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<東京怪談・PCゲームノベル>


 無理難題

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 外界:キッカーズ。そこは、とても綺麗な緑の世界。
 住人は優しく、心が広く、思いやりのある者ばかり。
 だが、何事にも例外や異端が存在する。
 キッカーズとクロノクロイツを繋ぐ時の回廊。
 その回廊の番人である老婆が、それだ。
 仕事を終えて、戻ろうとした矢先、老婆がガッと腕を掴んで訴える。
「ちょいと。まだ仕事は終わっとらんじゃろ」
「え……?」
 首を傾げていると、老婆は一枚の写真を差し出した。
 そこに映っているのは、真っ白な鳥。とても綺麗な鳥だ。
 この鳥が……何だというのか。尋ねると、老婆は腕を組んで偉そうに言った。
「いなくなっちまったのさ。探してきとくれ」

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 この世界に来たのは、今日が初めて。
 綺麗なところだね……。緑で溢れていて、空気が美味しい気がする……。
 今度は、皆で来たいかも。美味しい、お弁当とか持って……。
 まぁ、無理なんだけどね……。クロノクロイツを無人の状態には出来ないから。
 キッカーズという世界を初来訪したクレタ。同行者は一人だけ、ベルーダ。
 ベルーダと共に、歪みを還す仕事の為に来訪した。
 仕事は難なく終了。それこそ、あっという間に片付いた。
 クレタ本人は自覚がないようだが、彼のスキルは日々成長している。
 歪みを還す際の滑らかなクレタの動きに、ベルーダは正直、驚いた。
 普段、滅多に会話をしないが故に、その成長っぷりに驚かされる。
 どうして俺が一緒に行かなきゃならないんだ、どうして俺が誘われるんだ。
 そう何度も文句と不満を口にしていたベルーダだが、今や、そんなことは思っていない。
 寧ろ、成長を目の当たりに出来て良かったと思っている。
 クレタの成長を、ベルーダが喜ぶことはない。
 自身の向上心に繋がるが故の満足感だ。
 それは、ライバル意識によく似ている。
 まぁ、その辺は置いといて、だ。
 仕事が終わったなら、すぐ帰るべきだ。
 それがルールだし、長居する理由なんてない。
 景色が綺麗なのは認める。空気が美味いような気がするのも理解る。
 けれど、どうして。お前と一緒に散歩してるんだ、俺は。
(……マジ、勘弁しろよ)
 ゲンナリしている様子のベルーダ。
 先を行くクレタは、キョロキョロと辺りを見回している。
 仕事を終えて、帰ろうとした矢先に、回廊の番人に捕まった。
 キッカーズにある時の回廊。そこを守護する番人は、とても小柄なお婆さん。
 だが、このお婆さん……可愛らしい外見と裏腹に、かなり意地が悪い。
 その事実を知っているからこそ、ベルーダはゲンナリしている。
 初めてキッカーズに来たクレタは、そんなこと知らない。
 お婆さんからの頼みごとを、すんなりと受け入れた。
 真っ白な鳥。お婆さんが飼っていた愛鳥を探してくるのが役目。
 事前に、クレタは、お婆さんへ、あれこれと尋ねていた。
 鳥の名前、特徴、性格、仕草の癖などなど……。
 その質問は、どれもが『真っ直ぐ』なものだった。
 疑心なんぞ微塵もない、真っ直ぐな質問。
 必ず見つけてくるからねと言って、引き返していくクレタの背中に、
 お婆さんはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。ベルーダも、その笑みを確認している。
 こいつは……本当に馬鹿なんだな。
 いねぇんだよ、鳥なんて。
 あの婆さんは、鳥なんて飼ってねぇんだ。
 そんな話聞いたことねぇし、もし事実なら俺が知らないはずねぇんだ。
 この世界に、俺はしょっちゅう来てる。もう数え切れないほどに。
