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<東京怪談・PCゲームノベル>


 Chocotto 2.14

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 誰が始めたのか、いつから始まったのか、誰にも理解らないけれど。
 毎年2月になると、在校男子生徒が左腕に包帯を巻く。
 怪我をしているわけではなく、これは『お知らせ』のようなもの。
 左腕の包帯は『彼女がいない』その証。
 回りくどい言い方だけれど、真意は簡単。
 要するに、チョコレートをくれ。ということだ。
 もっとわかりやすく言えば、彼女が欲しいと。そういうこと。
 2月に入ると、女子生徒は男子生徒の左腕に自然と目がいってしまう。
 意中の男が包帯を巻いているのを確認して気合を入れてみたり、
 逆に包帯がないことを確認して意気消沈したり。
 この時期だけの、不思議な光景。
 特に規制をかけるわけでもなく、教員達は微笑ましく見守っている。
「今年もやってるね〜」
 窓から中庭を見下ろしてクスクス笑うヒヨリ。
 藤二も、書類を棚に戻しながらクスクス笑う。
「俺達も巻いとくべきかもな。ここまで浸透してるなら」
「ふふ。そんなことしなくても貰えるんじゃない?」
「俺が?」
「お互いに」
「っぷ。まぁ、確かにそうなんだけど」
 お調子者な二人へ、コーヒーを差し出しながら、千華は苦笑。
「みっともない会話、やめなさいよ。まったくもう……」
「男の名誉に関わるんです、チョコの数は。な?」
「う〜ん。どうだろね。俺は別に。ま、貰えば嬉しいけど」
「嘘だな。絶対、そんなこと思ってねぇだろ」
「本当だって。ねぇ、ところで千華は? 誰かにあげるの?」
「…………」
「お。沈黙した」
「千華。沈黙は肯定と同意だよ?」
「……あんた達じゃないことは、確かよ」
「え〜」
「え〜」
 もうすぐバレンタインデー。
 今年は……何組のカップルが成立することやら。

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 いつから始まったのかは誰も知らない、覚えていない。
 けれど、この時期の『左腕の包帯』には、特別な意味がある。
 クラスメートから詳細を教えてもらった夏穂は、ようやく理解した。
「そういうことだったのね……」
 一体何事かと思っていたの。
 だって、ほとんどの男の子が包帯を巻いてるんだもの。
 怪我してるのかなって心配だったわ。
 それにしては、全員同じところを怪我してるのね……とも思ってた。
 2月の頭から13日にかけて、男子生徒が左腕に巻く包帯。
 バレンタインデーに向けてのアピール・催促・お知らせ。
 心配していただけに、事実を知った夏穂はクスクス笑う。
 1年に1度だけ。好きな人に想いを込めてチョコレートを贈る日。
 あんたのことだから、知らないんだろ。
 教えてやるから、よーっく聞けよ。
 いいか、バレンタインっていうのは、
 好きな男、大切な人にチョコレートを贈る日だ。
 何でチョコレートなのかって? そこまでは知らない。
 まぁ、別にチョコレートじゃなくてもいいんだろうけど……。
 とりあえず、そういうことになってるんだ。
 一応、恒例イベントのひとつだからな。
 覚えておいて、損はないと思うぜ?
(……って、言ってたわね。そういえば)
 ボンヤリと思い出す、友人の言葉。
 今、こうして思い出すまで忘れていた。
 今日は、2月13日。
 渡すならば、急がねば。
「ねぇねぇ、夏穂ちゃんは、誰かにあげるの〜?」
「あれ。いない」
「消えた!」
 クラスメートの女の子達の質問に答えることなく、慌てて教室を飛び出した夏穂。
 家に戻って、すぐさま夏穂はキッチンに篭る。
 夜はハント活動に出掛けねばならないから、0時までに作り終えなくては。
 戻って来てからでも多少は時間があるだろうけれど、寝坊してしまう可能性が高くなってしまう。
「チョコなら何でも良いわよね」
 ポツポツと独り言を呟きながら、パタパタとキッチンを駆け回る夏穂。
 リビングのソファで、ハント時間まで仮眠をとっている夏穂の双子の妹は、
 何やら騒がしいキッチンに、夢うつつな状態でクスクスと笑っていた。

