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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


逆バレンタインに想いを乗せて


  バレンタインデー。好きな人にチョコを渡して告白する日。
 …というのは日本の製菓会社の思惑で。
 国内にうまく根付き、今やバレンタイン商戦とも言われる、業者にとって稼ぎ時の一つともなっている日である。
 義理、本命、友など時代が変わるにつれて様々な形で商品展開している。
 昨今、逆チョコなるものも登場した。
『男の子からあげたっていいじゃない☆』的な。


 で。


 「…………俺が?」
「そうです。日頃の感謝の気持ちを込めて、如何です?買うのは勇気がいると思いますから、作るというのは」
 何を思ってやってきたかと思えば、そんな事を言い出す人形師、翡翠。
 その風体を見る限りとてもバレンタインとか菓子作りからは程遠いように見えるのに、意外に流行り物好きな事が判明した。
「「ハードボイルドにそんな必要はない」」
 草間と同時にそう言う翡翠。
 考えがモロバレなあたり、草間という人間をよく理解している。
 だがそんな事では当然ながら引き下がる気はない。
 まだまだ男性社会が根強いとはいえ、商売において如何に主婦・OL層の心をゲットするかが重要とされている時代だ。
 たまにはお菓子メーカーやら百貨店などの思惑に乗っかって、日頃の感謝をここぞとばかりに伝えてもいいだろう。
 あわよくば告白とかしちゃってもいいだろう。
「まぁ、そんな訳で。都内にアンティーク調のいい雰囲気の喫茶店がありまして、そこを貸切にバレンタインパーティを開こうかと」
 ついてはそこで出される菓子類の制作を男性陣がやろうじゃないかという企画らしい。
「常日頃迷惑…ではなくお世話になっている方が大勢いらっしゃるでしょう?たまには労を労ってもハードボイルドに傷はつきませんよ?」
「…」
 こちらがどれだけ異を唱えても、何だかんだと従うはめになってしまうのが、草間の悩みの種であった。

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 「何・だ・コ・レ・は」
「エプロンですよ?」
 それ以外に何と言えばいいのでしょうと首を傾げる翡翠。
 エプロンなのは重々承知している。用途も分かりきっている。
 分からないのは何故フリフリなのかという事だ。
「だからシュラインにエプロン借りて来いって言ったんだ」
 隣でゲタゲタ笑うパーティ会場のオーナーでもある北城善。
 悪びれた様子もなくフリフリエプロンを差し出す翡翠。
 そしてこれ以外が割烹着しかないという選択肢とも言えないチョイスに草間武彦は眩暈を覚える。
「北城さん…流石にそれはちょっと酷だと思うの」
 お店の予備があるでしょ?と困った様子で善に問うシュライン・エマ。
「自分がされたら嫌なくせに、よくやりますよねーそういうこと」
 溜息混じりに善を見据えるのは氷雨雪野(ひさめ・ゆきの)本日は非番であった。
「エプロンした方が汚れないと思うんですけど、流石にフリフリは男性は抵抗あるんでしょうかね?」
 と、まぁ草間零(くさま・れい)も含めて女性陣に囲まれる始末。流石に冗談なのだが。
「何も女装しろと言っているわけではないのに…」
 やれやれといった面持ちで、翡翠は普通に割烹着を着ようとしている。
 日頃使用しているから抵抗がないらしい。
「え、じゃあ俺コレ?!」
 消去法で残ったフリフリエプロンを見つめ、愕然とするのは羽角悠宇(はすみ・ゆう)だった。
 それでいいならいいけど、こっちもあるぞと、善は店用に使っている物の予備を草間と羽角、二人分ちらつかせる。
 そっち!と黒無地のエプロンを指差し、羽角は嫌な汗かいたとため息をつく。
「じゃあこれは私が使わせて貰いますね」
 くすくす笑いながらフリフリエプロンを手にするのは初瀬日和(はつせ・ひより)だ。
「私は自前で持ってきましたから」
 善がエプロンを差し出そうとしたところ、桐嶋秋良(きりしま・あきら)は、ほら!とシンプルだが女性らしいデザインのエプロンを取り出してみせる。
 この辺は先日料理講座を知人に受けてから購入したものだが、料理するんですよというアピールも込められていた。
 そのうち作ってあげる為の伏線ということで。



