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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


 六花の手毬歌


 いーち、にーい、さーん、しー‥‥
 ぽーん、ぽーんと小気味良く定期的に何かが地面へとぶつけられる音が響く。
 東京では数少ないはらはらと風花舞い散る日、小さな女の子の声と鞠をつく音が聞こえてくる。
 雪がちらついているせいで空気も冷たく、夜の闇がより色濃くなっている神聖都学園幼稚園の園庭の隅、それに気がついたのは忘れ物を取りに来た保育士。
「(もう10時過ぎているっていうのに‥‥)」
 その少女は制服を纏い、園丁の隅で青い鞠をついて歌っていた。
 じゅーう、じゅういち、じゅうにー‥‥
「ねえあなた、どうしたの? お母さんかお父さんは? もう、おねんねの時間よ?」
 そんなところに居たら風邪を引いてしまうわ、と保育士が少女に手を伸ばそうとした時、少女の手から鞠が零れ落ちた。
 ころころころ‥‥
 鞠は転がり、保育士の足元へと辿りつく。
「何組の何ちゃんかしら?」
 傘を片手に持ったまま鞠を拾い上げた保育士を、少女は暗い瞳で見つめて。

 せんせーもいっしょにあそんでくれる? いっしょにさむいところへいこうよ。

 途端、保育士は竜巻に似た猛吹雪に包まれ、そして――

 ころん‥‥

 園庭には開かれたままのエメラルドグリーン色の傘だけが、残った。


 土日をはさんだ休み明け、出勤してきた他の保育士によって雪を被ったその傘は発見され、同時に傘の持ち主である保育士が行方不明であることが告げられた。



 樋口・真帆にとってそこは慣れた場所だった。
 神聖都学園幼稚園のうちの一つ、彼女が良くボランティアで手伝いに行っている園だ。
 最初こそは「まほせんせい」と呼ばれるのをこそばゆく感じたものだが、回を重ねるごとに子供達が彼女に慣れていくのと同様に、彼女もそう呼ばれるのになれて行った。園の保育士達からも良く働いてくれると褒められ、良くして貰っていた。大学に行くとしたらの仮定だけれど、幼児教育を学ぶのも良いかもしれない、何て思ったりして。
「まほせんせ」
 その時くい、とピンクのエプロンを引っ張ったのは幼児の一人だった。その子が顔いっぱいに不安を広げているのを見て、真帆はしゃがんで目線を合わせる。
「どうしたのかな?」
「あのね、たかのせんせがおやすみなの」
「お休み?」
 高野という女性保育士は、真帆のいるこのすみれ組の担当保育士である。休みならば真帆の所にもその情報は入ってくるはずだが‥‥
「樋口さん、ちょっと良いかしら?」
 顔を上げれば戸口に立っていたのは園長先生。子供好きそうな中年の女性である。
「はい。ちょっと園長先生とお話してくるね」
 真帆はその子にそう告げると、戸口へと向かった。代わりに別の保育士が教室に入り、「お絵かき始めますよー」と音頭を取っているのが背中に聞こえた。



「‥‥行方不明?」
「そうなのよ。無断欠勤なんてする人じゃないから心配して電話をかけたら、お母様が出てね。彼女は一人暮らしなのだけれど偶然故郷から出ていらしていたんですって。お母様によれば、土曜の夜に園に忘れ物をとりに行ってから帰ってこなくて、捜索願を出した所だって」
「携帯には‥‥」
 告げられた物騒な内容に若干動揺しながらも、真帆は思いついたことを言葉にしていく。
「勿論かけてみたけれど、土曜の夜からずっと圏外なのよ」
「それにね、今日来てみたらなぜか高野先生の傘が園庭に落ちてたのよ」
 横から口を挟んだのは古参の保育士。彼女が今朝一番に登園したら、園庭に開きっぱなしのエメラルドグリーンの傘が転がっていたのだという。
「土曜日ってあの雪の降った日ですよね。傘ってどの辺に落ちていたんですか?」
「あそこよ」
 真帆の言葉に保育士は窓から園庭の一部を指した。そこは細い道路に面した園庭の端の方で、細い桜の木が蕾を暖めているところだった。
「お母様にもそれをお話したから、もしかしたら後で警察が来るかもしれないわね」
 警察が来たことが保護者に知れるとちょっと厄介よね、と園長たちは言葉を交わしていたが、真帆の視線はなぜだかその場に釘付けになっていた。
(なんだろう‥‥この感じ)
 そこは子供達も滅多に近寄らない園庭の隅。だが気になって仕方がない、なぜだか。



 それから数日経っても高野保育士の行方は知れなかった。真帆はボランティアの日でなくても園を訪ねてみたが、事態は進展していないという。警察の方でも、事件と家出の両面で捜査をしているというが、目立った成果はないらしい。
(うーん‥‥心配だなぁ‥‥あれ?)
 真帆が園から帰宅しようとしたとの時、ふと件の場所を見やるとフェンスの向こうに人影があった。男か女かは分からないが、黒い服を着てしゃがんでいる。
(!)
 何か気になり、真帆は走り出した。園庭を走りぬけ、正門をでてぐるっとフェンスに沿って道路を進み行く。真帆が到達する前にその人物は立ち上がり、その場を去ろうとしていた。
「待って!」
 思わず真帆は声を張り、手を伸ばす。その人物――おばあさんはびっくりしたように目を見開いて、真帆が到着するのを待ってくれていた。
「はぁ‥‥はぁ」
「お嬢さん、大丈夫かい?」
「あの、ここで、なにを‥‥」
 真帆は息を整えながら老婆に尋ねた。尋ねながらその場を見て、そして答えが返ってくるより前に事情を僅かながらに察した。

