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<東京怪談・PCゲームノベル>


 時など要らぬ

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 何故、どうして。誰にも何も告げずに姿を消したのか。
 失踪の理由は何なのか。本人に直接聞かねば、それは理解らない。
 別に1人くらいいなくても問題ないだなんて、そんなことは断じてない。
 いつでも仕事は入るから、皆、それぞれの仕事を全うしているけれど、
 内心はソワソワしている。そりゃあ、そうだ。仲間が一人欠けたのだから。
 このまま放置するのは、色々な意味で良くない気がする。
 士気面にしても、勢力的な面にしても。
 けれど、どこにいるのか理解らないが故に、手の施しようがない。
 そもそも、見つけたところで、何になるだろうか。
 何も告げずに失踪したのには、それなりの理由があるはずだ。
 戻って来いだなんて言えるはずもない。
 失踪の理由が不満に該当するようなものであれば尚更だ。
 そう思っているからこそ、誰も動こうとしない。
 どうすれば良いのか理解らぬまま、ただ待つことしか出来ない。
 そんな状況が続いて、何日目になるだろう。
 このままで良いのか……?
 待つことが正解なのか……?
 皆も、同じ想いなのだろうか。
 自室で膝を抱え、一人、物思いに耽る。

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 もう無理だ。もう限界だよ。我慢できない……。
 誰かが言い出してくれるのを、心のどこかで待っていたところはあると思う。
 そうしたら、すぐさま同意しようって思ってた。
 自分から言い出すことが出来なかったのは、どうしてかな……。
 やっぱり、あのビルの屋上での出来事が引っかかってたのかな……。
 そこにいたことは確かなのに、捕まえることが出来なかった。
 捕まえられなかったことが悔しいんじゃなくて。
 捕まえさせてくれなかったことが悔しくて切なくて。
 探しに来いって、見つけてごらんって言われてるような気がしたのに。
 聞き間違いだったのかなって思うと……自信がなくなった。
 それに、あなたに見つかる気がないのなら、探しても無駄だと言い聞かせてた。
 でも、違う。無駄なことだなんて、思ってなかったじゃないか。
 どうしてだろう、どうして、逃げていくんだろうって。
 何か僕がいけないことをしたのかもしれないって。
 どうすれば、あなたの手を掴むことが出来るか、
 引き寄せることが出来るか、ずっと考えていたじゃないか。
 自信がない? そんなこと言ったら、きっと笑われる。
 何で、そんなに情けないことを言うんだって笑われる。
 理由があるんだ。
 あなたが消えたことには、何か大きな理由がある。
 信じてるから。大好きだから。もう、迷わないよ。
 あなたが見つけさせてくれないのなら、強引にでも……捕まえてしまえばいいだけの話。
「……ナナセ」
「何?」
「フラウリスの香りは……完成したの?」
「えぇ。昨晩にね。ここにあるわよ」
「借りても……いいかな」
「役に立つのなら」
「ありがとう……」
 ウルルの葉から作る芳香剤、フラウリス。
 Jとナナセの共作であるそれが完成したのなら、勿論持って行く。
 あんなに楽しみにしてたんだ。あんなに一生懸命だったんだ。
 きっと、早く手にしたいに違いない。
 あなたを見つけたら、その手に渡してあげる。
 待ち望んだ香りが完成したよって。ナナセが一人でも頑張ってくれたよって。
 あなたのことを想っている人が、僕だけじゃないことを理解らせてあげるんだ。
 ナナセから受け取った、フラウリスの香りが封じられた小瓶を懐にしまい、頷いたクレタ。
