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<東京怪談・PCゲームノベル>


『紅月ノ夜』 其ノ陸



 一ヶ月ほど前、樋口真帆は『彼女』に再び会うことができた。
 これ幸いとばかりに駆け寄ったというのに……。
(雲母ちゃん……)
 弱虫で、臆病者という言葉が似合っていた彼女は、驚くべき身体能力を披露して去っていった。
 あの赤い目。
(雲母ちゃん……)
 本当に怖いのは退治屋ではないと言っていた、彼女。
 自室の中で、ベッドの上で、真帆はひたすら床を、床の一点を見つめていた。
 なぜこんなにも、彼女に一生懸命になるのだろう、自分は。
(……結局)
 そう、結局。
 これは自分のわがままなのだ。
 雲母の笑顔を見たい、それだけだ。
 あの照れたような笑みをもう一度見たい。ううん、彼女の心からの笑顔が見たい。
(だったら、まずは自分のやれることをしないとね)
 決意をして、自分の携帯電話に手を伸ばす。
 すぐに行動することも考えてはいたが……あの退治屋と接触するのはよくない。
 彼女はきっと、真帆のような者にとっては近づいてはならない存在なのだ。関わって、いい事など一つもない。
(だってあの人、美人だけど怖いんだもん)
 歯車のような……大きなシステムの一部のような人。個性的ではあるが、どこにも個性を感じない……人。
 お財布の中に入れておいた名刺を取り出す。怪しげな名刺ではある、が……。
 息を吸い、吐く。
 よし! と気合いを入れて携帯電話を片手に、名刺と、ディスプレイとを交互に目を動かして、ボタンを押していく。
 フリーダイヤル。
 通信ボタンを最後に押し、耳元へと携帯電話を移動させる。
 コール音は3回。それだけで、相手はすぐに出た。
<はい。こちら妖撃社、日本支部です>
 若い男の声だ。真帆は緊張して姿勢を正す。
「あの、遠逆未星さんはいらっしゃいますか?」
<ミホシをご指名ですか? 仕事の依頼ということですか?>
「あ、いえ、あの……」
 どうしよう。会社に直接電話をかけるのはやはり問題だったようだ。
 プライベートな連絡先を知らない以上は仕方のないことだったが……。
 困っている真帆の様子を察したのか、電話の向こうの男は小さく笑う。
<彼女は現在出張中でして>
「出張?」
<代打のトオサカはおりますが……そちらではダメなんでしょうね>
 笑いを含んだ声に真帆は頬が熱くなる。見破られている。個人的な用事で電話をしたのを。
「あの、遠逆未星さんに連絡したいんですけど、あ、あの、樋口といいます」
<ヒグチ様ですか。うけたまわりました。ミホシには連絡をしておきます。押り返しの連絡先をどうぞ>
 し、親切な人だ。しかもなんだか声が色っぽい。
 連絡先である携帯電話番号を一つ一つ、はっきりと言う。
 向こうが確認のために復唱した。間違っていない。
「はい。それで合ってます」
<そうですか。ではすぐに連絡させますので>
 通話を切ってから、真帆は一息、吐き出した。
 と、5分もしないうちに携帯から着信音が鳴り響く。画面を見れば、公衆電話からだった。
 通話ボタンを押して、耳へと移動。――と。
<なんの用? 樋口真帆>
 淡々とした、未星の声に真帆は知らず、震えた。早い! というか。
(声が怖い〜!)
 冷たい。まるで氷だ。
<樋口真帆、早く言いなさい>
「は、はい!」
 慌てて真帆は返事をしてしまう。
「他の吸血鬼、知りませんか!」
 やばい。なにこの質問!
