けてはみるが――案の定と言うか何と言うか、鏡餅もどきからは返答らしい返答は無し。
 相変わらず同じ様子でふるふると震えつつ、机の上でこちらににじり寄ろうとしている。
 声を掛けても意味が無いようなので、再びその震える姿に触れてみる。と、触れたその瞬間、ぴくんと反応した。けれど違う反応をしたのはその一瞬で、それからはまた同じ反応が――と言うかこれは何か反応しているのかそれとも元々こういう風に震えているべきものなのかはよくわからないが――とにかく続く。
 取り敢えず、二度目に触れてみた今度は――無機物にするように自らの能力を以って情報を読み取る事を考えてみた。
 …読めない。
 読めないと判断してからは、セレスティは今度はぺたぺたとその餅に触って生態調査(?)を試みてみる。
 触ると、驚いたようにぴくり。
 にじり寄る動きを止めるように押さえると、きゃーとばかりにじたばたともがくような動きを見せる。
 触っていたところから急に離すと、ぴたっと一瞬止まってから、思い出したようにまた震え出す。
 不思議にふにふにした感触がなかなか楽しい。
 心持ち、しっとりもしている。
 …動いているからなのか、仄かに温かかったりもする。
 と、そこまで確かめたところで、コンコン、と扉を叩くノックの音がした。書斎の外から声を掛けられる――部下の声。セレスティは受け答えて入室を促す。それから、主人が促した通りノックをした部下の黒服が書斎に入室してくる。
 セレスティは何気無くその姿に目をやり、停止。
 …部下の肩にも自分に付いていたのと同じ鏡餅もどきが付いていた。
 部下の方でも、セレスティの正面、机の天版の上に置かれている震える鏡餅もどきに気付く。
「…」
「…」
 部下はセレスティの視線を追って何気無く自分の肩を見、そこにある鏡餅もどきの存在を視界に入れた。
「…」
 どちらも無言。
 と、二人が無言のままでいるその間、何処から現れたのかまた別の鏡餅(?)が二つ程…ちょうどセレスティの着いている机と部下が入って来て立っている位置、その中間点辺りの床を…にじりにじりと震えながら歩いて――と言うか移動している。
 二人とも思わずそれを目で追ってしまう。
 気が付けば、先程までセレスティが情報を読んでいたパソコンの画面上にも冗談のような奇妙奇天烈なニュースが流れている。…『全国各地で謎の鏡餅(?)大量発生』…。

 …セレスティは無言のまま少し考えた。
 そして、名残惜しいながらもたった今まで愛でていた鏡餅(?)から手を離すと、餅の代わりにおもむろに電話の受話器を取り上げた。
 …こういう話は、何処に持っていくべきか。
 ほんの僅かの間だけ逡巡し、通話相手を決める。

 ………………取り敢えず、草間興信所。



■正月に餅を食う。

 他方、白王社・月刊アトラス編集部。
 仕事始めの一月五日から既に普段通り、毎度の如くの嵐が起きている。いや普段通りどころではなく昨今の出口の見えない出版不況もある訳で――むしろ新年なのだから気分を新たにガンガン売れる記事になりそうな怪奇情報の取材と原稿作成に励めと女王様こと編集長碇麗香から派手に檄が飛ばされていたりした訳で、ある意味普段より嵐の激しさは強い。
 そんな状態だったのだが、不幸の申し子な編集部員・三下忠雄の新年初原稿がシュレッダーに掛けられた直後辺りから、そんな場合では無くなった。
 …『それら』が何処から現れたのかは定かではない。だが、『それら』がそこに居る事は――最早疑いようのない事実。
 仕事柄様々な事象に目敏い筈のアトラス編集部の人間であってさえ、現れた『それら』の初めの一つを見落とした。
 そして、気が付いた時には――…。

 何故か三下忠雄が――切なげにふるふると自ら震えている鏡餅もどきに侵蝕されて(?)殆ど埋もれてしまっている。
 見渡せばあちこちが同様の鏡餅(?)だらけになっている。
 女王様の肩にも同じ餅(?)が付いている。
 そして――その辺を闊歩している編集部員たちにもやっぱり同様の餅(?)が。

 …そう、アトラス編集部自体にとんでもない怪奇現象が起きてしまえば――他に取材に行くまでも無い。
 否、それどころではなく。
 同じ現象が――アトラス編集部のみならずそこかしこで起きているとなれば、それこそ身体を張ってこの現象をまず取材するべきであるとも言える。
 …て言うか。
 実際的な問題として、この混乱した部内の状況で原稿作成なんかしてられるんだろうかと言う根本的な疑問まで浮かぶ始末で。
 取材より何よりまず先に、この生きた鏡餅(?)を何とかしなければそもそも原稿作成すらままならないような。
 そんな状態になっている。

 …にも拘らず。

 やっぱり新年早々、毎度の如く部外者の方々もちらほら編集部室に乱入していたりする。
 突如大発生した鏡餅(?)の事など意にも介さず。
 …いや。
 意にも介していないどころか――むしろそれをこそ目的に現れたらしきツワモノまで存在した。

