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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


■ 闇に消える鬼の手

「‥‥マジか。またか」
 人探し。
 怪奇現象とは無縁の仕事だと思っていた。
 ハードボイルドとはかけ離れた、ごくごく普通の依頼ではあった。が。
 人より3倍もある赤い腕が攫っていったという。
「鬼の手か?」
 草間武彦はため息をついて、吸っていたタバコを携帯灰皿へ押し付けた。


 婚前旅行にと長浜に行った1日目。
 男が行方不明になったそうだ。
 男は結婚に乗り気ではなかったのだが、周りも女の方も男を焦らすように騒ぎ立てており、それで行方をくらましたのではないかと依頼主は言っていた。
 会社にも実家にも音無さなく、会社の友人・知人にも連絡がなかったため、疎遠になった友人宅にでもいるのではないか、と。
 別れるにしても後味悪いので探して欲しいとの事だったが‥‥。
「囮をするにしろ、地道に探すにしろ、鬼が相手じゃ人手が必要だな‥‥」
 男と同じように行方不明になっている者が多く、調査している間、ついでとばかりに、この街の人達からも調査依頼を受けてしまった草間である。
 重々しい溜息が、その口から吐き出された。


 草間武彦から、電話をもらったものの、仕事の関係上4日後には行けるが、当日から出向くのは無理だと判断した夜神潤は、現地に行けるまではネットを使用し、情報を集めることにした。
「死因は、衰弱死、餓死‥‥と、自殺?」
 見つかるまでの時間は、早くて1ヶ月、と。
 行方不明者はひとりでフラリと夜に出かけることが多い。
 鬼の手が発見されるのは、件の湖の畔のみ、か。
 行方不明になった人達がどこにいるのかは解らないが、消えるのは、多分その場所だけだろう。
 鬼の手が出現してはいるが、死体自体に傷がついていない事を考えると、肉体的な殺害が目的ではないのは明らか。
 精神的な所に、何か危害を加えているのかもしれないが‥‥。
 それを死体の状況から推測するのは難しい。
 行方不明者の年齢、性別に統一性はないし、失踪する日にも統一性が見られない。
 ‥‥他に。何か、ないか。


 行方不明者の日記、プログ、と。開設している人の分のみではあるが、軽く目を通していく。
 そうして、見ていて気にかかるのは。
 3分の1の割合で、自殺に対する願望が書かれていたことだ。
 関係ないのかもしれない。
 しかし、そんな自殺願望をネットで公開している日記やプログに簡単に書き込む人間がそう多くはないのに。
 比率を考えると、異常に多い。
 死因にも、自殺しているパターンがある。
 他の事件と混同してしまったのではないかと、資料を見た時は思ったものだが。
 自殺願望者。
 もしかしたら、それが行方不明者達の共通点なのかもしれない。


 3日後。
 仕事が早くに終わり、夜神は夕方の新幹線に乗って草間が待つ地へと向かう。
 次の日はオフだ。
 その間に事件を解決しなければ、その地を踏むのは、また次のオフまでお預けとなる。
 鬼が住まう地で充分に活動できるよう、夜神は新幹線の中でゆっくりと目をつぶった。


「よぉ、わりぃな」
 ホームに降り立った夜神を迎えたのは、煙草をふかした草間武彦だ。
「武彦、なにか他に発見あったか」
「死体発見した奴らの中で一人面白いコトを言っていた奴がいた。空間から落ちてきたってな。見間違いだろうと笑ってたが‥‥気にかかるだろ」
 にやり、と笑って、草間はホームの灰皿に煙草を落とした。
「空間‥‥それで、俺向きだと? にしては、その話を聞くのは初耳だな」
 電話で『潤向きなんだ』と強く押してきた草間の様子を思い出す。
「いや、だってさ、鬼の手だけっつーのが、気にかかるだろ。テレポートとか、どっちにしろ空間系かな、と」
 たははは、と笑ってみせた草間の様子から見ると、どう考えても推測でしかなかった時点で夜神に電話をかけてきたようだ。
「‥‥大雑把な。ただの手だけだったかもしれないし、俺の力が役に立つとは限らないのに」
 呆れ声を残し、スタスタと階段に向かう夜神の後を、草間が追う。
「それでも、充分に戦力になるしな」
 夜神はピクリ、と眉を吊り上げて草間を見やる。
「‥‥戦闘系は苦手なんだ」
「おまえ、冗談がうまいな」
 明るく笑う草間は、夜神の言葉を全くもって信用していない。
 確かに、今までの経歴を考えると、信用は出来ないのだが。
「‥‥あのな」
 夜神は、軽くめまいを覚えた。