 クレタが頷くと同時に、向かいに座っていたキジルも頷いた。
「こんなところかな」
「ありがとう……キジル」
「忠実に再現されてる、はずだよ」
「うん……」
 キジルから受け取ったのは、白い紙。
 サラサラの触り心地が和紙によく似ている、その紙には地図が描かれている。
 シンプルでこそあるものの、その地図はクロノクロイツを地図として描いたものだ。
 描いたキジル本人が言うとおり、ほぼ忠実に再現されている。
 こうして見ると、ここって本当に広いね……。
 とはいえ、これも一部でしかないんだろうな。
 クロノクロイツは無限に広がっている闇の世界。
 僕達が足を踏み入れていない場所なんて、まだまだ数え切れないほどあるんだろうから。
 現時点で理解っている限りの構造を忠実に再現した地図。
 これを見ながら、気になるところを、虱潰しにあたっていけば、いつかはきっと。
 この空間のどこかにいる。それは理解ってるんだ。
 だって、心に、頭に響く、あなたの鼓動が、とても鮮明に聞こえるから。
 手も声も届かないほど遠くにいるならば、こんなにも鮮明に聞こえることはないはず……。
 地図を懐にしまい、クレタは顔を上げて見回した。
 時守らの居住空間ギルド、その中央ホールには、見慣れた仲間が勢揃いしている。
 仲間達一人一人の目を確認するように見やり、クレタは暫し沈黙。
 シンと静まり返って、数分が経過したとき。
 クレタは、それまでに心の中で纏めていた気持ちの吐露を始めた。
 あのね、皆。僕は……Jを追いかけて捕まえて問い詰めたいわけじゃないんだ。
 ただ、逢いたい。ただ、心配に思ってるんだ。
 これは僕の勝手な推測だけれど、
 この空間……クロノクロイツ全域に関わる何かが起きているんじゃないかと思う。
 Jはね、きっと、一人でそれを解決しに行ったんだと思うんだ。
 誰にも心配や迷惑をかけないように、たった一人で。
 まぁ、結局のところ、こうして、僕や皆を心配させているんだけれど……。
 あの人はね、優しすぎるんだ。僕だってチカラになりたいのに。
 僕や皆が危険な目に遭うくらいならって、何でも一人でやってしまう。
 そういう性格だから、どうしようもないのかもしれないけれど。
 そういう性格だから、放っておくべきなのかもしれないけれど。
 どんなに辛かったとしても、無理をしていても、あの人は、きっと知らぬ顔で戻ってくる。
 今、ここで戻ってきたら、絶対に笑うよ。あの人は。
 皆さん御揃いで、どうしたんですか? って、何事もなかったかのように笑うよ。
 風邪を引いて、立っていることもままならない状況で、三日もそれを黙っているような人だよ?
 言わないことがカッコいいんだって、一つのポリシーがあるのかもしれないけれど。
 無茶をしていることも多いと思うんだ。
 ねぇ、皆。
 こうして、ここに集まっているのは、みんな同じ気持ちだからだよね。
 早く戻って来て欲しいって、みんなも思っているからだよね。
 僕、必ず連れて戻ってくるから。もう無茶しないように言い聞かせるから。
 だから、皆も……。「おかえり」って迎えてあげてね。
 その一言が、何より嬉しいものになるはずだから。
 想いを吐き終えたクレタは、フゥと息を落とし、
 意を決したかのような目で、再び仲間達を順に見やると、
「いってきます」
 そう告げて、ギルドを後にした。
 小さく丸く頼りなかったはずのクレタの背中が、やたらと大きく頼もしく見える。
 振り返ることなく歩いていくクレタの背中を、ただジッと見送った仲間達。
「……限界、なんだろうね」
「そうね。でも、あの子って色々と鋭いから……。どっちみち、近い内に気付いてたんじゃないかしら」
「だろうね」
 ポツリポツリと、キジルとナナセの、意味深な会話。
 だが、クレタの耳に、それが届くことはなかった。