 まず一人目、新年早々と言う事で――お約束の着物を纏った艶姿な六歳児。
 ちなみにそのさらさらな銀髪の頭には――飾り付けまでばっちり整った葉みかん付き三段飾りの鏡餅がやっぱりふるふると切なげに震えつつくっついていたりする。そしてその手には――艶やかな着物姿には若干の違和感を覚えざるを得ない完全装備が――お手頃サイズな七輪と備長炭と箸のセットが当然のように携えられている。
 …何だかシュールな姿を晒しているその六歳児の名前は、海原みあお。
 彼女は来て早々に餅(?)に埋もれる三下を目撃。
 からころと可愛らしいぽっくりの音を響かせて、そのすぐ側まで近寄りしゃがみ込む。小首を傾げつつその顔を覗き込んでもみた。
「えーと。三下?」
 取り敢えず呼んでみる。
 と。
 少し置いてから、三下から反応が来る。
「…。み、みあおちゃ…? あ、っ…た、た、た、た、たぁすけてぇええええええ…えぇっ――!!!」
「…ふーん。それより先に言う事無いんだー?」
「――ええええぇぇ!! ぇええっ………………え?」
「…ま、良いけどね。別に三下に見せに来た訳じゃないんだからねっ」
 艶姿。
 それこそ餅ではないがぷくっと頬を膨らましてむくれつつ、みあおはぴょこんと立ち上がる。…ツンデレと言うか何と言うか、三下の現状へのフォロー無し。
 みあおは今度はデスクに着いている編集長碇麗香女王様を見上げた。
「だからって碇にお年玉せびりに来た訳でもないんだからねっ」
「ああそう…じゃなくって。言っても無駄だと思うけど、見て判る通り今それどころじゃないのよね?」
 新年早々目の前の意味不明かつ完璧に仕事の邪魔でもある状況にぐったりと疲れ果てつつ、麗香。
 が、みあおはそんな麗香とは逆に、元気一杯ここぞとばかりに同意する。
「そうっ、それどころじゃない! その為にみあおはここに来たんだよっ!!」
「?」
「みあおに付いてたり碇に付いてたり三下を襲ってたりそもそも外にも大量発生してる謎の鏡餅! これはきっと、今までに食された『御餅』の怨念が人間に復讐しようとしているに違いないっ! …は、別にいいとして」
「…良くないわよ」
「いいの! でね、ここは折角だから美都に『御餅』を料理してもらおうと思って」
「………………食べる気これ?」
 麗香はそこらに蔓延る謎の鏡餅(?)を指差し、思わず訊く。
 …今まで食われた餅の怨念が人間に復讐しようとしている、とか仮説立てといてそれは色々どうなんだ。
 そう含んで訊いたのだが、みあおは全然気にもせず嬉しそうに力一杯頷く。
「うんっ。同じ『幽霊』なら料理できるんじゃないかなって」
 でも動いてるし、触るだけならみあおも触れるけどこれじゃ上手く行かないかなーって気もして。ほら普通じゃなさそうだから、人の手だと上手く絞められなさそうじゃない?
「…」
 絞めるのかよ。…鶏か。
 て言うか、仮説の通りに現状を認識しておきながら何の無理もなく「食う」と言う発想に移行している辺り、麗香としてはみあおの思考に付いていけない。…と言うか付いて行きたくない。
「――…これだけあるなら色々作って食べ比べ出来るだろうし、美味しく食べたいじゃない♪」
 嬉しそうに言いながら、じゃんっとばかりにみあおは二冊の本を取り出し麗香に見せつける。書名は――『雑煮100選』と『地方の雑煮』。
 …道具のみならずレシピまで。
 やっぱり完全装備である。
「調理器具や他の食材にみあおの霊羽で霊気を付与すれば問題無いと思うから! …ってそう言えば美都どこ?」
 と、みあおはいつもアトラスに居る筈の目的の人物――と言うか基本的にアトラスに常駐している筈の幽霊を探し、きょろきょろと辺りを見渡してみる。
 …その視界内では、大量の鏡餅(?)がふるふるふるとみあおの考えなど露知らず(?)健気に震え続けている。
 と。
 年の頃は小学校高学年程度と思しき、病弱な深窓の令嬢が寝室から抜け出して来たような――白いビラビラのネグリジェ姿に背丈近い長さの黒髪を背に流した『半透明』な少女が、当然のように編集部室の入口から、ほんの僅か浮いた状態ですーっと入ってきた。…やっぱり鏡餅(?)を一つ肩にくっつけた状態で。
 ともあれ、入ってくるなり。
『うわ。ここもですか』
 …謎の鏡餅(?)大量発生。
 中の様子を見て、その半透明の少女――みあおの目的の幽霊だったりする幻美都は、げ、とでも言いたげな声を上げる。「ここも」と言う通り、どうやら他の場所でも同じ事になっているのを見て来たらしい。…そして幽霊の身(?)にすら例外無く餅(?)はくっついている。
 みあおはその姿を見、ぱあっと顔を輝かせた。
「あ、美都!」
『あ、みあおちゃんじゃないですか。あけましておめでとうございます』
「あけましておめでとー! 早速だけど御餅を食べようっ!」
『…え? ってええっ!? この状況でそうなるんですか!?』
 それは確かにこの見境無く大量発生している謎の物体は餅のようではあるが。…特にみあおに付いているものなど、紛う事なく何処からどう見ても鏡餅な仕様になっている。
 だが。
 …幾ら餅らしいとは言え、この状況下でいきなり食べようと来る気はしない。
 とは言え、みあおの反応としてはこのくらい珍しくもないと知っているので、美都としてもすぐに落ち着きはする。
 みあおは先程麗香に見せ付けた二冊の本を今度は美都に見せ付けた。
 そこで、にこり。
「美都に料理してもらいたいんだ♪」
『…え。…えええええ!!! 私ですか!? 私そもそも料理なんかした事ないですよ!?』
 病弱な深窓の令嬢の如き姿の通り、生前からしてそんな機会は無かった訳で。
「だいじょーぶ何とかなるっ。その為にこの本持って来たんだし」
『ええとそうは言っても…そもそもこれ食べられるものなんでしょうか』
「だって御餅だよ?」
『…御餅って自ら動くんでしょうか』
「でも御餅っぽいよ? ほらみあおに付いてるのなんか確りきっぱり鏡餅だし♪」
『それは否定しませんが…いえそもそもなんでみあおちゃんのはそんなに確りと飾り付けてあるんでしょう?』
「それはやっぱり御正月だから♪ あ、美都に付いてるのも飾り付けしてあげよっか?」
『…それみあおちゃんが飾り付けたんですか』
「んーん。そうじゃないけど。初めっからこうだったよ? …ま、細かい事は気にしなーい。どちらにしろ御正月は御餅を食べるものっ!」
 と。
 力強くみあおが言い切ったそこで。
 …何処からともなくまた別の声がした。
「うむ、その通り。正月は餅を食べるものと決まっているからな。餅自らやってくるとは、全く天晴れな心意気じゃないか。その心意気を無駄にする訳には行かない」
 いつの間にそこに居たのか、感心したようにうんうんと頷きつつみあおに深く同意する人物が一人。…みあおと美都のすぐ隣、民族系のゆったりした中性的な服装を纏った――声からしても姿からしてもいまいち男女どちらとも判別付け難い人物が、やっぱり鏡餅(?)をその頭に二つ程よじよじと這い登らせつつ当然のように七輪と箸を携え佇んでいる。
「そこな銀髪の鳥娘も用意が良いな。そのような本を持参するとは…うむ…雑煮か…醤油に味噌味、善哉も良かろう。磯部もまた良し…最近はワッフルのように焼く食べ方もあるな…考えただけで素晴らしい! カビる前にしかと胃の中に収めてやろうぞ!」
 突如現れた謎の人物の立て板に水な喋り口に、ここぞとばかりにみあおも思い切り同意。
「そうだね、カビちゃ大変だもんね! じゃあ頼む美都っ!!」
『…ってそもそもこの餅…カビるんでしょうか』
「餅と認めたな。ならば雑煮を作るのもやぶさかでは無かろう美都とやら」
 うむ。と謎の人物は重々しく頷く。
 突如現れたその相手にいきなり振られ、え、と美都は一時停止。
『…ところであの…貴方は?』
「ん。ああ、私は貴方ではなくラン・ファーと言う。この無差別大量発生している餅どもを心行くまで食する為にここまで赴いて来た者だ。何か良き出会いが見付からぬかと表を歩いていたらいきなりこの天晴れな状況に遭遇してな。故に急ぎ自宅に取って返し、箸と七輪を持参してアトラスまで赴いた次第…こういう時は三下が面白い事になっていそうなのが相場だろう。…思った通りに一番餅を集めているな。あいつが居れば餅は更に寄ってくるかもしれん。…正解だったな」
『………………大人なのに何だかみあおちゃんと似たようなノリの人が』
「何を言っている。正月に餅を食う。絶対に外せぬ日本の伝統だろうが。私とこの鳥娘に限った事ではない。我等日本人なら皆同じだろう」
『…否定はしませんけども…えーと。…お名前、ラン・ファーさんて仰いましたよね? …ランさんて日本人なんですか?』
「当然だ。日本に住んでいるのだからな。…いやそうなると東京人…いやもっと細かい住所を付けるべきか? いやいや四階建てビル人と言った方がより正しいかもしれんな…いや正しい事は正しいがどちらにしろ少々言い難いな…いや居住しているのはビルの四階部分だからビルの四階人か? …どれを選択すればいいんだいやいや何処人かは全て付けて表すべきか? …わからん。…ええい、何人かなぞどうでもよかろう。私はラン・ファー、それで日本の伝統を踏襲するに何か不都合があるか?」
『いえ別に不都合は何も…』
 途中で止める間もなくとんでもない方向に転がって行くランの科白に疲れ、美都はがくり。
 確かにそんな事はどうでもいい。
 今問題なのはあくまでこの餅(?)の事であって、断じて何処の国の人かとか住所がどうのこうのと言う話をしたかった訳ではない。
 一方、気が付けばみあおは待ち切れずに自分が持参した本を開いて見ていたりする。
「うーん迷うなー。やっぱり丸餅だから京風味噌味とかやってみるべきかな? 基本の関東風醤油味、小豆で仕立てた善哉だったり、クルミだれに付けて食べたり色々あるんだよねー。あ、具材は三下が買って来てくれるー? ちゃんとメモに書いてあげるから♪」
 …ちなみに御指名があったその三下、大量の震える餅(?)に押し潰されて目を回している。
 麗香はと言うとひとまず己のデスク上からだけでも鏡餅(?)を取り払っていたりするのだが、払った側から再び別の餅(?)がにじり寄ってくる為――そして払えば払う程、近付いてくる餅(?)の数が増えている節がある為――そろそろ諦めて放置している。
「…もうこうなったら何でもいいわ。取材も何もこれじゃまともに原稿も書いてられないものね――食べて片付くなら美都でも三下でも使ってとっとと片付けなさいっ!」
「やったー! 碇公認だ♪ じゃあ碇とか編集部の人たちでお雑煮の具材買って来て!」
「あーはいはいわかったわよもう」
「おお、何と物分かりのいい事だ碇編集長よ! ついでに磯辺用の海苔と醤油も頼む! そして共に餅を焼こう! ここは皆で正月を彩る麗かな食卓を囲もうではないか!」
「うんうん。そうだよねお雑煮もいいけどやっぱり基本は焼き餅だよね! 焼いて、砂糖醤油で食べよっ♪」
『あー…えーと』
 美都、困惑。
 ハイテンションなみあおとラン、やや自棄気味の麗香に挟まれ、気が付けば反論の余地は無し。
 何と言うか…どうしたらいいのやら。



