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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


 転換期の攻防


 どうしたのだろう、思ったように力が使えない。
 力が――無くなっている?

 *------*

「転換期?」
――斎に連なる者ならば必ず迎えるその時期じゃ。聞いた事位はあろう。
 電話の向こうで無機質に告げるのは七曜会の長老の一人。
――ゆりかは確か3、4歳の頃に済ませておったか。
 ゆりかとは双子の祖母だった人。類まれなる術者だったと言われているが、今は亡い。
 転換期――斎の家系で力を継ぐ者には必ず現れる、一生に一度のさなぎの時期。数日の間一切の能力を失い、その力は一般人以下の物となる。つまり普段は彼女たちに近づけない雑霊や彼女達に害を与えたいと思っている者達に好都合な時期。もちろんそれらに対抗する力もなくなるので、結界の張られた部屋で力が新しく生まれ変わるのを静かに待つ、というのが通例だ。
 普通の人よりなまじちからがある分、それが弱ったときや無くなったときが危険だ。普段は近寄ることすらできないモノを寄せ付けてしまい、場合によっては命に関わる状況に陥ることもある。
 瑠璃と緋穂の二人は護符のついたピアスやバレッタで力を増強しているが、それはあくまで基にするちからがあってのこと。基が無ければ増強のしようも無いのである。

 転換期の始まりは人それぞれであり、いつ始まるとは明言しがたい。
 それが、訪れたというのか――?

 *------*

 転換期の間は斎の屋敷で祖母、ゆりかの使用していた和室で過ごす事になった。
 人一人が過ごすには広い和室。結界を張った当人はもう何年も前に他界しているというのに、その部屋は斎家の中で一番強い守りの力を維持している。本人がいない以上、いつ切れるとも分からない結界だが。

