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紅の記憶〜偽りの抱擁〜
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「珍しいお客さんね。あなたたちってお家柄、私達みたいな仕事って嫌っているんじゃなかった？」
編集部に現れた二人の少女に、碇・麗香は意地悪そうに微笑んだ。対する少女――対になったような双子の少女達のうち髪の短い方、斎・瑠璃が負けず劣らず大人びた口調で。
「鳴絡銀行頭取の突然死、平坂学園校長の突然死、佐久間議員の突然死、これらの情報を渡すわ。だから手伝って欲しいの」
「その三件は全部心筋梗塞だの脳梗塞だのって発表されているけど‥‥あなた達が情報を掴んでいるという事は『違う』のね？」
麗香の言葉に頷く瑠璃。彼女達の家系は退魔師であり陰陽師である。とすれば――
「私達の仕事を先取りした人がいるんだよ」
口を開いたのは長い銀髪に軽いウェーブをかけているもう一人の少女、斎・緋穂。この二人は二人で一人前だが、二人揃ったその力は一族のどの術者をも凌駕するという。
「霊障の調査に‥‥大きな声じゃいえないけど呪殺の依頼。どれも大物からの、大物に対する依頼だったけれど、うちが対処する前に『やられた』の」
「ふふ。それが本当だとすればまるで宣戦布告ね」
瑠璃の言葉を受けて、足を組み替えながら口元を歪ませる麗香。
「そう、宣戦布告としか思えないのよ。次に狙われる人物は分かっているわ」
「若手俳優の壬生・龍司さんだよー。女性の霊にとりつかれているっぽいの‥‥遊ぶだけ遊んで酷く振っちゃった感じがするから、私はその霊に同情しちゃうけど」
緋穂が差し出したのは芸能雑誌の切り抜き。いかにも遊んでますといった感じの軽薄そうな男が一人、写っていた。
「今までの傾向からいくと、私達が浄霊に行く前に彼は殺されちゃうわ。だから手を貸して欲しいの」
「霊障の取材って事で申し込んでみるわ。ホテルにでも確保しておけばいいわね？」
瑠璃の言葉に麗香は受話器を取る。
はたして彼を殺しに現れるのは――。
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一台の車が都内の高級ホテルのポーチへと滑り込んできた。そして一人の男性が転げ出る。酷く怯えた様子で、表情も変わってしまっている。それが若手俳優の壬生・龍司だとは、たとえファンであろうと気づかないほどに。
「壬生さん、行こう」
後から車から降りた黒髪の青年が、促すように彼を立たせた。艶やかな黒髪、端正な顔はアイドルだといわれれば即納得。青年――夜神・潤は事情を知って腰を抜かしている壬生の腕を掴み、自動ドアをくぐる。
「アトラス編集部さんですね。5033号室にお部屋を用意してあります」
フロントで部屋番号を確認。礼を言ってエレベーターに乗り込みつつ、潤は考える。
うずくまるようにして怯えているこの男は一体何をしたのだろう。とり憑かれている女性に恨まれるような事をしたのは間違いないが。
自業自得――きっと先に部屋で待っている髪の短い少女ならそう言うだろう、なんとなくそんな気がして、潤は「まあその通りなんだろうけどね」と口の中で苦笑を浮かべた。 大きなホテルの豪奢なエレベーター。念の為に他に同乗者がいない隙を狙って乗り込む。龍司が部屋に着くまでそばで守りぬけるのは利点だ。それが出来る潤が一緒だからこそ、双子は大人しく部屋で待つことを選んだのだろう。敵が双子の邪魔をするべく龍司を狙うとすれば、近くに彼女達の姿を認めたら即強硬手段に出てくるだろうから。
ゆったりと、ゆったりと小さな密室は上昇していく。このまま部屋に着くまで何も起こらないといいけど――潤が腕を組み、エレベーターの隅で怯える男に目をやったときそれは起こった。
ガタンッ‥‥
音を立ててエレベーターが止まり、ちかちかと点滅した後に明かりが消えた。
「わぁぁぁぁぁぁぁ！」
「落ち着いて！」
元々怯えが激しかった龍司は突然の暗闇に叫び、壁に何度もぶつかった。潤はそんな龍司の肩を押さえ、何とか落ち着かせようとする。
どんっ！
その時エレベーターが再び大きく揺れた。
（上！？）
潤は反射的に振動源と思われるエレベーターの上を見上げる。そう、誰かがどん、と天井に降り立った、そんな音。
（殺させないよ！）
封印能力を使い、龍司に危害を加えようとする意思を封印する。
――じっと天井を注視する。だが、天板を開けて来る気配もそれ以上の物音も無かった。封印が上手く行ったのだ。
チカチカチカ‥‥
