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<東京怪談・PCゲームノベル>


 大嫌い

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 イライラする。こんなにも苛立つなんて思いもしなかった。
 心のどこかで、きっと、すぐ元通りになるって思ってた。
 どうしてかな。どうして、こんなにも拗れてしまったんだろう。
 自分が悪いのかな、と思い返してはみるけれど。
 その度、余計に苛立ちが募る。
 どうしてって、どんなに思い返しても自分に非がないから。
 自分は悪くない。何も悪いことなんてしていない。悪いのは、あの人だ。
 きっと、誰に聞いても、自分には非がないことを理解ってくれる。
 くだらないかもしれないけれど、心がザワザワするんだよ。
 落ち着かせようと頑張れば、余計にイライラしてしまうんだ。
 どうしようもないよ。もう、どうしようもない。
 今や、心から。あなたのことを大嫌いだと思ってる。
 でも……あなたが謝ってくれたなら。
 許してあげないこともないかな。

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 事の始まりは一昨日の夜。
 珍しく、一切の仕事がないということで、一緒に出掛ける約束をした。
 ソファに並んで座り、幸せな時間。二人で一緒に考える行き先。
 行ってみたいところはたくさんある。挙げればキリがない。
 ここがいい、あそこもいい、ここにも行ってみたい。
 クレタは夢中になって話した。
 無邪気なその姿に、Jは微笑みながら頷く。
 一晩かけて、ようやく決まった行き先は、外界:ツァーラーナ。
 見所がたくさんある、玩具箱のような世界。
 中でも、ツァーラーナのガラス細工は見事なもので。
 クレタは、お土産に絶対に買って帰りたいと嬉しそうに話した。
 あまりにも見所が多い故に、入念な計画が鍵となる。
 一切の仕事がない日なんて、この先あるかわからない。
 一日しかない、丸ごと自由な時間。
 だからこそ、有意義なものにしたくて。
 クレタは、必死にメモを取りながら、順序立ててリストを作る。
 けれど、それを見たJから、思慮外の言葉。
「そんなの、つまんないでしょ」
 何気なく放った言葉だったけれど、それは本心だった。
 あれこれ考えて、その計画に沿って遊ぶなんて面白くない。
 気の向くままに、自由に歩き回るからこそ発見や感動があるんだ。
 クレタが必死に作ったリストを放り、Jは微笑んだ。
 意地悪をしているつもりはなかった。
 ただ、クレタと一緒に休日を満喫するならば、思うが侭に動きたいと思っただけ。
 クレタのことを想うがゆえの気持ちなのだけれど、
 一生懸命計画したクレタからすれば、それは残酷な言葉だった。
 Jが「つまらない」という言葉を発した瞬間から、
 それまでの甘く幸せな時間が軋み、切なく静まり返っていった。
 元に戻そうと思って言葉を口にするものの、互いに空回り。
 次第に、二人の心に蟠りが生まれてしまう。
 そうなってしまっては、もう、手遅れだ。歯止めがきかない。
 どうして、理解ってくれないんだろう。
 想い合っているはずなのに、どうして、理解ってくれないんだろう。
 不安から疑問へ、疑問から不満へと変わっていく想い。
 互いに引けなくなった二人の溝は、確かなものになってしまう。
 素直に従えば良いのに、甘えれば良いのに。
 どうしてキミは、そんなにも強情になってしまったんだろう。
 昔のキミなら、微笑んで受け入れてくれただろうに。
 今のキミは、生意気な子供のようで……可愛くないよ。
 Jはクレタから目を逸らしながら、そう言った。
 その言葉が、クレタの神経を、心を逆撫でしてしまう。
 あなた好みじゃなくて、悪かったね。ごめんね。
 僕は……あなたの想いから生まれた存在だけれど、あなたのペットじゃない。
 何も知らなかったから、あなたに従うことしか出来なかった過去。
 今は違う。僕は、僕の意思で生きているんだ。
 何でもかんでも、あなたの思うとおりになるだなんて大間違いだよ。
 ムキになって言い返してしまったクレタ。
 それから数十秒の沈黙を経て。
 二人は、離れ離れに。
 いつもは、一緒に寄り添って眠るのに。
 一昨日の喧嘩からずっと、二人の関係はギクシャクしたまま。
 その異変に、仲間達はすぐに気がついたけれど、どうしようもない。
 当人がどうすべきか理解らぬ状態なのだ。第三者が口を挟む余地はない。