 転換期を迎えていない方は、入っている仕事を片付けねばならない。だが瑠璃と緋穂は二人で一人前。どちらかが欠けては仕事に支障が出る。

 どうやってこの時期を乗り切れば――。



 何気なく握っていた手をきゅっと握り返され、夜神・潤はその少女が目覚めた事に気がついた。
「大丈夫?」
 優しい声色で問う。
 畳の上に敷かれた布団の上に横になった少女は、不思議そうに瞬いて、そして潤をじっと見て。
「‥‥なんで?」
「緋穂ちゃんが心配で」
 にこり、微笑めばそれで事態を思い出したのか、緋穂は勢い良くがばっと上半身を起き上がらせた。そして、問う。
「瑠璃ちゃんが、私より瑠璃ちゃんが」
「大丈夫だから安心して。瑠璃ちゃんのことはオフィーリアに頼んだから」
 腕をつかまれ、軽く揺すられたが潤は落ち着き払って緋穂の背中をぽんぽんと叩いた。
 オフィーリアとは潤を守護する闇色をした美しい鳥で、絶大な魔力を有している。オフィーリアがついているとなれば安心だろう。だから彼はもう一度、「心配しなくていいよ」と緋穂を安心させるようにして。
「えっと‥‥『転換期』だっけ? しんどかったりしない? 眠ってていいよ。楽しい夢が見れるようにしておくから」
「ううん」
 潤の言葉に緋穂は頭を振るようにして、そして酷く不安そうに瞳を揺らがせた。だから彼はそれが、力のない彼女を襲い来るモノ達に対する不安かと思って。
「この部屋には俺がもう一つ結界を張っておくから、誰も緋穂ちゃんに手を出せないよ」
「ううん、そうじゃないの」
「じゃあ、何?」
 じっ、と漆黒の瞳で緋穂の碧の瞳を見つめれば、彼女は照れたようにはにかんで「手、握ってもいい?」と訪ねてきた。「もちろん」と返せば、再び少女の白い指先が潤の、青年らしい大きな手を包んだ。
「‥‥怖いの。もう、力が戻ってこないんじゃないかって」
 自分の中から何かが剥がれ落ちていくような感触、何かがそがれていくような感覚、失う事の恐怖が彼女を支配しているのだという。
「このまま力が戻らなかったら‥‥怖い。役に立たなくなるんじゃないかって‥‥」
 失う事への恐怖の他に、無防備であるという事に対しての恐怖もあるのだろう。緋穂はぎゅ、と潤の手を強く握り締めた。
「大丈夫。じゃあその『恐怖』を俺が封印してあげるから」
 繋いでいない方の手を潤が緋穂に翳す。潤の温かい心が緋穂を包む。その心地よさに彼女が目を閉じると、いつの間にやら恐怖は不思議となくなっていて――それは彼の持つ封印能力だ。
「なにか話していようか? ああ、でも14歳の女の子と何を話していいのかよくわかんないけど」
 するっと翳していた手を緋穂の長い髪に絡め、潤は尋ねる。
「学校ではどんな話してるの?」
「うん‥‥私あまり女の子の友達っていなくて」
「そうなの?」
 それは意外だ。緋穂の無邪気さなら、男女問わず仲良くなれそうなのに。
「瑠璃ちゃんといつもいるから‥‥ああ、でも男の子のお友達ならいるよ?」
「『お友達』、ね‥‥」
 その言葉で何となく潤にも想像がついた。彼女自身には自覚がないようだが、恐らく彼女の屈託のなさは多くの男子をひきつけ、逆にそれを羨んだ女子には反感を買っているのだろう。緋穂のほうは男子を『お友達』と思っているようだが、逆は同じ様に思っているのかは怪しい。
「だから、潤お兄さんの話をしてほしいな」
 もしかしたら彼女にとって学校はあまり楽しくないのかもしれない、そんな事を思っていると、今度は催促をされてしまった。
「昔の話ならできるよ。歴史の授業みたいに堅っ苦しくない話」
「わぁ、どんなの?」
 無邪気に期待に目を輝かされてしまえば、さて何を話したらこの子は楽しんでくれるだろうかと思案する。
「例えば――‥‥」
 俺って結構暢気だなと思いつつも、話題を選んでは口にする潤。
 その度に彼女が現す素直な反応が可愛い。
 まるで彼女に危機が訪れていることを忘れるかのような時間が過ぎて行った。
 それはゆりかの結界の上に張られた潤の結界が万全だからこそ訪れる時間で、朝起きたとき、仕事が終わったときに姿を見せる瑠璃もそれには感謝したほどだった。



 潤は今、眠った緋穂の傍に片膝を立てるようにして座っている。
 部屋の中は灯りが落とされていて、暗い。
 気配を探ると、結界の外で雑霊たちが騒いでいるのが分かった。
(この子は、守るよ)
 握られた手のぬくもりを感じ、潤は壁の向こうに一瞥をくれる。
 ここ数日で緋穂の霊力は回復しているように思えた。不思議とオーラの様に霊力が溜まっていく様子が見えるのだ。足先からだんだんと、ゆっくりと満ちて――
(完全に霊力が復活するのがいつになるかわからないけれど)
 元々数日滞在するつもりでやってきたのだから問題ない。結界だって、そのつもりで張ってある。
(でも緋穂ちゃんの霊力が戻ったら、この時間が終わってしまうのは少し残念‥‥かな)
 くす、と口元を笑みの形にゆがめて、潤は眠っている少女の頬を優しく撫でた。

 外で不吉な声で鳴く鴉も、騒がしいほどに美味な贄を目の前にして群れている雑霊たちも、一歩も近づけない。
 そこはまさに不可視の壁で外界から隔離された、小さな園であった。

 ありがとう‥‥

 ふと、誰もいない空間からそんな声が聞こえた気がして、潤は振り返った。
 そこには薄く白みがかった着物の女性が、佇んでいる。

 私の可愛い孫達を‥‥

 よろしく、とその口がかたちどったと思うと、その女性の姿は消えた。
 後にはこの部屋に残っていたのと同じ香の、一層強い残滓が残っているだけだった。



■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
・7038/夜神・潤様/男性/200歳/禁忌の存在


■ライター通信

 いかがでしたでしょうか。
 私事によりお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。
 出来得る限り気に入っていただけるようにと心を籠めて執筆させていただきました。
 緋穂との時間を楽しんでいただけましたら幸いです。

 気に入っていただける事を、祈っております。
 書かせていただき、有難うございました。

                 天音