■和み系。

 他方、草間興信所、事務所の奥の部屋。
 要は草間武彦の寝室。
 応接間に居た零と雫の二人曰く、何故か戻って来て早々寝込んでしまったと言う部屋の主を起こしがてらそこにそーっと入ってきた草間さんちの身内同然な事務員のお姉さんは、自分の掌に載せてみた――元は自分の頭にくっついていた――鏡餅(?)をぷにぷにぷにと興味深げに突付いて触って撫でていたりする。
 柔らかい。
 ふにゃっとしているが、ちょうど心地好い程度の弾力もある。
 ややしっとりとしていて、仄かに温かい。
 何もしなくとも基本的に震えている。
 触ると、反応してかその時だけぴたっと震えが止まったりする事もある。そして少し間を置いてから、また同じように震え出す。
 ふるふるふる。
 ぷにぷにぷに。
 …何だか、和む。
 事務員のお姉さん――シュライン・エマは手乗り鏡餅(?)に和みつつベッドに寄り、そこで布団を被ってごろんと転がって寝ている武彦を見下ろしてみる。
 寝ているその肩にも、鏡餅(?)がふるふるふる。
 シュラインはそれもぷにぷにと突付いてみる。
 …自分に付いていた物と特に変わりは無い触感。
 ぷにぷにぷに。
「…ん? シュラインか?」
 程無く、人の気配に気付いて武彦が顔を上げる。
 上げたところで。
 …シュラインがぷにぷにと突付いてみていた、自分の肩口の鏡餅(?)に漸く気が付いた。
 瞬間的に頭が真っ白になる。
 一拍置いて、深深と溜息。
「…あー…いよいよ駄目だな。済まんシュライン、俺はもう少し眠った方が良いらしい…」
「武彦さん武彦さん、違うって。これ武彦さんの幻覚じゃなくて、ホントにここにあるの」
「………………なに?」
 それもそれで問題である。…と言うか疲労と言う心当たりがある自分自身が見た幻覚な場合より、実際に『ある』と言う方がむしろ問題である。…また怪奇現象。しかもいかにもなオカルトとかそういう方向ではなく、とことん意味不明ナンセンス。だが、この手の意味不明な事態もまた、あまり珍しくないと思える辺り…草間興信所も因果な場所である。…何と言うか、改めて驚く気がしない。
 幻覚じゃないとシュラインに言われ、武彦はむくりとベッドから起き出す。
 改めて自分の肩を見た。
 ふるふるふる。
 鏡餅(?)は健気に(?)震えている。身体を起こしても――動いても落ちる気配無し。
 よくよく考えてみれば、その鏡餅(?)が乗っている肩口には、僅かながらちゃんと重みと振動まで感じられる。
 やっぱりホントにそこにあるらしい。
「…あー…じゃあ、何なんだこれは?」
 俺の幻覚では無いと言うのなら。
「さぁ…理由とか原因とかはわからないけど、見た目は…鏡餅…みたいに見えるわよね?」
 言いながら、シュラインは、ぷに、と武彦の肩に付いている餅(?)を突付く。
 そんなシュラインを武彦はじーっと見ている。
「………………お前、楽しんでるだろ」
「え? …だってとってもぷにぷにしてて♪ 正体が何だか良くはわからないにしろ、これはこれで何だか可愛らしいわよね、武彦さん?」
 にこにこ。
「…。…そうか。そう来る気はした」
 やや遠い目になる武彦。
 シュラインは何だかとっても嬉しそうに鏡餅(?)をぷにぷにぷに。



 応接間。
 ネットに繋いでいたノートパソコンは取り敢えずさて置き、零と雫は応接間のテーブルに向かって何やら騒いでいる。先程シュラインが現れ零に付いていた鏡餅(?)をぷにと突付いてみた事で自分たちにくっついている鏡餅(?)に気が付き、ノートパソコンでしていた事よりそれの方に興味が移った――と言うところらしい。
 二人とも、ひとまず自分の頭から餅(?)を取ってテーブルに置いたりして観察している。
 取って置かれて、震えながらもにじにじにじと再び元々付いていた人物の方へ戻ろうとする鏡餅(?)。邪魔するようにそれを手で押さえてみたり――押さえた時に鏡餅(?)はじたばたともがくような動きを見せたり――取って置いた筈なのに気が付けばまた別の鏡餅(?)が自分たちの肩やら頭に付いていたり。…何やら気が付くと増殖している。人に付いているのみならずあろう事か鏡餅(?)単独でその辺に這い回って居さえする。…あちこちをにじにじとまるで歩くように這って移動している。
 応接間に戻るなりそんな様子を目にしたシュラインはきゃーとばかりにきらきらと目を輝かせている。一方の武彦は、先程寝込む前よりある意味悪化している眼前の状況に思わずがくり。それでも何とかデスクまで移動し定位置の椅子に着こうとする――と、椅子の上にまた別の震える鏡餅(?)が居た。
「…」
 がくり。
 シュラインがそんな武彦の見ていただろう先を横から覗き込む――椅子の上に鎮座ましましている鏡餅(?)の姿に思わずほんわか和む。
 ぷに。
「…和むな」
「だって」
 む、とシュラインは軽くむくれる。
 武彦は椅子の上の餅(?)をおもむろに取り上げ――取り上げられた時点で餅(?)は慌てたようにじたばた暴れている――シュラインに手渡す。
 シュラインの手許に行ったところで、餅(?)は一瞬ぴたり。直後、また、ふるふるふる。
 …シュライン、わー、とばかりに破顔。
 ぷにぷにと暫くその触感を楽しんでから、弄っていたその鏡餅(?)をデスク上に置く。
 それからいそいそと何処ぞに行ったかと思うと――シュラインは興信所の備品を漁り、何やら探し出してから戻ってくる。
 戻ってきた彼女のその手にあったのは、メジャーと付箋。
 備品の中から持ってきたそれらをデスクの上に置くと、シュラインは今度はデスクのメモ帳を手許に引き寄せ何やら書いている。
 いったい何事かと武彦はじめ――零と雫も寄って来てシュラインの手許を覗き込んで見た。
 と、今日の日付と――今現在の時間、そして今この場に居る者――イコールでこの鏡餅(?)がくっ付いているのが確認出来た者にもなる――の名前と…皆にくっついているもの含め、今この場にある鏡餅らしき物体の数が書き込まれている。
 …楽しそうである。
「…シュライン?」
「なにしてるのー?」
「えーと。…記録、してらっしゃるんですか?」
 皆から訊かれる間にも、シュラインは手当たり次第に餅(?)の体長をメジャーで計測。自分がデスクに置いたものから武彦の肩乗り状態になっているもの、零や雫の肩や頭に再び発生したものも手際良く計ってはその結果をメモ帳に記入している。計っては計った餅の方にも付箋を付け――問題なく付箋は張り付いた――、一つ一つ丁寧に個体識別。
 …しみじみ楽しそうである。
「んー、生長するのかなってね。取り敢えずサイズは今計ったから…次は五分後にでも計ってみようかしら? とにかく定期的に計ってみて生長するのかどうか確認してみようと思って♪ あと、硬さもね。硬さもね。この至福な触感がいつまでも保たれてるのか気になるもの♪」
 ぷにぷに。
 …また突付いている。
「そいえば、シュラインお姉ちゃんこういうの好きだもんねー?」
 こちらもつられて餅(?)をぷにぷにと突付きつつ、雫。
 …こちらもこちらで面白がっている。
「そうなのー。何だか可愛いじゃないこういう何とも言い難いふにゃっとしてるものって♪」
 零に新たにくっついている餅(?)をまたぷにぷにと突付いてみつつ、シュライン。
 と。
 そんな餅(?)だらけな中、じりりりんと黒電話の呼び鈴が響き渡る。ぎょ、と驚いたように黒電話に付いていた餅もどきがぴたっと停止する――と言うかそれ以前に黒電話にまで餅(?)が複数付いている。
 それでも耐えて、黒電話の呼び鈴は地道に鳴り続ける。…誰からかは知らないが十中八、九、この餅(?)の件だろうなと思いつつ、武彦は黒電話を自分の手許に引き寄せがてら付いていた餅(?)を適当に取り払い、周囲の状況からしてまた新たにくっついてくるだろう餅(?)に電話が切られないよう手でカバーしながら――受話器を取り上げ耳に当てる。

