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<東京怪談・PCゲームノベル>


 哀悼式

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 登校して早々に、耳に届く校内放送。
 全校生徒へ命じられるのは、中庭への集合。
 どんな用事も放り、従わねばならぬらしい。
 併せて、今晩は、ハント活動にも禁止規制がかかるらしい。
 とりあえず、指示どおりに中庭へ来たけれど……。
 これから、一体何が始まるのだろう。
 新入生たちは、みんな同じ疑問を抱いているようだ。首を傾げている。
 そうではない生徒は……何だか思い詰めた表情を浮かべているような……。
 キョロキョロと辺りを見回しながら待っていると、マイクハウリング。
 キィンという音が止むと、ざわめきの一切が払われて静まり返る。
 生徒達の視線は、まっすぐに、マイクを持つ校長へ。
 一斉の視線を受け、目を伏せて、校長は告げた。
「……では。これより、哀悼式を始める」

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 先ず、招集に応じてくれた生徒達へ感謝の意をこめて一礼しよう。
 中には、ワシを初めて見る生徒もいることじゃろう。
 随分と胡散臭い爺さんだ、こんなのが校長なのかと思っている生徒もいることじゃろう。
 感想やら疑問やら、様々な想いがあることとは思う。
 だが、それらを口にするのは謹んでくれたまえ。
 今はただ、ワシの言うとおり……弔うことに意識を集中してくれんかの。
 あぁ、待て待て。
 誰を弔うのか、その疑問も理解る。ごもっともじゃ。
 だがな、その疑問も謹んでくれ。勝手だとは思うが、従って貰わねばならぬのだ。
 静粛に。雑音を放つことなかれ。心を落ち着かせて、目を伏せよ。
 よし。……皆、その状態のまま聞いてくれ。
 ……良いか。人は勿論のこと、形あるものは、いずれ還る。
 死、壊、腐、枯、他、諸々。
 還り方は様々だが、絶対なるものだ。
 還る時間や場所、それらを選ぶことは出来ん。誰にも何にも出来ん。
 こうして話しているワシだが、数秒後に還るかもしれぬ。
 いつ還るか、それは予測できないからこそ深く、恐怖を抱かせる。
 運命と言ってしまえば、それまでなのだがな。
 中には、還るべきではない時に還ってしまうこともある。
 おおよそ、その際に付き纏うのは『事故』や『犠牲』だ。
 本来ならば、まだ呼吸を許されていたはずの存在。
 在ることを肯定されていた存在。
 今から弔うのは、在るべきはずの魂。
 本来ならば、ここでおぬしらと共にワシの声を聞いていたであろう存在。
 ワシらがあるのも、この学校があるのも、全ては、その存在の犠牲があってこそ。
 犠牲の上に成り立つ存在であるからこそ、ワシらには弔う義務がある。
 駄目だ。疑問を口にすることは謹んでくれ。愚問じゃよ。
 誰が犠牲になったのかなんぞ、聞いたところで何になる?
 弔う気持ちが増すとでも申すのか。偽善じゃよ、そんなものは。
 同情なんぞ要らぬのじゃ。可哀相だなんて思う必要はない。
 必要なのは、感謝の意を込めること。
 弔う、その気持ちだけ。
 欲張ることなかれ。
 などと口にはしてみるものの、ワシも愚かじゃ。
 そう言い聞かせているのではないかと自問自答してしまうのだから。
 あぁ、すまぬ。余談よ、愚者の極みよの。
 ……今から1時間、おぬしらに時間を贈る。
 その間に、花を。
 弔いに添える花を、各々用意して戻ってきてくれ。
 重ね重ね言うが、疑問を口にすることは許さぬぞ。
 事情も知らされずに動くことに対して不満を抱く者もいるだろうが……。
 すまぬ、黙って従ってくれとしか、ワシからは申せぬのだ。
 ただ、察してくれと。それだけ言っておこう。
 おぬしらは皆、心優しく賢き者であろう?


