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保健室の先生
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HAL本校。2階にある保健室。
一般的に、ここは具合の悪くなった生徒が駆け込む場所だ。
まぁ、この学校の保健室もその役目を担っているわけだが。
ちょっと異質というか何というか。中から漂う甘ったるい香りが微妙。
余計に具合が悪くなるような……そんな気がしてならない。
(…………)
扉の前、甘い香りに俯き沈黙して、どれほどの時間が経過しただろう。
具合が悪いのは確かだ。この香りの所為かもしれないけれど、
先程よりも、更に悪化しているような気がする。
ついに立っていられなくなり、その場にペタンと座り込んでしまう。
その時、ガラガラッと扉が開き、中から保健医がヒョコッと顔を覗かせた。
眼鏡に白衣。まぁ、格好は普通の保健医なのだが。
クラスメートが噂していたとおり、目がヤバイ……ような気がする。
座り込んだまま見上げていると、保健医はニコリと微笑んで手を差し伸べた。
「大丈夫? 中、おいで」
その手を取るべきか取らぬべきか、本気で悩んだ。
結局、眩暈から縋るようにして、その手を取ってしまったのだけれど。
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(ん〜……)
体温計を脇に挟んだ状態、暖炉の前でボーッとしている霊祠。
おかしいですね〜……。何で、こんな症状が出るんでしょうか。
丈夫さには自信があるのですよ、僕。
というか、風邪とかひいたことないのです。
そういうことに無縁な身体だからっていうのもあるんですけど。
例え、ちょこっとウィルスを宿してしまったとしても、
すぐに消えてしまうはずなんですよね。そういう身体なのです。
それなのに、どうして……こんなに頭がボーッとするんでしょうか〜……。
風邪を引いたことのない霊祠にとって、今の状態は初めて体感するものだ。
喉がズキズキと痛み、頭がグラグラ揺れるようで……。
ボーッとしていると、鼻水が垂れてきてしまう。
それは、完全に風邪の諸症状だった。
「はい。あったまるよ」
ニコリと微笑んで、保健医Jが霊祠に差し出したのはホットココア。
ふわふわの生クリームの上にオレンジピールも乗っている。
カップを受け取り、コクコクと飲んで、はふぅと息を吐き落とせば、
Jはクスクス笑って、向かいのソファに腰掛けた。
「どうしてかな、って思ってる?」
「はい〜?」
「風邪なんて引かないはずなのにって」
「あ、はい〜。……あれ? 僕、声出してましたっけ」
「いいや。何となく、そんな気がしただけ」
「そうですかぁ……」
心の中を読まれたような、不思議な感覚。
通常ならば、どういうことなんだろうと追求するのだが、
生憎、今は、そんなことを考える余裕はない。
ただ、ひたすらにボーッとする。何も考えることが出来ない……。
暖炉で揺れる炎を見つめていると、ピピッと音が鳴った。
体温計を取り出して、Jへと手渡す霊祠。
結果、現在の霊祠の体温は40度弱。
意識が朦朧としても、無理はない。
体温計のスイッチを切り、消毒液を吹きかけてから棚に戻すJ。
40度超えか。考えられる原因は……そうだね、二つあるかな。
一つは、ストレス。
何か、最近気がかりになるようなこととか、環境の変化とかなかったかな?
どんなに些細なことでも構わない。思い当たることがあれば言ってごらん。
微笑み問い掛けられて、霊祠は暖炉の炎を見つめながら呟くように返していく。
う〜ん……。毎日楽しく生活してるつもりなんですけどね〜……。
ストレスを感じるようなことはないと思いますよぅ……?
強いていうなら、睡眠不足……ですかね〜。
この学校に入学してから、魔術に関する興味が、また一層大きくなりまして。
色々な文献を漁って読み耽ったり、研究したり……。
どんなに追求しても、終わりが見えてこないものですから、楽しくて仕方なくて〜。
あぁ、僕って、別に真面目な優等生ってわけじゃないんですよ?
自分の好きなことには全力で取り組むっていうだけですから。
他のことに関しては、無知もいいところなのです。
そんなこんなで、最近は毎日徹夜な状態で〜。
睡眠らしい睡眠を取れてないところはあるかもですねぇ。
あぁ、あと……今まで全然動かなかったのに、部活を始めたこともありますね、変化としては。
物凄くハードってわけじゃないですけれども、
今までは、本当に運動なんてしてこなかったですから……。
「要するに、原因は疲労ってことですかね〜?」
ポケーッとしながら尋ねた霊祠。
自分で口にしたものの、おかしなことを言っている。
自分は疲労なんぞ知らぬ身体なはずなのに。
それが原因だなんて、おかしいではないか。
ロクに働かない脳で必死に悩み、首を傾げる霊祠。
Jは、そんな霊祠を見やりながらクスクス笑って続けた。
「まぁ、それも原因の一つかな」
原因はね、もう一つあるんだ。
こっちの方が大きいんじゃないかなと、俺は思うけど。
この学校はね、キミも知ってるとおり『魔法』を勉強する場所。
更に、この学校全体に魔法結界が張られてる。
部外者……というか魔物、主にスタッカートを侵入させない為のものなんだけど、
この結界はね、強力な分、副作用があるんだ。
その内、何度もここに通っていれば抗体が出来て何ともなくなるけれど、
慣れるまではね、キミのように体調不良を訴える生徒がいるんだ。
新入生は、必ず入学して1ヶ月以内に、ここへ来るよ。
まぁ、慣れれば大丈夫。こうして具合が悪くなることはなくなるよ。
ただ、キミの場合は睡眠不足もあるからね。
そっちは、どうしようもない。キミが気をつけるしかないかな。
キミは、HALに在籍している生徒だ。
俺が、直接キミに何かを教えたりすることはないけれど、
大切な生徒だっていう気持ちは、他のセンセー達と一緒。
だから、約束してくれるかな。
これからは、夢中になりすぎることなく、適度な睡眠を取ります、って。
「約束、できるかな?」
微笑み言ったJ。霊祠は虚ろな目でJを見つめ、小さく頷いた。
指切りで交わす約束。触れたJの指先は……とても冷たかった。
その冷たさに、少しだけ意識が研ぎ澄まされる。
ゆっくりと、瞬きを繰り返す霊祠。
Jは、霊祠の頭を撫でて、何かを呟いた。
「え……?」
何て言ったの? そう尋ねようとした瞬間。
(あれ……?)
