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桜の下で逢いましょう
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「緋穂？」
斎瑠璃が双子の妹緋穂の異変に気がついたのは、ひょんなことからだった。
まず最初に、いつも学校帰りは『瑠璃ちゃん瑠璃ちゃん』とまとわり着いてくる緋穂が一人で帰るようになった。
次に、遅くに家に帰ってきた緋穂の肩に、桜の花びらがついていた。
「（この時期に桜――？）」
そして今日、瑠璃より遅くに帰宅した緋穂の手には、大事そうに桜色のリボンが握られていた。
「それ、どうしたの？」
嫌な予感がして問う瑠璃に、緋穂はそれこそ花がほころぶように笑んで。
「ふふ、大切な人がくれたんだ。明日はこれをつけて会いに行くんだ」
別に妹に恋人が出来てやきもちを焼いているのではない。それとはなんだか違う、とても嫌な予感がして。
「桜の、下で？」
確認のようにかみ締めて問う。この時期に花びらが散るほどの桜――明らかにおかしい。
「そう。あの人は桜の下から動けないから。このバレッタを外して欲しいって。代わりにこのリボンをつけてくれって。自分で外して結んでくれればいいのにね」
「ダメよ！」
うっとりとした口調で告げる緋穂に、瑠璃は反射的に叫んでいた。
緋穂のバレッタは正五芒星が刻まれた特殊なもので、彼女の力を増幅させ、潜在的に雑霊から守る手伝いをしている。それを外せない、触れられないという事は相手は恐らく霊――桜の木の下に佇み、女性を誘惑する地縛霊。
「緋穂だって判っているんでしょう？ その男性が何者か。バレッタを外したら、貴女が取り付かれるわよ」
霊力は霊たちにとって絶好の餌になる。今の所二人で一人前の彼女達を守る力は弱い。相手は緋穂にバレッタを外させ、その隙に彼女の霊力を奪い取ろうと考えているはずだ。
「瑠璃ちゃんの馬鹿！ あの人は寂しいんだよ。少しくらい側に居てあげてもいいでしょ！」
緋穂は瑠璃と違い、霊魂を見つけて、場合によっては会話やシンクロを行なう。それ故に、きっと同調してしまったのだろう。その男性の霊の寂しさと。
「緋穂！ 絶対ダメだからね！」
自室へと篭ってしまった彼女に、瑠璃は無駄だとわかっていつつも叫んだ。
恐らく彼女は、明日桜の元へ向かうだろう。
緋穂が霊力を奪われるのを、阻止しなくては――。
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そこには本当に桜の木があった。小高い丘の上に一本、満開の花を咲かせている。風に揺られてはらはらと舞う花びらがとても幻想的で、今が冬であり、花びらが本来あるべき時間ではない事を忘れそうになってしまう。
「緋穂！」
ふらり、偶然その桜近くを通りかかった夜神・潤は銀髪の少女、斎・瑠璃の叫びで今ここで起こっている事態が異常なものであると悟った。まるで酩酊者が吸い寄せられるかのようにふわりふわりと桜の木に向かって歩んでいく髪の長い少女がいる。
「何かあった――んだよね？」
潤は名乗り、髪の短い方の少女――瑠璃へと事態の説明を求めた。
彼女の妹、緋穂が悪い霊に霊力を奪われそうなこと。瑠璃には霊の声を聞く術が無い事、助力をしてくれている女性、朽月・サリアはできることならば緋穂を説得したいと考えている事。
「なるほど。事情を知った以上、放って置けないね」
「え‥‥手を貸してくれるの？」
現在の「異常な事態」を素早く把握した潤はそう呟くと、驚愕で目を見開いている瑠璃に頷いて見せた。
瑠璃には緋穂の様な霊との交信能力はない。霊の声が聞こえない。その存在の感知力も弱い。彼女に出来るのは、霊達の叫びを聞こえない振りをして滅する事のみ。
けれども――
「説得を試みましょう」
「同調してしまったとはいえ、緋穂ちゃんが親しくしている相手でしょ。だったら出来るだけ穏便に済ませたいね。出来れば成仏させてあげたいな」
「それは私も同感です」
サリアと潤の考えは同じだ。二人は頷きあった後、許可を求めるように瑠璃を見る。彼女は落ち着いた表情のまま、一瞬唇を噛んでから口を開いた。
「緋穂を守れるなら、手段は問わないわ。私にはあの霊を強制的に浄化することしか出来ないから。でも――」
彼女は言葉を切って。
「――緋穂に危害が及ぶと判断したら、強硬手段に出るわ、いい？」
二人はその問いに、否とは答えなかった。元々サリアは緋穂を守ろうと思ってここに来ていて。仕掛けられれば応戦する準備は出来ている。潤は緋穂の心を傷つけたくないからできる限り目の前で殺生な事はしたくないと考えていたが、それでもだからといって緋穂を危険に晒すつもりなど毛頭なかったのだから。
