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秘密の部屋
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HALの最上階にある、校長室。
未だに、校長がどんな人なのかは理解らないけれど。
立派で頑丈な銀の扉。その前を通る度に身が引き締まるような思い。
中から漏れているかのような強大な魔力が、そうさせるのか。
校長への興味もさることながら、同じくらい興味を引くものがある。
それは、校長室の隣にある扉。
幾重にも厳重に鍵がかけられている、その扉。
クラスメートに尋ねてみたこともあった。
あの部屋は、何なの? って。
でも、返ってくる答えは全部同じ。
「わからない」
誰も理解らないし、知ろうともしていないような雰囲気。
いけないことなのだと、そこに暗黙のルールがあるような……。
だからこそ気になる。どうして、誰も調べようとしないのか。
駄目なことならば、手を出さずにいるべきだとは思う。
けれど、どうしても気になって。
特に用もないのに最上階へ。
開けることの出来ぬ秘密の部屋、その扉。
今日も今日とて、厳重に鍵が……。
(……あれ?)
目を丸くしてしまったのも無理はない。
何故って、扉の鍵が外れているから。
誰かが外した……とは言い難い光景。
まるで、衝撃によって外れたような……。
首を傾げながら、僅かに開いた扉の隙間から中を覗き込む。
目に飛び込んだのは『見てはいけないもの』だった。
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絶句というべきか、放心というべきか。
僅かに開いた扉の隙間から確認できた状況に、霊祠は目をパチクリ。
校長室の隣、秘密の部屋。中に何があるのか、誰も知らない秘密の部屋。
その実態は……スタッカートの棲家だった。
一匹や二匹ではない。数え切れぬほどの量だ。
ウジャウジャとひしめきあう様子は、非常に気持ち悪い。
一体なぜ、こんなところにスタッカートがいるのか。
何よりも疑問なのはそこだけれど、それよりも先にやらねばならないことがある。
部屋の中、スタッカートの一匹と目が合ったのがマズかった。
視線の交わったスタッカートが一番手となり、
次々とスタッカートが扉に体当たりしている。
僅かに開いた扉の隙間から、鋭い爪を伸ばしていることから、
いきり立っている事実と、霊祠を標的として捉えていることは明白だ。
スタッカートたちの暴れっぷりは、みるみる増していく。
厳重に幾重にも掛けられた鍵が、次々と破壊されてしまう。
このままでは、全ての鍵が壊されて、扉が全開になり、
大量のスタッカートが飛び出してきてしまうだろう。
現時間帯が深夜でスキル発動が可能とはいえ、
一人でいっぺんに大量のスタッカートを相手にするのは分が悪い。
それに、自由になったとあれば、あちこちに逃亡するだろう。
ハント活動で出払っている生徒が多い中、それは避けねばならない。
暫く呆けていた霊祠。ハッと我に返って一歩退く。
怯えたわけではない。霊祠は至って冷静だ。
う〜ん。意表を突かれたといいますか〜ビックリしました。さすがに。
気にはなってましたけど、まさかそういう部屋だったとは〜。
でも、どういうことなんでしょうねぇ、本当に。
外から鍵を掛けてるってことは、逃げられないようにしてるってことですよねぇ。
誰が、ここに閉じ込めたんでしょうか。何の為に閉じ込めたんでしょうか。
う〜む。謎です。ミステリーな香りがプンプンするのです。
そんなことを考え、ちょっとワクワクしながら霊祠がとった行動。
それは、防護円の構築と敷発。
霊祠が描いた防護円は『M.S.D』という種類に属するもの。
本来、その防護円は、凶暴化した魔物を沈静化する作用を持つ。
けれど、霊祠の場合、もう一つ効果が追加される。
一時的なドーピング。魔力の底上げ効果だ。
この状態だと、スキル発動に伴う魔力消費量が大幅に軽減される。
長期戦を見込む際、事前に敷発しておくと便利な防護円だ。
その中心部で霊祠は腕を組み、むむぅと思案。
数が多いですからね〜。どうするのが一番イイでしょうねぇ。
とりあえず、出てこられないようにするのが一番ですよね。
……。……うん。あんまり得意じゃないですけど、重敷やってみましょうか。
うまくいくかどうか不安なところはありますけど、これが一番有効っぽいですし。
え〜と。そうと決まれば……フラシスさんですかね。いるかな〜?