 *
 *
 *

 頭に浮かぶのは、あなたとの思い出。あなたと過ごした時間の全て。
 どれも鮮明に思い出せる。笑顔も、涙も、何もかも。
 一人で生きていけるようにならなくちゃって気張っていたのに、
 あなたのことを、過去の全てを思い出して、自分がどういう存在なのかも理解した瞬間、
 張っていた気持ち、その緊張の糸は、プツンと音を立てて切れてしまった。
 あなたが言うから。あなたが言ってくれたから。
 この先、何があっても、俺は二度と、お前を離さないと言ってくれたから。
 甘えているだけなのかもしれない。けれど、堪らなく幸せで心地良いんだ。
 あなたに護られて生きることが、何よりも心地良い。
 そう思うように僕を作ってきたのは、育ててきたのは、他の誰でもない。あなただ。
 二度と離さないと言ってくれた、その言葉に偽りなんてないよね。
 だって、こんなにも鮮明に聞こえるんだから。
 あなたの鼓動は、僕を呼び続けているんだから。
 頭の中を駆け巡る思い出と、揺るがぬ想い。
 溢れ出すそれらに、目頭が熱くなる。
 唇を噛み締め、涙が零れそうになるのを堪えながら歩き続けるクレタ。
 泣くべき時は、今じゃない。
 あなたに逢える、その瞬間まで、とっておくべきなんだ……。
 何度も言い聞かせた。泣くな、泣くな、と自分に言い聞かせた。
 ギリギリのところで何とか堪えることが出来ていたけれど。
 張り詰めた緊張の糸は、またしても、あなたによって、いとも容易く切り落とされる。
 初めて会った場所。クレタとJが、初めて会った場所。また、クレタが生まれた場所。
 あちこちを歩き回って、ようやく辿り着いた約束の場所。
 そこに、見慣れた背中があった。
 幻覚かもしれない。
 想うがあまりに現れた幻覚かもしれない。
 確かめる術は? そんなもの……一つしかないじゃないか。
 おそるおそる、ゆっくりと近付いていくクレタ。
 一歩進む度に、鼓動がバクンと高鳴る。手指の震えは増していくばかり。
 辿り着いた、背中を前にして。クレタの膝がカクンと落ちた。
 崩れるように、凭れるようにして背中に抱きつけば。
 そこには、気のせいなんかじゃない、確かな温もりが。
 また逃げてしまうかもしれない。そうならぬよう、クレタは震える腕でギュッと抱きつく。
「……捕まえた」
 小さな声で告げた言葉。ようやく放つことを許された言葉。
 話したいこと、言いたいこと、聞きたいことは数え切れないくらい。
 でも、何から口にすれば良いのか理解らない。考えることも出来ない。
 こうして、あなたに触れている。その事実で、頭がいっぱいだ……。
 とめどなく溢れてくる涙。堪え続けた想いが零れていく、その様。
 Jは目を伏せ、微笑みながら小さな声で、
「……捕まった」
 そう言って、クレタの頭を撫でる。
 クレタの懐から、ポロリと落ちた小瓶。
 ナナセから預かった、その小瓶は、地に落ちて自ら封を切った。
 辺りに漂う、フラウリスの甘い香り。
 春の華、桜によく似た、その香りに包まれて酔いしれるは、切望なりや、再会。


 キミは覚えていないだろうけれど、あの日、俺は狂ったキミを見た。
 全ては、あの瞬間から始まっていた。一本のシナリオだったんだ。
 キミを惑わせ狂わせた、その元凶は何なのか。
 キミの異変だけじゃない。他にも気にかかることはいくつもある。
 全てが繋がるんだ。キミが狂った日のことも、
 キミが、空から黒い矢が降ってきたんだと必死に説明していた日のことも、
 外の世界に歪みが発生するようになったことも、何もかも。
 全ては、母なる『時』の仕業。
 突き止めた、その事実を報告するのが俺の定め。
 今すぐにでも、その詳細を明らかにするべきなのは理解ってる。
 でも、出来ない。そうすべきだと頭では理解っていても、絶対優先してしまう事柄があるから。
「おかえり。で、お疲れさん」
 ポン、とJの肩を叩いて言ったヒヨリ。
 その言葉に、Jは相槌を返すだけで言葉を放つことはしなかった。
 焦っているかのようなJの所作に、ヒヨリは笑う。
 理解ってるよ。俺も、そこまで野暮じゃないって。
 報告は明日の朝で構わない。今日は、とことん、尽くしてやるべきだよ。
 俺からも一言謝っておくべきなんだろうけれど、
 クレタが聞きたいのは俺の謝罪なんかじゃないだろうから自重する。
 その代わり、お前が謝れ。尋常じゃないくらい謝れ。
 寂しい想いをさせて、ごめんって。
 もういいよって、クレタが呆れるまで繰り返せ。

 求め続けた声と体温。
 その全てに酔いしれながら、何度も繰り返すのは、気付いたこと。
 ねぇ、J。もう謝らなくていいよ。その代わり、僕の気持ちを聞いて。
 聞き飽きたって笑ってくれて構わないから。もっと言わせて。
 あなたが傍にいなければ、何の意味もない。
 あなたが傍にいなければ、僕の時間は永遠に止まったまま。
 あなたが傍にいないのなら、巡る時は切なさを募らせるたけのもの。
 あなたが傍にいないのなら、時など要りません。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / 16歳 / 無職
 NPC / J / ??歳 / 時狩 -トキガリ-
 NPC / ヒヨリ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / ナナセ / 17歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / キジル / 24歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『 時など要らぬ 』への御参加、ありがとうございます。
 戻ってきました。ようやく。お待たせしました。
 見事なプレイングに驚愕しました。
 先読みで、的を射すぎです(笑)御見事でした…!
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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