 「まぁ、乗り気じゃないなら自分のお酒のつまみ用にと思えば良いんじゃないかしら武彦さん」
 オレンジェットなんてどう?と薦めてみるシュライン。
 オレンジピール自体は市販の物使えばいいし、工程自体は簡単なもの。
 何種類かチョコの味変えたり、オレンジピール自体も皮の細長いのや輪切りの物とかで、出来上がりの雰囲気変えて楽しめる筈だと提案してみる。
 ついでに香り付けにオレンジピール漬けておくウィスキーで気分転換できるかもよと。勿論酔わない程度に控えめ推奨。
「ん〜…それなら、まぁ…」
 渋々承諾する草間はシュラインに言われるままあれこれと準備を始めるのであった。
 そんな草間たちを後目に、男からチョコレートなんて正直照れがある羽角は色々葛藤している。
 渡す相手が近くに居るのだから余計である。
 だけど好きな女の子が自分以外の奴から先にそうされたりするのはちょっと…いやだいぶ納得がいかない。
 抵抗こそあれども、色々構想は浮かぶ。
 あれこれしたい事を思い浮かべ、その中でチョコだけじゃ寂しいからと作り終わったら近くの花屋に買いに行こうと事前にチェックしていたりとか、悩みながらも何気に楽しんでいる風ではある。
 しかし肝心の手元はお留守となっていた。
 さて時間までに出来るのか心配だ。
 そんな羽角の様子に手元がお留守になってますよと日和は笑う。
 おもてなしされる事はあっても、する方はなかなかないであろう男性陣。でも、もてなされるのを待っているより一緒に手伝ってその雰囲気を楽しみたくもある。
「思ったより男性少ないですね」
 隣に居た雪野に尋ねる日和。逆バレンタイン計画は思った以上に男性陣に抵抗があったらしい。
「そうですね。男性三人の女性が五人…」
 そんなやりとりをしているうちに、話は徐々に何を作るかに変わって行き、最近流行の生キャラメルとか、それに珈琲混ぜたりチョコレート混ぜたりもいいよね、なんて話に花が咲き。
 しまいには羽角を囲んであれやこれやと二人で提案しつつも、実際には女性二人が率先して動く構図が出来上がってしまった。
 羽角は言われるままに動くものの、やはり何処か上の空。
 どんな風にしたら喜んでくれるだろう。イメージばかり先行してしまい、結局手元は覚束ない。
 翻弄されるがままの男性陣。
 果たしてどうなることやら。
 自分で好きなように混ぜたり溶かしたりしながら、翡翠はその状況を楽しそうに見つめていた。



 「…所で北城さん、誰かにチョコ、あげるんですか?」
 色合いの優しげな布でテーブルセッティングや花を飾ったりと、店内の飾り付け中にさりげなく、でも内心不安いっぱいな秋良が善に尋ねる。
 草間や羽角とは別に、既にカウンターの内側で細々した飾り付けに入っている善は、その問いにんー?そうさなぁとそれっきり。確実に生返事。
 見かけによらず料理やお菓子作りはかなり上手いし拘るこのグラサン三十路男。
 手元の作業が一段落するまではまともな返事は期待できないっぽい。
「(マジメに返答されるよりは…マシかな…)」
 それが最後通牒というか、一刀両断されることになるかもしれないし、一縷の望みがあるかもしれない。
 気になるけれど、気にしちゃいけない。
 お世話になってる人は沢山いるだろうし、チラッと見た限りでは沢山作ってるから、特定の一人にというわけではない。
 それだけで少し安心するも、自分もそのうちの一人でしかないのだろうかと少し、寂しい気持ちになる。
「ところで、翡翠さんは誰の為に?」
 気を取り直してラッピング用の包装紙を選んでいる翡翠に尋ねてみた。
「師匠と紅蘭へ。そして桐嶋さんやシュラインさん、本日来ていらっしゃる女性の方々全員に…ですねェ」
 今日も楽しませてもらってますからと笑う翡翠。
 話を聞いているとどうやら髪付師見習いの紅蘭に今年の流行は逆バレンタインだから、チョコをくれとせがまれたらしい。
 本命とかそんなワクワクするような話題は微塵も見られないあたりは、何となくこの人だなぁと納得してしまう。
「わ、綺麗な包装紙」
 カウンターの一角に並べられた包装紙やリボン、オシャレなデザインのボックスやコサージュなどに目を輝かせる日和は、それらを手に取り雪野と共にあれこれと見比べている。
 そろそろ仕上げという段階まで来た所で後は野郎共にやらせるからと、厨房から追い出されたシュラインが苦笑する。
「ま、そろそろ物は出来そうだし、包装紙選びは後回しとして…私はカナッペでも作ろうかな」
 奥の厨房は男性陣でてんやわんやしてるから、カウンター内のシンク周辺を借りてチョコレート以外に口に出来るものを作ろうと準備を進める。
 チョコレートは大好きだけど、他の人はそれだけではちょっと寂しいだろうし、飽きもくるだろうと予想しての行動だった。
「他の味があればチョコの味も楽しめるものね」