あ、いたいた。フラシスさん。ちょこっとだけ、お手伝い御願いしますです。
名指しで指名したのは、別空間、いや、別世界にいる『妖霊』
霊祠の友人の一人。まぁ、使い魔……とも言う? この場合は。
召び出した妖霊フラシスをナイフに憑依させ、構える霊祠。
フラシスは、物質を鋭利なものへと変える、或いはその強度を増幅させる霊。
霊というよりは精霊に近い。まぁ、霊祠が従えているが故に、妖霊となるわけだが。
フラシスが宿り、切れ味の増したナイフ。
霊祠は、扉に向けてナイフを投げ放つ。
突き刺さるナイフは、扉を囲うように円を描く。
一本一本に呪縛の念が込められているようなものだ。
ナイフが突き刺さる度、扉の奥のスタッカートは追い詰められるかのような感覚を覚える。
そうなれば、余計にいきりたって歯向かってくる。まぁ、当然といえば当然だが。
元気ですねぇなどと苦笑しながらナイフを放つ霊祠。
重敷、もう一つの防護円は、残り一本ナイフを放てば完成する。
だが、霊祠の余裕な態度に、スタッカートの苛立ちが最高点に達してしまった。
それまでは、それぞれがバラバラに扉に突進していたのだが、ここで、まさかの一致団結。
スタッカート達は、全員同時に扉へ突進した。
その威力で、扉に掛けられていた鍵、
その残りが、一斉に砕け散ってしまう。
鍵が壊れれば、扉が全開になるのは当然。
スタッカート達は、不気味な鳴き声を上げながら飛び出してきた。
「うっ……わぁぁぁぁ……!」
覆い被さるようにして襲い掛かってくるスタッカートの塊。
霊祠は、思わずその場で丸くなった。が―
「とかね。意外と演技派だったりするのです。僕」
クスリと笑って、ビッと仕上げのナイフを投げやった霊祠。
放たれたナイフから離脱し、姿を見せるフラシス。
その姿は、まるで、蝶のような―
霊祠に襲い掛かるスタッカート達、その先頭にいた一匹を真っ二つに斬り裂くフラシスの指。
放たれたナイフは、真っ直ぐに、部屋の突き当たりの壁へと突き刺さる。重敷、完了。
上半身と下半身に分断されてからも、スタッカートの生命力は凄まじい。
バラバラになりつつも、ガサガサと虫のように動いて、尚も霊祠へ襲い掛かる。
「虫って凄いですよねぇ。根性があるといいますか、まぁ……ウザいともいいますけど―」
クスッと笑い、右腕を前方に、壁に突き刺さった仕上げのナイフへ向けて伸ばした霊祠。
冷ややかな表情、冷め切った心。
躊躇うことなく放つ、突風。
防護円の効果もあって、その威力は凄まじい。
スタッカート達は、全身をズバズバと斬り裂かれながら吹き飛ばされて、
在るべき場所へ、扉の中へ、秘密の部屋へと押し戻されていった。
全てのスタッカートを押し込んだことを確認すると、
霊祠は、すぐさま指先で空に封魔の魔方陣を描く。
描かれた魔方陣は、ペタリと扉に張り付き……そのまま―
バタン―
再び閉じた扉と、しばしの静寂。
召び出したフラシスに感謝の言葉を述べて元の世界へと帰し、霊祠はペタンとその場に座り込んだ。
「はっふぅ〜……」
突然のことで驚いたけれど、感想を述べるなれば『楽しかった』それに尽きる。
上手くいくか不安だった重敷が成功したことも嬉しい。
何だかんだで、成長してるんですかねぇ〜……。
フラシスさんの動きも、凄く良かったですし〜。
あれ。そうか。僕がノッてるから動きが良くなったのか。
気持ちを重ね合わせることが重要なんだって言ってましたもんねぇ。
……ん。何でしょうね、この気持ち。チクチクするような、この気持ち。
寂しい……とは少し違いますか。懐かしい……そう、懐かしい気持ちです。
元気でしょうかねぇ〜……。もう、ずっと会ってませんねぇ。
まぁ、会いたくても会えないんですけれども〜。
敷発した防護円を消しながら、ボンヤリとそんなことを考えていると、背後に気配。
霊祠はハッとして、すぐさま振り返った。
(もしかして、取りこぼし?)
