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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


迷い込んだ、閉ざされた国


 確か、湖にいたのだったか。あるいは、川下りの最中だったか。はたまた、海に出ていたのだっただろうか。気がつけば、見知らぬ島に辿り着いていた。
「こんなところがあったのか」
 工場を忙しなく行き交う人々。そして、工場街の向こうに見えるビル。ぐるりと辺りを見回しながら、鈴城・亮吾は呟いた。
「なんか、知的好奇心を刺激されるっていうか? 面白そうなとこじゃん」
 無意識に、笑みがこぼれる。未知に足を踏み入れた嬉しさと、何があるのかと高まる期待とで、胸がうずうずしていた。
 どこから見て回ろうか。見たところ住民は同じような服を着ているし、統率の取れたところなのだろう。ならばやはり中枢から――そんな考えを巡らせていると。
「わ!」
 肩を叩かれ、不意を衝かれた亮吾は声を上げてしまった。振り返ると、彼と同じか少し高いくらいの背丈の少年。亮吾の声に驚いたのか、手を伸ばしかけた体勢のまま固まっている。
 子供か、と亮吾の警戒心が緩みかけた。しかし、また身を硬くする。彼の着ている服もまた、そこかしこで見かける住民のものと似ていた。
「別に何にもしてねーよ? ちょっと見てただけなんだ、うん」
 焦ってそう言う亮吾に、少年が小さく首を傾げる。彼のプラチナ・アクアのくせ毛が、ふわりと揺れた。
「まだ何も言ってませんけど……」
 ぼんやりした声に、亮吾が再度緊張を解く。少年の穏やかな雰囲気に、少し落ち着いた。亮吾の警戒が緩んだのを感じたのか、少年もほっとしたように笑みを浮かべる。
「迷い込んでしまったんですか?」
「ああ。そんなところ」
「でしたら、僕がご案内します」
 こちらです、と少年が歩き出した。すたすた進もうとする彼に、亮吾が慌てて声をかける。
「おい、ちょっと待てよ」
 肩を掴んで、自分の方を向かせた。少年がきょとんとする。亮吾は半ば呆れて肩を竦めた。
「案内って、何を。そりゃ案内してくれるのは嬉しいけどさ、それより先に――どうした?」
 少年の視線が亮吾の後ろに向いていることに気付き、言葉を切る。少年はじっとある一方を見つめながら、口を開いた。
「見かけない方です」
 亮吾が振り返る。少し離れたところに、背の高い女性が佇んでいた。服装は少年たちのものとは違って、むしろ亮吾にとっては見慣れたもの。身に纏っているのは作業着のようなものだが、女性自身の資質によってか洗練された雰囲気があった。
「だろうな。俺とおんなじ立場の人なんじゃね?」
 何気なく答える。と、少年が両手をぽんと合わせた。
「そうですね、きっとそうです! 頭が良いんですね」
「は? や、普通にわかるだろ」
 二人で、女性の元に向かう。ややぼんやりしているのか、こちらには気付かない。近くに歩み寄り、イーヴァが口を開く。
「どうしました?」
 女性が振り返った。涼やかな瞳に見下ろされ、二人ともやや緊張した。やがて、彼女の唇が動く。
「ボートを漕いでいて、気付いたらここにいたの。あ、頭が変になった訳じゃないわ、私は正気よ? 何というのか、迷い込んでしまったのかしら」
 二人がきょとん、とした。見ているだけだとクールな印象だったが、喋ってみると意外と普通に思えた。むしろ、気さくな口調。胸を撫で下ろし、少年が口を開く。
「こちらの方と同じですね。もしよければ、ご一緒しませんか?」
 その隣で亮吾も頷いた。女性は二人の顔を交互に見て、腰を曲げる。さらりと長い茶髪が流れた。
「そうね。このままじゃ右も左もわからないし、もし案内してもらえたら嬉しいわ」
 目線の高さを合わせて、微笑む。亮吾と少年も笑い返した。
「名乗るのが遅れたわね、ごめんなさい。私は赤城・千里。千里でいいわ」
「僕はイーヴァ・シュプールといいます」
 少年が名乗り、亮吾の方を向いた。亮吾も続く。
「俺は鈴城・亮吾」
 イーヴァが亮吾と千里を順に見て、それぞれ頷く。それから、笑いかけた。
「それでは行きましょう、チサトさん、リョウゴさん。ミッテロガーンはすぐそこですから」