 お互いに囮になるのは難しいのではないか、と。結論がでたものの、まずは現場を見ようと、湖へ向かう。
 砂を踏みしめた夜神が、ある一点を迷いなく指差した。
「囮役は必要なさそうだ。あそこだろう、鬼の手が出た場所は」
「そうだ。なんだ、何か見えるのか」
「空間に引っかき傷みたいなのが付いている。開いてはいないが‥‥正常な空間ではないだろ。あそこを開けば、最低でも手掛かりがつかめるはずだ」
 ザッザッ、と。音を立てて歩く二人の足音のみが、月のない星光だけの夜に鳴り響く。
 不思議と、周りには誰もいない。
 ここでは、鬼の手の話は有名なのかもしれない。
「オフィーリア」
 夜神がその名を呼ぶと、彼を守護する闇色の美しい鳥がどこからともなく現れ、夜神が差し伸ばしたその手に止まる。
 鬼がいるかもしれないからな。と、小さく呟き、夜神はオファーリアの羽をゆっくりと撫でる。
「いくぞ」
「おぅ、こっちはいつでもOKだ」
 静かに手を掲げた夜神の手が、無造作に空間を裂く。
「ゴオオオォォオオオ」
 地獄から響くような唸り声。声ではないのかもしれない、音なのかもしれない。
 夜神達より2倍も3倍も大きな赤鬼がそこにいた。
 赤く黒く渦巻く空間。
 本来なら広いはずのその空間は、赤鬼がそこにいるだけで、狭く‥‥いや。
 狭く感じるのは、赤鬼だけではない、何百人もの人間が空間の隅で転がっているからだ。
 誰一人動かない。生きているのか死んでいるのかも解らない。
 警戒するように、オファーリアが羽ばたき。
「‥‥なんとかなるか?」
 草間も、にやりと笑みを浮かべて戦闘体勢に入る。
 しかし。
「ちょっと待ってくれ。鬼は俺達を襲う気はないようだし、そこにいる人達も、誰一人食われた様子はない。殺戮が目的じゃないのではないか?」
「‥‥そうだな。なら、何が目的なんだ」
 しーん。
 しかし、鬼は草間の問いに答えず、
 赤黒い目は半開かせて、ぼんやりと宙を見つめている。
「寝てんのか、これ」
 警戒心をなくした草間が、呆れた溜息をついて、夜神を見ながら赤鬼を指差す。
「目開いているし、寝てる風でもない‥‥それなら、今のうちに救出を」
 赤鬼から目を離さず、被害者達に駆け寄る夜神。草間も夜神にならい、倒れている人達を担ぎ上げる。
 手早く、空間の外に出ようとする夜神と草間だったが。
「グゥゥ‥‥連れてくな、空間に歪がぁああああ!!」
「「ぐわ!!」」
 鬼が背負った人も含め夜神と草間を引っつかみ、空間の中に放り込んだ。
「いててて‥‥」
 背中をしたたかに打ち、起き上がるが。
 それ以上の攻撃はなく。
 鬼は力なく、そこに佇む。
 開いている空間の裂け目を力なく、その濁った瞳で見つめ。
「死を呼ぶ、空間が開く‥‥呼ばなくなったら、いらない‥‥」
 ぶつぶつと、子供のように、意識がないかのように呟く。
 符号が噛み合う。
 あの場所、あの時間に自殺願望を持った人間が近づくと、鬼が住むこの空間が歪んでしまうのだ。
 それを嫌う鬼が、原因となる人間をこの空間に引きずり込んだ辺りが真相ではないだろうか。
 人間が死んでしまえば、空間を歪ませる事もないから、ここから捨てる。
 だから、発見される時は必ず死体なのだ。
