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<東京怪談・PCゲームノベル>


大切な大切な普通の一日


 その日はまだ冬といってもいいのに暖かくて、冬物のコートを着ていると汗ばむくらいだった。けれどもコートを脱いでしまうと肌寒い、そんな困った日。
 お天道様が悪戯をしたのだろうか、けれどもこんなに晴れ渡った気持のいい日。家に閉じこもっているのはもったいない!
 樋口・真帆はふらり、家を出た。どこに行くわけでも何をするでもなく、家の中にいるのがもったいないほど晴れ渡った日だったから。

 がやがや、がやがや。
 晴れた日の休日。こんな日はやはり皆考える事は同じなのだろうか。駅前は多数の人でごった返していた。
 どこにいこうかな。
 電車に乗るか乗らないかすら決めていなかった真帆の目に彼女がとまったのは、偶然だった。
 ピンポーン!
 お決まりの機会音。無情にもバタンと閉まる改札機の扉。
「きゃあっ!」
 それに驚いたのか、銀の長いウェーブヘアをふわりとさせて、その少女は改札機の間に座り込んでしまっていた。周りを通る人々は心配というよりは迷惑顔で、塞がれてしまった一つの改札機を見ている。
「ちょっと緋穂、何やっているの!」
 髪の長い少女に駆け寄ったのはこれまた銀髪の少女。しかし髪は短い。二人揃っていると西洋人形のようだった。
「だってぇ……さっき近くを歩いていた女の人が『カードがあれば改札通れるのよ』っていってたからぁ」
「…だからって」
 ぐいっ、長い髪の少女の腕を引っ張って改札機からどかした短い髪の少女が溜息をついた。その時に長い髪の少女の手に握られていた『カード』を見て、真帆は思わず目を丸くした。

 クレジットカード。

「んーっと、それだとちょっと改札は通れないかなぁ」
 気がついたら思わず声をかけていた。何となく、放って置けない気がして。
「え、ダメなの? だってカードって…」
「電車に乗るためのICカードがあるのよ」
「あ、お連れさんは知ってるんだ」
 にこ、笑いかけて。
 髪の短い少女の方は訝しげに真帆を見ているけれど、髪の長い少女は立ち上がってフレアースカートの裾についた塵を払って。
「お姉さんは電車の乗り方、知ってるの?」
 目をきらきら輝かせて言われてしまえば、一般常識だとも言い出せず。普段は電車なんて乗らないようなお嬢様か、海外育ちの子なのかな、と思ったりして。
「私は樋口真帆。お二人さんはどちらまで?」
 自己紹介をして券売機へと案内すれば、少女達は髪が短い方が斎瑠璃、クレジットカードを改札に通そうとした方が斎緋穂だと名乗った。二人とも14歳だというから、真帆より3つ年下という事になる。
「特に行くあてがあるわけじゃないの。緋穂がいい天気だから徒歩でどこかに行きたいっていうから」
「そう! 護衛をまいてきちゃった!」
 溜息をつきながら言う大人びた瑠璃に対し、緋穂はにっこりと笑顔を浮かべて。
「私も特に行くあてのないお買い物だから、良ければ一緒にどうかな?」
「‥‥ご迷惑にならないかしら?」
 真帆が笑顔で告げれば、警戒心もあるのだろう瑠璃の方は探るように彼女を見つめた。
「全然。女の子同士、楽しい一日になりそう」
「お姉さん、可愛いもの売っているお店とか、美味しいお菓子のあるお店とか知ってる?」
「勿論。案内しようか?」
「うん!」
 双子というが性格は正反対なのだろう。緋穂はまるで尻尾を振っている様子が見て取れるように、既に真帆になついていた。
「じゃ、ちょっと電車に乗って移動しよう」
 真帆は手馴れた様子で券売機で3枚の切符を購入する。後ろで瑠璃が「ちょっと…」となにか言いたげだが、強引に止める様子はなかった。諦めて自分達の分を払おうと財布を取り出したが小銭がなかったらしく一万円札を差し出されたので、さすがに真帆は後ででいいよ、と苦笑した。



