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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


魔法鑑定

 シリューナ・リュクテイア。ファルス・ティレイラにとっては師であり、また大好きな姉でもある。
 シリューナは魔術関連の知識が豊富で、その知識を生かして魔法薬屋として生計を立てている。
 そういう女性であるから、魔術に興味を持つティレイラは仕事の合間を見ては彼女の店に伺っていた。
「姉さま、今日も魔術の勉強を教えてください!」
「ああ、いいぞ」
 その日も仕事を終えたばかりだというのに、ティレイラの頼みをシリューナは快く承諾してくれた。
 ただし、とシリューナは唇を緩める。
「失敗したらお仕置きだ」
 お仕置き。その単語が意識に届いた瞬間、ティレイラの背筋が凍りついた。
 過去何度も失敗しては、その度に受けてきた恐ろしいお仕置きの記憶が彼女の体を駆け巡り、その瞳が大きく開かれる。
 それでも、硬直しながらも、ティレイラはなんとか頷いてみせた。
 彼女の頷きに満足げに微笑みを返し、シリューナは本棚に向かった。
「じゃ、これをやってもらおうか」
 そう言ってシリューナが取り出したのは、一冊の古書。
「本?」
 無論、ちゃんと考えはある。薬のようなデリケートなものではなく、基礎ともいえる書の魔法鑑定を行わせる事によって、正しい魔術の知識も学ばせようという魂胆だ。
 当然、ティレイラのレベルに合わせて選んだものは簡単なものだし、何よりもし失敗しても問題は無い…万が一なんらかの呪いにかかっても、すぐに解けるものだ。
「なんです、この本? …ようしゅのひみつ?」
「それがどんなモノなのか…それを魔法鑑定するのがティレの仕事だ」
 それだけ言うと、シリューナは椅子に腰掛けた。

 どうやら早く始めろという事らしい。
 ティレイラは覚悟を決めると、妖蛆の秘密をテーブルの上に乗せ、じっとその表紙を凝視した。
 精神を集中させ、感覚を研ぎ澄ませる。空間、時間、総てを超越し、自らの存在を、全ての存在を同一のものとして定め、欲するものを、その向こうにあるものを見定める。
 見えた。
 全てが原型を留めぬ超空間の中、一冊の本だけがその実体を現していた。それこそが、彼女が欲する存在。ティレイラは本を開く自らのイメージを作る。
 途端、膨大な数の情報がティレイラに流れ込んでくる。
 情報の大波に飲み込まれんと意識を集中させ耐えながら、ティレイラは必要な情報だけを集めていく。
 そして、永劫とも思える時間が過ぎて…

 鑑定を終えたティレイラは、目をゆっくりと開くと機械的な声色で。
「妖蛆の秘密。著者はルートウィヒ・プリン」
「ふむ?」
「内容は、古代の神々や関する密儀が主です」
「…それだけ?」
「はい!」
 自信満々に頷くティレイラ。まるで自分の鑑定が100%正しいと思っているようだ。
 そんなティレイラを見て、シリューナは笑いを抑える事が出来なかった。
「…お姉さま?」
「ハズレだ、ティレ」
 数秒の間。
 なんとか声を絞り出したティレイラであったが、それはへ? と間が抜けた声でしかなかった。
「それは本を読んだだけって言うんだ」
「? でも、要点を纏めたらこれですし…そもそも本じゃないですか」
 よくわかっていないティレイラに、シリューナは頭を振る。
「いいや。妖蛆の秘密は、かなりの力を持っている」
「そうなんですか?」
「ああ。妖蛆の秘密といえば、その筋では有名だぞ?」
「例えば」
 一つ咳払いし、シリューナは立ち上がって本を取った。そして慈しむように表紙を撫でると、シリューナは本を開いた。
 独特のつんとした匂いが鼻を突く。
 しかしそれはシリューナにとっては心地よいもの。彼女にとってこの匂いは、永い時を過ごした、本物の書物だけが持つ事を許された最高の香りなのだ。
 優しくページをめくりながら、シリューナは謡うように講義を始めた。
「確かに妖蛆の秘密には、古代エジプトにおける秘密の伝説・伝承、サラセン人に伝わる占術や儀式・呪文、父なるイグ、暗きハン、蛇の髪持つバイアティスなどの蛇神たちについて記されている…」
「それ以外にも、こういうものもある」
 シリューナは静かに目を閉じると、よく通る透き通った声で詠った。その言語はティレイラにとっては未知のものであったが、なんとなく有史以前のものであろうという事は想像が出来た。
 暫くするとするとシリューナの足元が光り、何かがその姿を顕現させた。それが何か認識するや、ティレイラは思わず口を両手で覆った。
 蛆だ。それも巨大な。丈は優に30Cmはあるだろうか。次々と、巨大な蛆が何匹も召喚されていく。
「妖蛆の秘密は、そのタイトルの通り蛆を呼び出し、操る事も出来る」
 もぞもぞと蠢いていた蛆達は、召喚師が不可思議な言葉を放つとその意思に従った。彼らは同時に頭をある一点…つまり、ティレイラに定めた。
「ひっ」
 動き出した蛆に、ティレイラは反射的に後ずさる。それはそうだ。蛆の群れなんか見て、喜ぶものがいる筈が無い。
 ついにはおぞましく這いながら近づいてくる蛆に耐え切れなくなったか、ティレイラは悲鳴を上げて逃げ出した。
「ある魔術師は、この蛆を使うことで不死を手に入れた」
 生理的な恐怖に支配されたティレイラなぞそ知らぬ様子で、シリューナは本を片手に講義を始めた。
「蛆に自らの意識と記憶を移し、その蛆で文字通り他人の中に侵入して操る。個の人格を持ったままという意味では、それは確かに不死であった」
「最も、ヒト故の業…つまり欲望だな。行き過ぎた欲のあまり、最期は自滅してしまったがな」
 そこで講義を終え、ティレイラに目を戻す。が、折角の講義はティレイラの耳には入っていなかったようだ。
 彼女はうぞうぞと蠢き、異様な速度で迫る蛆から逃げ回るので精一杯だった。
「やれやれ…」
「ああ、そうだ。他の品物を壊したら更に追加だからな?」
 湧き上がる笑動を何とか堪えながら、シリューナは更に弟子追い込んでみる。
 その言葉だけは聞こえたのか、面白いほどティレイラの顔が白くなった。

 駆け回る。品物を壊さぬように、蛆に捕まらないようにティレイラは逃げ続ける。
 いつでも蛆を消す事は出来る。けれど、今暫くはこの愉快な光景を楽しむ事にしよう。
 シリューナは妖蛆の秘密を閉じると、店の奥からその場に相応しいレコードを引っ張り出し、淑やかに音楽を流したのだった。