 *

「やぁやぁ、海斗くん。調子はどうかね」
「……うるせーなー。って、うわ、すげ!」
「ふっふっふっ。参ったか。参ったと言え」
「それはヤダ」
 プイッと顔を背けて頬を膨らませた海斗。
 バレンタインデー当日。海斗に声を掛けた藤二は、両手いっぱいのチョコレートを見せびらかす。
 毎年恒例、藤二先生の自慢ショーである。
 今年は、いつにも増してチョコレートの数が多い。
 今期の新入生が多いことも関係しているのだろう。
 嬉しそうに笑う藤二を無視しつつ、海斗は溜息を落とす。
 何でなんだろーなー。何でなの? 何で藤二ってモテるの?
 煙草臭いし、女ったらしだし、不真面目だし……どこがイイのかサッパリわかんね。
 クラスの女達もキャーキャー言ってたからなー。
 誰にあげるのー? 藤二先生ー! キャー! っつって。
 あー。今年も同じパターンか〜ってゲンナリしてたんだけど。
 本当に同じパターンだよ、これ。もう、ヤダなー。これ。
 別に羨ましいワケじゃねーよ?
 そこまで自慢されたらムカつくだろ。誰だって。
「よしよし。泣かないの。ほら、一個あげるから」
「泣いてねーよ! つか、いらねーよ! って、これ普通の板チョコじゃねーか!」
「当たり前でしょ。女の子から貰ったチョコをあげるなんて、そんなこと俺には出来ませんよ」
「……じゃあ、何だ。この板チョコは、もしかして」
「そうだよ。お前の為に買ったの。向かいのコンビニで」
「いらねーよ! ばーか!」
「まぁまぁ。一個もナシで帰ると虚しいだろ。貰っときなさい」
「うるせーな! 貰えないって決め付けんな!」
「おやおや。アテがあるのか?」
「…………」
「ほらほら、貰っときなさい」
「だ〜から、いらねーっつーの!」
 教室の片隅で、ギャーギャーと大騒ぎする海斗と藤二。
 生徒と先生というよりは、まるで兄弟のような光景だ。
 余計なお世話もさることながら、海斗がイラつく要素は他にもある。
 待機ガールズの存在だ。
 教室の入り口付近に、ごちゃっと女生徒が固まっている。
 女生徒の視線は、真っ直ぐに藤二の背中へ。
 その眼差しは、ピンク色に見える。……いやいや、気のせいだ。
「あーもう。いーから、あっち行けよ! 待たせてんだろーが」
「えっ? そんな。 あ、本当だ!」
「ワザとらしすぎだろ。マジで。蹴るぞ」
「お前ね、そういう乱暴なことばっか言ってるから……」
 苦笑しながらアドバイス(余計なお世話)をしようとした藤二。
 と、そこへ。テクテクと歩み寄ってくる女の子が一人。夏穂だ。
「……おや?」
「ん? 何だ?」
 キョトンとしている海斗と藤二。
 二人の間に割って入った夏穂は、ニコリと微笑んで白い箱を差し出した。
「はい、どうぞ」
 差し出された白い箱。その向きは、藤二……ではなく海斗。
「……え。俺?」
「うん」
 目を丸くしている海斗に、夏穂はコクリと頷いて返した。
 静まり返る教室。暫くして、めでたき光景に、クラスメート達は拍手喝采。
「慌てて作ったから形がちょっと変だけど……味見はしたから」
 照れ臭そうに笑って言った夏穂。
「あ、そか。いやいや、どーもありがと」
 半分放心状態の海斗は、そんな間の抜けた言葉を返した。
 受け取ってくれたことが嬉しくて、ちょっと照れ臭くて。
 夏穂は「じゃあね」と言い残し、パタパタと教室を出て行く。
「まさかの手作り。お前にも春がきたようだ。オメデトウゴザイマス」
 ポンと海斗の肩に手を置き、グッと目頭を押さえる藤二。
 もちろん、泣いてなんぞいない。当然のごとく、演技である。
 藤二からの茶化しを始め、クラスメートからも次々と茶化される。
 夏穂からのチョコを熱望していた男子もいるようで、
 おめでとうに混じって「このやろう」などの悔言も飛び交っている。
 照れ臭くなったのか、海斗は逃亡。もちろん、貰ったチョコを大事に抱えて。


 授業が終わり、放課後。
 大半の女の子にとって、ここからが本番。
 教室の片隅で、或いは廊下で、頬を赤らめた女の子をあちこちで確認できる。
 おや。中庭に人だかりが。その中心にいるのは……夏穂だ。
「夏穂ちゃん、ありがとうっ」
「うん。頑張ってね」
「夏穂ちゃん、次は私!」
「うん。ちょっと待ってね。あの……順番に。並んでね」
 女の子に囲まれている夏穂。お目当ては、占いのようだ。
 好きな男の子へチョコレートを渡しに行く。
 その前に、アドバイスなどをもらっているらしい。
 たかが占い。されど占い。今日は特別。占いの効果は絶大だ。
 ましてや、夏穂に占ってもらえるとあれば、長蛇の列も頷ける。
 夏穂自身が占ってあげると言ったわけではない。
 クラスメートの女の子たちに頼まれて占ったのが始まり。
 そこから、みるみる人が増えて……こんな状態になってしまった。
 面倒だとか、そんなことは一切思わない。寧ろ、手を差し伸べてあげたくなる。
 列を作って並ぶ女の子達は、みんな頬を赤らめてソワソワ。
 その表情を見ていると、何だかくすぐったい気持ちになる。
(今日は、女の子を素敵にする特別な日なのね……)
 まるで自分のことのように嬉しい気持ちに、夏穂は優しく微笑んだ。
「夏穂ちゃん、次は私〜!」
「あ、うん」

 まるで "人生相談承ります" 状態の夏穂。
 どこぞの有名占い師かというほどに、みるみる出来上がっていく長蛇の列。
 一体どこまで伸びているのやら、と考えながら海斗は笑う。
 放課後の逃亡先は、滅多に使われることのない倉庫代わりの旧資料室。
 窓の縁に肘を付き、ボンヤリと賑やかな中庭を見下ろしてポツリと零すのは、本音?
「何か、もっとこう……。二人っきりで、こう……。するんじゃないの? バレンタインって」
 イメージと少し違うバレンタインになったけれど、不満というわけではない。
 素直に嬉しいし、きっと彼ならば、一口食べて、すぐ忘れる。
 夏穂手作りのカップケーキ。チョコチップたっぷり。
「うぉっ。何これ。美味っ!」
 ほら。忘れた。

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 7182 / 白樺・夏穂 / 12歳 / 学生・スナイパー
 NPC / 海斗 / 19歳 / HAL在籍:生徒
 NPC / 藤二 / 28歳 / HAL在籍:教員

 シナリオ参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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