 通話相手の話の内容は、予想通り餅(?)の件。
 そして電話を掛けて来た相手の名前は――セレスティ・カーニンガム。



■なだれこむ。(+ piece.DG 出張編。)

 数分後。
 電話を掛けて来た当人、セレスティ・カーニンガムが当然のように草間興信所の応接間に訪れていた。
 そして元々居た面子と共に、あちこち大発生している謎の鏡餅(?)の生態調査――そもそも生きているのかそうでないのかすら不明だが――に入っている。元々セレスティが興信所に電話を掛けて来た理由からして、この鏡餅(?)に関する情報が何か入っていないかと思った訳で――草間興信所ならこういう不可思議なネタのホットな情報は一番よく集まると見た訳で――、電話を掛けてみれば実際に興信所側でもその餅(?)について色々調べて(と言うか弄くって)みているとなれば、合流してみよう、ともなる訳である。
 とにもかくにも、草間興信所。
 集まった面子に加え、そこかしこが無闇に鏡餅(?)だらけである。
「…増えましたねー」
 目の前、テーブル上をにょこにょこ歩いていた餅(?)に、自分に発生していた餅(?)を取ってそーっとくっつけてみるセレスティ。餅には餅を。そんな風に他愛もない事を思っての行動だったのだが…くっつけてみると餅(?)は一瞬困ったよう(?)に停止、けれど程無くまたぶるぶる震え出すと、ぴたりと合体し倍の大きさの鏡餅(?)に。そして…また、セレスティに向かってにじにじにじ。
「…寄って来ちゃいましたね」
 くっついたら、こちらから離れて行くのかな、とか期待してみたのだが。…むしろ逆効果。
「あ、セレスさんにもまた付いてます」
 新しい鏡餅(?)が。
 と、セレスティが自分から離してみた鏡餅(?)を別の餅(?)にくっつけてみた直後、すかさず零が指摘。
 指摘されたその通りに、いつの間に何処から来たのやらまたセレスティの頭ににじにじと小さな鏡餅(?)が登っている。
「…何事も無かったかのようにまた発生してるんですねぇ」
 しみじみと言いつつ、セレスティはまたその鏡餅(?)を手に取る。
 先程のより少し、小さい。
 やっぱり震えている。
 …生まれたて?なのだろうか。
「さっきあたしたちに新しく付いてたのと同じ感じだね?」
 横からちょいちょいとその新たな餅(?)を突付いて見つつ、雫。
 セレスティの掌に目の高さを合わせて真横から見つつ、そうですねーと零もまた同意。
「雫嬢に零嬢も私と同じように新たに付いていましたか。…では少なくとも発生したて(?)では大きさ等あまり個人差は無いんでしょうかねぇ…」
 軽く思案しつつ、セレスティは餅(?)を撫で撫で。
 その横で、シュラインの方はセレスティのその餅(?)をまたすかさず手際よくメジャーで計測、一度ぷにと突付いて、メモ。
「〜♪」
 …本当に楽しそうである。
 反面、草間興信所所長は非常に疲れた様子でデスクにぐたりと突っ伏している。その頭やら背中にまたよじよじと付箋付きの餅(?)が登っている。だが最早気にするのも面倒になってきたのか、放置。かと思うとまたシュラインがその餅(?)を計測したり触感を確かめたりしている。
 …生態調査をしているんだか単に遊んでいるんだか判別付け難い状況である。
 と。
 今度は電話ではなく、玄関の扉が叩かれた。零がすかさず気付いて応対。扉を開け客人を中に招き入れようとする――が。
 扉を開けたそこで、客人の方が室内の状況にきょとん。
 …鏡餅(?)だらけ。
「えーと、何してるんですか?」
 取り敢えず中に訊いてみる。
 が、その返答より先に部屋の中から雫の声。
「あ、ソニックだ」
「ソニ…って新年早々そう来る!?」
 客人――風宮駿は雫のいきなりの言いように声を裏返して抗議。それは密かに正義の味方(?)ソニックライダーをやっていたりもするのだからそういう意味でソニックと言われるのなら別に何も構わないのだが…雫に言われる場合はちと意味が違ってくる。
「だってソニックだし」
 駿当人の抗議もあっさり流し、平然とまた重ねる雫。
 セレスティは何だろうと目を瞬かせる。
「ソニック…ですか?」
「うん。音速の失恋王でソニック」
「…」
 何だか身も蓋も無い。
 …取り直して、駿は仕切り直そうと試みる。
「それより。…何ですかこれ。大量の鏡餅みたいな…。何かの仕事…ですか? 俺で何か手伝える事があるならやりますが。…元々仕事を探しに来たもので」
「…って風宮君、ここに来るまでにこれらと同じものを見はしませんでしたか?」
 この鏡餅もどき。
 取り敢えずこちらも訊くだけ訊いてみるセレスティ。…少なくとも自分は、自分の屋敷含めここに来るまでに大量に同じもの――鏡餅(?)を見た。
 が。
「え? …言われてみれば何か普段は無いような白いものがあったような気もしないでも無いですけれど…」
 駿の方にはあまりはっきりとした覚えは無い。
 思わず考え込む駿の声を聞き、武彦がむくりとデスクから身体を起こす。
「…ここ以外でも起きてるみたいなんだがな?」
 この謎の鏡餅もどきの大量発生。
「そうそう。外どころかネットの中にまで同じ事が起きてるみたいだし」
 ほら、と雫がネットに繋いだまま放っとかれている状態にあるノートパソコンの画面を示して情報追加。そこに映っていたのはまるで写真のようなリアルな草原であり、そこで何処かで見たような――機械が混じったような四足の魔獣に人相の悪い小人のような連中がのほほんと寛いでおり、そしてそのすぐ横で――何やら動転している風な白銀の甲冑を纏った騎士姿の生真面目そうな女性と、その女性を宥めているツインテールの脳天気そうな娘、それからやっぱり白を基調とした機械めいた甲冑っぽい姿の――引っ込み思案げな少女が困り果てて茫然としているような画だった。
 …但し。
 それだけの画では無く、映し出されている彼ら自身にもその周囲にも、確かに切なげに震える二段重ねの丸餅のようなものが何故かあちこち蔓延っている。
「御覧の通りの状況で。なんかね、アリアンロッドが俄かにパニック起こしてたりモリガンが癇癪起こしてたり向こうも色々大変なんだってー。ルチルアでも――ティルちゃんでも原因わかんないみたいだし」
 鏡餅もどき大発生前、雫と零が繋いでいたのは数年前にちょっとした騒ぎを起こしたネットゲームにして異界と化してもいる『白銀の姫』派生の新たな一世界。…要は種族の別無くのほほんとアスガルド世界での生活を楽しんでみましょう、と言うコンセプトで、ゲームの創造主ことメインプログラマーにして『白銀の姫』世界の核霊にもなる浅葱孝太郎が構築し残したオペレーティングシステムを使い、ゲーム世界の管理者な役割を与えられているNPC・四柱の女神の内一柱ことネヴァンが創った世界になる。…だからモンスターまで敵対する事無く一緒にのほほんしていたりするのだが。
 ともあれ、雫と零はそこで女神のアリアンロッドやネヴァン、薬草売りのルチルアと画面越しながらのほほん歓談していた訳になるのだが、その最中に今のこの謎の鏡餅(?)大量発生が起き――しかも現実世界のみならずどうやらゲーム世界でも同様のようで――現実世界の面子もゲーム世界の面子も歓談より先にさて『これ』は何なのか、と言う方に気を取られて今に至ると言う訳である。…取り敢えず直接的な害があるようでも無いが、だからと言ってこの無差別な増殖振りからすると放っといて平気そうなものでも無い。
 …ゲーム世界を管理する責任がある女神――しかも生真面目な性格と言う基礎人格設定なら尚更――と言う立場ともなればパニックを起こすのもわからないでも無い。
 ノートパソコンの画面の中ではそんな生真面目な女神のアリアンロッドをルチルアが頑張って宥めている――宥めているがあんまり効果無し。ルチルアは、はぁ、と一度溜息を吐くと、じゃあ奥の手です! と宣言、直後に画面上のルチルアのグラフィックが別人に書き換わる。
 ルチルアと入れ替わるように画面上に現れていたのは、眼鏡を掛けた頼りなさそうな風貌をしたオタク青年風の騎士――浅葱孝太郎である。彼もまた色々あって、現在はルチルアと入れ替わるような立場の存在になっている。
 彼が出るなり、アリアンロッドは絶望の中に希望を見付けたような貌をして、何とかして下さいませんか! と頼み込む――が、浅葱としても結局どうしようもない。まぁ、取り敢えずゲーム内の状況ならば時差無く把握出来る立場ではあるので、何か解決策に繋がりはしないかと、色々他の人々の鏡餅(?)に対する反応をアリアンロッドに伝えてみる。
