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<東京怪談・PCゲームノベル>


 トリップトランサー

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 頭が痛い。喉が焼けるように熱い。
 遠くから聞こえるのは、自分を呼ぶ声。
 その声に応じようと、必死に足掻いて腕を伸ばすけれど。
 どこから聞こえてくるのか、あなたが、どこにいるのか理解らない。
 闇雲に腕を伸ばしたところで、届くはずもない。
 虚ろな意識の中、それでも足掻いて必死に探す。
 どこにいるのですかと繰り返しながら、必死に、あなたを求める。
 やがて、意識が遠のいて。
 パリンとガラスの割れるような音が頭の中に響く。
 その残響を感じながら、ふっと目を開けば。
 目の前には、あなたの姿。
 捜し求めた、あなたの姿。
 怖い夢を見ていたような、そんな感覚から、無意識の内に抱きついた。
 大丈夫かと背中を撫でながら心配してくれる優しい声。
 その声に応じようと、離れようとした瞬間。
 再び、パリンとガラスの割れるような音が頭の中に響く。
 その瞬間に覚えたのは、何ともいえぬ恐怖感。
 遠のく意識の中、あなたへ。必死に告げるのは、警告。

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 逃げてくれと。今すぐ、僕から離れてくれと、キミは言った。
 でも、俺は従わなかった。何故って?
 あんなにも強く手を握られたら、逃げられないじゃないか。
 言ってることと、やってることがバラバラ。
 アンバランスな状態のキミを見るのは、初めてのことじゃなかったけれど。
 あの日は、特別だった。

 *

 必死に呼吸を整えるクレタ。
 その背中を撫でながら、Jは何度も「大丈夫か」と繰り返した。
 その言葉にクレタが返答することはなかった。
 ただ、呼吸を整えることに必死で。
 やがて、落ち着きを取り戻したのか。
 クレタは、ゆっくりと顔を上げた。
 ホッとしたのも束の間。
「…………」
 Jは眉を寄せる。寄せざるを得ないだろう。
 クレタの目が、まるで死んだ魚のようになっていたのだから。
 一体、何が起きたのか。クレタの身体に何が起きているのか。
 理解らないからこそ、Jは身を案じ、何度も何度も声を掛けた。
 けれど、何度名前を呼んでもクレタは応じない。
 明らかに、おかしい。様子が、おかしい。
 危機感にも似た感覚を覚えたJは、ヒヨリ達へ報告しようと立ち上がる。
 だが、クレタが、それをさせない。
「駄目だよ。ここにいてよ」
 グッと腕を掴んで引き戻し、クレタは笑った。
 そして、掠れた声で歌いだす。

 貴方と共に見た景色は、全て心の中に。
 けれど、時々無性に、それらを煩わしく思うことがありまして。
 全部消せやしないかと、ムキになってしまうことがあるのです。
 嬉しい時は、一緒に喜びを共有して。
 悲しい時は、辛い気持ちを半分こ。
 けれど、時々無償に、それらを煩わしく思うことがありまして。
 想いの共有なんぞ、馬鹿馬鹿しいと嘲笑うことがあるのです。
 貴方の事を想い、切なくなる夜は増えていくばかり。
 愛しすぎて、どうしようもなくなって、困り果ててしまう。
 切ないのだけれど、その感覚が嬉しくもあり。
 貴方を想い眠れぬ夜は、とても心地良いもので。
 けれど、時々無償に、それらを煩わしく思うことがありまして。
 あなたに翻弄されるなんぞ、情けないと呆れることがあるのです。