「なるほど。二人とも、ひとまず街を見て回りたいということだな」
 イーヴァに連れられてミッテロガーンを訪れた亮吾と千里は、ルラー・ヴィスガルと名乗る男性と会った。長い銀髪と紅の瞳が印象的な彼は、イーヴァの上官だという。案内の前に、まず彼に会ってほしいということだった。
 ルラーから、ここについて軽く説明を受けた。ここはマゼイツという小さな島国で、『機械の町』と呼ばれているらしい。その通り名から窺えるように機械知識や技術に秀で、現在は機械と魔の融合を目指しているという。亮吾も千里も、そんな国なんて知らなかった。
「興味の湧くところも異なるだろう、それぞれお相手しようか。リョウゴ、君は子供同士でイーヴァと組むか」
 ルラーの言葉に、亮吾が眉をひそめる。
「子供扱いかよ。俺もう十四なんだけど」
「イーヴァのひとつ上だな」
 そう返すルラーに、亮吾が口を尖らせた。その傍らで、イーヴァが目を丸くする。
「そうだったんですか。小さかったので、てっきり年下かと……」
「イーヴァだってチビだろ!」
 思わず声を荒げる、亮吾。実際には十センチほども身長差があり、イーヴァを見る際見上げるようになっていることに気付いてはいたが、つい口をついて出ていた。そんな彼に、イーヴァは誇らしげに胸を張る。
「僕はまだ大きくなります。毎日身体を鍛えてだっているんですから」
「俺だってまだ大きくなるっての」
「ふふふ、一年後には僕はきっともっと伸びてますよ!」
「俺は成長期が遅いだけですー。二年後には挽回するんですー」
 二人のやり取りを前に、千里ははじめきょとんとしていた。だが、ふと可笑しくなって笑みをこぼす。その様子に、ルラーも微かに口の端を上げた。
「そうです。お互い大きくなって、見返してやりましょう!」
 そう言うと、イーヴァが亮吾の手を握る。亮吾は唖然として、狐に摘ままれたような顔で頷いてしまった。
「あらら、丸め込まれちゃったわね」
 千里が笑う。亮吾は顔を赤くしてそっぽを向いた。そこでルラーと目が合い、亮吾が口を開く。
「話ズレてたけどさ、俺ルラーさんがいい」
 ほう、とルラーが口角を上げた。亮吾がルラーとちゃんと向かい合って、続ける。
「ルラーさん偉そうだし、頭良さそうだ。色々教えてくれません?」
「いいだろう」
 頷くルラーは、心なしか満足そうな顔をしていた。イーヴァが苦笑し、千里へと顔を向ける。
「チサトさん、僕でいいですか? 余り物を押し付けるみたいで、申し訳ないですけど」
「とんでもない。よければお願い、イーヴァ君」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
 こうして、二組に分かれてマゼイツを見てまわることになった。亮吾はルラーについていく。まず港へ向かい、喫茶店など商業スペースを素通りし、今は工場街を歩いていた。
「銀髪の人ばっかりなんですね。みんなマゼイツの人?」
「ああ。国外の人間は基本的に入ってこない」
 それで亮吾や千里が『迷い込んできた』のだとすぐにわかったのだろう。妙に閉鎖的な国なんだな、と亮吾は思った。
「さて、ここはマゼイツの空調設備を研究しているところだ。この国ではほとんど日が当たらないが、太陽光にかわって空気からその栄養素を補給出来ないかということもな」
「へー」
 ルラーの言葉を聞きながら、亮吾は興味津々に辺りを見回す。人よりも機械が多い印象を受けるこの国は、彼にとって興味深かった。
―――電子の世界に住んで情報を操る俺らの種族にとって、この国は――いや、判断を下すにはまだ早い。
「ここでは国民の制服を作っている。基本的に機械が縫い、ここに詰める者の役目はその管理だな」
「そうなんですか」
 また別の工場の前で説明を聞きながら、生返事。工場の中までは入れてもらえなかったが、入口から僅かながら覗くことが出来た。
―――機械自体のレベルはまあまあかな。けど、外とネットワークは繋がってるのか? それ次第で、かなり魅力に差があるんだけど。
 上の空で思索に耽る亮吾に、ルラーが苦笑する。ふっと、瞳を閉じた。
「君の方が、私よりも知っているのではないか?」
 目を輝かせていた亮吾が振り返る。驚きの表情で見上げる彼に、ルラーは目を細めた。
「何、根拠はない。そう感じただけだ」
「ああ……そ、そうですか。気のせいじゃないですかね?」
「そうかもしれんな」
 ルラーはあっけなく引き下がる。だが、亮吾は心臓が煩く鳴っているのを感じていた。
 肝が、冷えた。思わずはしゃいでしまっていた自分を省みる。先走らないつもりでいたのに、舞い上がりすぎだ。ルラーがくつくつと喉を鳴らすから、更に居心地が悪くなる。