 女神の一柱マッハは女神の責任とか気にせずおもちゃにして遊んでるとか、モンスターの王ことクロウ・クルーハ=黒崎潤は下らんとばかりに完全無視してるだとか、様々なモンスターやNPCの反応だとか、ケルヌンノスも力一杯遊び倒してたとか。
「………………はい?」
 思わずノートパソコンの中の話に反応するセレスティ。
「…今、行方不明な筈の人の名が出ませんでした?」
 ケルヌンノス――『白銀の姫』内でその名で示される者と言えば、現在行方不明な筈の人間、本宮秀隆。
 ああ、と画面内の浅葱はすかさず答えてくる。
『…いえね、本宮さんデフォルトのアスガルド世界に居たんですよついさっきまで。もうログアウトしたのか今は見当たりませんけど…。で、この鏡餅ですか? もう興味津々で…何か大喜びで楽しそうにこねくり回しつつ話し掛けたり爆笑したりしてました。…あの人らしいと言うか何と言うか子供みたいなワケわからない反応で』
 しみじみと言う浅葱。
「はぁ…そう来るんですか」
 あの人がこれに遭遇したらどんな反応をするんだろうと思ってみれば。
『一応コレ生きてるっぽく見えますから、それでじゃないかと』
 あの人、生命概念に関係しそうな事に対しては知識欲の奴隷みたいな感じで平気でプライド捨てますから。
 腕を組んで軽く考え込みつつ、浅葱。
 はい、と駿が手を挙げる。
「あの…本宮さんてどなたです?」
 いきなり出て来た――出てきたのみならず、画面の外、草間興信所の応接間の方に居るセレスティまで引っ掛かったその名前。
 んー、と雫が唸る。
「えーと。ソニックは『白銀の姫』事件は知ってたっけ?」
「話くらいなら。呪われたネットゲームとか何とか…一時騒いでいたような。直接関わった事はないけどね」
「んじゃ詳細は省くけど、本宮ってのはその『白銀の姫』事件の黒幕っぽい事してた元神聖都学園大学部助教授で、今現在国際指名手配されてる上にIO2にも追われてたり、本人も異能持ちなヤバい子供に攫われちゃって行方不明…って言うか行方どころかそもそも生きてるかどうかも不明ってところな人」
「…」
 雫が適当に纏めたそのハードな情報を含み置いた上で、浅葱の言っていた間の抜けた莫迦っぽい情報を聞くと何だか繋がらない事この上ない。
 駿は複雑そうな顔をする。
「…つまり…『白銀の姫』事件の時に皆さんの敵だった人、なんでしょうか?」
 その割には画面の中からも外からも、周囲の面子の反応にそれっぽいものが見えないが。
 やや納得が行かない様子の駿に、そうねぇ、と少し考えるようにシュラインが口を開く。
「本宮氏は敵って言うか…結果として協力するような形になりはしたのよね。味方かって言われるとそれは絶対違うって言い切れるけど。…大切な人にはあまり近付けたくない人、かな」
 …言っている事はちょっとシリアスだが、シュラインのその手は抜かりなくふにふにと手乗りにした鏡餅(?)の触感を楽しんでいる事に変わりは無い。
「取り敢えず、今のお話が本当ならば生きてはいらっしゃるようですね。…あの方が大喜びでこの鏡餅もどき遊び倒してる姿、見てみたい気もしますが」
 ちらりと笑いつつ、セレスティ。
 と、零が――やるせなさそうに緩く頭を振る。
「私は…今はそんな事より、目の前にあるこのお餅そのものの方がずっと問題だと思います。それは可愛らしいのかもしれませんけれども…でも、この状態ではいつまで経っても部屋が片付きません。ただ駆除してしまうのも勿体無い気がしますしそもそも駆除出来るのかどうかもわかりませんし…でも、増える一方のこのままの状態は何だか許せなくなってきました」
 鏡餅(?)だらけ。
 確かに、このままの状態では…色々と…色々と困る。
「…調教出来ませんかね?」
 セレスティがぽつり。
「それで、自ら片付いて頂けたりすれば一番だと思いますし。意志の疎通が出来れば何か解決法とかわかるかもしれませんしね…この鏡餅(?)が何を考えてるのかも興味深いですし」
「増殖しても…特に生長はしてないみたいよね。嬉しい事に触感も硬さも今のところ変化無し♪ …そうね、文字が解れば整列で文字作って心情等伝えてくれたら楽なんだけれども…平仮名とか教えたらわかるかしら?」
 シュラインも幸せそうにほっこり和みながらぽつり。
 はぁ、と武彦が溜息を吐く。
「…まぁ、とにかく何だかよくわからん内にこんな状態になっている訳だ…」
 駿に対してそう纏めると、最早諦めたような遠い目で漠然と鏡餅(?)を眺める。
 …よじよじにじにじ。
 へにょん。
 ぺしゃん。
 ふるふるふる。
 ぺたり。
 ぷに。
 …そんな擬音語を重ねたくなるような仕草――と言うか動きがそこかしこで続く。
「それより。そもそもソニック自身にもこの餅もどきくっついてるんだけど気付いてないんだー?」
 手許の鏡餅(?)をうにーと引っ張って弄くりつつ、雫が駿の姿をちらり。
 えっ、と駿は慌てて己が身を確かめる。
 と、肩に居た。
 二段重ねの真っ白な丸餅のような正体不明の物体が――切なげにふるふる震えつつ、ぴたっと健気にくっついている。
 一時停止。
 駿は暫くその肩乗り鏡餅(?)を見下ろしている。
 それから、ぽつり。
「…。…こんな風に擦り寄ってくれる娘が居たらなぁ…」
 はぁ、と溜息。
 おいおい、と武彦が呆れたような顔をする。
「…こんなもの見てまで思考がそっちに行くのかお前は」
「や、だって…仕方無いじゃないですか! シュラインさんと言うひとが居る草間さんに言われたくないですよっ!」
「おま…そういう問題じゃないだろ」
「そういう問題ですよ。きっと草間さんには僕の気持ちなんてわかってもらえる訳が…」
 と、駿が嘆くなり。
「…じゃあ餅とお付き合いしちゃえば?」
 無責任にあっさり言う雫。
 のみならず、何処から取り出したのかマジックペン一本をちゃき、と装備、キャップを取りつつ、駿の肩乗り鏡餅(?)ににょろにょろと女の子らしき顔を器用に描く。…案外上手い。
 そして、雫の手によるその『女の子の顔』の絵が描き上がった途端。
 顔が描かれたその鏡餅(?)が、駿の肩からふいっと浮いたかと思うと――さーっとまるで潮が引いていくように素早く何処かへ消え去ってしまった。
 …それまでのこの鏡餅(?)の移動速度から考えるに、有り得ないくらいの速さで。
「…」
「…」
「…」
「…」
「…餅に失恋って…さすがソニック。最早神の域じゃん」
「えっ、今の失恋なの!? …今年百人目が餅ってそんな!?」
 雫からさくりと言われ、へこむ駿。
「………………今年百人目って今年になってまだ五日しか経ってないんだが」
 ぼそりと武彦。
「おやおや、五日で百人の方に失恋ですか…凄いですね。失恋どころか声を掛けるだけでも大変だと思いますが」
 虫も殺さぬ柔らかな笑顔で挟んでくるセレスティ。
「いやあ、音速の失恋王だからそんなもんでしょ」
 平然ととどめを刺してくる雫。
 駿はいやいやいや、と必死になって話を止める。
「いや、九十九人目までは否定しませんけども、幾ら何でも餅は無いから。…これは単に落書きが餅を退散させる方法だったとか、餅がインクを嫌ったとか、何か科学変化が起きたとか、そういう類の。だから失恋とは無関係で」
「今年九十九人目、までは否定しないのね…風宮くん…」
 やや遠い目になりつつ、シュライン。
 雫はもっともらしく頭を振る。
「いやいやいや。百人目が餅、はソニックならありでしょ」
「いや絶対そんな事ないって違うって。…じゃあ雫ちゃんマジック貸してよ」
「? いいけど」
 取り敢えず言われた通りに雫は駿にマジックペンを渡す。と、駿は通りすがりの餅(?)を踏まないように気を付けつつ武彦の側まで移動、武彦に付いている餅(?)に先程雫が描いたような女の子の顔らしい絵を描いてみる。…こちらも妙に上手い。
 が、それでも武彦に付いている餅(?)には駿に付いていた餅(?)に起きたような変化無し。
 謎の鏡餅もどきは相変わらず切なげに震えつつ、武彦にはくっついたままでいる。…振動のせいか何だか絵の顔に変な表情が浮かんだりもしているが、変化らしい変化と言えばそれだけ。
「…。…あれ、おかしいな? …じゃあもう一回」
 と、駿は今度は零と雫に新たに付いていた餅(?)に、自分をモデルにした顔を描いてみる。
 途端。

