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+ 甘きじゃれあい +
それは十二年前の話。
ソール・バレンタインがまだニューハーフでも魔法少女?でもなくただの少年だった頃。
ミネルバ・キャリントンがまだサキュバスの血に目覚めていなかった頃。
バレンタイン家の人間は普段はロンドンにある屋敷に住んでいるが、長期休暇の時はイギリスのウェールズにある十八世紀に建てられた歴史ある邸宅で過ごす。ソールとミネルバは家族ぐるみの付き合いがあり、またソールの姉とミネルバは親友同士でもある。その縁もあってミネルバも夏休みの間彼らの邸宅に訪れ気兼ねなくゆっくりとした時間を過ごしていた。
「ねえ、ミネルバは将来学者になるのか?」
ふと問い掛けられた言葉にミネルバは目の前のパソコンから顔を持ち上げる。
彼女は飛び級でケンブリッジ大学の大学院の歴史学を学んでおり、現在博士課程を受けており博士論文もほとんど書きあがっている。今はそれを推敲していた。
ソールは今までミネルバの部屋で大人しく本を読んでいたがそれも飽きてしまい、ミネルバの肩に手を置いで横からぴょこっと顔を出し話題作りにモニターを指差しながら問い掛けた。
対してミネルバはゆっくりと口を開いた。
「博士号を取ったら陸軍士官学校に入るわ」
「りくぐんしかん? 軍に行くの?」
「そう。私は歴史以外の事を学びたいの」
「え、でもミネルバは歴史が好きなんでしょ?」
「ええ、歴史学はとても面白いし好きだわ。でも……私はまだ学者の道を自分の将来の姿として決められないでいるの。だからこそ、歴史以外の事を勉強してみたい」
論文が表示されているモニターから視線を外すと彼女は両手を組み頭の上へとぐっと伸ばす。
骨が鳴る音を聞きながらソールはふぅん、と頷き小さく笑む。内心歴史以外のことを学ぶ彼女の姿なんて想像出来ないと思うも、それとはまた逆に他の道を見出そうとする彼女の姿を「妙に合う」とも感じていたからだ。
ソールもまだ子供ゆえ将来の姿を明確に見ることは出来ない。けれどミネルバは若いながらも探そうとしている。だからこそ自分より四歳上の姉のようなこの人を心から応援しようと思った。
そしてミネルバもまたソールのことを可愛い弟のような存在だと感じている。
だからこそソールがミネルバの首に抱きつくように無意識に回してきた腕が愛しかった。
「そうだ、お土産があったんだわ」
「おみやげ? なになに、面白いもの?」
「ふふ、日本のアニメと漫画、それにゲームよ」
「わぁい! ミネルバ有難う!」
立ち上がりトラベルバックの中からソールはミネルバ宛ての土産をいくつか取り出す。
可愛らしい少年少女の絵が描かれた漫画、ロボットを背にしてポーズを決める青年が描かれたゲームなどをソールの手に乗せてやれば彼は満面の笑みを浮かべてそれらを抱き締めた。
実はミネルバの叔母と姉が日本人と結婚した関係でこういう物が割と簡単に手に入る。これは二人の共通の趣味であり、二人が後に日本語を勉強した理由の一つでもあった。
可愛い「弟」の反応に満足するとソールはポットからカップへと湯を注ぎ紅茶を淹れる。美しく模様付けられた陶磁器を差し出せばミネルバは両手で受け取り縁に唇を当てた。
「ねえ、日本のエルフって伝承や昔読んだ児童書とは違うと思わない?」
「やっぱり人種によって好きな理想キャラクターっていうのがあるのかなぁ」
「んー、マスメディアの影響もあるかもしれないわね」
とても温かで和やかな時間。
二人はこんな時間を愛していた。
日本のアニメや漫画について論議していると二人の母親から夕食前にシャワーでも浴びるようにと声が掛かる。彼らはそれに対して二つ返事をした。
「じゃあ、一緒に入る?」
「え、や、やだよ!」
「風呂なんて子供の頃から一緒に入ってたのに何を今更」
「幾ら僕らの仲だっていってももう二人ともそんな小さい子供じゃな――」
「いいからいいから、ね?」
