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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 紅の記憶〜見えぬ襲撃者〜


(瑠璃ちゃん、瑠璃ちゃん、瑠璃ちゃん――!)
 手術室の前、緋穂は祈っていた。
 対応に当たっているのは外科医である父。その腕前を考えれば心配する事はないだろうと思われるのだが、彼女は心配しているだけでなく。
(私が…私が一緒にいなかったからいけないんだ)
 瑠璃に怪我を負わせたのは人外の存在、もしくは同業者。
 だとすれば感知・防御に長けた自分が側にいたら、今のこの状況は避けられていたのではないか。
「…緋穂ちゃん、これ」
「…?」
 椅子の前に立った顔見知りの看護士さんが差し出したのは一枚の札。何となく裏返してみるとそこには――

 次はお前の番だ

 ――おどろおどろしい血文字でそう書かれていた。

 -*-*-*-

 ガチャッ
「お? おー…」
 客かと思ったのだろう、草間興信所の扉の開く音に一瞬草間・武彦は期待の瞳を向けたが、それは一秒であえなく崩れ去る事になった。そこに立っていたのは彼が「お断り」する怪奇現象に関わるとある富豪のお嬢様であり、術者であった。
「緋穂さん、いらっしゃいませ。…泣いているのですか?」
 零に導かれるようにして室内へ入ってきた少女の瞳は赤くて。けれどもどこか強固な意志を持っていて。
「瑠璃ちゃんが何者かに襲われたの。次に狙われるのは私」
 ぺら…血で描かれたお札を、緋穂は差し出して見せた。
「だから…一緒に戦ってくれる相手を探しているの。お願いっ!」
「うちは怪奇事件はお断りだっていってるだろう」
「相手が分からないというのは難しいですね〜」
 頭から断るつもりの武彦に対し、零は緋穂の差し出したお札をしげしげと眺めている。「守るだけなら私にもある程度できるけど…攻めるのが得意じゃないから」
 緋穂は感知や守護の術に秀でた術者。攻撃や浄化は普段は瑠璃の役目だ。緋穂とて出来ないわけではないが、その力は弱い。
「お願い、ここしか頼れないよ…」
「自分の家の術者に頼めばいい」
「…」
 それが出来ないから緋穂はここにいるのであって。
 武彦はため息をついて、同じ部屋で話を聞いていた者達へと目を向けた。



「居合わせるとは偶然だな」
「きゃっ!?」
 武彦との話が終わった直後、気配のなかった背後から声をかけられて緋穂は飛び上がるほど驚いた。そして振り返ってみると、そこにいたのは以前仕事がバッティングしてしまった相手、黒・冥月。
 緋穂は夜神・潤に問題の札を渡した後、冥月やエリヴィア・クリュチコワを見る。
「姉妹で助かりたいなら私に頼むんだな。私はお前たちより強い」
「相変わらず意地悪な兄さんだ」
 ニヤリ、意地悪く笑む冥月に、武彦が茶々を入れる。
 ガスッ…冥月の鉄拳を武彦は甘んじて受けた。
「姉はどこでどんな経緯で発見され、保護された? 傷はどんなだ」
 瑠璃が保護されたのは街外れのマンション建設予定地の傍だった。緋穂がチラッと見た限りでは、背中と胸元に大きな太刀傷のような切り傷があって出血が激しかったのだという。いわゆる袈裟懸けに斬られたというやつだ。
「得物は刃物か? いや、霊力で作った刃という可能性もあるか」
「少なくとも銃器や鈍器ではなさそうですね」
 冥月とエリヴィアの言葉を受けて瑠璃が手術室に運ばれたときの様子を思い出したのだろう、涙ぐんでくた緋穂の頭に潤はぽんと優しく手を置いた。
「リーディングで読み取れたのは『五芒遊会』って言葉と緋穂ちゃんと瑠璃ちゃんへの殺意だね。この五芒遊会っていうのは何かの組織かな? 緋穂ちゃん、心当たりは?」
「…おばあさまが言ってた。私たちの様な霊能力を使う団体で、けれども集められた経緯のせいか、とても残酷な人が多いって」
「緋穂お嬢様、その術者に狙われる心当たりはございますか?」
「…わからないよぅ」
 エリヴィアに問われ、緋穂は瞬きしてぽとりと涙の雫を零した。
「殺さなかったのはいつでも殺せるとの示威か、恐怖を与えて自分を誇示する為だ。そこまで怨む奴に心当たりはないか?」
 冥月の言葉に首を振る緋穂。だが同業者であれば多少なりとも恨みを買う事もある。それゆえの怨恨なのか――。
「それじゃ散歩に行こうか、まぁ気負いすぎて足元掬われてもな。それともう一つ」
 それまで部屋の隅で緑茶をすすっていた宵守・桜華が口を開いた。
「襲撃するのに宣言しちゃうような自意識過剰な奴には、焦れた所に隙を作ってやるのが効果的だったりする」
 それは桜華の苦い経験から語られた言葉だった。
『敵の討伐と依頼主のボディーガードか?』
 武彦が受信したメールを見、入口近くで携帯を取り出していたー・ミグを見た。
「ああ。行ってくれるか?」
 その言葉に、ミグは瞳を細めて頷いた。


