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<東京怪談・PCゲームノベル>


 禁術

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 資料室にある本棚、その中でも一番古い本棚に、その本はあった。
 一冊だけ、やたらと古びていて……妙に気になって。
 手に取れば、ボロボロと崩れてしまいそうな程に、その本は朽ちていた。
 ドキドキしながらページを捲れば、そこには……恐ろしい『術』が記されていた。
 見なかったことにして、本棚に戻すべきだっただろうに。
 どうしてだろう。どうして、試してしまったのだろう。
 後悔すると、理解っていたはずなのに。

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 術式は至って簡素なものでした。少し、指先を痛めるだけで良い。
 けれど、確かに記されていたのです。術式の冒頭に『支配欲』という文字が。
 それを確認していたはずなのに。すぐさま理解ったのに。
 これが、黒魔術の類であろうことは把握できたはずなのに。
 どうしてでしょうね。どうして……止めることが出来ずにいるのでしょうね。
 苦笑を浮かべながら、薄暗い資料室の片隅で床に魔方陣を描くアリス。
 魔方陣は、文献に記されているとおりに。自らの血液を用いて描く。
 不思議に思うところは、いくつもあった。
 一目見ただけで、魔方陣のデザインを記憶できてしまったことにしても、
 危険な術であることを理解っていながらも、手指の動きが止まらないことにしても。
 異変を感じ取るのに要する時間は、ほんの数秒足らずで十分だった。
 抑制がきかない手指。動き続ける手指。自らの意思とは裏腹に踊る手指。
 勝手に動く手指の動きに、アリスは眉を寄せる。
 身体の中から、誰かに操られているような……そんな気がして。
 全生徒が自由に出入りできる資料室に、
 どうしてこんな物騒なものがあるのかも疑問なところだ。
 心のどこかで、安心していたところはあるかもしれない。
 誰でも手に出来る場所に、物騒なものを学校側が置くはずがないと。
 好き勝手に動く手指、その速度が増していくのを見やりながら、アリスは溜息を落とす。
(困りましたね。まぁ、自業自得なんですけど……)
 ひっそりと、それでいて大胆に保管されていた朽ちた魔文献。
 そこに記されていたのは、支配神『アルケイマス』復活の儀式。
 神話に詳しい者ならば、一度は目耳にしたことのある名前だろう。
 異世界を支配したと語り継がれている、邪神の一人だ。
 アルケイマスが好むは、穢れなき血液。
 邪に魅入られることなく育った穢れなき魂が成す血液。
 魔方陣に捧げよ、限りなく澄んだ赤を。
 そなたの心に取り入り、魅了してやろう。
 そなたが知らぬ欲望という名の邪心を、覚ましてやろうではないか。
 そんなもの自分にはないと拒むか? いいさ、拒め。もっと拒め。
 誰の心にもあるのだ。邪心というものは、そういうものなのだ。
 ないと拒めば拒むほど、我は、そなたを支配したくなる。
 目を背けているだけ。そなたにも、あるのだ。欲望は数え切れぬ程に。
 理解らせてやるのもまた一興よ。
 善の心と邪心の狭間に生まれる悲鳴は、実に耳に心地良いものだ。
 魔方陣を描き終えると同時に、頭の中に響いてくる声。
 アリスは俯き、ダラリと両腕を垂らして壁に凭れた。
 抵抗する様子のない、その姿と心。
 穢れなき血液に呼ばれて赴いた邪神は、少し残念そうな溜息を漏らす。
 なるほど。我を召んだのは、そなたか。
 抵抗せぬのも頷ける。そなたの心、その半分は既に邪神で埋め尽くされているのだから。
 まぁ、我からすれば幼稚で拙く、面白味のない欲望ではある。
 だが、そなたとは気が合いそうだ。
 互いに『支配欲』が強いこともあってな。
 いつ邪心に傾き支配されてもおかしくない状況の、そなただ。
 我を受け入れることにも、さほどの苦痛は伴わぬであろう。