「なるほど。空間が開かなければいいんだな」
 ここの空間を見つけたときの違和感を思い出し。正常に戻せば、こういう現象もないだろうと。夜神は自分の手の見つめる。
「ああ、俺はゆっくり眠りたい‥‥」
 鬼の気の抜けた様子は寝不足からだったようだ。
「この人達がここから出ても、空間に綻びがないよう修正するが、どうだろうか?」
「出来るのか?」
 不思議そうな鬼の言葉に苦笑を浮かべる。
「さて? やるだけの事はやるつもりだがな」
「お前なら、問題ねぇだろ」
 謙虚だな、と笑って、夜神の肩を叩く草間の言葉に。
「わかった」
 安心したかのような優しい笑みを鬼は浮かべた。
 ずるずると。流れるように鬼の空間から人間達が静かに落ちていく。
 夜神も草間も、砂浜に着地して、空間を見つめる。
 裂かれていただけの空間が、不安定に。霞むように歪んでいく。
 そうして、夜神がゆっくりと空間の境目をなでると、徐々に空間の裂け目がはっきりと見え、歪みが直り、縮こまり――――消えた。
「お見事」
 草間がうっすら笑みを浮かべたその瞬間、バリッと空間が開き、鬼の手が。
 身構える、草間とオファーリア。
 静かに手を見つめ、様子を伺う夜神の頭上に、鬼が小さな石のようなモノを落としていき。
「お守りぐらいにはなるだろう‥‥。ありがとう」
 空間は閉じ、鬼も消え。
 夜神の手の中には、牙らしきものが残った。
「ありがとう、オファーリア」
 ゆったりと笑みを浮かべた夜神に頷いて、オファーリアは羽ばたき、空高く、闇の中へと消え去った。
 200人以上もの被害者の山。
 生きているか死んでいるか解らないが、鬼の言葉通りであるならば、ここにいる人達は生きているはずだ。
 夜神、草間は人々に駆け寄り、抱き起こす。
 顔色は死人のように悪い。
 体温も低くてとてもじゃないが、生きているとは思えないが、僅かに鼓動を感じる。息遣いが聞こえる。
「とにかく、病院に電話をかけ‥‥」
 一度立ち上がった草間だったが。あー、と溜息をついて、手を振った。
「悪い、潤行って来てくれ。お前が介抱してるんじゃ、被害者達が気付いた時に騒ぎ出すからな。そのまま、ホテルに直行してくれ」
「しかし」
 この状態をほっておけと言うのは余りにも非情ではないか?
「俺が一人で介抱するより、お前さんがいて騒ぎだされる方が面倒だ」
 ぐるり、と周りを見渡し。
 いくらアイドルだと気付いたからと、今のこの状況で騒ぐ元気はないのではないかと思いはするが‥‥。
 最悪な事態を想像し。
 多少でも不安要素があるのであれば、と。深く頷いて。
「わかった。ホテルに戻る」
「おー、今日はゆっくり休めよ」


 ホテルのTVで、行方不明者たちが無事に救出された事を知らせるニュースが流れる。
 幾人かは、病院に担ぎ込まれた後、死んでしまった者もいた。
 元気な者は元気で。『夜神潤がいたのー♪』と嬉しそうに声を上げる女子高校生を見ていると、自殺志願者には見えず。思わず笑ってしまった夜神であった。



END



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7038 / 夜神・潤 (やがみ・じゅん) / 男性 / 200歳 / 禁忌の存在】