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To convey feelings
男を捕まえておくにはまず胃袋から。
なんて話はよく聞くものの、実際それだけではない気がする桐嶋秋良(きりしま・あきら)、職業占い師。
ずっと想いを寄せ、思い切ってバレンタインの時に友人以上で考えて欲しいと告げた相手がいるものの、微妙なラインをゆらゆらと行ったり来たりなのが現状で、ここらでまた一つ進展したい所だと秋良は意気込んでいた。
「料理を食べて欲しい人が居るんだけど、料理上手な人なんで出来るだけ見劣りせず美味しい物を簡単に教えて!」
「あ?」
その為のきっかけになればと、様子見に来た幼馴染を前に思い切ってお願いしてみた。
結局の所胃袋作戦に頼ってしまっている訳だが、他にどうしていいか今の所思いつかないから仕方ない。
暫くぶりの顔合わせで何の用かと思えば、いきなり料理を教えろたぁどういう風の吹き回しだ。
及川瑞帆(おいかわ・みずほ)怪訝そうな顔をしてみせる。
この幼馴染殿は美味いものを探すのはそこそこイイ線いっているのだが、作る方はまぁ何というか、かなり大雑把なのが特徴である。
卵割る時勢い余って殻を崩してしまって欠片が入ってしまうタイプとでも言おうか。
「…急にどしたん。まぁ今日は一日空きやから別段かまへんけど」
「ホント?! じゃあお願いっ」
これだけ必死になってると言う事は男か。
茶をしばきつつ、にへら〜と悪い笑みを浮かべる瑞帆。
「そーやなぁ…ちょうど昼前やし…チーズリゾットと、晩飯用に今からポトフ仕込んどってもええかもな」
「リゾットはおコメとチーズでしょ?ポトフは……ジャガイモ、にんじん…後なんだっけ」
「リゾットは材料そんだけやないし、ポトフは材料も工程もカレー作るのと殆どかわりゃせんやろが」
ボルシチと言わないだけマシだろうと瑞帆は言う。
煮込みスープ系は慣れれば簡単だが要領が悪いと無駄に時間かかる上に、味を知ってるわけでもない、微妙なものが出来る事が多い。
ポトフあたりなら多少失敗してもカレールーを放り込めばいい感じに野菜出汁の出た美味い物に変えられる為、保険の意味も込めてのチョイスだ。
「わ、わかった。じゃあ材料買いに行かなくちゃね!」
「…お前ンちの冷蔵庫…鶏肉とかゴボウとかカブとかなさげやもんな」
馬鹿にして!と怒る秋良だが事実冷蔵庫の中は手軽に調理可能なモノが大半を占めている。
行きしな、あの秋良がねぇ…とかわざとらしく感心したような素振りをしては照れて怒る秋良。逃げる瑞帆。
何だか既視感を覚える光景である。
材料を揃え、台所に立ち、いざ!と身構えるもののどこから手をつければいいのか右往左往する秋良に、瑞帆は溜息混じりに指示を出す。
「そーやのーて!こう! あ〜も〜!慣れとらんくせに分量適当にすな!」
「ちょっ…そんなガミガミ言わなくたっていいじゃない!」
振り向こうとすると余所見すんなと叱られる。
料理一つで何故ここまで言われなければならないのだろう。しかしここで投げ出すわけには行かない。
今回はこの二つをマスターしてあの人に食べてもらうんだ。
気合を入れなおし、言われたとおりの手順で覚束ないながらも進めていく。
「自分ホンマぶきっちょやの〜〜〜〜…」
「うぐ……」
返す言葉がない。
「し、仕方ないじゃない。今までそんなに必要だなんて思わなかったし、不自由もしなかったもん」
「でもせなならん必要性に駆られとんやろ?」
ニシシとからかい混じりに笑う瑞帆。
「――――…ねぇ、何で自分で料理しようと思ったの?最近男の人でも料理する人多いけど」
「そんなん。いつでも好きな時に美味いもん食いたいやん?料理作る楽しみもあるし、美味く出来たらよっしゃあ!て思うし。お前が作ってやりたい人かてそうなんちゃうか?」
好きでやる人もいれば、しなければならない状況にいることもある。
自分はその辺は恵まれた環境だったと瑞帆はリゾット用の余った白ワインを少し口にする。