 物足りなくはあるがな。こうして召ばれたことだし、応えてやらねばなるまい。
 どれ。そなたの心へ、邪魔させてもらおうか。小さな心よ。
 そんなに未熟な心で、我の全てを受け入れることが出来るのか?
 クックッと笑う声。頭に響くその声が鬱陶しくてアリスは首を左右に振った。
 ところが、その直後。
 全身に電気が走るような衝撃が迸る。
「―!」
 ほう。これは実に興味深い。
 そなた、不思議な能力を宿しておるな。
 このような人間が現世にいるとは……少々驚いた。
 だが、我にとっては好都合この上ない。
 どれ。そなたの眠る真の能力を引き出しながら犯してやろうか。
 舌を這わせて嘗め回すように、アリスの身体と心を犯す邪神。
 その度に、過剰な程アリスの身体はビクビクと揺れる。
 衝撃に眉を寄せ身を捩れど、既に邪神は体内に入り込んでいる。
 目に見える一番の変化としてアリスの身体に起きた異変は、髪に。
 まるで蛇のように、ウネウネと蠢く髪……。
 次いで起きた変化は、肌。
 白く綺麗な肌を、蛇の鱗が埋め尽くしていく。
 次第に露わになっていく、その姿はアリスの内に眠る『正体』のようなもの。
 その姿には見覚えがあった。
 これは驚いた。我の茶飲み友達だった神『ネメルエリカ』に生き写しではないか。
 まぁ、あやつは我に愛されることを望んだ、
 身分知らずの不届き者だったが故に、とうの昔に亡神となったわけだが。
 ネメルエリカは、その眼差しで、獲物を我が物にする能力を持った神だった。
 そうか。おぬしは、その能力を継いでいるのだな。
 ふむ……。ということは、何か。おぬし……『人』ではないのか。
 驚いたな。向こうの住人であろう者が、こうして現世で生きているとは。
 不遇も多かろうに。何故、そなたは、こんなくだらぬ世界に興じておるのだ。
 心のどこかで、環境に不満を抱いていたのではないか?
 だからこそ、我を召んだのであろう?
 それならば、更に話は早くなる。
 ネメルエリカの能力を継いでいるそなたを犯すのは、少々気が引けるがな。
 あやつとそなたは別だ。割り切って犯してやるとしよう。
 楽になるぞ。我に身を委ねてしまえ。
 抵抗なんぞ、する意味がなかろう?
 我とひとつになれば、そなたは幸福になれる。
 在るべき場所へ還り、何不自由なく生きることが出来るのだ。
 そなたは欲深い。気付いていないわけではあるまい? 認めたくないだけであろう?
 現世に生きるから、そんな情のようなものが湧いてしまうのだ。
 さぁ、我に身を委ねよ。連れて行ってやるぞ。
 そなたにとっての、真の楽園へと。
 邪神が心を支配しようと、内から身体を嘗め回す度、アリスの意識は遠のいていく。
 少しでも気を緩めれば、そこで終わり。
 丸ごと持っていかれ、二度と戻ってくることは出来ない。
 邪神が促す内容に、共感できる部分はあった。
 けれど、ここでおとなしく従うなんてことは出来ない。
 わたくしは、わたくしであり。他の誰でもないのです。
 貴方の言葉は誘惑的で、魅力を感じさせるものではありますけれど。
 誰かのチカラを借りて欲を満たすなんて、みっともないです。
 ましてや、ここで貴方に身を委ねてしまうことは、
 貴方に従い、支配されるということなのでしょう?
 誰かの下で欲を肥やすなんて、これ以上の屈辱はありません。
 朦朧とする意識の中、アリスは腕を伸ばし、落ちていた手鏡を手に取った。
 鏡を介して、自分の中に潜んでいる異物へ催眠をかけようと試みたのだが。
 この場に、いつからあるのか理解らぬ古びた鏡の曇りは酷く、更にヒビ入っていた。
 自分の姿が鮮明に映らぬのであれば、的確な催眠をかけることは出来ない。
「く……」
 いつ飛んでもおかしくない意識に、眉を寄せて堪えるアリス。
 アリスの体内で、邪神は笑い続けた。
 可笑しいな。実に滑稽だ。
 そなた、自分を人だと勘違いしておるな。
 いや、違うか。人でありたいと願うが故の抵抗か。
 何にせよ滑稽だ。いつまで堪えることが出来るか……見物ではないか。