「なあ、ルラーさん」
 空気を変えたくて、口を開いた。腕組みをして言葉を待つルラーに、亮吾は続ける。
「もしそうだとしたら、何か手伝えることってありますか」
 ルラーの眉がやや動いた。亮吾がはっとし、慌てて付け足す。
「もし、もしですよ? 仮に、たとえばですからね!」
「そうだな」
 顎をしゃくり、ルラーは考えるような素振りを見せた。しばしの間を置いて、口を開く。
「機械に関して、この世界ではこの国が一番発展している。更に先へ進むには、常に新しい道を開拓していくしかない」
 ルラーが視線を上へとずらし、亮吾もそれを追った。重く、暗い、曇り空。晴れることがほとんどないということは、マゼイツに住む者はずっとこんな空の下で暮らしているのだろう。
「その道標となるような――そう、ヒントなどあれば助けになるかもしれんな」
「ヒント……」
 ルラーが亮吾に視線を戻す。紅の瞳を見据えて、亮吾は尋ねた。
「それって、さっき言ってた機械と魔の融合的な?」
「君に任せよう」
 どういった点で答えるべきか。知識か、技術か、あるいは。しばらく眉を寄せて考え込んでから、亮吾は顔を上げた。
「仲良くしてみたらどうです、他の国と。もしかしたら、ルラーさんが思うより色んなこと知ってるかもしれないじゃん」
 そう言って、勝ち気に笑ってみせる。
―――専門的なアドバイスはまあ、幾らでも出来そうだけど。とりあえず、そこからだよな。
 知識でもなく、技術でもなく。けれどそうしていれば自ずとその両方が増えていくであろう道。
「――なるほど」
 黙って聞いていたルラーが、深く頷いた。不敵な笑みを浮かべ、歩き出そうとする。亮吾は慌てて横に並んだ。
「そうするの?」
「さてな」
「えー、実行してくれないんじゃ俺のヒント意味ないじゃないですか」
「助けになる『かも』、と言ったろう?」
 断言はしていない。何だかなあ、と亮吾が顔をしかめた。
「ルラーさん、その性格悪いとこ直しましょうよ」
「助言として受け止めておこう」
 と、そこでルラーの腕のバンドから音が発された。明滅を繰り返す石に触れると、イーヴァの声が聞こえてくる。どうやら通信機らしい。二言三言交わすと、行くか、と亮吾を促した。
「どこにですか?」
「ついて来ればわかる」
「こっちってさっきいたミッテロガーンの方? どこ?」
―――ルラーさんって、なんか変だ。
 偉そうだし、実際に偉いのだろう。それにしたって掴み所がなくて、何を考えているのかわかりにくい。それでも頼りになるように感じられてしまう、不思議な安心感。
―――何だろう。負けてる気もしないけど、勝った気もしないんだよな。 連れられた場所はミッテロガーンの中、イーヴァの部屋だった。ルラーに導かれて部屋に入ると、千里とイーヴァがいる。二人の手にはコーヒー、それにテーブルにはケーキもあった。それを見て、亮吾が声を上げる。
「いーもん食ってやがる! 俺も食いたい!」
「用意させよう。座って待っていなさい」
「やった、ありがとうルラーさん!」
 イーヴァは何を言われるでもなく苦笑して席を立ち、支度を始める。千里も彼を手伝いだした。当のルラーは椅子に座り、堂々とした佇まい。
―――本当に、変な人だ。





《了》



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■   登場人物
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PC
【7266 / 鈴城・亮吾 / 男性 / 14歳 / 半分人間半分精霊の中学生】
【7754 / 赤城・千里 / 女性 / 27歳 / フリーター】

クリエーターNPC
【 NPC4928 / イーヴァ・シュプール / 男性 / 13歳 / 管理者】
【 NPC4929 / ルラー・ヴィスガル / 男性 / 36歳 / 管理者】


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■         ライター通信
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鈴城・亮吾様

はじめまして、緋川鈴と申します。
『機械の町』へのご来訪ありがとうございました!
NPCのイーヴァと年が近かったので、彼とも若干絡ませてみました。この度の出会いが亮吾様にとって良きものとなりましたら、こちらも幸いです。また、少しでも楽しんで頂けましたなら嬉しく思います。
ご依頼頂きまして、本当にありがとうございました!