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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


【歪みの館】月夜の晩餐会

「最高だ。料理の準備も滞りなく、庭の草花も機嫌良く咲いている。これならばお客様も満足して頂けるだろう」
 此処は歪みの館。
 どこにあるとも知れず、現実世界とは違う理が働く不可思議な場所。魚は風に乗って泳ぎ、猫のぬいぐるみは屋根の上で昼寝、台所のティーカップはお茶が熱過ぎると騒ぎ立てる。
「まずい。……肝心のお客様に招待状を出すのを忘れていた」
 館を管理しているのは一枚のトランプ。表にあるべきマークはダイヤであったりスペードであったりと、表情宜しく変化する。
「便箋は此処にある。足りないのはペンだ。誰か、大急ぎで誰か白い羽根ペンを呼んでくれ。お前がいないと招待状が書けない、と。あぁ、この時間なら大時計とチェスをしているはずだから」
 失敗に気付いたトランプは机の上を飛び回り、大声で屋敷の者を呼ぶ。一羽の鴉があなたの元へ招待状を届けに現れたのは、それから数日後のことだった。



 歪みの館。それはこの世界のどこかにあり、またどこでもない場所にある。海と空の間、夢と現の境界線。どれも根拠らしい根拠なく、また存在自体が噂話の域とあっては確かめることもできない。唯一、館からの招待状を持つ者だけが、その屋敷にたどり着けるという。

「久しぶり、トランプさん。招待状アリガトね」
「鎖姫様。またお会い出来て嬉しく思います。お元気そうで何より」
「はいこれお土産。行きつけのお花屋さんが間違って作っちゃった向日葵色の薔薇。真ん中のとこの種が食べられるんだって」
 客人が差し出したのは、黄色い花束だった。薔薇といえば赤や白が良く見られるが、これは違う。夏の眩しい太陽を思わせる明るい黄が散りばめられ、中央には向日葵の種が顔を覗かせている。
「綺麗なお庭に混ぜてあげてもいいかな?」
 花束を受け取りながらトランプは頷いた。
 今回トランプはカードの身体を捨て、鎖姫と同じように青年の姿に魂を宿している。顔の上半分を藍色の仮面で覆い細い唇には鈴のような声で言葉を紡ぎながら、口元だけで柔らかく微笑んだ。長めの黒髪は後ろに流し結んである。
 今までに見せたことのない姿で現れたというのに、鎖姫は驚く様子も無い。名乗らずとも姿が変わろうとも恐らく、モノに宿る魂の流れを感じ取れば自ずと答えは出るのだろう。
(……なるほど。時を知る鍵師か。これはまた何と、)
 危険で珍しい。そう口には出さず、トランプは笑みの中に言葉を隠した。
「勿論でございます。後ほど、当家の庭師に命じましょう。鎖姫様のお土産だと伝えたら、きっと喜びますよ。何しろ、一度身体を分解されてから、すっかり貴方様に惚れ込んでしまったようでして」
 館の食堂へ客人を案内すると、既に会食の準備が整えられていた。
 いつもなら客人を迎えた際は静かにするようにとトランプが一喝するところだが、今日ばかりは館の住人も好き勝手にお喋りを楽しんでいる。空色のくまのぬいぐるみ、羽の生えた古めかしい書物、体躯のほとんどを白い包帯に包んだ儚げな少女。此処での普通は、現実世界の異形を意味する。どこか欠けているのに、全てが満たされている。そんな不思議でほの暗い影が見え隠れする、この館は幾重にも重なった世界の一片に過ぎない。
 今にも和やかな食事が始まりそうな雰囲気ではあるのだが、テーブルクロスの上には、出番を待つ白い皿や花柄のティーカップ、陶磁の水差しが並んでいるだけだ。
「何かお好みのものはございますか」
「特に好きな物は果物とかサラダ。新鮮なのがいいよね。あと麺類が好きだなー。あと」
「何なりとどうぞ。ご遠慮なさることはございません」
「普段口に出来ないような麺料理とか希望しちゃってもいいかな」
「聞いたか、同胞よ! 鎖姫様のお料理を急ぎご用意せよ。お待たせしてはならない」
 厨房から顔だけ覗かせていたアヒルはトランプの大声に飛び跳ね、厨房に引っ込む。アヒルなのは顔だけで、体躯は白いコックの服に包んでいる。首には真っ赤なスカーフが巻かれていて、動く度今にも解けそうに揺れた。
 十秒とたたない内に、鎖姫の目の前に料理が現れた。
 そう、それは文字通り唐突に出現した。何かが弾けるような音が小さく響く。皿が一瞬の白煙に包まれ、姿を見せたのは深めの皿に盛り付けられた温かな麺、横には不思議な香の茶が添えられている。
「んと、大切なのはイメージ、そして意識の海からのサルベージ。大事なのは信じるコト」
 いつの間に近付いてきたのか、アヒルが歌うように言う。
 鎖姫が箸で器用に麺をすくってみると、淡い白麺に混じって翡翠色や薄い紅が混じっている。ふわりとした黄色いたまごと鶏肉で閉じてあるようだ。透明感のあるスープを蓮華で口に運ぶと、素材の旨みが溶け込んだ優しい塩味が鎖姫の空っぽの胃に染み渡っていく。
「ほうれん草やにんじんを生地に練りこんであるの。野菜たっぷりー。鎖姫様、……美味しい?」
 鎖姫が頷くと、アヒルの顔に張り付いた不安が一気に飛び、酷く嬉しそうな顔をして笑った。ぱたぱたと足音をさせて厨房に戻っていく。
「おや、何か苦手なものがおありで?」
 じっとたまごに視線落としていた鎖姫に気付き、トランプがさり気なく問うてみる。
「あ、形が残ってる卵は苦手。見た目がね。溶いちゃえばおっけーだよ」
「左様でございましたか。形……、あぁ。言われてみれば、独特の形をしていますね」
 軽やかな旋律が部屋に響き、銀の月明かりが窓から差し込む。厨房からは甘い香が漂ってきた。どうやら何か焼き菓子でも作っているのだと鎖姫にも想像がついた。
「食事の後は茶会と参りましょうか。干し果物のクッキーは是非召し上がって頂きたい。今年は良い果物がたくさんとれたのですよ」
「……うん。そうしよう」
 次々と並べられていく食事や茶。楽しげな住人たちのお喋りに耳を傾けながら、たまにはこんな時間も悪くないと鎖姫は密やかに微笑むのだった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2562/屍月・鎖姫/男性/920歳/鍵師】

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■         ライター通信          ■
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ご参加ありがとうございました。如何でしたでしょうか。
お楽しみ頂ければ幸いです。
それではまた、何処かでお会いできることを願いつつ、失礼致します。