 軽快なリズムで歌うクレタ。
 だが、明るいメロディとは裏腹に、放つ言葉は冷めきっている。
 もしや、それが本音なのかと思わせるほどに、
 すんなりと心に入ってくる言葉とメロディにJは戸惑った。
「クレタ」
 名前を呼んで、確かめようとしてみるものの。
 クレタはスルリと抜けるように手を離して、逃げていく。
 楽しそうに、嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねながら。
 ソファの上、テーブルの上、ベッドの上。
 自室の全てが、彼のステージと化す。
 踊っているようにも見える動きに、Jは、ただ呆然とした。
 我を忘れているのか。寝ぼけているのか。いや、まさか。
 クレタはクルクルと回り、踊り狂いながら自室を舞った。
 一人で楽しそうに、満喫ライブ。
 時折、壊れたかのようにシャウトまでもを混じえる。
 一体、どうした。何が起きてる。
 戸惑いながら、逃げるように舞い踊るクレタを捕まえようと追いかけるJ。
 けれど、捕まえることが出来ない。どうしてだ。
 どうして、そうも容易く、俺の手を擦り抜けていく?
 逃げ方なんぞ、教えていないはずだろう?
 捕まえることが出来ない、そのもどかしさに募る苛立ち。
 ムキになって追いかけてくるJに、クレタはクスクス笑って言った。
「いいよ。仕方ないなぁ。一緒に踊ろう」
 肩を竦めて呆れ笑いながら、クレタは手を差し伸べた。
 捕まえることが出来たわけじゃない。捕まえさせてもらったようなもの。
 敵うことのない事実を突きつけられたようで、心境は複雑だった。
 けれど、黙ってみているだけなんて、それこそ堪えられなかったから。
 Jは、差し出された手を取り、クレタと共に踊る。
 楽しそうに笑いながら、様々な歌を口ずさむクレタ。
 普段は決して歌わないのに。
 仲間同士でカラオケという流れになっても、絶対に歌わないのに。
 少しで良いからと促されても、頑なに拒むのに。
 こんなにも嬉しそうに歌っている。
 掠れた声で、搾り出すように。
 口ずさむ歌は数多く。けれど、その中でも気になって仕方ない歌がある。
 キミの本音のようにも聞こえる、その歌。綺麗で切ない、その歌。
 ねぇ、クレタ。
 その歌、何ていう歌?

 これ? これはねぇ……。

 *

 思い返せば、あの日からキミの様子はおかしかった。
 キミは覚えていないだろうけれど、あれから何度も同じ現象が起きてる。
 真夜中、キミに呼ばれて部屋に行けば、あの日と同じくキミは歌っていて。
 俺は、ただ、それを聞いているだけ。聞くことしか出来やしない。
 一緒に踊ろうと言われても、応じることなんて、もう、出来るものか。
 キミが教えてくれない、そのタイトル不明の歌。
 歌うのを止めろと言っても、キミは聞きやしない。
 いい加減にしろと、キミを殴って黙らせたくなる衝動にも駆られたけれど、
 捕まえることが出来ないキミを殴るのは至難の業だ。
 だから、ただ、聞くことしか出来なかった。
 まるで生き地獄。
 せめて、そのメロディが本音がどうか聞かせてくれても良かったのに。
 理解ってはいるんだ。そんなの、本音のはずがないって。
 俺と一緒にいることを煩わしいと思うなんて。
 俺の全てを煩わしいと思うなんて。
 そんなこと、ありえないだろうから。
 そうは思っても、ああやって毎晩聞かされたら……微妙な心境にもなるさ。
 せめて。せめて、キミが覚えていてくれたなら。
 踊り疲れて気を失ったキミが目覚めた時に、叱りつけてやったのに。
 小さな溜息を落としたJ。
 そこでようやく、携帯が揺れていることに気付く。
 慌てる様子もなく携帯を取り出し、通話を開始するJ。
 ピッ―
『よう。どうだ?』
「うーん。ぼちぼち、かな?」
『声、小さいな』
「そりゃあね……」
『仕方ないだろ、今は割り切って堪えろ』
「わかってるけど」
『教えてやろう。わかってないから、声小さいんだよ』
「……はいはい」
『ヒヨリ。ご飯だって……早くしないとナナセ、また怒るよ……』
『あ、やばい。また連絡する。お前も、報告よこせよ』
「はいはい」
 ピッ―
 電話越しに聞こえた、キミの声。
 久しぶりに聞いた、キミの声。
 元気そうに聞こえた。元気なの? それはそれで、切ない。
 勝手な言い分だけど、今更でしょ?
 俺がいないことに堪えられず、キミが泣き崩れやしないかと願う。
 あぁ、早く。キミの泣き腫らして赤く腫れた目が見たい。
 それを考えただけで、満たされてしまうのだから困ったものだね。
 まぁ、仕方ない。今は、頭の中でキミを抱くことしか出来ないんだから。
 虚しくもあるけれど、仕方ない。それを糧に、もう少し。
 キミを狂わせた、その元凶の尻尾を掴むまで。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / 16歳 / 無職
 NPC / J / ??歳 / 時狩 -トキガリ-
 NPC / ヒヨリ / 26歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『 トリップトランサー 』への御参加、ありがとうございます。
 ちょっと、いつもと違う感じになってます。J視点で回想風味に。
 Jは、まだ失踪中です。納品順が少しズレておりますが、切なさ募らせの為の仕様です(…?)
 もう少し…。戻ってくるまで、悶々として頂きたく思います(……)
 併せまして、ちょっとずつ失踪の真相が見えてきているかと思います。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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