灯りが点滅し、パッと点灯した。そしてエレベーターはするすると最寄の階に停止し、扉が開いた。
「お客様、お怪我はありませんか？」
一瞬警戒した潤だったが、扉を開けた先にいたのは普通のホテルマンのようだった。礼を言ってエレベーターから出る。怯えている龍司を見て気分が悪いのではとホテルマンが声をかけてきたが、部屋で休めば治るからとそれは丁重に断った。騒ぎを聞きつけたのか、廊下の曲がり角から様子を覗く銀髪の双子に気がついたからである。
「‥‥‥」
潤は二人と目を合わせ、小さく頷いて見せた。
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壬生・龍司の後ろにはずっと、悲しそうな女性の姿があった。
その女性は取り憑くというような悪意のみの存在にはとても見えなかった。
だから潤は部屋に着くまで、じっと黙ってその女性を観察していた。
悲しく、切なく龍司を見つめる女性。
何か伝えたいのだろうか、とても取り殺そうとしているようには見えない。
だが彼の怯えようからして、彼が何か「心当たり」があるのは確かだろう。
用意された部屋に着くと、彼は早く何とかしてくれと瑠璃と緋穂に泣きついていた。大の大人が14歳の少女達に縋りつく姿を見て、潤は小さく溜息をついた。
「力ずくで払う前に、説得をしたいんだ」
「うん、その女の人、今すぐこの人を取り殺そうとしているわけじゃないし、私はいいと思う。瑠璃ちゃんは？」
いやだ、早く助けてくれ、怯える龍司を見下ろして、瑠璃は小さく溜息をついた。
「私はその女の人の言葉を聴く事は出来ないから。強引に浄化させることしか出来ないから。だから、判断は任せるわ」
「ありがとうね」
瑠璃の言葉に潤はにこりと微笑んで。そして龍司の後ろにいる女性を見つめた。その漆黒の瞳は、悲しそうな女性と視線を絡め合わせて。
「君は何で壬生さんに取り憑いているのかな？ 憎いから？」
女性は潤の言葉に小さく首を振って。
「じゃあ、まだ好きだから？」
その言葉には、困ったようにして首を傾げて。
「話してくれないかな、力になれるようならなりたいし。君が自分から成仏してくれる、その方が俺は嬉しい」
潤の真摯な瞳を受けて、女性は少し考えるようにして小さく口を開いた。
『‥‥て。‥‥恨んで、ないから‥‥だから、見つけ、て‥‥』
「見つけて？」
『‥‥身体、山奥の土の中‥‥見つけて』
「「「！？」」」
思わぬ女性の言葉に、三人は顔を見合わせる。なるほど、そういうことだったのか。
「女性を殺して、山の中に埋めたんだね？」
びくり、龍司は身体を震わせて。漏れ出る言葉は「違う、違う」と細い声で。
「彼女は嘘をついてないよ。生きている人間と違って、ね」
彼の動揺の仕方を見れば、どちらが真かは明らかだった。
「警察に連絡しないとね。自ら成仏しくれるなら、私たちの出る幕じゃないわ」
瑠璃が携帯電話を取り出す。緋穂は女性と同調したのか、涙を流していた。潤はゆっくりと女性に近づき、その瞳を再び真っ直ぐに見つめて。
「約束するよ、君の身体はきちんと見つけ出すから。壬生さんも罪を償う事になるだろうね。だから、安心して逝って」
その透けた頭を、ゆっくりと撫でるようにすると、女性は悲しみと嬉しさと混ざったような複雑な表情をして。
ありがとう
そう小さく呟いた。
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「ありがとう。助かったわ。最終的には警察の手にゆだねる事になったけど、貴方がいなかったら多分、エレベーターであの男は殺されていた」
外の街灯に紛れてパトカーのランプが光り輝いている。瑠璃はそれを見下ろしつつ礼を述べた。
「気にしないでいいよ。役に立ててよかった」
潤は同調してしまった緋穂の涙を拭いてやりつつ、答える。
「‥‥あの人、殺された事を恨んでないって言ってたけど‥‥殺されても恨まないほど愛していたのかな」
「壬生さんの方はそうじゃ無かったみたいだけどね」
愛の形は沢山ある。それでもなんとなく納得できないというような表情の緋穂の頭を、潤はそっと撫でた。
――Fin
●登場人物（この物語に登場した人物の一覧）
・7038／夜神・潤様／男性／200歳／禁忌の存在
●ライター通信
いかがでしたでしょうか。
女性の霊をできれば自分から成仏させたいという暖かいお心に応えられるように、と書かせていただきました。
気に入っていただける事を、祈っております。
書かせていただき、有難うございました。
天音
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