 そこにあったのは小さなお人形と小さな花束。

 その二つがフェンスに寄りかかるようにして置かれ、そしてその向こうには細い桜の木が――
「ぁ‥‥」
 真帆はそれの意味するところに気がついて、思わず言葉を漏らした。すると老婆は優しい表情で微笑んで。
「もう三年も前になるからね‥‥私以外は誰もお供えになんて来ないんだけどね。ここで私の孫と娘が事故にあってね」
「亡くなった‥‥のですか?」
 遠慮がちに真帆が尋ねると、老婆はゆっくりと頷いた。
「三年前の明日、珍しく雪が降ってね、夜だったし見通しが悪かったんじゃと。孫の方は即死でのぅ‥‥救急車にも乗せてもらえず。母親の方は病院までは息があったんじゃが、病院で息を引き取ってのぅ‥‥」
「それは‥‥」
 ご愁傷様です、と小さく呟いて、真帆はお供え物に手を合わせた。
「今日は春先にしては寒いねぇ。明日は珍しく雪になるかもしれないねぇ。お嬢ちゃんも風邪なんて引かないように気をつけるんだよ」
「はい」
 ぺこり、頭を下げて真帆は老婆を見送った。
 雪の夜、事故にあった母子、母親と引き離された子供――
(――もしかして?)
 真帆はふと、そのときもその場に立っていたであろう細い桜の木を見上げた。



 いーち、にーい、さーん、しー‥‥
 ぽーん、ぽーんと小気味良く定期的に何かが地面へとぶつけられる音が響く。
 老婆の予想通り、その夜は酷く冷えて冬に逆戻りしたようで、雪が降った。
 真帆は傘を手に一人、幼稚園を訪れていた。
 少女が亡くなった雪の降る日。
 少女が亡くなったのと同じこの日。
 もしかしたらそこに少女が現れるかもしれないと思ったから。
「こんばんは。先生は一緒じゃないの? 一緒にお母さん待っていようか」

 せんせーはうごかなくなっちゃった。おねえちゃんも一緒に遊んでくれるの?

 少女は鞠を胸元で抱き、首を傾げて薄く笑った。
「いいよ。お姉ちゃんが手毬歌を歌ってあげる。貸して?」
 真帆は傘を地面に置いて、恐れることなく少女へと手を伸ばした。そして少女から差し出された鞠を手にし、ぽん、と雪で柔らかくなった地面に弾ませる。
「一番はじめは一輪草、庭に花咲く庭桜」
 彼女が鞠をつくと、その度に辺りに舞い散る白い雪が白い花に代わる。
 少女は目を見開いて、その光景と真帆の唄に耳を傾けていた。
「水木の下には白詰草、小手毬咲いて、毬ついて」

 六花舞い散り春告げた!

 最後のひとつきでぱあっとあたりに広がったのは春告草の花。

 わぁぁぁぁぁっ‥‥!

 思わず少女が感嘆の声を上げる。
 ましろく冷たい雪という不香の花を春の香りに染め上げたその光景に、少女の悲しげだった顔は笑顔という花を咲かせ――
「もう、春だよ。お母さんが心配しているよ。お姉ちゃんと一緒に行こうか?」
 真帆は手を差し出す。
 この少女の魂は事故にあった時に現場に縛られてしまった。救急車で病院まで運ばれた母親の魂と、はぐれてしまったのだ。
 少女は待ち続けた。母親が迎えに来てくれるのを。いつまでも、いつまでも‥‥
 だが、母親は来ない。
 だから――真帆は手を差し出す。夢と現の間で迷ってしまったかわいそうな魂を、行くべきところに導いてあげる為に。

 おかあさん、むかえにきてくれないの?

「大丈夫、お母さんは『あっち』で待ってるよ。貴方が来てくれるのを、待ってるのよ」
 しゃがんで視線を合わせた真帆を、少女はくりくりとした大きな目で見つめて。

 じゃあ、いく。つれてって。

「うん、行こうか」
 繋いだ小さな手は冷たくて。それでもしっかり握り締めて少女の顔を見ると、少女の姿は花びらに混じって少しずつ薄くなっていった。
 そう、行くべきところへ行く準備。
「長い間、良く我慢したね」
 彼女が告げると、少女は破顔し、そして――消えた。


 残されたのは、意識を失っている高野保育士と真帆だけだった。
 風花舞い散る中――三年の時を経て、少女は母親の元へと旅立ったのである。


■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
・6458/樋口・真帆様/女性/17歳/高校生/見習い魔女


■ライター通信

 いかがでしたでしょうか。
 私事によりお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。
 出来得る限り気に入っていただけるようにと心を籠めて執筆させていただきました。
 楽しんでいただけましたら幸いです。

 気に入っていただける事を、祈っております。
 書かせていただき、有難うございました。

                 天音