  あーでもないこーでもないと実に喧しい厨房がようやく静かになった。
 どうやら何とか完成したらしい。
 セロファンや紙に包まれた本体を皿に乗せて、ラッピング選びに突入する男二人。
 善はパーティ用の仕込みをしていた為、ラッピングなどは既に済ませてあるようだ。
「な、中は見るなよ」
 箱を選んで中に突っ込んで、本体が見えないようになってからシュラインと一緒にラッピング作業に入る草間。
 そんな姿をいとおしげに見つめながらも、はいはいと笑顔で作業を手伝った。
「あっと、花買ってこなきゃ」
 ラッピングに入ろうとした矢先、テンパリ過ぎててすっかり忘れていた一枝。近くの花屋に早咲きの種類だが桜があった事は既に確認済みである。
 値段までは見てなかったが、何とかなるだろうと思いたい。
 羽角は慌てて彼女の好きな桜の一枝を購入しに走っていった。
 その間、当の彼女は飾り付けや翡翠のラッピングの手伝いに勤しんでいる。
 貰う側が工程を全部見ていてはやり難いだろうという配慮…ではなく。その場の雰囲気であれやこれやと祭の準備をトコトン楽しんでいる様子であった。

「な、なんとか…」
「お疲れ様、武彦さん」
 ハードボイルドとは程遠い、可愛らしいラッピングが目の前にあり、恥ずかしさからいつものように煙草を吸おうとするが、一階は禁煙だと善に取り上げられてしまう。
 頑張ったんだからちょっとぐらいいいだろうと交渉するが、結局外に出て蛍族という結果になった。
 夕暮れ時の二月の寒さが肌に沁みる。
「よし…こっちもできたぁ〜〜〜…」
 ヘロヘロになりながらも、彼女の好きな色合いと彼女の好きな花を添えた繊細な一品が完成し、思わず掲げてしまう羽角。
 そして残った問題は、パーティ中にいつ何処で渡すかということだった。
 他の人もいるわけだし、悩むなぁと呟く彼のポケットの中にはシルバーで作ったチェロの携帯ストラップが。
 もっと美味しくて甘いモノを食べなれているだろう。
 花だってきっと貰いなれてるだろう。
 だけど、ここには精一杯の自分の日頃の想いが込められている。
 色んなものに敵わないかもしれないけれど、想いの大きさだけは自信がある。
 喜んでくれるかな、そんな風に思いながら掌の包みを見つめた。