 あの婆さんの性格も、誰より知ってる。婆さんが嘘をついていることも理解ってる。
 だから、何度も言ったんだ。俺は。探すだけ無駄だって。
 それなのに、何なんだよ、お前は。
 人がせっかく忠告してやってんのに。
 探しもしないで諦めるのは駄目だよ、とか言いやがった。
 しかもそれは、俺の忠告に対して、プチギレしてる口調だった。
 探すだけ無駄なんだって。いるはずねぇんだから。いねぇんだから。嘘なんだから。
 付き合わされる俺の身にもなってみやがれ。マジでイラつくな、こいつ。
 まぁ、一回騙されりゃ懲りるだろうから、今回だけは付き合ってやるけど。
 嘘だったって気付いて泣いたりしねぇだろうな、こいつ。
 そんなの酷いよ……とか言って泣き出すんじゃねぇのか。
 それはそれで面倒くせぇなぁ……。
 とはいえ、忠告しても聞きやしねぇし。
 何なんだよ、こいつ。マジで面倒くせぇ。っつうか、うぜぇよ……。
 やっぱり、同行なんてしなきゃ良かった。ま、後の祭りだけどよ……。
 大きな溜息を落としながら、クレタの後をノソノソと付いて行くベルーダ。
 歩き始めて、もうどのくらい時間が経過しただろう。
 寝不足なこともあって、ベルーダは欠伸を連発している。
 その最中、クレタがピタリと足を止めた。
 ようやく諦めたか……と思いきや。
「ベルーダ。……見て」
「あ?」
 ふと顔を上げれば、そこは森の入り口。
 その入り口を守護するかのように、無数の鳥が木枝に留まっている。
 見事なまでに、それらの鳥は全てが真っ白な身体だった。
 何だ、ここ。こんなところ、あったっけか……。
 それにしても、キモいな。何なんだよ、この鳥の群れは。
 ……あ。なるほど。
 この中から適当に一匹捕まえて持って帰るのか。
 何だよ。意外とあくどいんだなぁ、お前。ずる賢いっつうか。
 でもなぁ、元々存在しねぇ鳥だからな、婆さんが見せた写真の鳥は。
 例え、この中から適当に見繕って連れて帰っても、婆さんは納得しねぇよ?
 あの婆さんを黙らせるには『降参』するしかねぇんだ。
 見つけることが出来ませんでした〜って悔しそうな顔で言えば良い。
 そうすりゃ、満足するんだ。あの婆さんは。悪趣味な奴だからな。
 でもまぁ、面白いことになるかもしれない。
 存在しない鳥を連れて帰ったら、婆さん、どんな反応するんだろう。
 偽物で誤魔化すな! とか言ってキレるのか。それともビックリするのか。
 よし。お前の悪知恵に協力してやろう。
 俺も、あの婆さんには、迷惑かけられっぱなしだからな。
 報復してやる。報復になるかどうかはわかんねぇけど。
「で、どうする? 適当に見繕うだけなら、俺が選んでやろうか」
 口元に笑みを浮かべて言ったベルーダ。
 ところが、クレタは……。
「……ルウナ。……ルウナ。……どこにいるの?」
 お婆さんに教えてもらった、鳥の名前を呼びながら森の入り口をウロウロ。
 黙ってみていると、森の中へ入ってまで探し出しそうな雰囲気。
 ベルーダは呆然と立ち尽くし、しばらくしてからガシガシと頭を掻いた。
 まだ本気で探してんのかよ。マジで馬鹿だ。いねぇんだって。
 素直なのにも限度ってもんがあるだろ。そろそろ気付けよ。
 つっても、こいつは聞きやしねぇ。マジで勘弁してくれ。
 付き合ってる俺が惨めになってくるだろうがよ……。
 鳥の名前を呼びながら、森の中へ入っていこうとするクレタ。
 ベルーダは、クレタの腕をガッと掴んで、それを阻む。
 振り返って見上げれば、フルフルと無言で首を振るベルーダの姿。
 クレタは森の奥をジッと見つめ、小さな声で呟いた。
「……どんなに」
「あ?」
「……どんなに探しても、名前を呼んでも。……見つからない、そんな気がする」
「…………(だから、言ってんだろうがよ)」
「……戻ろう。ベルーダ」
「あぁ、降参すんだな?」
「……降参……とは、少し違うかな……」
「…………(はぁ?)」