「緋穂さん、その方を哀れむ貴女の気持はとても尊いものです。ですが貴女の行動は、本当にその方の為になるのですか？」
サリアが一歩、緋穂に近づいて問う。桜の下に佇む緋穂の周りには彼女を守るように桜の花びらが舞っており、彼女の後ろには、その肩に手を置いた青年の姿が見えた。触れた部分から緋穂の霊力を吸収しているのだろう、恐らく今は霊視の出来ぬ者にもその姿は見えるようになっているに違いない。
「君は、どうしてそんなところに縛られているのかな？ 可愛い女の子の霊力を求めて、何をしたいの？」
潤が冷静に問う。対象は緋穂をたぶらかしている霊だ。彼の持つリーディング能力で強引に知ることも出来たが、できれば直接話を聞いてみたかった。聞けば答えてくれるとは限らなかったが、それでも――。
――待ッテル‥‥待チ続ケル‥‥彼女ガ、国ニ帰ッテモ‥‥戻ッテ来テクレルマデ‥‥。
悲しそうな呟き。
「彼は約束したんだって！ 異人の彼女は一旦国に帰らないといけないけど、それでも戻ってくるって約束したから。だから、一人でずっと‥‥」
緋穂が叫んだ。大きな瞳に涙をためて、切々と。
「緋穂さん、瑠璃さんがどんなに貴女を心配なさっているか、貴女にはちゃんと見えていますか？」
「瑠璃ちゃん？ だって瑠璃ちゃんは‥‥」
「緋穂さん」
硬い表情で自分を見つめる片割れに視線を移した彼女の言葉をサリアは遮り、畳み掛けるように続ける。
「その方を本当に想うなら、貴女方で然るべき場所に送って差し上げるのが、一番良いのではないかと思いますよ」
それは優しい言葉。そして――正論。
「俺も、できれば成仏させてあげたいなと思うよ。成仏できれば、一人で寂しく待ち続けることもなくなるよね？」
諭すように潤も緋穂に問う。
恐らく男と恋人との約束は果たされなかったのだろう。もしかしたら男は周囲から、「異国の女に騙されたんだ」などと攻められたのかもしれない。死因ははっきりしていないが、桜の木の下で待ち続けるうちに力尽きたか、あるいは――
「成仏――楽になりたいの？」
緋穂が男を振り返った。
――楽‥‥楽ニ‥‥
「「「！？」」」
――オ前ノ霊力ヲ吸イ取ッテ楽ニ‥‥！
三人ははじかれたように反応した。男の腕は桜の枝の様に変化しており、その鞭に似た武器は緋穂を絡めとろうとしたが――サリアの動きの方が早かった。枝を打ち払い、緋穂を抱いて横抱きに飛ぶ。
「仕方ないね」
潤は己の持つ封印能力を発動させる。男の、霊力を奪おうという気持自体を封印すれば、きっと。
瑠璃の術が男の動きを止めた。その間に体勢を立て直したサリアと緋穂は、潤の力を受け男の腕が枝から元のものに戻っていくのを見た。
「緋穂ちゃん、この人も苦しいんだよ。寂しいのは緋穂ちゃんが一番よく知っているよね？」
潤が視線を合わせて柔らかく問えば、緋穂は頷いて俯いた。
「緋穂さん、彼を苦しみや寂しさから解放する方法は、貴女が一番ご存知ですよね？」
諭すようにサリアに言われ、緋穂は再び顔を上げた。そして潤、サリア、瑠璃を順番に見つめて。
「――お願い、彼を楽にしてあげたい。成仏させてあげるのを手伝って」
勿論、彼らがその頼みを拒否する事などありえなかった。
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桜の下、もう寂しげに佇む男の姿はない。
桜の花も、むせ返るように散っていた花びらも、夢だったかのように全て無くなっていて。
唯一残ったのは、緋穂の手の中のリボンだけだった。
潤がそのリボンを受け取り、丸裸になった枝へ結ぶ。
サリアはゆっくりと桜の木を見上げた。
春には再び、美しい花を咲かせてくれる事を祈って――。
――Fin
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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・7038／夜神・潤様／男性／200歳／禁忌の存在
・7552／朽月・サリア様／女性／29歳／ボディガード
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■ ライター通信 ■
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いかがでしたでしょうか。
東京怪談では初めての作品という事で、かなり緊張いたしました。
上手く描写できていると良いのですが。
緋穂へ、暖かい心遣いを頂き、大変感謝しています。
気に入っていただける事を、祈っております。
書かせていただき、有難うございました。
天音
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