 女の子が三人寄ればかしましいというが、初めに真帆が案内したブティックでは緋穂がふりふりのワンピースにスカート、カットソーと次々と手にとって試着。瑠璃は趣味が違うのか黙ってその様子を見ながら、はしゃぐ緋穂を時折「静かにしなさい」とたしなめていた。
「瑠璃ちゃんにはこれが似合いそう」
「え、わ、私はっ…」
 真帆が瑠璃にあてがったのは、フリルの多い服を扱うこの店ではあまり置いていないフェミニンなブルーのカットソー。店員が「この春からこういった系統を扱い始めようと思いまして。入荷したばかりの春物ですよ」と言ったので、真帆は試着室へと瑠璃の背中を押して行った。嫌だといわないということは、大方趣味に合う物だったのだろう。
「お姉さん、みてー!」
 試着室のカーテンを開けた緋穂は、フリルの沢山ついたブラウスにパニエを合わせていて、本当に人形のようだった。
「似合うよ。可愛いね」
「お姉さんは何か買わないの?」
 問われて、着せる分にはフリルの沢山ついた物が好きだけれど、自分が着るには瑠璃に勧めたようなフェミニンな物が好み。
「この白のカットソーとかいいかも」
「じゃあ今度はお姉さんが試着ね!」
 言うが早いか緋穂は白地にピンクのラインの入ったカットソーを真帆に手渡し、試着室に押し込む。
「意外と行動的なのね」
 ちょっぴり苦笑しながらも真帆はご丁寧に閉めてもらったカーテンを見つめて着替えに入った。
(そういえばそろそろ瑠璃ちゃんも着替え終わる頃だと思うけれど…)
 瑠璃が試着したのは今真帆が着ようとしているカットソーと同じ型の物で、ラインは白だ。
(きっと似合うと思うな)
 真帆は瑠璃の姿を思い浮かべながら、カットソーに袖を通した。



 ちょっとしたサプライズ。
 真帆が試着室から出たときそこにいたのは、真帆が勧めたカットソーを着た瑠璃と、同じ型でピンク地に白のラインの入ったカットソーを着た緋穂だった。つまり三人色違いというわけである。
 結局それを購入し、着用していくことにした。まだ春物のカットソー一枚では外を歩くには寒いので、上を羽織らなければならないのがちょっぴり難点だけど。これはこれでばーんと「お揃いです」って見せて歩くよりはいいかなとも思ったりして。
「それ、美味しい?」
「一口食べてみる?」
 お勧めの喫茶店でのティーブレイク。紅茶のシフォンケーキをつついていた真帆は、向かいに座った緋穂にじっと見られ、思わず笑顔を浮かべる。
「あまり緋穂を甘やかさないで」
「まあ、この位はいいんじゃないかな?」
 緋穂の隣に座った瑠璃が厳しい顔を見せるものの、ケーキの切れ端に生クリームをつけて差し出すと、ぱくっと食べた緋穂は幸せそうな顔をして「美味しいっ」と。その顔を見ているだけで、真帆も幸せな気分になる。
「瑠璃ちゃんは、一口どうかな?」
「結構よ」
 いまいち打ち解けてくれていないのかな、とちょっぴり残念に思った真帆に、緋穂が小さな声で耳打ちする。
「瑠璃ちゃんはね、甘え慣れてないの」
 なるほど。
 確かに双子といっても緋穂の方が若干幼く見え、甘え上手のようだ。瑠璃は姉であろう、しっかりあろうとするところから、甘え方を忘れてしまったのだろうか。
「クリームついてるよ」
 ならばこっちから――真帆は白いハンカチを取り出して、瑠璃の口元に手を伸ばした。そして優しくふき取る。
「なっ…」
 注意して食べていたつもりなのだろう、瑠璃は真っ赤になって恥ずかしそうに硬直して。
「そうやって素直になったほうが可愛いと思うよ」
 真帆は緋穂と目配せし合って微笑む。ちょっとだけ嘘をつかせてもらったのだ。本当は瑠璃の口元にクリームなどついていなかったけれど。
 けれどもこれで彼女の緊張がほぐれたなら、この小さな嘘もきっと許してくれるよね?



「あ、もう夕方…」
 この季節、陽が落ちるのは早い。緋穂が窓の外を眺めて呟いた。
 窓の外では、家路へと急ぐ人々が足早に歩み去っていく。
「じゃ、そろそろ帰ろうか」
「あ、御代は私が」
 さっと席を立ってさりげなく伝票をとったつもりだったが、瑠璃はそれをしっかり見ていたらしい。もしかしたら最初から、狙っていたのかもしれなかった。
「はいはい。お金持ちなのはよーっく分かったけど、今日はお姉さんの奢り、ね?」
「でも、電車代も返してないから…」
「あのくらい気にしないでいいよ」
 そう言っても瑠璃は納得行かない様子で。
 だから真帆は、一つの方法を思いついた。

「じゃあ、次に会った時にはアイスクリームでも奢って、ね?」

 ウィンクして見せた真帆に、瑠璃は仕方がないという顔で頷き、緋穂は再会を楽しみにしていると満面の笑顔を浮かべた。

                      ――Fin




●登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
・6458/樋口・真帆様/女性/17歳/高校生/見習い魔女

●ライター通信

 私事でお届けまで時間がかかって申し訳ありませんでした。
 いかがでしたでしょうか。
 女の子同士の楽しい一日という事で、私も楽しく書かせていただきました。

 気に入っていただける事を、祈っております。
 書かせていただき、有難うございました。

                 天音