 ………………鏡餅(?)、あえなく落下。

 しかも戻ろうとしない。動かない。震えない。
 ぽろりと落ちたそのままの姿で床に転がっている。シュラインが落ちたそれらをすかさず拾い、触感やら動きをひとまずチェック。
「…硬くなっちゃってる。何だかスーパーとかで商品として売ってる普通の鏡餅みたい」
 ついでに言うと、どうやら今餅(?)が落ちた零と雫の身には新たに発生もしていない。…ちなみにこれは駿の方も同じ。暫く様子を見ても、やっぱり新たな鏡餅(?)が発生する様子は無い。
「…やっぱり凄いですよ、風宮君」
 本気で感心してくるセレスティ。
 …確かにこうなってしまえば、音速の失恋王の霊験(?)で餅(?)が駆除できたと言う事は否定の仕様が無くなる気がする。…但し、効果があるのは本人と女性限定のようだが。
 駿、最早言葉も無く床に向かってがくりと膝を突き、滂沱の涙。…そこまで縁が無いのか、ソニック。
 ともあれ、限定的ながら――退散方法が判明したらしい。
 何やら立ち直れそうにない状態にあるそんな駿の横で、うーん、とセレスティが考え込む。
「女性の場合は風宮君流の方法で取れるとして…男性…草間さんや私に付いている物、その辺にいる震える鏡餅もどきさんたちについては…何か別にいい方法はあるのでしょうかねぇ…」
 考えながらセレスティは自分にくっついている餅(?)を撫でつつ小首を傾げる。傾げているそこで、撫でていた手を腕を沿うようにしてすーっと移動させてみる。と、その手の動きに一所懸命ついて来ようと移動を始める撫でられていた餅もどき。…いつの間にやら調教していたらしい――しかもある程度成功しているらしい。
 その様子を見て、おおー、とばかりに雫とシュラインがぱちぱちと拍手している。
「凄い凄い! さっすが総帥様♪」
「セレスさんの命令、ちゃんとわかるのね。凄いわ素敵♪」
「今の間ではこのくらいですけどねぇ…もう暫く時間を頂ければ」
「んー、折角だから私もやってみよっと。…このコたち声は…わかるのかしらね」
「そうですね、薄々わかってる様子はありますが…いまいち言い切れないので、私は手振りでやってみたんですけれど」
「手振りがわかるなら…じゃあまずは紙に書いて…あ、い、う、え、お、っと」
「あ、いっそケルヌンノスがやってたってゆーよーにこねくり回してみるとか? 直接ひらがなの形につくっちゃって、こうだよーって」
「…それは…何だか怖がってるみたいですけど」
 手近な餅(?)を実際に手許でぎゅーと引っ張って伸ばして文字らしき形を作りながら、零。
「…実行するの早いですね、零嬢」
 まぁ、取り敢えず形は変えられるみたいですが。
「…お餅ですから伸びるかと思いましてやってみました」
 びくびく。
 ふるふる。
 るー。
 くすん。
「…」
「うーん…無理矢理はちょっと可哀想かも。ほらほら、この紙の上に書いてある平仮名見えるかな?」
 ちゅーもーく、と幼子にでも言い聞かせるように言いつつ、真面目に餅(?)に向かって平仮名講習を開始するシュライン。…いやそもそもこの餅(?)に目が――視覚があるのかどうかすらいまいち謎ではあるが。
 何だかんだとやっているそれらの様子を見、はぁ、と武彦が溜息を吐く。
「………………お前ら、確実に楽しんでるだろ」
「だって」
「ま、こうなってしまったからにはもう楽しんだ方が勝ちかと思いまして。草間さんには、何かいい案がありますか?」
 これらの餅(?)を上手く退散させられるような。
「…。…そうだなぁ…確かに、風宮程の覿面に効くような案は思い付きそうにないな」
「…って何で俺の案って事になってるんですかっ! 初めに落書きしたの雫ちゃんでしょう!」
「それでも風宮が風宮であるからこそ瀬名の落書きが効いた訳なんだろうからな」
「そうそう。ソニックが音速の失恋王だったからこそ効果覿面だったんだから。ソニックがとことんモテないからこそ役に立った! モテなくても悪い事ばっかりじゃないじゃん。ね?」
「………………それ素直に喜べないんですけど、って言うかむしろ凄い敗北感が…」
 音速の失恋王、また、がくり。
 まぁまぁ、とシュラインが間に入る。
「わざわざ頑張って退散させようとしなくても、そもそもこんな至福の時間が続くのは今だけなのかもしれないし。ほら、これが本当にお餅で、お正月に関係してるなら…例えば、鏡開きの日に全部取れたりするかもしれないでしょ?」
 風宮くんの顔が描かれて落ちた餅(?)みたいに。
 シュラインのその科白に、ふむ、と頷くセレスティ。
「もしそうなら、まだ日がある事になりますね」
「そうなの。だから、それまでこの状態が続くなら…☆」
 そこまで言いながら、シュラインはうっとり。
 一方の武彦は、がくり。
「…。…シュライン、あのな」
「ん。…でもでも、それで取れたなら…そうしたら食べてみるのも良いかなって思ったの。今風宮くんの方法で落ちたのを見る限り、普通のお餅っぽかったし…本当に問題無い普通のお餅だって結果なら、事務所の非常食に出来たら嬉しいなって思って。…でも動いていたようだし残念だけど違うのかしら」
「確かにそこだよな問題は」
 本物の餅か、否か。
 一応、本物の餅なら――処理の仕様も思い付く。いざとなったら食えば片付く…筈。…但し、ふるふる動いている――いた――以上は、少なくともただの餅とも思い難い。
 と。
 そんな話になったところで、またじりりりんと電話が鳴り出した。再び、びくっと黒電話にくっ付いていた餅もどきは停止。が、慌てず騒がず全く動じず、武彦はまたも先程同様丁寧に餅(?)を払って電話を確保、平然と通話に出る。
 通話に出るなり。
 受話器を耳に当てていた武彦のみならず、他の面子の耳にまで届くデカい声が響いた。

(おお、やっと出たか。あけましてめでたい事にラン・ファー様からの電話だ。どうだ新年仕事始めのそちらの状況は? お前にもどうせ餅など付いているのだろう草間。…いや草間興信所と言う場所もまた騒ぎが起きるのが相場だ恐らくはお前に付いているだけでもあるまい。どれだけある? …いや訊くまでもなかろう私が通りすがりに見た街の状況からして私の今居るアトラスの状況からしてそちらに無い訳は無い。人の立寄りもまた多いのが草間興信所と言う場所だろうからな。…いやむしろ草間興信所と言う魔窟ならばこの餅についてもより期待出来そうだな? …してみよう。よしした。…ではこれから鳥娘と共にそちらを強襲する事にする。数多の雑煮を美都なる幽霊娘に馳走になり他にも数多の活きの良い餅料理を平らげた結果、どうやらここアトラスでは餅の量がそろそろ足りなくなってきたのでな。さすがにそろそろ三下からも取れなくなってきた。山程付いていたのに不甲斐無い事だ。まぁ仕方あるまいが。
 …では事前に連絡はしたぞ。またな)
 切。
 つー、つー、つー。

 …。

 暫く切られた後の音を聞いてから、武彦は漸く受話器を置く。
 何やら、こちらで一言も話さない内に一方的に捲し立てられた上、一方的に切られた。
 電話だったと言うのに口を挟む間が無い。

 …。

「新年早々言うに事欠いて人んちを魔窟呼ばわりか…?」
「って言うか…普通に食べてるんだ…?」

 この、餅もどき。



■判明?

