コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


縁の協心 - 影と疑惑の接触 -



 ”アヌビスからメールを受信しました”


 送信者アヌビス 02月01日 22:36

 K.Pさんへ
 やぁ、とうとう明日だね。
 バーを貸してくれる友人が「ゆっくりくつろいでくれ」と言っていた。
 落ち合うのが楽しみだよ。



 パソコンのディスプレイを見つめて。
「明日ですか……。吉とでるか凶とでるか……」
 吉奈はじっとメールを凝視する。
 アヌビスという名前は偶然だろうか。その名はエジプトで有名な冥界神の一人。冥界へ死者を導く役目を持つ。まるで”魔”との関連をほのめかしているかのよう。
 すでに祐へ緊急連絡をしている。あとは約束の時間を待つだけだ。
 相手には気づかれていない、と思う。そのはずだ。

   *

 日が落ちて闇に沈む街。黒に色濃く支配され、僅かな動きさえも溶け込んで消えてしまう。
 街の中心部で定刻通り、停留所にバスが止まった。排気ガスを空気中にまき散らす。
 乗客を一人降ろすとパタンと扉が閉まる。バスは暗闇の中、ライトを照らして車の波へと入っていく。
「来たか、吉良原」
 見知った姿に声をかけた。
 顔をあげた少女はくすっと微笑む。
「待たせましたか?」
「いや……、時間通りだしな。それに……」
 女を待たせるわけにもいかないしな、とボソッと呟く。
「? ……何か言いました?」
「なんでもないっ。それよりその格好、なんだ?」
 吉奈は少し目立った衣装をまとっていた。白と黒を基調とし、ボーダーのニーソックスに目がいく。
「すてきだと思いませんか? けっこう気に入ってます」
 スカートの裾をつまんで上げる。
「ま、まあな。似合ってるよ」
 あまり言ったことがない言葉に鼻の上をかきながら目を逸らす。

「で、緊急の件ってなんだ? ”魔”の情報って」
 真剣な目で返す吉奈。
「この前の、ゲームセンターでの対戦相手と思しき者と連絡がとれました」
「へ? 本当か!?」
「ええ。あの格闘ゲームの公式掲示板で知り合ってから、メールでのやり取りを続けまして……。今日は、オフ会と称して直接会う手はずになっていますよ」
「オレたちだけでか?」
 祐は身を乗り出す。
「ええ。そう、三人です」
「でも、オレは格闘ゲーム、したことないぞ?」
「それは問題ありません。ゲームの世界に入ったばかりだけど格闘ゲームに興味がある、ということにしてますから」
「そ、そっか」
 用意がいい吉奈。少し罪悪感を感じながらも、まだ相手は黒に近い灰色。仕方ないか、と肩を窄める。

   *

 ビルの最上階に、待ち合わせのバーはあった。
 淡い光がともされ、大人の香りが漂う。壁には小さな絵画がモダンな雰囲気を邪魔せぬよう配置されている。夜の癒しにはもってこいの場所だろう。まだ未成年の二人さえ居心地がいい。
 マスターの後方にはウィスキーなどが並べられ、色とりどりのグラスも置かれている。だが、バーの空気を乱すことはない。マスターがどれほど色に気を遣っているのか窺える。

「貸切!?」
 お客は一人しかいない。他は空席だった。
 これほどのバーであれば、もっとたくさんのお客がいてもいいはずだ。
「相手はどうやら小金持ちのようですよ」
 ひそひそと呟く。
 アヌビスが友人のバーを貸し切ったのだ。
「……あの方でしょうね」
 その台詞に祐は首をめぐらせる。

 カウンターで氷をカランと揺らしながら琥珀色を見つめている客がいた。ブランド物のスーツに袖を通した四、五十代の男性。淡い光の中で映る横顔は物憂いを秘める。以前はもてていただろう美中年。しわが刻まれようと損なわれない。
 吉奈はその風貌にとくん、と鼓動が打つ。
「すみません、アヌビスさんですか?」
 男はゆっくり吉奈へと振り返り、すぐに破顔した。先ほどとは打って変わった笑顔。
「おや、君かね。K.Pというのは」
「はい」
 同時に頷く。
「こんなに可愛いお嬢さんだったとは!」
 脳髄の芯までひびく声は吉奈を痺れさせる。
 男の笑顔によって瞬く間に酔ってしまう。警戒していた紅玉の瞳は熱情で満ち溢れた。
「あちらに席を移動しましょう」
 地上の摩天楼を覗くソファを勧める。一つ一つの所作に品があり、どこかの貴族のようなアヌビス。
「夜景がすごいですね」
 絶景のポイントだ。雑誌に取り上げられても不思議じゃない。天地が星で埋め尽くされ宙に浮いてるかのような錯覚。
「そうでしょう。お気に入りの場所ですよ」
 そして、お互いに自己紹介をする。ただし、本名は明かさない。オフ会だからだ。いつもの日常を忘れるひととき。