「勿論俺も瑠璃ちゃんが助かって嬉しいんだよ。でも瑠璃ちゃんが反撃したかどうか、それは分からないんだね?」
 視線を合わせるようにして告げる潤に緋穂は頷く。彼女が瑠璃を見た時、瑠璃には既に意識がなかった。故に彼女が反撃したかどうかはわからない。
「瑠璃ちゃんを操って緋穂ちゃんを襲わせたりとか、そういう手段に出られると困るから。そうだな、一応オフィーリアに瑠璃ちゃんの傍にいて守ってもらうね」
 安心させるように潤は優しく告げ、闇色の鳥に命ずる――傷を負った瑠璃を守れ、と。
『どこか対決に向いた場所はあるのか?』
 ミグの打った携帯メールを武彦が読み上げる。
「斎のお屋敷は…」
「全員を脱出させるのに時間がかかるし、家を壊されちゃう恐れがあるから…」
 エリヴィアの言葉に緋穂は申し訳なさそうな顔をする。彼女によれば双子の母美鈴は二人が退魔師として働くのを良く思っておらず、超常能力についての理解も低いリアリストなのだ。美鈴の義母に当たる双子の祖母ゆりかが同じ仕事を生業としていなければ、二人が危険な目にあいながら働く事を認めなかっただろう。今でも二人が傷を負うたびに何かと文句を言うくらいだ――勿論それは心配から出る言葉だが。
「とりあえずぶらついて、夕方辺り人気のなくなる神社の境内か何かがいいんじゃねぇか?」
「それなら先日私と二人が対決した場所でどうだ」
 桜華の提案に冥月が口を開く。確かにそこならば丁度よさそうだった。
「結界は張るなよ。相手を誘き寄せる為だ」
「緋穂ちゃんは身を隠すだけの小さな結界を張って隠れていて。俺のほうで緋穂ちゃんの幻を見せるから」
 冥月と潤が手順の確認をし。
「それでは皆様、参りましょうか」
 エリヴィアの言葉に一同、席を立った。



 誰もいない神社の境内に彼らはいた。
 潤の作り出した幻影の緋穂を中心に、まるでそこから見える夕日でも見に来たかのようにぶらぶらと。だが警戒だけは怠らない。
(やっぱりこれだけの人数で警戒していたら来ないみたいだね)
 相手も馬鹿ではないのか、それともこれだけの人数を相手にする自信がないのか、それとも瑠璃に痛手を追わされて単に手が出せないだけなのか――それは判断しかねたが、ぐるり周囲を見渡して潤はとある方向を見つめた。
 境内の少し奥。そこに本物の緋穂はいる。姿隠しの結界を使っているから、よほどのことがない限り心配はないだろう。念の為にエリヴィアの分身の一人が付き従っている。
「飽きた。時間の無駄だし…帰る」
 桜華のその言葉が合図だった。彼は何も言わずにすたすたと緋穂から離れる。そして夜気と場に満ちた霊気に紛れて気配を消す。
「私も帰ろう」
 冥月が言い、ミグと共に離れる。
「じゃあ緋穂ちゃん、ごめんね、俺も…」
「緋穂お嬢様、私も失礼いたします」
 潤とエリヴィアも緋穂から離れ――そして残された幻影の緋穂は彼らに軽く手を振って、近くの石に腰を下ろして闇の下りた空をじっと見つめていた。