「うまく、はぐらかしますね。毎度のことながら」
「……褒められてる気はせぬのぅ」
「えぇ、褒めてませんよ」
 肩を揺らし、クックッと笑いながら目を逸らしたJ。
 マスターはヤレヤレと肩を竦め、大樹を見上げた。
 中庭の中央にある大きな樹。
 桜のような桃色の花を咲かせる樹。
 けれど、色鮮やかな桃を咲かせたのは、ただの一度。一度きり。
 忘れるものか。艶やかな桃の色、甘い香り。忘れるものか。
 忘れようにも忘れられぬわ。しかしまぁ、実に滑稽よ。
 瞼の裏に、そなたが浮かぶ度、ワシはまるで恋を覚えたばかりの少年のように―
「独占欲、ですね」
「……お前さん、デリカシーってもんがないのぅ」
「仕方ないでしょう。聞こえてくるんですから」
「白々しいにも程がある。お前さんには参るわい」
「褒められてる気はしませんね」
「褒めるはずがなかろうに」
「お互い様ですよ、結局」
「お前さんとワシがか」
「それ以外の組み合わせがありますか?」
「いいや。ないのぅ」
「でしょう?」
 顔を見合わせ、クスクスと笑い合うマスターとJ。
 微笑による言葉なき会話。その最中、マスターはピタリと微笑むことを止め、
 いつもどおり、読めない表情へと戻す。まるで夢から醒めたかのような。
 いいや、我に返ったというべきか。
 マスターは、チラリと視線をJの後ろへと送る。
 その視線を『合図』として受け取ったJは、目を伏せ肩を竦めて微笑んだ。
 見てしまったというべきか、見せられたというべきか。
 弔いの白百合を手に、一番に戻ってきた霊祠は、身動きが取れずにいる。
 まるで金縛りにあっているかのように、動けない。
 何がそうさせるのか、理解らぬまま。
 まるで時を失ったかのように微動だにしない霊祠。
 ただ、遠のいていく校長の背中を、見つめることしか出来ず。
 聞きたいことが沢山あるのに。声も出ない。追うことも出来ない。
 追わせてくれぬ、その理由も知りたいのに。
 ジッと校長の背中を見つめる霊祠にクスリと笑い、
 Jは、霊祠が持つ一輪の白百合をスッと、その手から引き抜いた。
「へぇ。綺麗だ。どこで摘んできたの?」
「……。あ。……えぇと? すみません」
「ふふ。オーケー。もう一度聞こう。どこで摘んできたの? これ」
「えと。霊界と交信しまして、向こうに咲いていたものを分けてもらいました」
「ふぅん。なるほど。どおりで、香りが違うわけだ」
「へ。違いますかね? 匂い……」
「全然違うよ。ほら、嗅いでごらん」
「そうですかねぇ……? ……わっぷ!」
 香りを確かめようと、鼻を近づけた瞬間、
 Jは、グィッと白百合を霊祠の顔へ押し付けた。
 他愛ない悪戯のように思えるけれど、そうじゃない。
 警告。
 知る権利がないとは言わない。寧ろ、権利はあると思う。
 この学校に関わっている者全員に、知る権利は平等に与えられていると思う。
 だから、首を突っ込むなとは言わないし、言えない。
 ただ、今のキミでは理解に至ることが……出来ないんじゃないかと思う。
 焦る必要はないんだ。ゆっくりで良い。
 一度にたくさん、あれもこれもと欲張らないで。
 でも、そうだな。
 一番に戻ってきた、その御褒美として少しだけ教えてあげようか。
 遠い昔、キミが生まれるよりも、ずっとずっと昔の話。
 この学校が、ここ、東京ではなく別世界に在った頃の話。
 キミのように、好奇心旺盛な一人の生徒がいた。
 向上心に加えて実力も兼ね備えていた、その子の成長は凄まじくてね。
 教えられたことを教えられた以上に、自分のものにする子だった。
 どこまで成長するのか、果てはあるのか。
 俺もマスターも、他の先生達も、今思えば面白くて仕方なかったんだろうね。
 どんどん成長していく、そのスピードに心を奪われていたんだろうね。
 とにかく魅力的な子だったんだ。あらゆる意味で。
 だからこそ期待したし、愛しく思えた。
 その結果、あの子は俺の、いいや、俺たちの―
「おっと。そろそろ、みんな戻って来たね。秘密の御話はここまで」
「…………」
「そんな顔しないで。今日のところは、ってだけだよ」
「……あなたも、嘘がつけない人ですねぇ」
「っはは。良い返しだね」
「聞かせる気が、ないように思えて仕方ないのですよ」
「さぁ、どうかな?」
「……良い返しですねぇ」
「お互い様さ」
 さぁ、せっかく誰よりも早く戻ってきたんだ。
 早く、その綺麗な白百合を添えてあげて。
 きっと喜ぶ。だって、そっくりだから。
 その美しさ。あの子の白い肌、そのものだ。
 クスクス笑いながら、霊祠の背中をトンと押したJ。
 大樹に添える、白百合の花。
 背後でポツリと、Jは何かを呟いたけれど。
 聞き取ることは出来なかったし、聞き返すこともしなかった。
 どうしてって? 愚問ですね。
 まだ早い。そう思わされたから。
 それ以外に、理由なんてありませんよ。
 聞くのも知るのも容易いことですけれど。
 今の僕では "戻ってくる" ことが出来ないでしょうから。
「そういうことですよね?」
 大樹の前で手を合わせ、振り返ることなく尋ねた霊祠。
 Jは言葉を発することなく、目を伏せて頷くだけ。
 物分りが良いと褒めて良いものか否か。
 理解らぬからこそ、苦笑は浮かぶ。

 レセント・レセント、聞こえるかい?
 今宵もこうして、キミを弔う。
 感謝の気持ちに、期待を混ぜて。
 月に届く、その日まで。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7086 / 千石・霊祠 /13歳 / 中学生
 NPC / J / ??歳 / HAL在籍:保健医
 NPC / マスター / ??歳 / HAL学校長

 シナリオ参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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