 ガタンと物音が聞こえ、次いでバサバサと書物が崩れ落ちるような音。
 その音に、ピタリと足を止めた人物は……ヒヨリだ。
 日向ぼっこをしながら昼食を取ろうと、
 手製の弁当を持って中庭へ向かう途中だった。
 物音は止むことなく、未だに聞こえてくる。
 資料室の中で何が起きているのか。
 もしかして、真昼間から誰かハッスルしてる?
 いいねぇ、元気なのは良いことだよ。若い内は、盛ってナンボだよね。
 歳とったら、盛りたくても盛れなくなっちゃう悲しい生き物なんだし。
 でもねぇ、学校でそういうことするのは、どうかと思うよ、先生は。
 なんて。たまには先生っぽいこと言ってみたりして。
 まぁ、他の先生に見つからなかっただけラッキーだと思ってよ。
 注意だけで終わるわけだからね。説教なんてしないから安心して。
 クスクス笑いながら、資料室の扉を開けたヒヨリ。
「こら。駄目だとは言わないけど、場所ってものを―」
 扉を開いた先、目に飛び込む光景は意外なものだった。
 てっきり、男子生徒と女子生徒が元気に活動しているのかと思いきや。
 資料室にいたのはアリスだけ。
 ジタバタと足掻くアリスは、邪神を振り払うことに必死のようで、
 ヒヨリが来たことにも、自身の着衣が激しく乱れていることにも気付いていない。
 え〜と。何かな。一人でハッスル中なのかな?
 うん、まぁ、そういうのもアリだよね。どうしようもなくなることってあるからね。
 そっかそっか。ごめんね、お邪魔しました。ごゆっくりどうぞ〜。
 なんて言えるわけないでしょ。
「アリス」
 一人でボケてツッこんで、無駄に時間を消費した後、
 ヒヨリは我に返って、すぐさまアリスに駆け寄った。
 だが、アリスの中にいる邪神が、近寄ることを拒む。
 名前を呼ばれたことで、僅かに残る意識が、ヒヨリが来ている事実を認識させる。
 けれど、ギリギリで意識を保っている状態では「助けて」と乞う余裕はない。
 言われずとも、助けるべきなのは承知だ。
 床に描かれた魔方陣と、開いたままの古びた本を見て、ヒヨリは状況をすぐさま把握する。
 処分しとけって言ったのに、何であるんだよ。まったくもう……後で説教だな。
 ヤレヤレと肩を竦めて、フゥと息を吐き落とすヒヨリ。
 右手は帽子に添えて、左手は前へ。
 キュッと帽子を押しやって自身の目を覆って、
 前方に伸ばした左手をパチンパチンと連続で二回弾く。
 目を隠すのは、闇に魅入られぬようにする為の対策。
 その状態で指を二回弾くのは、闇を釈放する行為。
 ヒヨリの左手、弾かれた、その指先から出現する黒い煙。
 意思を持ち、奔放に動く影のような黒煙は、アリスを包み込んだ。
 視界が漆黒で覆われ、一瞬不安を覚えたが、すぐに理解する。
(あぁ……。何て優しい闇でしょう……。こんな闇も、存在するのですね)
 闇に覆われる中、アリスは心から安堵した。
 ホッとして目を伏せることが出来れば、後は待つだけ。
 まるで光のように優しく柔らかな闇に包まれて、邪神は呻いた。
 闇の世界に生きる者であれど、この異質な闇の前では無力だ。
 驚かされてばかりだな。闇をも操る者が存在するというのか。
 一体どうなっているのだ。実に興味深いではないか。
 今日の所は、おとなしく引き返してやるとする。
 だが、これで終わりだと思うな。
 そなたは、我の好奇心を刺激した。
 今更後悔しても遅いのだ。
 召ばれることなく、我から赴いてやろうではないか。
 楽しみに待っていろ。そなたを犯す、その目的が今や我の欲ぞ。
 不気味な笑い声を上げながら、元の世界へと戻って行った邪神。
 アリスの身体から邪悪な存在が抜け出たことを確認したヒヨリは、
 苦笑しながら帽子をクイッと押し上げて元に戻すと、指を一度だけ弾いた。
 黒い煙が消えて、露わになるアリスの姿。
 どうやら気を失っているようだ。アリスはピクリとも動かない。
 ヒヨリはクスクス笑いながら屈んで、アリスの頭を撫でる。
 災難だったね。まぁ、きみは悪くないと思う。
 悪いのは、処分しとけっていったのに処分しないで放置してたアイツだから。
 きみの異形な姿を俺は見てしまったけれど、忘れることにするよ。
 見なかったことにする。ここで起きたことも、全部忘れることにする。
 本は処分しておくし、きみが描いた魔方陣も消しておくよ。
 目が覚めたら、キョトンとするだろうけど、それでいい。
 変な夢だったなぁって笑えばいいよ。
 知らなくて良いんだ。きみは、知らなくて良い。
 全てを知るのは、まだ早いから。
 でもなぁ、きみを助けたヒーローの存在だけは覚えてて欲しいかも。
 ま、そんなに都合良く記憶が処理されることはないよね。俺の我侭だ。
 クスクス笑いながら立ち上がり、腕時計で時間を確認するヒヨリ。
 お昼休みは、残り10分。
「あぁ、時間が……」
 ボヤきながらパタパタと、弁当片手に資料室を後にするヒヨリ。
 その姿は、まるで童話の……時間に追われる『兎』のようだった。

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 7348 / 石神・アリス / 15歳 / 学生(裏社会の商人)
 NPC / ヒヨリ / 26歳 / HAL在籍:教員

 シナリオ『 禁術 』への御参加、ありがとうございます。
 ラスト付近は、アリスちゃんの名前を参考に、某童話を絡めている感じです。
 何気ない遊びフレーズかと思いきや、実は伏線だったりするかもしれません。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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