それまでのダルさ、頭痛が一瞬で吹き飛んだではないか。
目をパチクリさせて、霊祠はJを見上げた。
どうやったのか、何をしたのか……教えて欲しいという思いに満ちた眼差し。
Jは、クスクス笑うばかりで教えてくれることはなかった。
教えられない理由があるのか、ただ単に言いたくないだけなのか、
それは理解らないけれど、治してくれたというだけで、感謝の気持ちで満ちたりる。
それ以上追求することなく、霊祠は席を立ってペコリと御辞儀。
「ありがとうございました〜」
御礼の言葉を述べて、振舞ってくれたココアを飲み干し、保健室を後にしようとした……のだが。
「あ、待って」
「はい?」
「まだ終わってないよ」
「へ……?」
手招きしながら言ったJ。
霊祠は首を傾げながらも、手招きに応じて再びJの傍へ。
まだ終わっていないというのは、治療が……ということだろうか。
もうすっかり元気になったのに。元通りなのに。これ以上、元気になんてなりませんよぅ?
首を傾げる霊祠へ、Jは意味のわからないことを言い出す。
「じゃあ、脱いで」
「はぃ?」
「服」
「え? どうしてですか〜?」
「ちょっとね。いいから、早く脱いで見せて」
「……?」
キョトンとしながらも、霊祠は素直に応じた。
治療してもらった恩があるからというのもあるだろう。
だが、服を脱ぐまで、やたらと時間が掛かる。霊祠は、いついかなるときも厚着である。
一枚ずつ、服を脱いでいく様を、Jは微笑みながら見つめていた。
まるで、芸術品を鑑賞するかのように。
「これで、いいです? 全部脱いだほうがいいです?」
「あぁ、いいよ。そこまでで」
「……。それで、次は、どうすればいいです?」
「そのまま、動かないでジッとしてて」
「はい」
立ち上がり、嘗め回すように霊祠の身体を見やるJ。
見るだけに留まらず、Jは、時折、指先で何かを確かめるように霊祠の肌に触れた。
冷たい手指の感触に、ビクリと揺れてしまう身体。
冷たいから、というのと、くすぐったい感覚が混ざって、思わずクスクスと笑ってしまう。
その反応を楽しむかのように、肌に触れていくJ。
……なるほど。そういう身体なんだね、キミは。
自ら望んだところもあるだろうけれど、生まれつき……というべきかな。
一目見た、その瞬間に違和感を覚えたんだ。
小さく華奢な身体なのに、やたらとキミの姿は大きく見えた。
背後というか……キミの中にあるものが、そう思わせたんだろうね。
この若さで背負うには、ちょっと大きすぎるものかもしれないけれど……。
キミの場合、背負っているという感覚はなくて、
一緒に手を繋いで歩いているって、そんな感覚なんだろうね。
だからこそ、こうして成立してる。本来ならアンバランスな関係が。
バランスが崩れてしまったら、キミはどうなってしまうだろう。
自分を見失ってしまうかな。それとも……もっと大きく成長するかな。
どちらに転ぶか……俺にも理解らないけれど、
理解らないからこそ、試す価値があるよね。
「うん。ありがとう。もう、いいよ」
ニコリと微笑んで言ったJ。
何の為に脱がされたのか、何をされていたのか把握できずに霊祠は首を傾げ、
キョトンとしながら、脱いだ衣服を、また時間をかけて纏っていった。
冷たい手指の感触に身体が揺れる度、
心をガシッと鷲掴みされているような息苦しい感覚も覚えた。
けれど……それを不快に思うことはなかった。
寧ろ、心地良くもあったような……。
「じゃあ、失礼します。ありがとうございました〜」
ペコリと頭を下げ、保健室を出て行く霊祠。
バタンと扉が閉まると同時に、Jは口元に妖しい笑みを浮かべ、
手元にある黒い紙に、殴り書くように何かを書き留める。
記された文字は『BVJ−0845』
何を意味するのかは……Jにしか、理解らない。
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7086 / 千石・霊祠 /13歳 / 中学生
NPC / J / ??歳 / HAL在籍:保健医
シナリオ『 保健室の先生 』への御参加、ありがとうございます。
不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
参加、ありがとうございました^^
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櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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