 …震える餅もどきの踊り食いは『あり』らしい。
 暫し後、電話での一方的な宣言通り草間興信所を強襲したラン・ファーと鳥娘――海原みあおは、ここでもまたアトラスで編集部員を巻き込み試みていたのと同様に、鏡餅(?)を平然と――いやむしろ嬉々として捕獲、様々な調理法を施し食していた。
 ちなみに彼ら二人には更に連れが居る。
 幻美都に三下忠雄、アトラス編集部員数名。
 …何事かと思えば三下はじめアトラス編集部員まで来たのはどうやらここに来る前の時点で作成した雑煮の汁やら具材を草間興信所まで運ぶ手伝いをさせられた結果であるらしい。…保温ポットやら何やらとキャンプの如き重装備の彼らから持参した餅料理の道具を渡され、成り行きでシュラインと零、そして駿まで手伝って興信所の台所にそれらをセッティング…と言う事態になる。
 そして正月らしく着物姿なみあおの背中には、幽霊である美都が現世に留まる為の依代でもあるピンクのウサギのぬいぐるみが背負われていたりもする――美都の事は連れて来る気で連れて来たらしい。…どうでもいいがいつも継ぎ接ぎデザインなウサギのぬいぐるみを背負っている零と微妙に格好がお揃いでもある。
 ランの持参した七輪でじりじりと焼かれつつ、きゃーとばかりにのたうち回る餅(…?)の姿を見て武彦はまたがくり。…食う食わない以前に何か残酷なモノを連想させはしないか。いいのかコレは。
 思っている間にもみあおが美都によそってもらった福井風かぶら雑煮の中身、汁の中酔っぱらったような妙に緩慢な動きを見せる餅(…?)に齧り付き、ぐーっと引っ張って伸ばしつつ――齧り付かれ引っ張られた時点で餅(…?)はじたばたと必死で暴れているような姿を見せているのだが気にも留めず――食べていたりする。…何だか餅(…?)の悲鳴が聞こえてきそうな場面である。
 …にも拘らずその様子を平然と見守っているセレスティ。…自分が食べる気には到底なれないが、食べたい人が食べている分には特に邪魔をするつもりも無い訳で。実際、強襲組の用意で足り、使う必要はなさそうなので取り出す事はしていないが――こうなる可能性も見越して餅料理に使いそうな道具も密かに持参してはあったので。
 そうこうしている内に、七輪上の餅がこんがりぷっくり焼きあがる。
 焼かれてもまだ、ふるふるふると小刻みに…力無く震えている。

 …。

 何だか見ていてシュラインは少々切なくなってきた。
 雫はと言うと餅(…?)にとっては阿鼻叫喚っぽい目の前の状況にやや顔を引き攣らせている。
 …ランは興信所組のそんな様子に漸く気付き、焼けた餅(…?)を取り上げようとしていた箸を止める。
「どうした? 普通に美味いぞ? 食わんのか?」
 何でもないようにあっさりと言ってのけ、また別の雑煮――美都手製の関東ベーシックな醤油味汁――などの用意を、取り敢えず近場に居た駿に当然のように所望している。
 駿、勢いと成り行きで手伝わされてしまってはいたが――汁をよそる為に改めて椀を持たされたその段で漸く我に返る。
「…ってあの、そもそもこれ、食べていいモノな訳!?」
 思わず語尾が裏返る。
「ん? 別に食えるが。…なんだ? これは餅の形をしているのに食べていいモノではないと言うのか?」
「いや、だって…動いてるし」
「動いてろうがなんだ、餅は餅だろう。餅とてたまには動きたくなる事があってもおかしくあるまい」
「…いやおかしいから」
「そうかお前はおかしいと思うのか。…ん? いや形が餅でも作り物と言う場合もあるな? レストランのショーウィンドウに置かれているメニューのレプリカ然り…アレは動くどころか固まっているものだが少なくとも形は本物そっくりだ…ならば形が餅でも本物の餅でない場合もある訳か…けしからん」
「…はい?」
「餅の形をしているのに食べられない事こそおかしいではないか! 食べてはいけないモノであるならば餅の形などするではない紛らわしい! この私が餅ではない形にしてやる!」
 と。
 ランはその辺ににじにじと歩いていた餅(…?)をおもむろに手に掴むと、ぐーっと引き伸ばしこねくり回し何やら別の形に成型を始める。
「…」
 駿、停止。…いやそんな事をしろとは別に。
 茫然と思っているそこに、みあおがひょこりと首を突っ込んで来る。
「風宮、何で食べちゃ駄目なの? 美味しいよ? 幸せの青い鳥なみあおの霊羽の効果も付いてるからたぶん心配ないし!」
 みあおは砂糖醤油に付けた焼餅(…?)をびろーんと見せ付けつつ、えっへん。
 でもあげないよとばかりに、その餅(…?)は自分でぱくり。
 …餅(…?)の方が意思あるように震えているので何処となく猟奇的な図でもある。
 形自体は鏡餅なんだが。
 それら一連の様子を見、駿は、はぁ、と溜息。
 …何だかこの状況に対して最早何も言わない方がいい気がして来た。
 と、既に達観の域に入っている武彦がそんな駿の肩をぽむ。
 相変わらず素知らぬ様子で床には鏡餅(…?)がにじにじにじ。



 黙ってそれらをのんびり見守っていたセレスティが、ここまで来て漸く口を開く。
「ところで…この『餅』の生まれているところ?と言うか発生原因の場所が何処なのか…そろそろ気になるところじゃありませんか?」
 何処から来たのか――どういった理由でコレが始まったのか。
 そんな怪しげな物を作ったり、生まれさせてしまうような人って何方だっただろうか。
 セレスティは思い付くままに挙げてみる。
 言われた途端、はぁ、と武彦は溜息。
「…そろそろ、って言うかもっと早くその話に行くべきだったんじゃないか…?」
「いえ…折角この現象を楽しんでらっしゃる方もいらっしゃる事ですし、盛り上がっているところで水を差してしまってはよくないかとも思いましてね。まぁ、先程話に出ました本宮さんも心当たりの候補ではあったんですがどうも違うようですし…ここはやっぱり仙人さんでしょうか」
「あ、油烟墨のおじ様とか」
 と。
 シュラインが指摘した途端。
 相変わらずネットの――『白銀の姫』派生世界に繋がったままだったりするノートパソコンの中の方から返事が来た。
 聞こえた声の主は脳天気そうな金髪のツインテール。
『あ、それは違うってルチルアちゃんさっき聞きましたよ?』
 …先程、アトラスからアクセスがありまして。
 エルちゃんが湖藍灰ちゃんにそう聞いたら湖藍灰ちゃんが油烟墨はじゃぱにーずくらしっくなネタはせんもんがいとか言ってたってそんな話を聞かせてくれました。で、ケルヌンノスちゃんが途中から入って来て、何か難しい話してたなと思ったら…そのうち、湖藍灰ちゃんが何かこのお餅と似てるもの思い出したとかで何処かへ行こうとしまして、それをエルちゃんがすかさず止めて…止めたら何か編集長ですか? その麗香ちゃんが怖い顔してて湖藍灰ちゃんにあなたがげんきょうか! とかなんとか…そしたら湖藍灰ちゃんが、いやこれまでに食されたお餅のおんねんが人間にふくしゅうをね、とか頑張って言い張ってましたけど。
「…。…それさっきみあおがアトラスで言った説のような気がするんだけど」
 御餅の怨念が云々の説。
「うむ。私も聞いたな。この鳥娘が確かにそう口にしたのを。…その説が有力であると言う事か? いやそれにしては湖藍灰とやらの様子がいまいち挙動不審なように聞こえるが気のせいか?」
「…いやそれ、その説が有力って言うか、その子の説をその湖藍灰って人が…旗色が悪くなったところで咄嗟にパクったってだけの話じゃ?」