「君は……」
 祐に話がふられる。上から下までじっくり観察して。
「まだ始めたばかりだったね」
「ああ。K.Pから影響されて」
 吉奈をちらっと一瞥する。
「そうなのか。格闘ゲームは面白いよ。連勝すると爽快感がある。ストレス発散にもなるしね」
 にっこりと微笑む。一見優しそうなおじさん。だが祐にとって嘘くさかった。祐の周囲には生まれた頃から疑心や欺瞞が充満し、笑顔の仮面で取り繕う人もいた。作り顔はそれが些細なものでも分かってしまうのだ。それを知ってか知らずか、甘い声で吉奈が問う。
「様々なゲームをプレイされてるんですか?」
「ああ。RPGを始め、幅広く手を出すよ。……だがそれでも人物育成ゲームや恋愛ゲームはしないね、はははっ!」
 口を大きく開けてバー中に響き渡る。こんなおじさんが手を出すもんじゃないね、と。
「結局最後は格闘ゲームに帰ってきてしまうんだ」
「全く同感です」
 すでにアヌビスにのせられている吉奈はこくこくと頷く。
 目の前の男性は吉奈の好みだ。ストライクのど真ん中。男性の魅力にまいっていた。
 だが吉奈は好きになった男性を殺さずにはいられない。破滅的なサガを背負っている。必死に殺しの衝動を抑えつつ、魅惑にズブズブと入り込んでいく。
 吉奈の心の内など見えるはずもなく、祐は大丈夫か……? とはらはらしていた。吉奈が楽しむほど不安が大きくなっていく。

 男の瞳の奥で何かが光る。会話の合間に舐め回すように吉奈を見る。その光は時が経つほど増していく。
 普通じゃない、と祐に思わせた。もし”魔”にとりつかれていなくとも、捻じ曲がった狂気が潜んでいる。
「おや、そちらの彼は楽しんで頂けてないようですね」
 祐と視線が絡み合う。探るような瞳に鋭利な銀の刃で迎えた。
「おっと、睨まれてしまった。彼女をとられて不機嫌かな?」
「そう、なんですか?」
 祐を潤んだ瞳で見つめる吉奈。
「ち、違う!」
「はははっ、純朴な少年だね」
 ふふふっと二人で理解しあえた微笑み。

   *

 時間を忘れてゲームのことから世間のニュースまでおしゃべりしあう二人。少年が一言、二言、間を挟んで夜は更けていく。
 アヌビスがカウンターそばの時計を確認した。
「もう、こんな時間だね。二次会に行こうと予約していたんだがやめておこうかな」
「二次会ですか?」
「すぐそばに美味しいレストランがあるんだよ。遅くまで開いていてね、夜食として食べても胃がもたれない」
「行きましょう!」
 このまま男と離れるのはもったいないと感じた。キラープリンセスとしての衝動もあり複雑だったがどうしてもアヌビスのそばにいたかった。
「だが君たちは未成年だろう?」
「大丈夫です!」
 そして、ちらっと祐にも同意を求めた。
「あ、ああ。俺もいい」
 二次会に行きたがる二人に、小さく息を吐いて。
「……分かった。食べたら帰るんだよ?」
「ええ」
「じゃあ、行こうか」
 アヌビスは二人のジュースの分まで支払った。二人が止めても、ここに誘ったのは自分だから、年長者だからと譲らない。申し訳なく思いながらも、奢らせてもらうことになる。

 バーは最上階。エレベーターの中で自然と吉奈は男と腕を組む。アヌビスもまんざらではないようだった。
(本当に大丈夫かよ!?)
 心配をよそに二人の会話ははずむ。
 一階に到着し、出入り口に向かう。二人に数歩遅れて祐は後をついていく。男の顔を眺めながら。
 シャンデリアが飾られた吹き抜けのロビーを通り過ぎ、一歩ずつ外へ足を伸ばす。
 人も車も少なく、大通りに面していないそこは騒音が遠い。街灯が夜道を照らしているだけだ。

 ――突然、男の顔色が変わった。
 笑顔が消え、暗く淀んでいく。闇の中の沼のように。
 瞳だけがギラッと輝いた。
 それは一瞬。首筋にピリリと刺激が走る。
 気配が変わったと気づいた時にはもう遅い。
「きゃっ!」
 吉奈を腕に捕らえ、近くの街灯の上に軽々と降り立つ。
「お前!!」
 予想外の展開に驚く。しかし、やはり黒という予想は正しかったと言わざるをえない。
「少年、この子は貰っていくよ」
 男の背中から黒いもやがゆらゆらと立ち昇る。
 祐は一つの失敗をしていた。少年の緊張と警戒は、ただのオフ会ではないことを男に伝えていたのだ。いや、元々そうするために誘ったのだ。
「やめろ!」
 制止も効かず、アヌビスは吉奈を肩に抱えて飛び去っていく。
「待て!」
 だが、屋根や屋上づたいに飛んでいく者を捕まえることはできない。祐は魂を天に還す能力はあっても、飛べないのだ。
「吉良原!」
「魄地君!」
 遠くで祐を呼ぶ。その声がどんどん遠ざかっていく。
「くそっ!」
 ギリッと歯を噛む。
 二次会の話は嘘だった。手っ取り早く外に誘うためにおびき出した。二次会に行かなくとも他の手を用意していたに違いない。男の怪しい挙動に気づいていたのに、防げなかった。守れなかった。
 いや、最後まで諦めない! 祐は駆け出す。


 風を切りながら街の上空を跳ねる。後ろを振り返ると、先ほどのバーの光は小さくなっていく。
「どういうことですか?」
 努めて冷静に問うた。
「君が欲しいからさらったまでだ」
 だが吉奈は信じない。
 男は祐を置き去りにして、どこかへ飛んでいく。ニヤリと口角を上げたまま――。



------------------------------------------------------
■     登場人物(この物語に登場した人物の一覧)    ■
------------------------------------------------------
【整理番号 // PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 3704 // 吉良原・吉奈 / 女 / 15 / 学生(高校生)

 NPC // 魄地・祐 / 男 / 15 / 公立中三年

------------------------------------------------------
■             ライター通信               ■
------------------------------------------------------
吉良原吉奈様、いつも発注して下さりありがとうございます!

前編です。続きがどうなるのか楽しみでなりません。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
リテイクなどありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
また、どこかでお逢いできることを祈って。


水綺浬 拝