 「バレンタインパーティとはいえ、多少食うものもないとな」
 シュラインが作ったカナッペと一緒に、善が予め用意していたサンドイッチやバレンタイン用のチョコレートやココアを使ったケーキやクッキーなど、女性が喜びそうなラインナップがズラリとテーブルに並ぶ。
 秋良や日和たちが飾り付けた店内で、立食形式の簡単なバレンタインパーティがようやく開催された。
 昼前に開始して、現在外はすっかりネオン煌く夜の街。
 どれほど時間がかかっただろうか。
 慣れない事をした男二人はヘロヘロになりながらも、パーティに参加する。
 人数が多ければそれなりにこっそり渡す事もできようが、思った以上に少ない人数ゆえ、その行動はあまりにも目立つ。
 後でパーティが終わる頃か、終わった後に店外で渡そうか。
 そんな風に考えつつ、チョコとポケットの中のプレゼントを意識した。
 青春だなぁと羽角の動作を横目に、シュラインは店内に漂うチョコレートの香りを満喫しながら、事前に用意しておいた渋い包装したブランデーボンボンをこっそりと、隣にいる草間に渡した。
「ハッピーバレンタイン、武彦さん」
「ぁ、ああ…サンキュな」
 貰った包みと入れ替わるように、その手には苦労して作ったチョコレート。
 周囲の目を気にしつつ後ろ手にこっそりと、日頃の感謝の言葉も添えてサッと渡して目をそらした。
 後で事務所でゆっくり味わうわね。有難うと共に囁かれた言葉はとても甘酸っぱい。
 そして日頃迷惑かけっぱなしの妹にも、兄から手渡される包み。
 有難う御座いますと小さな幸せを手の内に抱きしめ、にっこりと微笑む零。
 草間はようやく使命を全うしたとばかりに脱力したのであった。

「ん〜〜…やっぱり美味しいなぁ…」
「ほんっっと…顔に似合わずこんな美味しいものを作るなんて…」
 秋良は雪野と共に出されたつまみとチョコレート菓子を堪能中。
 実は自分でも用意してきたのだが、市販の生チョコですらこれらの前には霞む。
 手作りで挑戦してみたものの、やはり料理とお菓子作りは異なる点が多く、見事に失敗。
 出せない。諦めて購入した市販のものですら出すのが恥ずかしい。どうしよう。
 美味さに舌鼓を打ちつつも、内心はぐるぐると迷宮を彷徨っている。
 渡すべきか、渡さないべきか。それが問題である。
「男性でこれだけ出来ちゃうと、結構自信なくしそうですよね」
 苦笑しつつも、目の前に並ぶ誘惑に、どれにしようかと悩む日和。
 そう、そうなのだ。
 思いっきり自信なくすんだ。
 心の中で激しく同意する秋良。
 そんな事は露知らず、日和は手ごろな食べ物とドリンクをトレイに乗せて羽角の所へ運んでいく。
 お疲れ様と笑顔を届けに。

 その場の空気にほんわかしつつも、秋良は鞄の中の包みをどうしようか悩み中。
 パーティもそろそろ終わりの時間。
「(どうしよう…)」
「ほらよ、秋良」
 聞きなれた声の、聞きなれない呼び方に反応が遅れた。
「へ?」
 素っ頓狂な声を出しつつ振り返ると、目の前には先ほど皆と一緒に受け取ったものとは違う包み。
 前にいいモン貰ったしな、そう言って胸ポケットから取り出したライター。
 使っててくれた。そう思った瞬間ぱぁっと頭の中の靄が取り払われた気がした。
「あ、ああああありがとうございます…」
 そういえば、今名前で呼んだ?
 呼んだよね?
 聞き違い?それとも願望?
 でももう一度言って欲しいとは流石に言えない。恥ずかしすぎる。
 勘違いだったら輪をかけて。
「(聞こえた事にしておこうっと…)」
 でも結局チョコレートは渡せなかったというオチ。



 今年のバレンタインパーティは逆バレンタインがコンセプト。
 皆それぞれに甘酸っぱい記念となったことだろう。
 そして日頃の感謝と尊敬の念を込めつつも、来年は無理!と心底思う男性陣、内二名であった。


―了―
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2981 / 桐嶋・秋良 / 女性 / 21歳 / 占い師】
【3524 / 初瀬・日和 / 女性 / 16歳 / 高校生】
【3525 / 羽角・悠宇 / 男性 / 16歳 / 高校生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、鴉です。

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