 …。

「これってひょっとして…そういう事になる訳?」
 油烟墨のおじ様じゃないにしろ、やっぱり仙人が元凶、と。
「…みたいですね」
 ルチルアからの伝聞では詳細はよくわからないにしろ、どうやら今回の原因は、歩く傍迷惑第二号。



■それから。

 …ノートパソコンの向こう側のルチルア曰く。
 何故か再び現れたらしいケルヌンノス――本宮がこの鏡餅もどきに関する何かを掴んだんだか推理して、『白銀の姫』派生世界を通じ湖藍灰にその旨言ってみたら、湖藍灰の方で何か都合の悪い心当たりを思い出した、と言うところであるらしい。
 何やら宝貝がどうのと言う話ではあるらしいが、詳細については口を濁して言おうとしない。油烟墨はジャパニーズクラシックなネタは専門外でも湖藍灰の方はそうでもないらしい――考えてみれば彼が弟子に付けたと言う名字も日本固有の色名、充分ジャパニーズクラシックである。
 ともあれ、原因らしき人物は判明した。
 …判明したが。



 …それで特に何か変わる事も無かった。
 アトラスからの強襲組ことみあおとランは連れて来た美都や三下を翻弄しつつ、相変わらず餅(?)を捕獲の上調理して食べまくっていたり。…一応、食べれば食べた分だけ餅(?)の数が減りはしていたりする。これもまた撃退法は撃退法らしい。
 セレスティはほんの余興がてら手許の餅(?)を調教、何やら手の動きに合わせてふらふらくるくると踊るようにまで仕上げていたり。
 シュラインもまた本格的に餅(?)に対して平仮名講習始めたり――そして講義を理解したのかふるふると健気に震えつつ自ら形を変えようと努力している餅(?)の姿まであって感動していたり。
 ソニック式の女性限定な餅(?)撃退方法(…)が、興信所の外に赴いてみた雫と零の手によりあちこちで必殺技ちっくに展開されていたり――せめて一度くらい『落ちない例外』が起きないものかとそちらに同行し横で見ていた駿が、結局『例外』が出そうにない事に絶望しつつ、ソニック式餅(?)撃退方法で落ちた餅(?)を興信所非常食の為に拾い集めていたり。…そのあまりにあんまりな撃退法もいつの間にやらあちこちに広まって少しずつだが実行されていたりする。
 どうやら元凶らしい湖藍灰が、麗香と武彦から何とかしろ&詳細教えなさい記事のネタにするからと吊るし上げ食らっていたり。

 …と、そんな感じで、皆それぞれ独自の対処法(?)を展開しつつ、仕事初めな筈の本日の貴重な時間は全然仕事とは関係無い事で刻々と過ぎていく事になる。



 そしてそんな調子で暫し後。
 皆の地道な活躍(…?)で鏡餅もどきはほんの少しずつだが経っていき、一応の終息――と言うか、少なくともその展望は見え始めたのだが。



 …都内某所、何処ぞの道端。
 何だかんだで結構減ったとは言え、まだやっぱりにょこにょこと鏡餅もどきが這っている。

 そこに通りすがった、足取りも軽い元気そうな――道服姿に長い白髪と鬚を生やした小柄な御老人。
 鏡餅もどきの存在に気付くなり足を止める。
 にょこにょこ這っているその鏡餅もどきを暫し見下ろし、それからおもむろに拾い上げる。
 ふるふるふる。
 震えている。
「…なんじゃこりゃ」
 餅。
 …の、ような。
 けれど動いている。
 普通の物体ではない。

 …暫し考える。
 それから――程無く何かいい事を思い付いたように髭をつるりと撫でて、にやり。

 不意ににやりと笑ったその小柄な御老人――久々に人界に出向いていた鬼・油烟墨は拾い上げた鏡餅もどきを取り敢えず服の袖に放り込む。
 それから、再び何事も無かったように歩き出した。
 …それまでより何処となく楽しそうに。

【了】


×××××××××××××××××××××××××××
    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
×××××××××××××××××××××××××××

 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

 ■1415/海原・みあお(うなばら・-)
 女/13歳/小学生

 ■6224/ラン・ファー
 女/18歳/斡旋業

 ■2980/風宮・駿(かざみや・しゅん)
 男/23歳/記憶喪失中 ソニックライダー(?)

 ■1883/セレスティ・カーニンガム
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

 ■0086/シュライン・エマ
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

 ※表記は発注の順番になっております。

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■お声掛かりのあったNPC(公式→□/手前→■)

 □三下・忠雄(オープニングより登場)
 □碇・麗香(〃)
 ■幻・美都
 □瀬名・雫(〃)
 ■本宮・秀隆
 □草間・武彦(〃)
 □草間・零(〃)
 ■鬼・油烟墨(…?)

 ※表記は発注者順の上、プレイングにて名前出された順で。

■他、オープニングシナリオに登場してたNPCやらそれ以外のNPCやら適当に登場しています。

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          ライター通信
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 皆様、いつも御世話になっております。
 今更ながら今年も宜しくお願い致します(礼)
 …初めに発注頂けました海原みあお様には日数上乗せの上にほぼ納期ぎりぎり、と大変お待たせしました。

 何だか色々余計な方向にも行ってしまい相変わらず本文が長引いておりますが…こんな結果ノベルになりました。
 時期は結局正月な感じです。真っ向お正月モードな海原みあお様がいらっしゃったので。…久々の美都へのお声掛けも有難う御座います。
 そして今回の原因は…結局、変化球気味に仙人になりました。…知らん顔してオープニング時点から元凶が居たようです。詳細不明のままですけれども(汗)
 最後に油烟墨がひょっこり出て来て、何か含み持たせてにやり、と言う不穏さ(…)はシュライン・エマ様のプレイングから転がりそんな事に。プレイングはほのぼの和み系路線で行って下さってるのに…どうして私はこうなるんだろうと思いつつ…。
 それから…唯一(完全ではないにしろ)解決法まで作り込んで下さった風宮駿様ですが…ノベル内時期が正月仕事初めタイミングになったので「今年百人目」が「2009年になって五日で百人目」になってしまいました(…)がよかったんでしょうか…(汗)。…発注自体は一応今年になってからでしたが…。
 ラン・ファー様についてはキャラクター性やプレイングに甘えて言動をいつも暴走させて頂いている気がしてなりません(汗)

 で、過去イベントになる『白銀の姫』の面子がいきなり出て来たのはセレスティ・カーニンガム様からちらっとお声掛かりのあった本宮の話を出す為にだけだったりします。…うちの浅葱は事件経た今でも以前通り変わらず本宮慕ってる方向にしてますんで…そしてルチルアはその辺全く拘らなさそうなので…他のNPCでは本宮には何かわだかまりがあって一歩間違うと話が深刻になりそうですが、浅葱とルチルアに限ってなら平然と本宮の話題も出しそうなのでこうなりました。回りくどくてすみません。…いえ、何だか本宮本人が直接出て来ると更に色々と余計な事になりそうな気がしたのでこんな形に…(汗)
 ちなみにこの『白銀の姫』絡みの基本設定は、イベント当時に当方の手掛けた分の『白銀の姫』の結末が元になってます(→異界個室、副室内情報にある程度纏めてはあります)

 …にしても、和み系なんだかめでたいんだか気味悪いんだか下手すりゃ猟奇的でもあるような訳のわからないネタを出してしまったなぁとしみじみ思います…そんな謎な話にお付き合い頂けまして有難う御座いました。

 如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いです。
 では、またお気が向かれましたらその時は(礼)

 深海残月 拝