 さっ、と顔色が変わってしまうけれども電話の向こうにはどうせ見えないだろう。
<それは、あの女以外で、ということ?>
「はい。雲母ちゃん以外で」
<肯定する。吸血鬼なんてそのへんにごろごろしてる>
「え。うそ」
<否定する。人間にも種類があるように、吸血種も様々>
 ……あれ? やけに素直に教えてくれる。
 不思議になる真帆は、電話の向こうで何かが聞こえるのに気づく。誰かが未星の背後に居るらしい。
<あの女と同じタイプの吸血鬼は存在しているわ>
「そ、それ、どこに居ますか?」
 居場所さえわかれば。
<自分で調べなさい。調査料金を払うなら教えてあげてもいい>
 無料で、というわけにはいかないようだ。未星の背後で誰かが何か言っているが、未星は無視しているらしい。
 だがあまりにうるさいらしく、未星がその相手に対して言っているのが聞こえた。
<二、三度ほどしか会っていない他人になんで教えないといけないのよ。お人好しは……>
 そこで声が遠ざかる。
 戻って来たらしい未星はやはり冷たい声だった。
<用件は終わったわね。それじゃあ。仕事以外で連絡しないで。業務の妨害よ>
「あ、あと半年前に現れた黒装束の人物について、何か……」
<これ以上答える必要はない>
 向こうから通話が切られた。おそらく……彼女は仕事中なのだろう。
 出張場所がどこかは知らないが、どうやらこの街には今、居ない。これは好都合だ。



 わからないことは、誰かに訊く。これは基本中の基本だ。
 知り合いの力を借りて、できるだけのことをやろう。
 草間興信所のメンバーや、アトラス編集部の者たち、それにネットカフェなども利用してみた。
 どれも今ひとつの反応だったけれど。
(困ったなあ)
 ことごとく当てが外れると、本当にまいる。
 でも、全ての方法を当たったわけではない。
 真帆は目的地へと向かう。本人に訊くのが一番手っ取り早い。
 彼女がバイトをしているコンビニには、今日は居ないらしい。仕方なく、真帆は雲母が居た公園に向かう。だがそこにも居ない。
(もぅ。連絡先くらいは教えて欲しいよ)
 つい、唇を尖らせてしまう。
 夜道を歩いていると、ふと、気づいた。
 街灯の光が微妙に照らす場所に誰かが佇んでいる。真帆は思わず、見間違いかと思って瞼をごしごしと手の甲で擦った。
 もう一度目を凝らすが、消えない。幻ではないようだ。
「真帆ちゃん」
 彼女は微笑んだ。フードの奥で。
「雲母ちゃん?」
 なんであんなところに立っているのだろう? まるで、光から遠ざかるように。
 こちらに近づきもしない雲母を不思議に思ってしまう。もしかして、また血を避けているのだろうか?
「血が欲しいなら、遠慮しなくていいよ?」
「ふふっ。優しいね」
 なんだか、口調が変だ。そもそも、雲母はあんな笑い方をしていたか?
「大丈夫。体調はすごくいいから」
「え? そ、そう?」
 戸惑う真帆に、雲母はフードをかぶったまま頷いた。その陰からあの瞳は見えない。
「……でも、顔色悪くない?」
 雲母は青白い肌をしている。さらに白く透き通っているような気がするが……。
 不安そうに見る真帆に、彼女は小さく笑った。
「真帆ちゃんは、優しいね」
「…………」
 ぞく、と背筋に悪寒が走る。
 褒められたはずなのに、怖くなった。
「あの、ね。雲母ちゃんを吸血鬼に変えたのって……」
「もういいよ、そんなこと」
「え?」
 真帆が大きく、眉をひそめる。雲母から発されたとは思えない言葉だったからだ。
 意外すぎて、脳に到達するまで時間がかかる。
「もう、いい? でも、雲母ちゃんは人間に戻りたいって……」
「戻りたいよ、今でも」
「……?」
 それにしては、声に抑揚がない。切望も、そこには見えない。
「でもそうすれば、あの退治屋には勝てない」
「退治屋さんに勝つことが目的じゃ、ないでしょ?」
「そうだっけ?」
 雲母は街灯の光を避けて近づいてくる。あれ……? 彼女はこんなに背が高かっただろうか?
