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ダンピール
「あのね、私を殺して欲しいの」
草間興信所にやってきたのは、近くの女子学校の制服を着た少女。
名前を雪長ルカと言った。
「‥‥ここはハードボイルドな探偵事務所であって、悪いが殺人斡旋事務所じゃないんだ」
草間武彦が手を頭に当て、盛大なため息を吐きながら依頼人・ルカに言葉を返した。
「でも、此処は怪奇現象とかに対応してるって聞いたんだけど」
ルカの言葉に「あれが見えないか？」と『怪奇ノ類 禁止！』と書かれた張り紙を指差す。
「困ったなあ、私が１８歳になる前に殺してくれなくちゃ困るんだけどなぁ」
ルカはため息混じりに呟く。
「‥‥１８歳になる前に‥‥？」
草間武彦は煙草を吸いながら怪訝そうにルカを見る。
「私ね、ダンピールなの。吸血鬼と人間のハーフ、だから１８歳になっちゃいけないの」
だって‥‥とルカは言葉を止めて俯く。
此処で草間武彦は初めて気がついた、ルカの手が小刻みに震えている事に。
「何で１８歳になるといけないんだ？」
「ダンピールは‥‥吸血鬼とのハーフは１８歳になるまでは普通に生きているけど、１８歳になると血が変わるの」
血？ と草間武彦が聞き返す。
「そう、人の血を飲みたくなってしまうんですって。冗談じゃないわ、私は人間として生きて来たし、人間として死にたいの」
バケモノになる前に殺してちょうだい、ルカは決意を秘めた強い意思で草間武彦を見る。
ルカの様子を見る限り、此方が「うん」と言わなければ別の場所で自分の殺人依頼をする事だろう。
「さて、どうしたものかな‥‥」
自分では対処できない事を知り、草間武彦は電話をしたのだった‥‥。
「もしもし、草間だが少し手伝って欲しい事がある‥‥あぁ、興信所まで来てくれ」
視点→黒・冥月
草間武彦が電話をしてから３０分程が経過した頃、草間興信所の扉を少しだけ乱暴に開ける女性がいた。
「いきなり何だ？ 此方にも都合というものがあるんだぞ」
冥月はため息混じりに呟き、ルカの座るソファに腰を下ろす。
「実は‥‥」
草間武彦は簡単に冥月へと説明を行う。ルカが吸血鬼とのハーフだと言う事、彼女が１８歳になる前に殺して欲しいと依頼して来ているという事。
「草間‥‥」
冥月はため息混じりに草間武彦の名を呼び、ソファから立ち上がると「面倒事を押し付けるな」と『むぎゅ』と草間武彦を踏みつけながら嘆息する。
「いたたたたたっ、と、とりあえず依頼人の紹介くらいはさせろ」
草間武彦の言葉に冥月は彼を踏む足を退かしてルカをじろりと見る。
「彼女が依頼人の雪長ルカさんだ――――彼女が可愛いからって口説くなよ？」
「私は女だ」
からかうように余計な一言を言う草間武彦に冥月は裏拳で攻撃する。油断していたのか、笑ったまま裏拳を受けた草間武彦は「おおおお‥‥」と顔を押さえながら机に突っ伏した。
「とりあえず出るぞ」
冥月はルカの腕を掴み、草間興信所から出る。このまま興信所で話を続ければ、いくらツッコミを入れても草間武彦からからかわれそうだと感じたからだ。
そしてやって来たのは近くの喫茶店。二人は飲み物を頼み、本題へと入る。
「死にたいなら自殺しろ」
冥月は厳しくルカを睨みつけながら素っ気無く言葉を投げかける。冥月にもルカの『死』と言う選択が懊悩の末なのだろうと分かるが、はっきり言ってしまえば『知るか、そんなモン』と言う感じだった。
「出来ない、私は心から死を望んでいないもの。自殺は死にたい人がするもの、私は死にたくないけど‥‥仕方が無いのよ」
ルカは俯きながら瞳に涙を溜めて消え入りそうな声で言葉を返した。
「仕方が無い？ 何もしていないのに『仕方が無い』って言えるのか？」
冥月が運ばれてきたコーヒーを飲みながら問いかけると「貴方に何が分かるの」とルカは今にも泣きそうな表情で睨みつけてきた。
「私は幼い頃から両親を知らなかった、私が二歳の時に母は死んだ‥‥事故で死んだと聞かされ続けたけど――１週間前に見た新聞記事で私は全てを知ったわ」
ルカの言葉に「全て？ 一体何を知ったんだ」と冥月は眉を顰めながら問いかける。
「母の死因は体中の血が全て抜かれ死んだ‥‥その日から私の父は行方不明、こんなものを残してね」
ルカはそう言って一冊の古いノートを取り出す。
「中を見ても？」
冥月が問いかけると「別に隠すものでもないし、いいわ」とルカは首を縦に振り、冥月はノートの中身を見始めた。
その中に書かれていたものは、ルカの父が自分の妻、ルカにとって母を殺してしまったという事、ルカも吸血鬼として覚醒してしまえば何時か自分の大事な人の血をすい殺してしまうだろうという事。
最後には『お前に過酷な運命を背負わせてすまない』と涙の跡が混じるページに綴られていた。
「恐らく父さんも生きてはいないでしょう。それを書いた時から死を覚悟していたんだと思う」