だが、振り返った先にいたのは、取りこぼしのスタッカートではなく。
何やら怪しげな……黒いローブを纏った、お爺さんだった。
「…………」
「…………」
互いに見つめあい、互いに沈黙。
数秒後、その沈黙を霊祠が破る。
「あのぅ。どちら様です?」
校内にいるということは、学校関係者……だろう。
しかも、ここは最上階。関係者でなければ出入りは出来ない。
けれど、このお爺さん……見るからに怪しいというか何というか。
目深く被ったローブのフード。その所為で、表情が読み取れない。
何やら、やたらと長い杖を持っている。逆に歩きにくそうだ。
そして、傍らには猫。紫色の猫がいる。紫色って……。変な猫。
じーっと見やりながら、お爺さんに様々な感想を抱き心の中で呟く霊祠。
その途中、お爺さんがようやく口を開いた。
「お前さん、新入生かね」
「ほぇっ。あ、はい」
「クラスは?」
「Aです」
「ふむ……」
「…………」
「あぁ、失礼。返答がまだだったな。ワシは、マスターじゃ」
「ますたー……?」
「学校長、じゃな。一応」
「えぇっ!?」
何と。このお爺さんが校長だったとは。
まぁ、確かに噂は聞いていた。滅多に拝むことは出来ないけれど、
校長は黒いローブを纏い、紫色の猫を連れ、身の丈以上の杖をついて歩いていると―
(って、そのまんまじゃないかよぅ)
一人でノリつっこみした後、失礼な態度を取ったことを霊祠は詫びた。
「あの、すみません。何かジロジロ見ちゃいまして……」
「構わぬよ。まぁ、見る限りでは変な爺さんじゃからなぁ。ふぉっふぉっ」
「……はい。って、あ、いえ……そんなことないですけど」
「ところで、お前さん。この中、扉の中を見たじゃろ」
「あっ、はい。鍵が壊れてて。一応、元に戻しました……けど……」
「ふむ……」
扉に描かれた封魔の魔方陣を暫く見やり、
やがて、お爺さんはトコトコと扉に歩み寄って、その魔方陣に触れた。
ほぅ。なるほど。一般の封魔とは少し毛色が異なるようじゃな。
この絡みつくような感覚は……。
「お前さん、死霊使いか」
「えっ。いえ、その〜……」
「ふぉっふぉっ。嘘をつけん性質か。若いのぅ」
「……え〜と」
どうして、こうも容易く理解ってしまうのだろう。バレてしまったのだろう。
バレないように、実は色々と調整していたりするのに。僅かに首を傾げた霊祠。
だが、その疑問は、すぐに納得へ変わる。
マスター……校長の背中から、いや、身体全体から放たれている魔力。
放っているというよりは、溢れて垂れ流れているかのような……途方もない魔力。
この人は、凄い人だ。ただ漠然と霊祠は思った。そう思わせるに、十分すぎる魔圧。
こうして傍にいるだけで、押し潰されてしまいそうになる、凄まじい魔力だ。
滅多に拝むことが出来ないという学校長。
こうして、特に何のイベントもない日に会えたのは、奇跡に近い。
せっかく会えたのだ。これは、好機ではないか?
この学校について、ハントについて、スタッカートについて。
そして何よりも今は、この目の前の部屋について。
どうして、ここにスタッカートがいるのか。
厳重に掛けられていた鍵からして、目的は捕縛・監禁か。
それならば、一体なぜ。そんなことをする必要があるのか。
生徒のくせに? いいや、違う。生徒だからこそ、聞く権利があるのではないか。
頭の中に次々と浮かぶ疑問に優先順位をつけ、纏めていく霊祠。
だが、霊祠に質問の機会が与えられることはなかった。
「あっ。ちょっと待って下さい」
スタスタと歩き、校長室へと向かうマスター。
霊祠は慌てて立ち上がり、その背中を追いかける。
ドアノブに手を掛け、マスターは呟くように言った。
「大切なのは気持ちを重ね合わせること。魔術の道は長く険しい。奢ることなく謙虚にな」
「― ……!」
マスターが放った言葉は、霊祠を硬直させた。
身動き出来ずにいる霊祠をチラリと見やって、マスターは肩を揺らして微笑むと、
紫色の猫を抱き上げ、校長室へと入っていった。
バタンと閉まる扉の音。やたらと重く響いた、その音。
校長室の扉の前、霊祠は硬直したまま動けない。
同じ。
あの人と同じ台詞を吐いた。
似ているだとか、そんなレベルじゃない。
まるっきり同じ。あの人と同じ台詞を……。
動けずにいる霊祠の頭の中に蘇る記憶。
色褪せることなく残る、その記憶を彷彿した後に残るのは、切なさだけ。
頭の中で、何度もループする「さようなら」と「ありがとう」
記憶の中の、あの人は。今も変わらず優しく微笑んで―
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7086 / 千石・霊祠 /13歳 / 中学生
NPC / マスター / ??歳 / HAL学校長
シナリオ参加、ありがとうございます。
捏造入ってます…。あの人って誰だよって感じですね。
秘密の部屋の秘密は、まだ明かすことが出来ないのでしょう。
マスターの必殺技『策略・はぐらかし』そんな感じだと思います。
ゆっくりと解き明かしていきましょう。学校の秘密も、霊祠くんの過去も。
敷発・重敷は造語です。両方とも、漢字そのままの意味で捉えて下さい^^
不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
参加、ありがとうございました^^
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櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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