提案に動揺するソールの背中を押し強制的に浴室へと押し込む。
次に彼が何かを言い出そうとする前にミネルバは素早く衣服を脱ぎ軽く畳んでから棚へと置く。その様子を時々ちらっとソールは盗み見ながらも仕方なく自分の服に指を引っ掛けた。
旧知の仲とはいえすでに女性として成熟したミネルバの身体に恥ずかしさを覚えボタンが中々外せない。かしかしと爪先を引っ掛けて何とか全て脱ぎタオルを腰に巻いて浴室内に入って小振りの椅子に腰掛ければ、後ろからソールが抱きつくように身を寄り掛からせてきた。
「背中、洗ってあげようか?」
「せ、背中を洗うのにこの距離は近すぎるんじゃない!?」
「私はそうは思わないけど……ああ、何なら前から洗って欲しい?」
「む、むね、胸が当たってるからっ」
「ふふ、昔より大きくなったでしょ?」
「そういうことを言ってるんじゃないよ! ――ふぁっ!」
たわわに実った胸元を見て動揺するソールの耳にミネルバはふぅっと息を吹きかける。ソールは思わずぞわっと鳥肌を立てた。
その反応が可愛くて思わずミネルバは自身の内に悪戯心を咲かせ、更に、更に、とコミュニケーションを加速させていく。
例えばちょっと背中を洗う時にうなじを食んでみたり、腿を指先で撫で下ろしてみたり、……と。
何かする度にソールはひくひくと肌が震わしたり、柔らかな頬から耳にかけて朱を走らせたりと面白い反応をするので、思わずぺろっと舌を出し次は何をしようか考えてしまう。
だが当然ソールだってされるがままではない。
振り返りミネルバの肩を掴むと密着したその身体をべりっと引き剥がした。
「っ〜……! もう、止めてってば! 止めてって言って……言ってるの、にぃッ……!」
「ソール?」
「も、子供じゃないんだって、言って、言ってる……の、にぃ……っく、え、っく……〜っ」
「え、ちょっと、泣かなくてもいいじゃない!」
「知らないよ! ミネルバのばかぁー!!」
最後には目に涙を溜めながら怒りだす。
そんなソールをみれば流石にやり過ぎたと気付きミネルバは慌てて謝罪の言葉を口にした。
「御免なさい。御免ね。もうしないから」
「ばかっ、これでも僕だって男なんだから!」
「うん、うん。ごめんね、からかって御免なさい」
「う、う、う〜……もう、しないって本当に、約束、してくれる?」
「うん。約束するわ。もう悪戯に触ったりしない。ほら、仲直りのキスをしましょ。何処がいい? 頬? 額? 鼻? ソールに選ばせてあげる」
指先でソールの目尻をなぞり涙を拭ってやりながら問い掛ける。
彼は一瞬きょと、と目を丸めるも謝罪の言葉とキスの意味を理解し片手を持ち上げミネルバの耳に添えた。
唇を寄せる。
そして一言だけ、ぽつり、と。
彼が離れる頃にはまた少し肌が赤くなっていることに気付き、ミネルバはそんなソールの愛らしさに笑みを浮かべ自ら身体を寄せる。
「じゃあ、これで仲直り」
ちゅ、と小さな音。
ソールが望んだ場所に、ミネルバは唇を落とす。
それから額をこつんと二人合わせて、無邪気に笑いあった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7833 / ソール・バレンタイン (そーる・ばれんたいん) / 男性 / 24歳 / ニューハーフ・魔法少女?】
【7844 / ミネルバ・キャリントン (みねるば・きゃりんとん) / 女性 / 27歳 / 作家・風俗嬢】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、初めまして。発注有難う御座いますv
「ちょっと意地悪だけど結局の所弟に甘いお姉ちゃん」と「お姉ちゃん大好きな弟」ということでこんな感じで。過激にならない程度に、けれど二人が持つ雰囲気が伝わるよう表現を甘くさせて頂きました。気に入って頂けることを祈ります!
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