ルカの言葉に「何故？」と問いかけるとノートを取って「これを届けてくれた人が言っていたわ、最後は悔やみながら死んでいったって」と言葉を返した。
「今、私は叔母さんの家で暮らしているの。恐らくその記事を取っておいたのも叔母さんだと思う。このノートは‥‥三日前に父さんの友人を名乗る人が届けに来たの」
ルカは俯きながら「生きていけば大事な人くらい出来る、私はその人を殺したくない」とルカは涙を流しながら呟き「私を‥‥殺して」と頭を下げてきた。
「‥‥分かった、だが殺人に見合う報酬は出せるんだろうな？」
冥月が腕を組み、背もたれに体重を預けながら問いかけると「いくら？」とルカは言葉を返してくる。
「私は最低１億だ」
冥月の言葉にルカは少し驚いたように目を丸く見開く。
「完璧な殺人は手間隙掛かるし、両親の種族や周囲の関係など諸々考慮も必要だからな。親の吸血鬼を敵に回したくも無い――父親は死んでいるんだったな、しかし仲間がいるだろう」
喫茶店で殺人の話をするのもどうかと思ったが、幸いにも此処はいつも人で満員の人気のある喫茶店で、周りの人間達は自分たちの話などに興味を持つ者はいない。
「第一、お前が興信所に来た事で我々に嫌疑が掛かる‥‥だが、そんな事より何より、私はお前の死を一生背負うんだ」
だから１億だ、と冥月はルカの目を確りと見据えて言葉を返す。
「お金ならあるわ、父の残したお金‥‥ちょうど１億よ」
ルカは紙切れを冥月に渡して「お金はこの場所に隠してある」と言葉を付け足した。
「家族や友人を泣かせても、人として死にたいんだな？」
紙切れに手を乗せて冥月が再度問いかけると「‥‥えぇ、お願い」とルカは言葉を返した。
「‥‥分かった、じゃあ‥‥「ねぇ、ちょっと付き合ってくれない？」」
冥月の言葉を遮り、ルカが「最後に沢山楽しみたいもの」と笑顔で言葉を挟んでくる。表情こそ笑顔だが、その笑みが無理をして作っているという事が冥月にも見て取れた。
「‥‥何処に行くんだ？」
「ゲーセンっ！ あんまり行った事ないから遊びたいの」
ルカの申し出に冥月は苦笑しながらも付き合う事にして、喫茶店を出るとゲーセンへと移動した。
ゲーセンに到着した後、ＵＦＯキャッチャーでぬいぐるみを取ったり、太鼓を叩くゲームをしたりなどルカはとても楽しそうな表情でゲームを満喫していた。
「もう一度聞く、お前は本当にこのままでいいのか？ 安い報酬で人外でも生き易い環境整備を手伝うし、輸血用血液でいいなら一生分面倒を見よう、昔の報酬が腐る程あるからな」
冥月の言葉に「ありがとう」とルカは笑って彼女を見る。
「でも‥‥やっぱりいい。私は最後まで『人間』でいたいの。一生『血』の面倒を見てもらわなくちゃいけない存在なんて‥‥人間じゃないもの」
ルカは悲しそうに笑い「最後にあれ、撮ろうよ」と最新機種のプリクラを指差した。
「これは私の分はいらないから、貴方が持っててね‥‥あんな事を頼んで申し訳ないけど、私が生きていた証を誰かに持ってて欲しい‥‥」
ルカは微笑みながら冥月に向けて呟き、少し涙交じりのプリクラを撮り終えた。
そして‥‥冥月がルカを殺す瞬間がやってくる。
「ねぇ、人って死んだら生まれ変われるかな？」
手を下そうとした時、ルカが呟くと「死んだ事がないから分からないな」と冥月は素っ気無く言葉を返した。
「‥‥生まれ変われると‥‥いいなぁ‥‥。次はちゃんと人間として生きられるといいなぁ‥‥しわくちゃのお婆ちゃんになって老衰で死ぬの」
涙をぼろぼろと流しながらルカが呟き「‥‥きっと何時か生まれ変われるさ」と言葉を返してルカに手を下した。
最後、彼女が冥月に言った言葉――それは『ありがとう』だった。
後日、女子高生の遺体が発見されたとテレビで報道されていた。
しかし不審な点はなく、事故によって死んだのだろうと報道されていた。
その報道を見て、草間武彦は天井を仰ぎながら紫煙を吐く。
彼女の死の真相を知る者は草間武彦と冥月の二人のみ。
だけど、ルカの心からの叫びを知っているのは冥月だけだった。
彼女は誰よりも生きたくて、誰よりも他人を大事に考えていたのだから‥‥。
ＥＮＤ
――出演者――
2778/黒・冥月/20歳/女性/元暗殺者・現アルバイト探偵＆用心棒
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黒・冥月様＞
はじめまして、水貴透子です。
今回は『ダンピール』にご発注いただき、ありがとうございました！
終わり方を一任との事でしたが、内容の方はいかがだったでしょうか？
少しでも面白かったと思ってくださると嬉しいです。
何かご意見・ご感想などありましたら、お聞かせ下さると嬉しいです。
それでは、シナリオへのご参加ありがとうございました！
2009/2/10
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