 ……僕は、僕だもの。
 Jのことは好きだし、大切に思うけれど、言いなりになんてなりたくない。
 あなたが導いてくれることは幸せに思うし、その手を取ることを僕は自らの意思で望んでいるけれど。
 いつでもどこでも手を繋いでいたいわけじゃない。
 あなたがいないと、何も出来ないだなんて……そんなのは、もう嫌なんだ。
 そうやって生きていくしかないんだって思ったこともあったけれど、違う。
 僕は僕で、Jとは別の存在。息をしてる。感情もある。
 何でも言うことを聞く、人形なんかでいたくないんだ。
 あなたの言いたいことは理解できた。今も、理解できる。
 でも、あの時は……あなたの言葉に、ムッとしたんだ。
 イライラしていたからなのかもしれないけれど、
 あなたが、僕のことを人形のように思っているんじゃないかって。
 そんなこと……本当は思っていないくせに、思えないくせに。
 大嫌い、だなんて。
 どうして、あんなこと言ってしまったんだろう。
 思ってもいないことを、どうして口にしてしまったんだろう。
 もしも、このまま……Jと、ずっと御話できなかったらどうしよう。
 僕が発した言葉に応じるように、Jも僕のことを嫌いだって言ったら……どうしよう。
 怖いんだ。怖いから、あなたにバッタリ会った時、自分でも驚くほどのスピードで逃げる。
「俺も、大嫌いだよ」
 そう言い返されるんじゃないかって。
 さようならを告げられるんじゃないかって。怖くて仕方ないんだ。
 本当に大嫌いだって思っていたなら、逃げることなんてしないはずなんだ。
 理解ってるよ。僕は、怯えてる。
 どうすれば、仲直りできるかを、必死に考えてる。
 でも、あなたに会うのが怖くて、部屋から出られない。
 朝ご飯も……お昼ご飯も……晩ご飯も、今日は食べていない。
 どうしてかな。何も考えたくない時でも、お腹ってすくんだ……。
 フゥと息を落とし、何か軽いものでも口へ運ぼうと、部屋を出てキッチンへと向かおうとした。
 その時、扉をノックする音。
 ピタリと立ち止まり、クレタは硬直する。
 二回、少し間を空けて、もう一回。
 そのノックの仕方は、Jである証。
 鍵は掛けていない。
 このまま何の反応もしなければ、Jは部屋に入ってくる。
 いないのなら改めようって引き返すような人じゃない。
 すぐにでも駆け出して、鍵を掛けるべきだとは思った。
 聞きたくない言葉を聞かされる前に。
 でも、動けない。
「…………」
 時間が止まったかのように動けずにいるクレタ。
 返事がないことに、Jは扉の外で溜息を落とした。
 ドアノブを掴み、扉を開くまでに少々の時間を要したのは、
 クレタ同様に、Jにも『怖い』という感覚があるから。
 でも、引き返すわけにはいかない。
 自分らしくない? それもあるけれど。
 ここに来た、その目的を果たしていないから。
 ゆっくりと扉を開けたJ。
 すぐさま、二人の視線がバチリと交わった。
 クレタは、あからさまにパッと目を逸らす。
 Jは、苦笑しながら部屋へと入り、ツカツカと歩くと……。
 カチャ―
 机の上に、トレイを置いた。
 トレイの上には、紅茶とシフォンケーキ。
 朝からクレタが何も食べていないことを知って、Jが持ってきたもの。
「……頼んでないよ」
 ポツリと呟いてしまった冷ややかな言葉にクレタは戸惑う。
 そんなこと思っていないのに。ありがとうって言いたいのに。
 どうして、思ってもいないことを口にしてしまうんだろう。
 俯くクレタにクスクス笑うJ。
 Jは怒ることも呆れることもなく、目を伏せて呼ぶ。
「おいで、クレタ」
 いつもの声。優しく柔らかな声を耳にして、クレタの不安が払われる。
 そろりと顔を上げ、Jを見やれば、目を伏せたまま、隣をポンポンと叩いている。
 クレタは、キュッと唇を噛み締めて、Jの隣へと腰掛ける。
 嬉しくてたまらないような、悔しくてたまらないような、何ともいえぬ気持ち。
 持ってきてくれた紅茶とケーキを喉に落とせば、心は静かに、落ち着きを取り戻していく。
 あんなにも尖っていた心を、いとも容易く丸くしてしまう、そのチカラ。
 Jが持ち合わせているものか、それとも、紅茶が持ち合わせているものか。
 暫しの沈黙の後、二人は声を揃えて言った。
「……ごめんね」
 ただ一言、こうして言えれば、あんなにも悲しい想いをすることはなかったのに。
 互いに引かず、意地を張ったのが喧嘩の原因。まるで……子供みたい。
 あまりにも容易な仲直りに、二人は顔を見合わせてクスクス笑った。
「せっかくのお休みなのに、勿体無いことしたね……」
「……。今から、行こうか」
「え……?」
「まだ時間あるし、大丈夫だよ」
「……うん」

 仲直りは出来た。笑顔を独占することも出来る。
 苦しがる程に抱きしめて、想いを伝えることもできる。
 触れることを拒まれることもない。逆に、触れてもらうこともできる。
 仲直りは出来たけれど……。Jは、不安を拭い去ることが出来ずにいた。
 いつかは必ず訪れる、成長の過程。
 クレタの内に芽生え、大きくなっていく『自我』を。
 Jは、心から恐ろしく思った。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / 16歳 / 無職
 NPC / J / ??歳 / 時狩(トキガリ)

 シナリオ『 大嫌い 』への御参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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