 ――ピンッ

 場の気が張り詰めたのを、その場にいる全員が感じていた。

 ――シュンッ

 凝縮された霊気が鋭い刃の様になって飛んで。

 ――ザシュッ

 無防備な幻影の緋穂を切り裂いた。

「よく考えれば罠だと分かるようなものだが、分からないほど頭が悪いか余裕がないか」
「それとも両方――か?」
 刃の飛んできた方角に素早く駆け寄った冥月と桜華が男二人を発見。足技や拳で対抗する。
「そちらにもお一人いらっしゃいますね」
 エリヴィアが聖別された水銀弾を装填した銃を木の上に向かって撃つと同時に多数の分身を木の下に走らせる。
「グルル…!(訳:覚悟しろ!)」
 ミグがその身軽さを利用して、撃たれた事で木から落下してエリヴィア達に包囲された男に多い被る。
「少しはやる気を見せたらどうだ。こうも簡単にギブアップじゃつまらない」
 冥月は男の一人に強烈な蹴りを食らわせ、その後影で動きを拘束する。もう一人は桜華が相手をして、霊的急所を狙っていた。
 ちらっと冥月が潤を見ると、どうやらスーツの女と対峙していた彼は説得に失敗したようだった。それならば選択肢は一つ。
「説得に応じてくれないなら、仕方ないね」
 小さく溜息をついて潤は場の負の力を集めて女に放つ。
「きゃあああっ!」
 その膨大な力をまともに受けた女は転倒し、走り寄ってきたミグに押さえつけられる。
「緋穂、殺すか殺さないか。任せる」
 敵は四人、全て押さえるか霊的急所を破壊した。それでもって冥月が本物の緋穂のいる方向へと声をかけた。
「…殺さないで。瑠璃ちゃんを傷つけたのは許せないけど…命を奪うのは…」
「甘いな。その甘さがいつか仇になるぞ」
 けれども冥月はそれ以上敵に手を出そうとはしなかった。潤は緋穂の決断に頷き、エリヴィアは気絶させた男の周りから分身を引き上げさせる。
「ま、業界でやってけないようにはしちまったからな」
 桜華は自分の下で伸びている男を見た。
「グルル…!(訳:貴様のボスに伝えろ…。二度と斎の娘達に手を出すな。次も手出しすれば"粛清"してやるとな…!)」
 牙をむき出しにしたミグの唸り声に、のしかかられている女は震えて頷いて。
「殺さないならそれでもいいが…今度姉妹で礼に来いよ」
 冥月が本物の緋穂にニヤリと笑いかけると、彼女は、
「…ありがとう。良かったら瑠璃ちゃんのお見舞いにも来てね」
 ぺこりと頭を下げた。

                      ――Fin




■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
・2778/黒・冥月様/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
・4663/宵守・桜華様/男性/25歳/フリーター/蝕師
・7038/夜神・潤様/男性/200歳/禁忌の存在
・7274/ー・ミグ様/男性/5歳/元動物型霊鬼兵
・7658/エリヴィア・クリュチコワ様/女性/27歳/メイド


■ライター通信

 いかがでしたでしょうか。
 この度は集団描写となりましたため、拾いきれぬプレイングも有り申し訳ありません。
 それでも頑張って、お一人お一人僅かですが違う描写部分をいれて書かせていただきましたので、楽しんでいただけましたら幸いです。

 気に入っていただける事を、祈っております。
 書かせていただき、有難うございました。

                 天音