 *

 鳥を見つけることが出来ぬまま、お婆さんの所へ戻ってきたクレタとベルーダ。
 二人の表情を見て、見つけられなかったであろう事実を確信したお婆さんは、ゆっくりと立ち上がって笑う。
「何だい。見つけられなかったのかい」
 騙せたことが嬉しいのだろう。お婆さんは、笑みを必死に堪えている。
 クレタの背後に立つベルーダは、そんなお婆さんの姿にヤレヤレと肩を竦めた。
 見つけることが出来なくて、ごめんなさい。
 連れて帰ることが出来なくて、ごめんなさい。
 そう謝罪の言葉を述べながら、クレタが頭を下げる……ことはなかった。
 ジッとお婆さんの瞳を見つめるクレタ。
 その真っ直ぐな視線に、お婆さんは微妙に退いた。
「…………」
 何も言わず、無言のまま空に両腕を伸ばすクレタ。
 目を閉じて、しばらくそのまま動かずに……。
 何をやってるんだという疑問は、お婆さんだけでなく、ベルーダも抱いていた。
 数秒後、クレタは空に掲げた腕を引き戻す。
 そして、お婆さんに両手を差し出した。
 まるで、何かが乗っているかのように、掌は上向きになっている。
 当然、クレタの掌には何もない。何も乗っていない。
 お婆さんとベルーダは、揃って首を傾げた。
「……お婆さんが、探していた小鳥は……ここに」
 いなくなってしまったけれど、消えたわけじゃない。
 還るんです。お婆さんの、心に還ってる。
 気付いてあげて下さい。すぐ傍にいること……。
 ここにいるのにって、きっと悲しんでるから……。
 ずっとずっと一緒に、傍にいること、忘れないであげて下さい。
 僕も一緒に、遠い世界で想います。お婆さんと一緒に、想い続けます。
 探した、この子のこと。僕も、ずっと忘れませんから。
 ポン、とお婆さんの肩に両手を乗せ、ニコリと微笑んだクレタ。
 吐き出した気持ちに、偽りなんぞ微塵もなかった。全てが心からの言葉。
 騙されたことも、嘘をつかれたことも理解っていない。疑うこともしない。
 曇りなき笑顔に、お婆さんは目を逸らした。逸らして当然だ。
 人を困らせることを喜びとして生きてきた。
 いつからか、そうすることで満たされるようになった。
 いつからだったか……思い返せば、ふっと頭に浮かぶのは可愛い小鳥。
 片時も離れず自分の傍にいた、白い小鳥の姿と鳴き声。
 何てこった。確かに存在していた愛しい存在さえも、騙すことに利用していただなんて。
 寂しさが成す忘却か、それとも、老いが成す忘却か。どちらなのかは理解らないけれど。
 真実を偽りに使ったのは、紛れもなき事実。心が痛む感覚を覚えるのも、久々よ。
「……とっとと帰んな」
 俯き、冷たい口調で言い放ったお婆さん。
 お婆さんが鍵を開けたことで、回廊の扉がゆっくりと開く。
 ニコリと微笑み、ペコッと頭を下げて扉の中へ。在るべき世界へ。
 音もなく、静かに閉まっていく扉を見つめながら、お婆さんはクッと笑った。
 何なんだい、あの子は。他の連中とは一味も二味も違うじゃないか。毛色が違いすぎやしないかい。
 からかいがいがあるってね。言いたいところだけれど、逆だよ。
 あたしゃ、苦手だね。あの子の目。目を逸らしてしまうよ。
 やましいことさえしなけりゃ、向き合えるんだろうけど。
 生憎、あたしゃ、こういう性格でね。
 もう……こんな生き方しか出来ないのさ。
 またおいで、だなんて言えないけれど。
 あんたには、また会いたいと思うじゃないか。不思議なもんだね。
 不思議な子だよ。あんたは。名前、聞いておくべきだったかねぇ。
 名前、何ていうんだい。いくつなんだい。誰から生まれた存在なんだい。
 他人のことを知りたいと思えるのも……久しぶりじゃないか。 ねぇ? ルウナや。

 先を歩くクレタ。
 いつもと何ら変わらぬ、丸く小さな背中。
 そこはかとなく寂しそうにも見える背中を見やりながら、ベルーダは溜息を落とす。
 理解ったような気がした。クレタが、どうして皆に可愛がられるのか。
 理解ったからこそ、虚しいような悔しいような微妙な心境になる。
 こいつと一緒にいると、毒気もクソも根こそぎ持っていかれちまう。
 どんなに牙を剥いて威嚇しても、こいつは動揺なんてしない。
 退くことも逃げ出すこともせずに、真っ直ぐ見つめて問うんだろう。
 どうして、牙を剥くの? って、あっけらかんとした顔で。
 お前の存在が気に入らないからだ。
 そう言いたくとも言えなくなるじゃねぇか。そんな顔で見られたら。
 天然なのか、それとも計算済みなのか。わかんねぇからこそ厄介な奴。
 厄介っつか、面倒くせぇ。一緒にいると調子が狂う。狂いっぱなしだ。
 マジで勘弁してくれ。もう二度と、俺を誘うな。
 お前なんかと一緒に行動したくない。
 俺が俺じゃなくなっちまうような気がするから。
「……んだよ。これじゃあ、負けを認めるようなもんじゃねぇか」
「ん? ……何?」
「何でもねぇよ、アホ」
「……(何で……?)」

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 7707 / 宵待・クレタ / 16歳 / 無職
 NPC / ベルーダ / 22歳 / 時守(トキモリ)

 シナリオ『 無理難題 』への御参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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