あの人はどうなのだろう。
ほんの少しだけ聞く話の中では、平穏な人生だったとは思えない。
裏に生き、裏で死ぬつもりなのだろう。
そういう生き方しかできないと、思っている気がする。
そんな人にとって料理とは何なのだろうか。
生きる為に必要なことであるのはまず間違いないだろうが、あの人は他にどんな理由があるのだろう。
「――まぁ、後は誰かに食わすんが好きな人もおるわな。そん人、新作〜とかで何か作るんちゃうの」
「うん。新作のケーキとかクッキーとか料理とか…集まりがあったら何かしら作ってきてる」
店を持ってるから、というのもあるか。
「ま〜〜〜〜…料理上手な男は結婚相手としては有望かもしれんがな?案外恋愛関係ではもてんもんよ。『それだけ上手けりゃ必要ないじゃん』とか…あ、言ってて悲しくなってきたわ」
確かに、あれだけ上手いと何を作っても見劣りするだろうと思ってなかなか手作りで渡す勇気が出ない。
これまでに手作りで何かあげたかと言えば、彼と常に一緒にいる相棒に昼寝用のいびつなクッションをあげたぐらいだ。
彼にあげたものと言えば、ウイスキー用のグラス入りのボンボンと、次のバレンタインでのチョコレートとライター。
後は探偵事務所に差し入れしたパイ…は、皆で食べたからノーカンで。
「(……ホントにそれらしいもの作ってないや…)」
「………お前、その人にそれらしいものな〜んもやったことないんやろ。図星やな?」
「!うっ…うるっさいなっ!!それよりちゃんと教えてよっ」
教えとるのに時間かかりすぎじゃ!と喝が飛ぶ。
「大体チーズリゾットなんてなぁ、30分ありゃあそこそこのんは作れるねんど?さっきからちんたらちんたらホンマに〜〜〜〜」
わざとらしく腕時計の針を指差す瑞帆。時間は開始してから既に40分経過。
彼いわく15分ぐらいの段取りでもたついてるらしい。
「初めてなんだからちょっとぐらいいいじゃないのさっ!」
ムキになりつつも、そうこうしている間にようやくリゾットの完成だが、若干香ばしい。
「台所での動きも考えて作業せなな。流れ作業なんやし。煮込みやグリルでの焼きがあれば、その間に別の材料刻んで下ごしらえして、火加減見つつ作業続けて別の料理を作る―――…お前の城やねんから、もちっと動線考えてモノ置かんとな」
「〜〜〜〜わかってるよ…」
野菜に竹串通して、スッと通るのを確認したら塩コショウで味を調え、ようやくポトフも完成となった。
「……昼前から始めて二時半か……まぁ、お前にしちゃこんなモンちゃうか?」
一気に空気が抜けるように、深々と疲労感を伴う溜息をつく秋良。
料理ってこんなに疲れるものだったっけ?
普段こんな長い時間台所に立つなんて事なかったからめちゃくちゃ疲れた気がする。
「さて、腹減った〜飯にしよ」
「…は〜い」
先に出来たリゾットは少し冷め気味だったけど、ちょっと焦げたけど、味はまずまずだった。
ポトフは思った以上に美味しく出来たので、ここで秋良も満面の笑顔を見せる。
「まぁギリギリ。ほんっっっまギリッギリで及第点やろか。後はもちっと練習してからのがええやろな」
その人に出すのは、と、またにやにやした笑顔。
おのれ、忌々しい。
そんな事を思いつつも、あの人が食べたらどんな反応するんだろうと、想像でちょっとにやけてしまう。
頑張ったんですよ?
じゃないな、これぐらい出来るんですから。かな。
サングラスの向こうの金色の瞳はきっと驚くと思う。
それで特に大袈裟に褒める事もなく、へぇ…とか、やるじゃんとか、一言言うだけなのだろう。
それでもいい。
それだけでもいいから、あの人に日頃の感謝と、友達以上に想って欲しいこの焦がれる想いを、何かしらの形にして届けたい。
「(後何回か練習して、自信がついたら作りにいきますからね?――……北城さん…)」
―了―
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