(なんか、変……)
 骨格そのものが、違っているように思えてならない。
「雲母ちゃん、だよね?」
「そうだよ。どうしたの?」
「なんか、変わったなって……」
「そうかな……よく、わからないけど」
 静かに言いながら、少しずつ近づいてくる。
 フードの奥にちらつく赤い瞳が見えた。思わず真帆は目を見開き、本能的に距離をとろうとした。
 だがその腕が掴まれる。力が強い。
「い、痛い、雲母ちゃ……!」
「あぁ、ごめん。逃げようとしたように見えて」
「逃げるわけないよ」
 だって友達だもん、と真帆は続ける。けれどもフードの奥からはくぐもった笑い声が響いてきた。
「友達かぁ。そうだよね、友達だもん」
「う、うん」
 そこだけは自信をもって言える。自分は彼女と友達だ。
「大丈夫。守るから。あんな退治屋なんて、追い払ってあげる」
 優しく、甘く囁いてくる雲母の声が不気味だ。真帆は気になってフードに手を伸ばした。
 そっと、フードを掴んで……。
「真帆ちゃん、いけない子だね」
 いつの間にか、そちらの腕も掴まれている。両腕に自由がない。
 ここに居るのは誰?
「退治屋と接触した? あいつには真帆ちゃんに近寄るなって警告したんだけどなぁ」
「だ、誰……?」
「雲母だよ。あいもや、きらら」
 こんな風に見上げたことはない。
「誰!?」
 再度強く尋ねると、くっくっ、と笑われた。雲母はこんな笑い方はしない。
 あまりに腕を掴む力が強く、真帆は感じたことを口に出していた。
「男……?」
「ひどいな。そんなわけ、ないよ」
 どこかからかうような、愉しむような声音にゾッとする。これは一体誰だろう?
「あなたは誰?」
「真帆ちゃん」
 優しく、諭すように彼女は言う。いいや、雲母の皮をかぶった別人だ。きっとそうに違いない。
「もう前の弱虫じゃない。守れる力がある」
「誰なの!」
 強力な拒絶が生まれる。違う。雲母じゃない!
 思いっきり手を引っ張って離す。意外にあっさりと雲母は手を放してくれた。
 雲母が頭の角度を変えたようで、フードの陰から瞳が見える。淡い紫色だった。
 首を傾げるような態度の雲母は目を細める。
「ひどいな。雲母だって言ってるのに」
「そ、そうだけど……でも、なんか、その」
 うまく言えない。
「人間に戻れる方法を探すんでしょう? 雲母ちゃんを吸血鬼に変えた原因、その吸血鬼を見つければきっと」
「もう死んでる」
「死んだ?」
「灰になった」
 さらりと、そう言う。
「あの退治屋に殺された」
「うそ……」
「本当」
 薄く笑う雲母。だが真帆は未星からそんなことは聞いていない。いや、教えてくれるとは思っていなかったが。
(でも、遠逆さんが……?)
 雲母を狙うなら、その原因も狙うのは当然だろう。だが……何か、変だ。
「人間に戻れないの? もう、その吸血鬼はいないのに?」
「いないから、戻れないかもしれないね」
 え、と驚く真帆に微笑むと、雲母は一歩ずつ後退して完全に闇の中に戻った。
「またね」
 その声と共に雲母の気配が完全になくなる。
 大きく何かが変わった。真帆はその不安に当惑するしかない――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6458/樋口・真帆(ひぐち・まほ)/女/17/高校生・見習い魔女】

NPC
【藍靄・雲母(あいもや・きらら)/女/18/大学生+吸血鬼】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、樋口様。ライターのともやいずみです。
 情報が交錯している模様。変化した雲母……? など、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。